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マジックパンク&ブルームハンドル  作者: 相竹 空区
EP.2 今を生きる人々
17/25

2-4 依頼人


 サラとネウマが酒場の奥のテーブル、そこに1人で座って汗をかいている男性に近づくと、落ち着きなく周囲を見回していたその男性と目があった。

 しかしその男性は素早くテーブルへと視線を落として、酷く狼狽えた様子で拳を握り締める。

 近づくと分かるのだが男性の左手には手錠が嵌められており、その先はアッシュケースへと繋がって、決して離すまいと庇うようにして抱えているのだ。


「あの人大丈夫ですかね?」

「追われてる人間ってあんなもんだろ……よぉ、アンタ〈カルト〉に狙われてるから護衛探してんだって?」


 サラは構わず近づいて、テーブルに手を置き話しかけた。

 男はそれに驚き、椅子ごと後退りながら目を泳がせて震える口を開く。


「あ、ああそうだ。きっ君たちが護衛を引き受けてくれるのか?」

「前向きに検討してる段階だな。どんな護衛かにもよるし」

「そうか、そうか……それもそうだな、うん。私の取引の護衛だ。ああ、勿論相手は〈カルト〉ではなくてだね、うん。むしろ〈カルト〉の不利益になる為に狙われているのだが──」

「あぁもう、分かった分かった。落ち着けって」

「何か飲んで落ち着かれてはいかがですか?」


 緊張で逸る気持ちとそれに追い付かない口によって、詰まりながらも早口で状況を説明する男をサラは制止してネウマは落ち着かせようと試みる。


「ああ、すまないね。こういった追われるとかに慣れていないもので……」

「そんなの慣れてる人がどうかしてると思いますけど……」

「そんな目に遭わないに越した事はないわな」


 男は懐から緑色のエナジードリンク──OCHI!を取り出して、緊張でブレる指先で蓋を開け喉を鳴らしながら半分程を一度に飲み切った。

 

「流行ってんの?その……飲める電解液みたいな汁」

「汁って、人の飲む物に対して失礼ですよ……!」

「いやマジ汁だって。変なとろみがあるせいでサイバネトロールの鼻水って呼ばれてっから」

「ハハ、評判は随分悪いようだね。作っているのがツキヨミ製薬なものだから〈ヘルメス社〉のお膝元ではあまり見かけないし、このフレーバーは評判悪いから自販機限定にまで追い込まれてしまったよ」

「それなのにアンタも物好きだな……」

「私は研究者なんだ。頭脳労働で溜まった疲労を癒す、デスクから解き放ってくれるブルーカラーのお供だよ。コレは」

「キャッチコピーか何かか?ソレ」


 世の大半の人に後味が悪いと称されるソレが口の中に残す余韻を楽しみながら、緊張などは何処かに行ってしまったかのように男はその台詞を口にする。


「私の口癖かな。あぁ、名前を言っていなかったな私はユーノスだ」

「アタシはサラ。こっちのは……ペット?」

「助手とか他にもっとありません!?ネウマです!」

「ふむ……お2人はだいぶ、愉快なようだがこの依頼の危険性は理解しているかな?」

「あ?そんなの〈カルト〉の連中が襲ってくるかもって話だろ?」

「そうだ、目を付けられる可能性もある。今後付け狙われる可能性もある依頼だが、それでも引き受けるかね?」


 ユーノスがジロリと2人を睨め付ける。命を預けるのに相応しい存在か、測っているのだ。

 それに対してサラもネウマも、互いを見ずとも答えは既に分かっている。


「受ける、受けるね。むしろ〈カルト〉の連中の情報が少しでも欲しい状態なんでね」

「えぇ!私なんて既に狙われましたからね!今更ってヤツですよ!」

「そうか、君達も……うん。連帯感を持って挑めるのは良い事だ」


 力強い返事に驚くユーノスは、僅かに悲しみを滲ませながら頷く。


「よろしく頼むよ。ふむ……しかしまだ時間に余裕があるな」


 そう言ってユーノスは左手首に着けた腕時計を見る。今ではアイインプラントによって視界内に表示される時刻表示頼りで、富裕層以外が身に付ける事が減った腕時計をユーノスは付けている。


「今HUDで時間見てから時計見なかったか?」

「ハハ、気付かれてしまったか。この時計はお気に入りなんだが、やはり視界に映る方を優先して使ってしまうものだから」

「お気に入りの時計ですか、なんか良いですね!」

「ああ、父から貰った物でね、父は祖父から祖父は曽祖父から、そうやって受け継がれてきた物なんだよ」

「へぇー素敵ですねぇ……それじゃあユーノスさんもお子さんに渡すんですか?」

「いや……」


 ネウマの言葉に沈痛な面持ちを見せてユーノスは腕時計を撫でる。時計に刻まれた細かい傷のその向こうに父の思いを感じながら、訥々と語り出した。


「家族は〈カルト〉によって殺されてしまってね。……生き残ったのは私だけ」

「あ……ごめんなさい私……」

「いや、大丈夫だ……家族の事を知ってくれる人が増えるのは嬉しい。実はそんなに珍しい話でもないんだよ、声を上げる人が少ないだけでね」

「それでも!ユーノスさんにとっては唯一無二の家族のですし!その……」

「優しいなネウマさんは。だから私はね、そんな誰かにとっての唯一無二を奪わせない為に頑張りたいと思っているんだ」

「反〈カルト〉を掲げた医者が死んだって話も聞くぞ?それでもやんのかよ」

「あぁ、私に失うものは既に無い……悲しい事だがね。ただそんな身軽さが奴らに対抗する上で都合が良いんだ」


 口元を緩めて優しく笑い、しかしユーノスの目は決意に満ちて力強く前を見据えている。

 

「アタシは別に打って出ようとか、そんなに考えてる訳じゃないけどな」

「それでも今を守ってくれる事が心強いよ」

「はいはい!私も……肩とか揉めます!」

「ハハハ、賑やかだな君達は。緊張もほぐれたよ」


 表情から硬さが消えて、椅子に深く腰かけ直したユーノスが2人を椅子へと促す。

 ソレに対してサラとネウマは並んで、ユーノスの対面の席へと腰掛けた。


「これは雑談なんだが……君達は何故〈カルト〉に狙われたんだい?」

「実はですね……それが分からないから困っているんですよ……!」

「ネウマは記憶喪失なんだよ。今はアタシの所に居着いてるから無関係とはいかないし、色々調べてるってワケ」

「成る程……記憶喪失の原因は?」

「生体保護コンテナから正しく復帰できなかった?みたいで」

「まぁ、聞かない話ではないな。そんな運び方をしていた人を狙う〈カルト〉の思惑も……幾らか考えられるか」


 ユーノスの言葉でネウマが目を見開いて、テープに手をつき立ち上がり声を上げる。


「ホントですか!?」

「じゃかーしいわぁー!!!静かにせいっ!!!」

「ごめんなさい……」


 のだがエリザベートに咎められ、ネウマは風船が萎むように椅子へ戻ってくる。


「それでなんで私は狙われたんでしょうか……」

「うん……期待させて申し訳ないがあくまで推測だと前置きした上で言うならば……彼らが人を狙うのは自分達にとって都合が悪いから殺そうとしているのか、逆に都合が良いから攫おうとしているのか」

「最初に〈カルト〉と遭遇した時、ネウマすら殺しかねない攻撃をしていたが〈モーターヘッド・ギャング〉とは身柄の引き渡しで取引の合意をしていた」

「ならば利用価値はあるが、それを他の勢力に抱えられたくない……とかかな?」

「私の価値ってなんですかね……?あぁ美人以外で」

「美人以外か……」

「……美人である事は否定しないが〈カルト〉は強い魔力を持った人を攫うからそれか、記憶を失う前は何らかの専門的な知識や技能を持っていた可能性があるな。私のように」

「そういや研究者だっけか?ユーノス先生って呼んだ方がいいか?」

「先生……先生か、いや好きに呼んでくれて構わない」


 先生と呼ばれてユーノスは少し驚いたような表情をして、口の中でその響きを確かめたあと元の様子へ戻る。


「良いですねぇ先生。なんか教わりたいですよ」

「まぁ構わないよ。そうだな……では〈カルト〉の信奉している魔王について、なんてどうかな?」

「どうと聞かれても、そもそもアタシはユーノス先生の専門を知らないからな」

「ん?言ってなかったか、主に考古学に類する分野だな」

「おぉー!古のロマン!カッコいいですね!」

「そう言って貰えると嬉しいね、好きで目指した考古学者だったから──さて魔王という存在の実態については定かではないものの、今では使われなくなって久しい魔族という呼称で種族単位での団結と、それ以外に対する敵対が行われていた時代に遡ると朧げにその姿が見えてくる」


 慣れた様子で説明を始めたユーノスの言葉に、サラもネウマも黙って耳を傾けた。ネウマは好奇心から、サラは僅かな懐かしさから。


「魔族が最も団結して、世界をおおよそ二分した戦いがあったのがおおよそ2,000年と数百……300年程度か。その時代の魔族を率いていたリーダーが魔王だと、それは分かっている」

「大雑把すぎないか?」

「文字の記録が殆ど残っていないんだ。当時の魔王軍は焚書や歴史的価値のある建物の破壊などを行なっていた上に、魔王軍側の記録に関しても散逸して見つかっていない。奇妙だと思わないかい?」

「確かに不思議……誰かが隠そうとしているとかですかね!?」

「ハハ、そんな風に考える人もいる。実に面白い研究対象だろう?」

「〈カルト〉の連中もそう思ってるだろうな」

「そう、それなんだよ。実態の分からない魔王を信奉するのは何故なんだろうね?……とは言ってみたものの、私はある種の答えを得ている」

「えぇ!?ホントですか!」


 目を輝かせて大きなリアクションをとるネウマは良い観客、良い生徒だ。ユーノスも楽しくなって、思わずテーブルに身を乗り出して前のめりになりつつある。


「あぁ、この街の地下──地下居住区画(アンダーグラウンド)の更に奥。魔王に関わりのある遺構が発見されたんだよ」

地下居住区画(アンダーグラウンド)の奥は拡張工事中の事故で現在封鎖されてる筈だ」


 そう、地下居住区画(アンダーグラウンド)の最奥は開発工事の最中に起きた崩落事故により多数の死傷者を出した。更にそれによって発生したアンデッドが作業員を襲い、更にアンデッドが増え……と地下開発区画は地下墓(ヴォルト)と化して、これ以上の被害を出さない為に無事な区画との境界を巨大な鉄扉で塞いで広がる死の街を食い止めた。


「その事故の原因というのが……その遺構だな。拡張工事中に発見されたその遺構は事故が起こるまでの僅かな期間、私達が調査していた」

「そこで魔王に関わりがある遺跡……って事はこの街も!?」

「そうだ!あんな大規模な地下施設を作るような、魔王軍にとって重要な都市であった可能性が高い……!それに当時から幅を利かせていた教会勢力の総本山である聖都からも距離があるしね」


 そこまで言うとユーノスは深く息を吐いて、テーブルへ乗り出した体をゆっくり椅子へと戻してゆく。ヒートアップした会話はそこで熱を拡散して、ネウマも知らずのうちに握り締めて眼前に掲げていた拳を解いて膝の上に置く。


「とはいえ、そこまで行くと浪漫の話になる。あの遺跡だって本格的な調査の前に事故が起きたからね」

「それがユーノスさんの言う通り〈カルト〉の仕業だとして、何が目的だったんでしょうか?」

「奴らにとって聖地とでも言うべき場所を守ろうとしたとか……いや、話しすぎたな」


 最後の方は独り言のようでサラとネウマには殆ど聞こえなかったが、会話を切り上げてユーノスは立ち上がる。

 左手に手錠で繋がれたアタッシュケース、右手にエナジードリンクを持って2人の目を見据える。


「さて、護衛の方よろしく頼むよ」

「あいよ、任せときな」

「私は……賑やかしとかしますね!」

「ハハ、頼りにしている」


 和やかな雰囲気でユーノスの護衛は始まった。

 ネウマにとっては初めての傭兵としての仕事、それも謎の多い〈トライアイ・カルト〉が相手ではあるものの不思議と抗う力が湧いてくるような、そんな気がしたのだ。


「時計してる方の手に手錠かけたら時計傷付きません?」

「……あぁ成る程、緊張しすぎで考えてなかったな」


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次回更新は4/26水曜日、21時です。

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