囮捜査をしよう
3/8 21:20追記 評価・ブックマーク等ありがとうございます。3/8の活動報告に「転校生モブの見た日常」という小話を掲載しましたので興味のある方はご覧ください。
次の日。
中間テストも明後日に迫った日の放課後。
会長が緊急の生徒会集会を始めた。こういう時、三馬鹿は猿がお茶を入れた後は静かに退散している。会長のしつけがよく行き届いている。
「テスト直前に申し訳ありません。今日集まっていただいたのは、こないだから起こっている不審者のことです。先週からうちの女子生徒が襲われる事件が相次いでいることはみなさんもご存じだと思います。被害は二種類。ハサミを持って追いかけられるか、連れ去られそうになるかです。昨日は11人目の被害者がハサミの方で、ついに髪を切られたそうです。」
「酷いです!」
ぷくっと頬をふくらませるこめちゃん。
「許せんな、女の子にとって髪はアイデンティティーの一つなのにな。」
「それでですが、早期に被害を食い止めるため、学校も独自で動くそうです。」
「と言いますと?」
「囮捜査です。違法捜査になる可能性があることと、囮役が女子高生に扮するのが難しいことで警察がなかなかやろうとしませんので私たちでやれと。」
「囮…ってことは美玲か泉子かハニーちゃんか白猫ちゃんだね。最悪ボクも入れる。」
「泉子だと連れ去られるときに抵抗出来ないのでいけません。尊の女装は背が高すぎるので却下です。」
「悔しいのです!」
「私ならどうだ?それなりに戦えるぞ!」
「美玲は髪が短いから、ハサミと連れ去りの犯人が同一の場合釣れません。」
「となると私ですね。」
「よくお分かりで。」
「会長がこめちゃんをそんな危険なところにやるわけないですからね。」
「会長!それは…」
「いいんだよ、秋斗。どっちにしてもこめちゃんじゃ髪長いとまでは言えないし、私の方が適任でしょ。」
私は背中中ほどまでのストレートの髪を大抵下ろしているから条件にぴったり当てはまる。
「雪ちゃん…ごめんね。」
しょんぼりするこめちゃん。こめちゃんのせいではない。
「もちろん、万全の対策をしてくださるんですよね?」
「あったりまえじゃない。」
「愛ちゃん先生!いつの間に!」
「私もいますよー。」
と四季先生。
「教師も生徒会会議には出席するのよ。それで相田さん、なるべく早く進めたいのだけど。」
「分かりました。今日からやります。」
「相田さん、大丈夫ですか?私たちで上を止めようとしたのですが、抑えきれなくなりまして…。」
どうやらシニアの先生方は生徒会をよく思っていないようだから、いいように利用してやろうと思っているのだろう。最近先生方が来ないのは必死でこの話を食い止めてくれていたかららしい。それにしても、明後日から中間、という日程で要求してくるとは。シニアの先生方も性格が悪い。
『未羽、聴いてんでしょ?これイベントなんだよね?』
『そう。今のとこまでの流れは同じ。』
私なら、これがイベントだと知っている。これが殺人とかヘビーなことにならずに済むことも。それなら一番不安は少ないはずだ。囮には適任だ。
「じゃあさっそく今日の放課後ここに来て下さい。」
放課後。
「ゆき…」
「秋斗、平気。護ってくれるんでしょ?」
「もちろん。絶対目を離さないから。」
距離を離して秋斗、四季先生、東堂先輩が見てくれている。一応ハサミと連れ去りが別犯罪であった場合に備えて、ゴリラこと桃川(桃と呼ばれている。見た目とのギャップが半端ない。)と猿山(猿)と桜井先輩と冬馬くんが別回路で学校周りの見回りをしている。
『雪、聞こえる?』
「ん、オッケーだよ。」
私は未羽と会話状態。
作戦開始前に未羽が特別に渡してきた無線だ。イヤリング型の小型のやつ。映画のスパイが使いそうな小ささだ。
「いつこんなの作ったの?」
『攻略対象者様方が最近色んなところでそのメロメロ会話をしてくれてるからね。こんなこともあろうかと。』
やはりこの女は普通人の常識を超えている。
「で?今日出るの?」
『うん。ゲームではそのはず。場所は分からないけど、今日なのは間違いない。』
「不審者って二人なの?」
『んー…ゲームではさ、連れ去りって事件としてでてきてなかったんだよね。これはゲーム補正かそれとも』
「本当の事件かってことね。」
東堂先輩たちには大通りを歩くよう言われてきたけれど、私はあえて裏道を選んだ。後ろをちらっと見れば、護衛についてくれている三人が慌てて追っているのが見える。
大通りを通ればイベントは起こらない。裏道を通れば起こる。これが未羽から与えられたゲームの情報だ。
さて、起こるか。
しばらく未羽との通話も控えて歩いていると、誰かに尾けられている気配がする。少しゆっくり目に歩いたり、早めに歩いても同じ距離を保とうとしている。間違いない。
『かかりました。』
先輩たちにラインを打ってから振り返る。
「あの、なんですか?」
そこにいたのはフードを被った男。手にハサミは…持っていない。今日は連れ去りの日なのか?
相手はこっちにそのまま駆け寄って来ると、腕を掴もうとしてくる。
ふっ、予想済みなんだよ!
すっと避けた、
のだが横に踏み出したマンホールが今朝がたの雨で濡れていたことは予想していなかった。
「うぉっとぉ!!」
『ばかっ、雪!』
まさかの。
マンホールですってんころりん。
「いったぁ。」
こんなに見事にマンホールでこけるとは。ドジっ子先生じゃあるまいに。
『雪!相手見て!』
未羽の声に自分の状況を思いだしはっと顔を上げると、相手の姿がほとんど目の前にあった。フードで隠れていない髭面が迫っていて、下劣に笑うのが見えた。倒れてスカートがめくれた太ももとスカートの中に相手の太い指が這う。生理的な嫌悪感が走り、身体が動かない。
「相田さん!」
次の瞬間、相手の顔が吹っ飛んでいた。
いや、戦国漫画じゃありませんから、そんなグロい光景ではありません。身体ごと蹴り飛ばされたらしく、私の前からいなくなっていたのだ。
たたらを踏む相手に私の前で立ちふさがるのは、四季先生。
「私の生徒に手を出そうなんて許せません!」
そのまま向かってくる男の手をとって投げ飛ばした!
え、先生そんな武闘家だったの?!
相手は地面に叩きつけられて昏倒したらしく伸びている。
「相田さん、大丈夫ですか?」
手を差し伸べてくれる先生。
真剣にこちらを心配してくれる表情は正義の味方のヒーローそのもの。
え、ドジっ子の汚名返上ですか?ここでまさかの進化ですか?
【おめでとう!ドジっこせんせいはせいぎのこうりゃくたいしょうしゃにしんかした!】
私の頭の中でテロップが流れた。
「ゆき!」
後から追ってきた秋斗が私を立たせてくれる。東堂先輩は「現行犯逮捕だ」と男の手を縛っていた。
「警察に連絡を入れましょう。」
と言って四季先生が取り出したケータイにちょうど着信が入る。
「はい、もしもし。四季です。こちらで不審者を確保しました。…え?なんですって?そちらにも不審者が?」
先輩と秋斗と顔を見合わせる。まさか、同一人物ではなかったのか。
「…はい。それは…。はい、はい。向かいます。」
ピッと通話を切った先生が鎮痛な面持ちのまま話す。
「巡回中の伊勢屋先生からです。生徒が髪を切られました。不審者は確保したとのことです。」
「被害生徒は?」
「今動転して泣いている、とのことです。…1ーAの夢城さんです。」




