2-12 エピローグ
ユーノスの護衛から時間が経過する事数週間。
表面上ではサラとネウマの関わり方に変化は無かったものの、サラは眉間に皺を寄せる頻度が減ったしネウマはより一層楽しそうに日常を満喫していた。
過去に向き合うならば確実に訪れる辛い事へ向けて、今は英気を養う番なのだと不器用ながらもサラはネウマに引っ張られる形で日々を過ごす。
それが中断される事になったのはケファへ会いに行く事になったからだった。
数週間掛けた〈トライアイ・カルト〉に関する調査の結果報告も、基本的にマトリクス上で活動しているケファから連絡が来る事はない為にサラの側から出向いて聞きに行かなくてはならないのだ。
それは出不精な彼がお気に入りのドリンクを買いに駅前の自動販売機まで行くのが億劫だったので、せっかくなら買ってきてもらおうと企んでいた、という理由もあるのだが。
「ケッファッくーん!お元気ですかー!」
「うるさっ!2回目にして距離縮め過ぎじゃない?」
「私インファイターなので」
「懐に入られた時点でボクの負けかなぁ。ねぇなんとかしてよ」
「しらねぇよ。アタシもガードの内側に入られてんだ」
扉が開くなり元気よく挨拶をしながら入ってきたネウマは、物に溢れた廊下を進みケファへと駆け寄る。
「今日はお土産ありますよー……じゃーん!」
「あ、良い香り」
ネウマが物に溢れた机の僅かな空きスペースに袋を置けばふわりと食欲をそそる良い香りが周囲に漂い、ケファは朝から何も食べていない事を思い出す。
「普段ちゃんとご飯食べてますか?今日は私の奢りです!」
「ちゃんと食べてるよ、ご心配ドーモ……ってこれワームか……」
胸を張って誇らしげに手で袋を指し示すネウマへの、僅かな鬱陶しさを感じつつ食欲に誘われるまま袋の中を覗いたケファは、中を見るなり顔を顰める。
ネウマが買ってきたのは先日食べたワームの串焼き。結果的に気に入ったそれをテイクアウトで購入し、ケファにも食べさせようと持ってきたのだ。
「食わず嫌いは良くないですねぇ……!」
「いやぁ……養殖場の映像とか見るともう食べれないよ。狭い所にウジャウジャ──」
「ひぃぃぃ!私も食べれなくなるからやめてくださいよ!?」
脳裏に浮かぶおぞましい光景にネウマが悲鳴を上げる様子を見て、したり顔で頷くケファ。不毛な呪いの分かち合いをサラは呆れ顔で眺めて溜め息を吐く。
「何やってんだか……てか普段何食ってんの?冷蔵庫見てやろ」
「ちゃんとした物食べてるけど?」
好奇心から冷蔵庫を開いたサラの視界に飛び込んできたのは赤や緑、黄色のペーストが区分けされたプラスチック容器にピッタリ詰められて、その他に錠剤や乾パンにガムが含まれたランチセット。
「栄養価も完璧に計算されたコスパ最高の食事だよ」
「〝粘土セット〟じゃねぇか……」
「その呼び方は悪し様に言ってやろうって感じがして好きじゃないかな。食わず嫌いしてるなら知らないだろうけど味も良いし、咬合力維持の為の乾パンとガム──は歯磨きも兼ねてるしね」
「なんか味気ないですねぇ……頑張った日はもう少し暖かみのある物食べたくないですか?」
「それならTVディナーも冷凍室の方に入ってるし」
ケファの言葉を聞いてサラが開けた冷凍室の中にはプラスチックの容器に収められた所までは同じだが、中身はハンバーグや豆のサラダなどが入った1食分のパッケージ。
見た目は違えど植物工場にて大量生産された豆が主な原料となる数品が含まれたディナーセットは、合成肉でさえ豆が使われており一部にはワームではないものの虫も使われてるのだが……ケファの感覚的に許容できる範囲の虫であれば良いようだ。
それでもペーストがメインディッシュの食事よりは味気のある食事だった。
「なんか根本的に食事観が違う気がする」
「だったら尚更あったかい料理食べましょうね!」
「ワーム……ワームかぁ……」
唸るケファを尻目にネウマは袋から取り出した持ち帰り用のパッケージを並べて、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌さだ。
ケファは袋の中を確認して、何も入ってない事を確認するとサラを見る。
「あ?んだよ」
「ほら、いつものやつは?」
「あぁ持ったままだ……ほらよ」
サラの手からエナジードリンクが放られて、宙にアーチを描いてケファの手へと危なげなく収まる。何度も繰り返した動きである為に取り落とすような事はないのだが、ケファはこのルーチンに良い顔はしない。
「炭酸入りなんだけど?投げないで欲しいなぁ」
「文句あんなら自分で買いに行けって」
「物理的な肉体を動かす適正が低いからさ、電脳術師が1番警戒するのはアナログな手段の攻撃だしね」
魔術を介してハッキングやクラッキング、マトリクス上での様々な活動を行う能力を持った者を電脳術師と呼称する。ケファもその1人だ。
魔術を使ったサイバー戦は時に、遠隔地から物理的に相手の頭を吹き飛ばす激しさを見せる極めて危険な戦いとなる。
そんな危険を冒せない電脳術師が格上に勝つ為に何をするかといえば、こちらも物理的に相手の頭を吹き飛ばす。つまり現実で行う暗殺依頼だ。
ケファはそれを警戒して外を出歩く事はしない──という建前が半分ほど。
「なら文句じゃなくて感謝でもしてくんねぇかなぁ」
「感謝で動いてくれるなんて凄いコスパ良いね」
「はっ倒すぞ」
サラも自分の分の串焼きを確保して、ネウマやケファ程の嫌悪感を見せずにかぶりつく。
「……だから何見てんだよ」
「いやぁ〜ほら、凄いなって」
「躊躇うならなんでコレ買ったんだよ……」
「ボクはドリンクから頂くよ、うん。」
炭酸ガスが解放される小気味の良い音がボトルから放たれて、余計に気が抜ける前にケファは一口目のピリリと痺れるような発泡を舌で楽しむ。
「これこれ。頭脳労働で──」
ケファの言葉にハッとしたネウマは、引き継ぐように早口で捲し立てる。
「──頭脳労働で溜まった疲労を癒す、デスクから解き放ってくれるブルーカラーのお供。ですね!ふふん、覚えちゃいました!」
ユーノスから聞いたキャッチコピーを暗唱したネウマは得意げに鼻を鳴らし、腰に手を当てる。
「そのキャッチコピーよく覚えてたな……」
「それはキャッチコピーじゃない──」
ネウマの無駄な記憶力に関心するサラが隣を見ると、椅子の上で目を丸くしたケファが腰が抜けたように背もたれをズルズルと滑り落ちて、口は言葉を探して僅かな開閉を繰り返している。
「な、なんだよ?そのエナドリのなんかじゃねぇのかよ?」
「私聞き間違いとかしてませんよね?ユーノス先生も確かにこう言ってましたし……?」
更に動揺を強めた、明らかに普通ではない様子のケファがようやく言葉を見つけた時には、息が荒く目には涙すら浮かんでいた。
「それはキャッチコピーじゃない、父さんの口癖だ。ユーノス……それは、父さんの名前だ」
ケファが死んだと言った彼の父、ケファ自身もそのように認識していた彼は──サラとネウマが護衛をしたユーノスだった。
ここで一旦更新を止めさせていただきます。
書き直し等を行う為、以後の更新は一応不定期として何とか頭を捻って良いものを書けたらと思います。




