一年合宿の京都ではみんなで祇園観光をしよう (4日目)
何かいい策はないか。
私は頭をスーパーコンピューター並みにフル回転させようとしていた。前世というチートまで活用して脳内を検索した。
しかしいい策は浮かばない。
よくよく考えてみたら、前世でこれだけたくさんの本能丸出しの人に囲まれて命の危険を感じたことはないから前世の記憶が役に立つはずはないのだが、あまりの危機に脳みそが焦っていた。
諸葛亮孔明様でも黒田官兵衛様でも何でもいい!とにかく誰か憑依でも何でもして私にこの状況を打破する術を!!
そんな現実逃避までしていた時だ。
「女王陛下!!」
「俊のアニキ!!」
「猿、雉、桃!!」
「「「「「「「……は?」」」」」」」
生徒会メンバー(及び気絶中の未羽)以外の頭に?が浮かぶのをスルーして、群衆を無理矢理抜けて中に入ってきた三人に声をかける。
初日に会ったっきりだったが、いたのか。ごめん、忘れていた。
「いたの?」
「酷いッス!女王陛下!」
「俺たちはいつでもみなさんに付き従っていたんす!」
「陰ながらですが!」
「え、いつ?どこで?僕、見かけなかったんだけど…。」
俊くんの疑問に三人が次々と答える。
「俺っちは、みなさんが鹿と戯れているときに、鹿の糞を片っ端から片付けていましたッス!」
そういえば、誰一人夢城さんと同じ「踏んじゃった悲劇」を起こさなかった。
「持ってきていた箒とちりとりが役に立ったッス!」
そんなもん合宿にわざわざ持ってきてたんかい。
「おいらは女王陛下が班会議で女子に絡まれたと聞いて、それから毎日夜通しみなさん方のお部屋のガードマンをしてたんす!お部屋が近かったので交互に行き来してたんす!」
凄まじき守衛精神だ!何日徹夜してるの?
「僕はっ、先ほど会長閣下の愛しの君が祭りに巻き込まれた時に、仕掛けていたGPSで場所を探知して俊のアニキに送りましたっ!」
「さっきのメールはそれだったんだ…!匿名だったから、兄さんがどこの諜報部員を雇ったんだろうと思ってたんだけど…。」
俊くんが呆然としている。
なぜ送信者を匿名にしたの?!
「おいらたちにお任せ下さいんす!こんな時こそおいらたちの出番んす!」
「でも…君たちが!!」
良識派・俊くんが、三人を案じる。
「大丈夫です!僕たちは蹴られても引っ掻かれてもいいんです!むしろ心地よい…!」
「俺っちたちに構わず、行ってください!」
「策はあるの?」
「もちろんッス。女王陛下、お任せ下さいッス!行くぞ、桃!」
「うっす!猿!」
そう言うと、4日間の徹夜で血走った眼の桃は女性たちの前に仁王立ちし、両手で胸を叩いてボコボコいわせ、ぐおおおおお!と大声を上げた。
「これは…!」
「ゴリラが威嚇する時に行うと言われる…!」
「ドラミングですわね!!」
遊くん、明美、京子の解説。
女性たちが一斉に引く。
「今ッス!」
「猿くん、雉くん、桃くん、このご恩は忘れないよ!」
俊くんが丁寧に言うとこめちゃんを抱えて開かれた血路に向かって走り出す。みんなも後に続く。
一部の女性たちがようやく一瞬のたじろぎから解放されてこっちに襲いかかって…いや、走ってきた!
それを猿が前に立ち塞がり、歯を剥き出しにして、キィィィィ!と追い払う。
「あれは…!」
「ニホンザルの威嚇の仕方!」
天夢の皇帝二人の実況。
それでも抜けてきた女性を雉が体を張って止める。
「痛いっ!痛いっ!幸せっ!もっと!」
「あれは…!」
「真正のドM!」
天夢の鮫島くんと斉くんの驚愕の声。
こうして、私たちは無事怪我一つなく包囲網を抜けて逃げだせたのだった。
大分走った後。
「はぁ、はぁ、はぁ。ここまで来れば、大丈夫でしょ。」
私の言葉に君恋生徒会メンバーが一斉に頷く。
「あの方々は一体…?雪のことを女王と呼んでいましたが…。」
「強烈だったわね…。」
「あれは、君恋の生徒会の補助員という名のドレイだよ。」
京子と明美が尋ねるのに秋斗が答え、
「あいつらは俊を神ともアニキとも慕い、相田を女王と仰ぎ、会長を閣下と讃えているんだ。」
冬馬くんが補足説明をする。
「彼らに人権はないんだよ〜!」
嬉しそうに言うこめちゃんが一番残酷だと思ったのは私だけではないはずだ。
「俺、お前らが友達っていう自分を猛者だと思えてきた…!」
遊くんが呆然として言う。
天夢の4人は少しの間絶句していたが、
「…雹~、君恋は天夢以上にやばいとこみたいだよ?」
「斉、キャラが濃いやつが多いだけなんだよな…?」
「あれはキャラで終わらせていいのか?宗教とか洗脳とか、そういう言葉の方が適切なんじゃないのか?」
「俺、君恋に行って甘く見てたけど、生徒会の人たちに逆らわなくてよかったです…!」
口々に思い思いのことを言ってくれる。
君恋は確かに普通じゃないけど、主に普通じゃない人が生徒会に集まっているだけだからね?
ようやく落ち着いて、明美と京子に引きずられていた未羽も目を覚ましたのでみんなで軽食を取ってから祇園観光を始める。
明美も雹くんもそれぞれ違う理由で嫌がっていたはずなのに、先ほどの動乱で一定の一体感が生まれたのか、もう異議は唱えなかった。雹くんからは(ここの女子メンバーであればなのだろうが)鳥肌が消え、明美は雨くんが一番遠くにいれば同じ空間にいられるようにはなったらしい。
「三人は大丈夫かなぁ…。」
優しい俊くんが心配しているので答えてあげる。
「彼らはお空のお星様になったんだよ、尊い犠牲というやつよ。」
「雪、あんた、精神が進化しちゃいけない方向に進化してない?」
未羽、失敬な。
祇園定番の舞妓さんや新撰組のコスプレについては時間の関係から省略することになり、お土産屋さんを巡る旅をした。
美味しそうなお菓子があるところではこめちゃんが必ず試食をして買うので、その荷物持ちが俊くんの役割になっていた。
つくづく不憫な子だ。一歩間違えれば彼がドレイの身分になっていたんだろう。
あまりに可哀想なので、私もこめちゃんのお土産持ちを手伝う。
明美と京子は和風小物のお店で「これが可愛い」「あれがいいですわ!」と楽しそうに吟味しており、その様子を雨くんが微笑ましそうに見つめている。間近で見られるだけで幸せらしい。
「ゆきは買わなくていいの?荷物なら持ってるよ?」
「いいの。どうせ部屋とかにつけるとこないし、ストラップはスマホにつけられないし。ぬいぐるみは邪魔だし。」
「相田さんはドライだな。」
「雪は中身枯れてるから。」
「外見は綺麗なのにもったいないねー。」
鮫島くん、未羽、斉くん、うるさい!
「でもこれ、似合うんじゃないか?」
雹くんが見せてくれたのは、桜柄の和風ブックカバーだ。素材がちりめんで手触りがいい。なかなかいい趣味をしているね雹くん。
「文庫本を読むことは多いから確かにそれは使うかも。買おうかな。」
「買ってやるよ。」
「いいです!買っていただく理由がありません!」
そう言うと、雹くんは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「お前は俺のおん」
「んなわけないだろっ!買うなら俺が買うから!」
秋斗が雹くんの言葉を切る。
やっぱり買うのはやめよう。
遊くんは七味唐辛子ショップで格闘していた。
「ほら、これならいけるんじゃね?!辛いもの食うと男が上がるっていうだろ?!」
「…それ、本当か?迷信だろ?」
「いや、俺にはもうその道しか残っていない!このイケメンたちに囲まれてる状態での俺の株を上げるためにも…!辛さ10はやばそうだけどブレンドならいけるだろ!辛さ6と辛さ5を混ぜて一気に…!」
「本当に食べるのか?やめておいた方が…。」
冬馬くんの制止を振り切り、一気に試食品を口に入れ、悶絶している。
遊くん。君は何をしたかったんだ?
そんなこんなで、自由時間はあっという間に終わり、天夢のみんなとはお別れの時間になる。
「明美さん。」
ぷいっとする明美に声をかける雨くん。
「待っていてください。俺、絶対やってみせますから。」
「今まで『来る者拒まず去る者追わず』で俺が何回やめろって言ってもやめられなかった弟があんたに会ってから女拒絶してんだぜ?気が向かないって。俺、今まで雨のそういうの一度も見たことねーんだよ。あんたが初めてだ。」
雹くんの言葉に明美が逸らしていた目をちら、と雨くんに向ける。
「…たとえあなたがそれを達成しても、私があなたの申し出を受けるとは言ってないからね?」
「ええ。それでも。やってみせます。」
雨くんは気合のこもった顔で明美に笑いかけた。
「雪。」
「雹くん。」
「なんだかんだ、楽しかった。あの三人にも礼を言っておいてくれ。あと、これ。」
紙を数枚渡される。
「チケット…?」
「天夢の文化祭が11月半ばにあるんだ。お前らで来いよ。お前一人でもいいんだけど、そこの二匹の狛犬がうるせーからな。」
「狛犬だって…!?」
「新田、あまり否定できない。」
秋斗が暴れだそうとするのを冬馬くんが後ろから止めている。
だけど私はぷっと吹き出してしまう。
だって攻略対象者様を狛犬扱いとか!なかなかできないよ!
「ん、オッケー。ありがと。みんなで行くわ。」
「あぁ、歓迎するぜ。」
「じゃあね、秋斗くん、まったねー!」
「上林も元気でな!」
「そこの馬鹿なんとかしといてね、斉!」
「鮫島もな!」
イケメン四人は手を振り、自分たちのホテルに戻っていった。
長かった合宿編もあと1話でおしまいです。




