お留守番をしよう
「こめちゃん、すぐ帰ってくるよ。」
私はケータイをじっと見つめるこめちゃんに声をかける。
「うん…。」
「そうだよ、先輩たちもすぐって言ってたし、ね?」
俊くんも宥めている。
こめちゃんがしょんぼりしているのは先輩方が昨日修学旅行に行ったから。
一年合宿の2日後から2年の本格的な修学旅行がある。本格的とは言っても、規模も日数も一年合宿とほとんど変わらない。
先輩方はそれぞれ思い思いのことを言って旅立っていった。
東堂先輩
「まぁ、せいぜい一週間だ。仕事は無理せずに回せ。残ってたら帰ってから俺らも手伝うしな。」
美玲先輩
「なーに、すぐ帰ってくる!私はみんなが大好きだからな。帰ってきたらすぐに文化祭準備になるから旅の疲れを癒しておいてくれ!」
泉子先輩
「そうなのです!先週撮ってもらった写真をバッチリ現像してお守りに持って行くのです!代わりに私たちのを撮ってきますですね!それでみんなのを飾るのです!きゃー幸せなのです!」
桜井先輩
「ボクはみんながいなくて日々枕を濡らしていたよ!みんなの愛を補給する間もなく慌てて行くなんて信じられないな!みんなも寂しいだろう?ここにボクの等身大のパネルを置いていくから代わりに構っておいておくれ!…秋斗くん、早速蹴りつけるとは、やはりボクの愛に飢えているんだね…!」
会長
「あとをよろしく頼みます。もしまいこさんに何かあれば飛んで帰るので、一秒たりとも遅れずに連絡をくださいね。」
会長はこれを言っていたとき、こめちゃんを抱きしめたままだった。
こめちゃんがこっちの合宿期間を合わせてほぼ2週間傍にいられないことを寂しがったからだ。
まー付き合ってすぐだもんなぁ。倦怠期の夫婦なんて「亭主元気で外がいい」とか言うし、今が花なんだろうなぁ。
「…ゆき、なんか表情が達観したおばちゃんになってるよ。どうせ今が一番幸せなんだろうなぁ、とか思ってたんでしょ?」
「秋斗、行動パターンを読むだけでは飽き足らず精神も読むようになったの?!」
私と秋斗のやりとりにくすくす笑った後、冬馬くんは次期会長らしく「さて、仕事するか。」と声をかけ、それを合図に私たちは書類やら何やらに取り組み始める。
先週の分については先輩たちがきっちり終わらせてくれている。それに今週はテストもなければ、一年のための行事もない平和な週だ。問題なく過ごせるに違いない。
はずだった。
そんな平和な週も半ばを迎えた木曜日。
「未羽、今日は仕事あるから一緒に帰れないわ。」
「うぃー。」
「今日もお前ら生徒会の仕事?忙しーよなー。」
「本当に大変そうですわね。」
いつもの会話をしながら茶道部のいつものみんなと冬馬くんで昼ごはんを食べていた時だ。
「横田っ!!それから野口!」
怒れる一年主任教師がこちらにやってきた。
「せんせーどうしたんですかー?」
「どうしたんですかー?じゃないだろう!お前ら、夏期課題のほとんどを相田や上林のを写したな!」
「「げ。」」
「照合に時間がかかっていたんだが、お前らが仲良いのは教師も把握しててな。それで発覚したんだ!現代文の記述が相田のとそっくり同じだったり、英作文が新田のとまるまる同じなのはどういうことだっ!!」
だーかーらーやめとけって言ったのに。
「お前ら、今日は放課後補講だっ!最後の確認テストで合格点取れるまで帰さん!」
「せんせー!!そんなぁ!殺生な!」
未羽がこそっと私に話しかけてくる。
「…ケータイでさ、答え教えて?あっちは声出さないとダメだからさ、ね?写メするから。」
あっちとは盗聴とかイヤリングのことだろう。
「聞こえてるぞ横田!ダメに決まっているだろう!ケータイ没取!!」
「うぎゃあ!!先生、それは私の命より大事なツール…!!!」
「合格するまで返さん。放課後俺のところに二人で来い!」
未羽が白目をむく。日頃のツケが回っただけの話だ。
放課後、項垂れたままとぼとぼと職員室に向かう二人を見送ったあと、私たちはそれぞれの仕事に向かう。ちなみにドレイ…ではなく補助員の三人は先週の一年合宿でダウンしているので久しぶりに五人だけでお仕事中だ。秋斗は会計関連でいくつかの部の部長に確認を取る必要が出たらしく生徒会室を離れ、巡回当番の冬馬くんと俊くんが出て行った後、こめちゃんと私で部屋で事務仕事をしていた。
ピロンっ!
ケータイが鳴り、こめちゃんが嬉しそうに見ている。初日からきっちり1時間おきに鳴ってくれるもんだから、既にみんな時報代わりに使っている。
「もう5時か!日が落ちるのも早くなったよね、もう暗いし。」
「ねー。もうすぐ11月だもんねぇー。11月になったら忙しくなるねぇ。」
「本当だよ、今のうちに雑務終わらせておかないとね。よし、私ちょっとトイレ行ってくるね。」
「行ってらっしゃーい!」
トイレに向かって廊下を歩いていると、いきなり、
「すみません!生徒会の相田さんですよね?!」
と話しかけられた。リボンの色から見て同級生の女の子だ。
「はい、そうですけど。」
「体育館近くで上級生の女子生徒数人が喧嘩してるんです!止めてください!」
女子生徒か。それなら乱闘とかも酷くなさそうだし、冬馬くんたちに連絡を入れる必要もなさそう。
考えている間に手を取られて引かれる。
「あ、え、ちょっと!」
「第一体育館裏なんです!今にも殴り合いしそうだったんで急いでください!」
言われた場所に行ってみると、なるほど、数人の女子生徒が揉めている。生徒の揉め事解決も私たちのお仕事。
「すみません、生徒会の相田です。どうされたんですか?」
「こいつがっ!」
「この女が!」
つかみ合いの喧嘩中だ。
あー。これはまずいかも?やっぱり連絡を入れておくか。
ケータイを取り出す。
「取った!」
「へ?」
ケータイを後ろにいた女子に取り上げられた。
そのまま後ろで手をガムテープで縛られ
「え、ちょ!」
背中を押されて体育館倉庫に転がされた。
「あんた、うざいのよ!王子二人を独占してさ!」
「それでへーきな顔して!ふざけんなっての!」
これは、まさか。
「こんなもん、こーしてやるっ!」
バリン!!!
地面に叩き付けられて踏まれて、割れた液晶の上に水までかけられて、更に石灰(炭酸カルシウムの体には安全なやつだ)までどっさり振りかけてくれる。念入りなことだ。
「そこで反省してなさいよっ!もうあの二人に関わらないっていうなら出してあげるっ!」
「ただし明日の朝かもねーきゃははははは!」
がちゃん。と無情にも鍵のかかる音がして、私は粉砕されたケータイと取り残された。




