1-12 帰路
帰路に着く車内に響くのはエンジン音のみ。
サラもネウマも疲れ切っていたし、それにサラは自身の内面を曝け出した事に恥ずかしさを感じてネウマの顔をあまり見れずにいた。
「……お家ごと移動ってなんか素敵ですねぇ」
「まぁな……」
「……」
「……」
会話は続かずに、サラは運転に集中してネウマは車外の移りゆく景色を眺めている。
この場所はスラムと呼ばれる〈ストーンヘンジ〉の発展から取り残された区画だ。
古い建物も多く、くたびれた看板や色褪せたポスターが人の手が長い期間入っていない事を窺わせる。
「なんだか寂しい場所ですねぇ」
「見捨てられた場所だからな。〈ストーンヘンジ〉の中でも地区によって貧富の差はあるが、この辺りは街の一部って呼べるかもちょっと怪しい」
「何故そんな状態を放置しているんですか?」
「金持ち連中の暮らす場所はスラムと接してないからな。臭い物に蓋をして、割を食うのは貧乏人ってワケ」
「お金が全てって感じですねぇ」
「実際そうだよ、金持ってる所が強い」
「ヘルメス社、でしたっけ?サラさんはそういった勢力に参加はしないんですか?」
「ん、まぁね。アタシみたいな全身何処のモノが分からんサイバネティクスで固めた身で企業入りはちょっとな」
前を向いたまま、そう言ってハンドルを握る己の腕を撫でるサラは未だ動いている堅牢な信号機を見つけるとその指示に従って交差点前の停止線で止まる。
「信号機が動いてるって事は、別に街から完全に切り離された陸の孤島って訳でもない筈なんだけどな……」
赤く灯ってサラの動きを静止するソレを見ながらサラは1人ごちる。
魔力や電力の供給は絶たれていないのだろうかと、見捨てられたにも関わらずそのようなインフラの一部でも生きている事が奇妙なのだ。
盗電にしては規模も大きく、管理するヘルメス社が気が付かない訳がない。
「ま、気にしても仕方ないな」
疲労の溜まったタールのように重い頭で考えても無駄だと、誰1人として通行することの無かった交差点の信号機が通行可能である事を示したのに合わせて振り払ってアクセルを踏む。
緩やかなアクセルで交差点の中央付近まで進んだ霊柩車は、交差点の中心をえぐるように右折して、滑らかに直進へと切り替わる。
「甘いモノ欲しいな……〈ダイスロール〉でなんか食わないと今日はもうムリ……」
「いいですねぇ私もご飯が食べたいです!今日何もない食べてませんから!」
──後は帰るだけと、そんな油断した時にこそイレギュラーは訪れる。
轟音と共にサイドミラーには先程曲がった角の建物が吹き飛んで、代わりに飛び出して来たのは巨大な鉄の塊。
太い履帯にて瓦礫を踏み越え唸りを上げる鋼の魔獣。
「戦車!?」
「ひぇ!?何事ですか!!」
そう、それこそは〈モーターヘッド〉の秘密兵器、ブラックマーケットや強奪した物資からパーツを集めて組み上げたモンスターマシン。
サラの霊柩車など簡単に踏み潰せる巨体を凄まじいスピードで爆進させるその威容に当然2人は驚愕する。
「やべえやべえやべえ!」
「なんですかアレ!ひえぇ!」
戦車に備え付けられた2門の重機関銃が火を吹き、戦場でしか聞かないような重い射撃音と共に鉄塊の如き弾頭が道路に着弾する。
砕けたアスファルトは霊柩車に当たり、それだけでけたたましい音を立てて2人を心理的に追い詰める。
「当たった!?当たりましたか!?」
「アスファルトはな!クソッ車に傷が付くだろ…!」
弾が当たらぬようにジグザグの走行を行って車体を左右に大きく揺らしても、戦車にとっては獲物が尻を振って誘っているようなものだ。
『ハ、ハハハハハッ!!クソがァッ!俺のモンぶち壊しやがって!〈カルト〉との取引なんて関係ねぇ!テメェらの首はボブルヘッドにして俺の戦車のインテリアにするッ!』
「ターボヘッド!?生きてたのかよ!?」
「めちゃくちゃ怒ってますよ!?」
戦車に取り付けられたスピーカーが、怒りが頂点まで達したターボヘッドの怒声を響かせる。
怒りに任せて流し込まれた魔力は戦車に満ちて、エンジンは地を震わせる唸りを上げて猛追を始めた。
「速っ!?あんな魔術の使い方したらアイツ死ぬぞ!」
「その前に追いつかれませんか!?」
サラの見立て通りターボヘッドは相当な無理をして魔術を使っている。
負傷した不安定な状態で、さらに1人で戦車を動かす為に簡易的なゴーレム化の魔術を施した後先考えない無理矢理な操縦は当然精密さに欠ける。
メチャクチャに射撃を繰り返していても、ガレージでの戦闘のような照準の正確さはまるで無く、霊柩車に命中した弾はむしろ流れ弾と言った方が正しい程だ。
しかしそんな射撃であっても内包される破壊力には変わらない為、必死で回避して車内は揺れてネウマは何処を掴んで良いのか、あたふたと手を回してサラは全力で左右へハンドルを回し続けて必死の形相。
何か活路はないかと道の先を睨み付け、サラはドラフトにて左の路地へと入り込む。
「うひゃああぁ!?」
「アタシの肩掴むな!車に掴まってろ!」
「曲がる前に言ってくださいよ!」
講義の声を上げるネウマはサラの肩を掴み、サラは車1台分よりは広いが2台は通れない程度の道を進む。
かつてはバザールだったのだろうその場所は、今ではシャッターが等間隔に並ぶだけのトンネルのような状態だ。
『逃げられるとでも思ってんのかァッ!?』
「無茶苦茶だ!」
しかしそれに構うことなく戦車は突き進む。
かつて店舗だった空間はこの通路に対して直角に、横穴のように伸びて隣と壁を挟んで隣接しているのだが、等間隔に存在するその壁を戦車は突き破って無理矢理に通行出来るだけの横幅を確保している。
しかし幸いと言えるのは、ひとつひとつは些細な障害であっても大量に存在するならそれは戦車の進行を若干遅らせる事が出来た事だ。
しかし走る度に猛烈な破壊の音が響いて2人の精神を追い詰める中、バザールはカーブを描き出口を見せる。
「出口ですよ!」
「分かったから抱き付くのやめろ!」
一切の加減なく加速した霊柩車が飛び出したのは大通り。
2車線道路が長く続くその道は、このスラムから出る分かりやすいルートでもある。
「あっ、ヤバい!このまま進んで街に連れてけねぇだろ!」
「とんでもない被害になりますよ!……じゃあどうするんですか!?」
ネウマの逆ギレの如きツッコミを認識の外に置いてサラは思案する。
視線が慌ただしく動き、進む先の道路をチェックしてサラは横目でチラリとネウマを見る。
「な、なんですか……?」
「なんであの戦車は機銃しか撃って来ないんだ?戦車なんだから大砲撃てばアタシ達なんて簡単に殺せんのによ」
「……?」
「あの戦車は未完成……砲を搭載していないんじゃないか?」
「!!そう言えば今回の取引で秘密兵器が完成するって話してました!」
「やっぱりか……よし、解決法が思い付いた。運転変われ」
「はい?」
サラはシートベルトを外し、左脚をシートの上に乗せて手招きする。
ネウマはポカンと口を開けて惚けた表情でサラを見つめる。
「無反動砲いけたんだから運転も大丈夫だって」
「え!?またいきなりやらされるんですか!?」
「オートマだからアクセル踏むだけだしさ!ハンドルは動かさずに直進だけ!な?簡単だろ?」
「オートマってなんなんですか!?」
「簡単って事だよ!いいから来いって!!」
余裕の無い2人の半ギレのやり取りの間にも戦車は迫っているのだ。
サラはネウマのシートベルトを外して強引に体を引き寄せる。
サラは同じシートの上まで肩を抱き寄せて胸元にネウマの頭が来る、後ろ抱きの体勢まで引き寄せてからネウマの手を上か重ねてハンドルを握る形にさせる。
「あっちょっ……なんかキュンとくるシチュエーションじゃないですか?」
「そんだけ余裕あんなら大人しく運転しとけや!!」
ネウマの足がサラと交代でアクセルを踏み、サラは天井を這うようにして荷室へと転がり込む
「痛っ、背中でなんか踏んだな…っ」
背中の痛みをに体をくねらせて、床に転がる空薬莢を睨みながら荷室の後ろ、後部扉へ手を掛ける。
跳ね上げ式の扉は最初に力を込めればあとは僅かな作動音と共に緩やかに持ち上がる。
『手こずらせやがってよォ!!テメェらは!俺に踏み潰される虫ケラ程度の存在なんだって分かってくれよなァッ!?』
飛び出した戦車はもはや道に従うこともなく、バザールの出入り口付近の壁を突き破って現れた。
サイドミラー越しでは無いその威容を直接見て、サラは思わず息を呑む。
普通に生活していたらおよそ見ることの無い戦闘中の戦車。
そしてサラは不敵に笑い、簡易ベッドの下のコンテナへ手を掛ける。
ガチリガチリと厳重なロックを解除して、中から取り出されたのは長大な黒い筒──対物ライフル。
「ドラゴントゥース、お前の本領発揮だ」
使用する弾薬は世界最大、最強のライフル弾。
その大きさから竜の牙と呼ばれ、この銃はそれを撃つ為に作られた。
威力を求めた弾が先に作られて、それ専用の銃が作られた為に弾の方に名前が掛かった奇妙なその銃も当然箒。
「決着付けようぜ、ターボヘッド」
機能はシンプル。
銃全体に土属性魔術によって強度の上昇を行い、貫徹力を上げる為に弾頭へ魔術のコーティングを施す。
反動や取り回しの悪さは箒としての運動制御で補った。
サラが伏せ、射撃体勢を取るとその長大さから銃身は車外にはみ出すが、銃自体が空に留まり照準を乱さない。
そしてグリップからサラの魔力が魔術的回路へと流れ込み、銃身に刻まれた術式が光り出して獲物を喰らい尽くす準備が出来た事を示す。
「ふぅ……ブッ飛べ!!」
ストライカーが雷管を叩き火薬が燃焼され、弾頭が放たれる──が、サラはそこにひと手間加える。
サラは自身の魔術をチャンバー内に満たして、火薬の燃焼に加えて魔術の爆発によって弾頭を更に加速させるのだ。
当然反動も、負荷も半端ではない。
しかしこの銃は世界最強の生物である竜の名を冠するのだ。
刻まれた術式は完璧に爆発を銃の構造内に抑え込み、弾頭の加速力へと変える。
そして長いバレルの中で加速し続ける弾頭は、ライフリングで旋条痕を刻まれると共にサラの膨大な魔力も刻まれる。
竜の息吹きかと見紛う程の爆炎と共に銃口から飛び出した弾頭は赤熱し、魔術のコーティングが無ければ形を保つ事すら出来ないだろう。
強引に銃弾の形を押し固められたエネルギーの塊はジャイロ回転しながら直進し、猛烈なスピードで戦車の装甲へと到達する。
傾斜した分厚い何重もの装甲へと先端を突き立てた弾丸は強引に、捩じ込むようにその身を食い込ませて戦車を穿つ。
多重の装甲を突き抜けて車内へと入り込んだ弾丸は、ここでついに形を崩し始める。
魔術のコーティングは内側に蓄えた熱に焼き尽くされ、光と共に膨張するエネルギーが戦車の構造を内側から蹂躙、乗員は諸共エネルギーの奔流に晒された。
形を崩しながらも残った弾丸は、指向性を与えられたエネルギーとして戦車の後部へ突き抜ける。
銃口から飛び出して僅かな時間で飛翔を終える弾丸は、戦車を貫き最後に花火の如き爆炎となって燃え尽きた。
「ななな、何したんですかぁ!?」
「ふぅー……解決ッ!帰るぞー」
「あ、終わりですか!はぁ……良かったぁ」
ネウマが安堵し力が抜けて、ハンドルもそれに合わせて左右へブレる。
「のぁぁ!?ハンドル!ハンドル!」
「ひゃあぁぁ!?こ、怖い!」
「いいから!ハンドル掴めって!!」
「サラさぁぁぁん!」
燃え盛る戦車を背にして、姦しく霊柩車は生きた2人を乗せて帰路につく。
ネウマは初めての運転に恐怖して、サラは左右に揺さぶられる車内で生きた心地がしなかったが、それでも2人の心には僅かな平穏の到来を期待するゆとりが生まれていた──
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