2-9 磔
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円形の壁に囲まれた空間には夕陽が差し込み円の中を赤と黒で塗り分けている。
その中にてサラは〈トライアイ・カルト〉の刺客クルーシファイと対峙して、左右に色分けされた視界の中でボンヤリと不気味に輝く青白い薬品に胸糞の悪さを感じて舌打ちする。
高まった緊張を先に破ったのはサラ。撃鉄を起こしながらリボルバーを引き抜いてクルーシファイへと放った弾丸は滑るような動きにて回避され、お返しとばかりに魔術で作られたボルトがサラへと風切り音と共に飛来する。
「ッ……避けらんねぇ程でもないな」
「そちらこそ、6発程度で息切れする割には控えめな銃だ」
ボルトが着弾する硬質な音を背にサラは軽口を交わす。
クルーシファイの持つクロスボウは魔術によって弦を引く極めて強力な発射力を持つ物だ。彼の作り出したこの円形の空間の中では魔術によって押し固めた重いボルトであっても十分な速さで打ち出し相手を磔にする事が出来るだろう。
しかしそれは相手が箒を持っていなければ、という条件付きだが。
「執行者、だったか?大仰な名前の割に控えめなんだな」
「……成程。ワタシを怒らせて動きを単調にしようという策ですね?その手には乗りません、ワタシの信仰は罪人の言葉に揺らぐ事など無い確固たるものですから」
挑発に乗りやすいストリートのならず者とは異なるその精神構造は、その道のプロともまた異なる血の通った悍ましき生の感情が蠢いている。
「人様に迷惑掛けずに穴ぐらでやってりゃ良いものを……」
「明らかに間違っている世界を見過ごす事などワタシには……いや、ワタシ達〈トライアイ〉は出来なかった!正しき世界へと導かなくてはならないのです!」
「やってる事は拉致だろ!勝手に野垂れ死ねば良いのによ!」
風を裂いて飛翔するボルトを避けて、拳を横から当てて逸らして、時に銃撃で撃ち落として。
そうやって回避を続けてもサラの銃弾はクルーシファイに辿り着く事はなく、体を逸らして回避される。
「ハァハハ!やはり正しきモノを信じるワタシに罪深い銃弾は当たらない!」
「……いや違うな。アンタの底は見えたぜ」
「ほう?いいでしょう話を聞きますとも。ワタシは好きなのですよ、磔にした罪人が罪を告白し後悔するのを聞いたりなんかするのがね」
ニヤリと笑うサラが大袈裟に、パフォーマンスとして顎をしゃくって腕を広げて煽り出す。
「いいねぇアタシも話すの好きだよ。そうだな、アンタはそこまで強くない」
「強がりですか?アナタこそ、そこまで強くない。事実ワタシはこうして傷もなく口も利けている」
「そう、傷もなく……いちいち避けてな。ご自慢の魔術は銃弾を止める事は出来ず、作り出したボルトを撃ち出す勢いもない。操作スピードに限界があるんだろ?盾を作り出して追従させる事も出来ないくらいの遅さだ」
サラの指摘は図星であり、クルーシファイの作る処刑場も事前に会話をして時間を稼いで生成したもので素早い動作において彼の魔術は幾らか欠落が存在した。
「そう、そうですね。確かに見れば分かる事ですから否定しませんとも。ですが最終的にアナタを、そして捉えた2人を磔にすれば良いのです」
「だよな、最終的にブチのめせば良いんだ。これでも動揺とかしないなら正面から暴力しかないだろ!」
吠えるサラは力強い踏み込みで前方、クルーシファイへと突っ込む。
グリップを手の中で180度回転させて、まるでトンファーのように構えた銃による強度に任せた勢いの乗った打撃は激しい金属音と吹き飛ぶクルーシファイという形で結実する。
「……軽い?」
「くっ……野蛮な罪人がッ!」
「まあいいか。ちゃんと食ってんのかよ執行者さんよぉ!」
打ち込んだ際の違和感にひとりごち、しかし目の前の脅威に意識を戻したサラはファイティングポーズをとってクルーシファイへ迫る。
「オォッラァ!」
「くっ」
2度目の攻防は先程のようにクルーシファイが吹き飛ぶ事はなく、構えた防御がサラの拳を受け止める。
最初の打撃と条件としては勢いの差こそあるものの、体が吹き飛ぶような軽さを感じた痩躯の男は今はこうして拳を受け止めている。違和感を拭えない中でも戦いは続き、サラの打突はコートの下の硬い何かあるいは鉄板を仕込んだガスマスクに阻まれてクルーシファイは間合いの内側に入ったサラへの攻撃が叶わずにいた。
「ぐぅっ……揺れるのは不快ですねぇぇ」
「アタシも拳痛めんのは不快だよ!お互いサマだな!」
「ならば諦めてその身を委ねれば良いものを……!」
「誰がんな事するかっての!なにもかもテメェらの思い通りにさせてたまるかよ!」
左の掌底、そして右手はグリップを再び手の中で回してトリガーを指に掛け発砲。
狙ったのはクルーシファイの右脚。衝突した弾丸は激しい金属音と共に脚を半ばから断ち切りサラはバックステップで距離を取る。
「くっ……我が脚を!」
「ほーう?成る程……金属製の義足、それも軽量型か」
地に転がるクルーシファイの右脚、そして胴体と繋がる方の脚。その断面には細い金属骨格が覗いている。
これはアスリートなどの重量を気にする人々へ向けた限定的な用途を想定した超軽量型の義足。
異様に細い手脚は全てこの軽量義肢に置き換えているのだろう。
「これはワタシの信仰の証。執行者として戦う武器となる物です」
「軽量さを活かした素早い立ち回りと、馬力が必要になれば魔術を使うって感じか」
「えぇ……魔術も新しい四肢も、全てがワタシが生まれ変わる為に賜った贈り物。アナタには到底理解出来ない素晴らしきものでしょう」
「理解したくねぇなぁ、んなモンよ。そもそも折れてるしな」
「いえ?折れませんとも。これはワタシの心と同じですので」
クルーシファイが言い終わると転がっている方の脚がカタカタと一人でに震えて動き、体から伸びる方の脚には土が集まり始める。
集まった土は断面へと付着し粘土細工のように形を変えながら骨格に巻き付き、浮遊してきた取れた方の脚との繋ぎとして機能する。
「ほら?何度でも立ち上がるのですよ」
「……芸達者だな。節約に向いてそうだ」
魔術によって押し固めた土は走り回っても問題ない強度となって、仮に再び破壊されても修繕が可能。
「だったら胴体と頭も直せんのか試してみるか?」
「ならばワタシも磔にしてなお、アナタがそのように挑発出来るのか試してみましょう……」
再び銃弾とボルトが交差する。
生成したボルトはクルーシファイの周囲に浮かび上がり、それらをまるで踊るようにクロスボウで拾い上げて連続して放ち続ける。
連射力としては銃に劣るが常に一定の間隔で射撃出来るという点においてクルーシファイには分があった。
しかしサラも負けてはおらず、弾丸はボルトを砕きクルーシファイを狙う余裕さえある連射力がある。
しかしそれは6発撃てばリロードを挟まなくてはならない条件付きの有利さであり、軽量義肢の回避と箒による回避が拮抗している為に、ただ負けていないというだけの状況だった。
「ちょこまか避けやがって……!」
「こんなに避けやすい攻撃をしておいて責任転嫁はよろしくない──避けられない攻撃とはこうやるのですよォ!!」
そう言ったクルーシファイの動作はサラにとっては既に見慣れたクロスボウの発射動作。
放たれたボルトは確かに速いが今まで通り避ける事は可能だろうと、念の為少し大きめに動いて回避したその時。
ボルトが砕けた。
ひとりでに、土とアスファルトが押し固められた棒状のそれが急に砕けて広がりながらも飛翔する。
(空中炸裂弾かッ!)
砕けたボルトは加害範囲を広げて……しかしサラはそこから抜け出せていない。
飛来する石礫が左半身にめり込むのを、肉を掻き分け骨を叩くのを感じながら箒で飛び退いたサラは地面を転がり起き上がる。
しかし回転する視界から復帰した時、真っ先に映ったのは飛来するボルトだった。
「ぐぅっ……!」
これも同じく左側、肩へと深々と突き刺さり背中側から赤く染まったボルトが痛々しく突き出している。
「ハハハッ!油断しましたねぇぇ!痛いでしょう、それこそが罪の痛みです!」
「意味分かんねぇって……」
流れる血は腕を伝って指先で僅かに留まり地面へ落ちる。
血を流しながらサラは考える。目の前の敵に打ち勝つ方法を。
「ッふぅ……よし、今から勝つ」
「ほう?朦朧とする程血を流したようには見えませんが」
「いーや、勝つ。アンタの空中炸裂弾はどうせ小型爆弾でも一緒に練り込んでタイミング見て起爆させてるだけだろ?ボルトの弾速にアンタの魔術は追いつけないんだから」
「おやおや、ワタシの戦い方を暴いたところでアナタがあれを避けられるようになる訳ではありませんよ?」
「創意工夫は関心するけどな……アタシはまだ本気出してねぇから、その分有利だって事だよ!」
サラは左肩に力を込めて、突き刺さったボルトを筋肉で押し砕く。
左肩に込められた力はそのまま腕全体を巡り、腕を張り詰めたその力は弾けるように炎へと変わった。
「ほぉぉう!魔術ですか!」
「使いたくねぇんだけどな。使ってやるよ」
流れる血は油のように炎を纏い、サラの左腕は赤い衣を巻き付けたような状態になっている。
本来であれば魔術を使う際は使用者を傷付けない為に制御を行うのだが、今のサラはその制御が甘くジワジワと自身の腕を焼いている状態にあった。
「──燃えろッ!」
しかしそんな事で止まるサラではない。
腕を振るって自身をも焼く炎を投げ、クルーシファイを猛追する。
「おおっと……だいぶ大雑把な魔術だ」
「パワーで押し潰せば勝ちなんだよ!」
腕を縦に横に振るう度、腕の軌跡に合わせた炎がホースで水を撒いたように放たれて、しかしクルーシファイはコートの端を焼きながら回避する。
「この炎はアナタ自身を焼く罪の証だ!身に余る力を振るうなど!」
「そうかよ!好きに受け取れ!」
サラは冷静とは言い難い状態だ。
それ故に制御も甘くなり不意に炎が大きくなってサラを焼く事すらあるのだが、むしろそれが効果的に働く事もある。
「燃え──ぐぅぅッ!?」
炎を投げようとしたサラの感情の昂りが炎を強くして、炎の側が魔力を大きく吸ったように燃え上がり、赤い尾を残して掌から火球が放たれる。
サラにとっても不意の一撃であった為に、クルーシファイにしてみればノーモーションで急に射出速度が違う魔術が飛んでくるフェイント攻撃となる。
ロケット弾のように後部から炎を吹き出し猛進する火球をクルーシファイが認識した時その距離は既に縮まっていたのだが軽量さを活かした跳躍は火球の直撃を避け、地面にめり込む火球を見送って──その視界は炎に包まれた。
「な!?あぁぁ!?」
ロケット弾のように飛翔するその火球は、その実としてもロケット弾のように着弾後に爆発するものだった。
破裂した火球はその熱量を周囲に、クルーシファイへと浴びせ掛ける。
炎はコートを焼き、彼の衣服は炎に包まれる。
「ぐぅ……!予想外、えぇ予想外でしたとも」
転がって火を消したクルーシファイは立ち上がる。焼け焦げたコートは前を開けて、ズボンはベルトが焼けてずり落ちる。
「!……軽さはそう言うことかよ」
ボロのコート1枚羽織っただけのクルーシファイの体は骨格、と呼ぶに相応しい。
手足が軽量の義肢に置き換えられているというサラの推測は部分的には合っていた。
間違っているのは置き換えるという部分。彼は自身の肉体を1つも損失する事なく軽量の骨格を伸ばしている──すなわち外骨格。
「磔にされてんのはどっちだよドワーフ」
「これによってワタシの罪は赦されたのです」
クルーシファイの本体は軽量の外骨格に固定された痩せ細ったドワーフ。
まるで磔にされたように手足を固定され、脊髄へと打ち込んだサイバネティクスによって外骨格を制御する。
外骨格に据え付けられたタンクから、青白く輝く薬品をチューブで体のあちこちに流し込まれている様は血管のようで、しかし生を微塵も感じる事のない姿だった。
「病に伏せてベッドに磔にされたワタシを救って下さったのが〈トライアイ〉の信仰でした。かつての身勝手で自分自身すら顧みない男の罪は磔にされ、罪人を磔にする事によって赦される」
「体良く人体実験に使われただけじゃねぇの?」
「それでも構わない!ワタシの心は満たされた!空虚な心は輝かしいもので溢れている!……アナタもそうでしょう?だってアナタは悪魔憑きだ」
「ッ!なんの事やら」
「あぁ!分かっていない筈がない!アナタの内にもあるでしょう!この間違った世界への怒りが!暴力衝動が!それは祝福だ!」
感情を昂らせて、クルーシファイは泣き叫ぶようにサラへ語りかける。
それは家族へ語り掛けるような慈愛にすら似た感情に満ちた言葉で、サラはそれに吐き気を催すような不快感を隠さない。
「勝手に押し付けといて好き勝手言いやがる……!」
「言ったでしょう、それは祝福!ギフトなのです!その炎はワタシ達では届かない高みから齎された輝きだ!」
「黙れッ!」
サラから迸る炎は強くなる語気に合わせて、怒りに合わせて強く放たれる。
火炎放射器のように掌から腕を焼きつつ吹き出した紅炎はクルーシファイへと突き進み、しかしすんでのところで回避され──
「ならばワタシがその内にある炎を引き出して差し上げましょう!痛みがアナタを強くするッ!」
「余計なお世話だよクソッタレ!」
サラは突き出した掌を握り込んで親指を下へと向けたバッドサインで突き返し、炎はクルーシファイの背後で軌道を曲げて頭上から降り注ぐ形に進路を変える。
「ぐゔぅぅぅ!!」
「あぁ!ウゼェ!自己啓発みたいな事は聞き飽きたんだよ!テメェら同じ事しか言わねぇしよぉ!?何が人の革新だよ自分で試せよんな事!」
サラはギラギラと、明らかに正気ではない目で恨み言を吐き捨てた。
彼女の怒りは炎に焼かれる目の前のクルーシファイのその先、〈トライアイ・カルト〉へと向けて叫ばれる。
「望んでもないのに碌でもねぇモン押し付けやがって!痛えんだよ……腹立つんだよ!」
辛い過去思い出す事による痛みが、クルーシファイの言葉通りサラの炎を強くする。
「あぁ!……あつい、あついッ……クソクソ!ああぁ!!」
とめどなく湧き出す怒りがに火が付いて止まらず、サラは完全に制御を失って高まる魔力を強引に炎へと変換して叩き付ける。
それはただの爆発だった。
術と呼べる要素はひとつもないただの爆発。掌から放たれた衝撃で真っ先にサラが吹き飛んだ事だけが唯一使用者を守る要素と考えられなくもないだろう。
円形の壁に囲われた空間で横へ向かって吹き飛べば、その終点は必ず壁になる。
サラは正面そして背後へ叩きつけられた衝撃で僅かに意識を手放した。
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次回更新は5/13土曜日、21:11です。
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