引き換え条件を果たそう
「ねー未羽ちゃーん。食べようよう?泣いてたら私が食べちゃうよぅ?」
こめちゃんが未羽の前に置かれたショートケーキのカットにフォークを伸ばしている。
私がこめちゃんに自分のケーキが乗った紙皿を差し出すと、こめちゃんは笑顔で食べ始める。
俊くんはケーキはもちろん、フォークと紙皿までちゃんと用意してくれた。ケーキを切るミニナイフまで用意したところはさすがだ。
もし同じことを四季先生に頼んだら、私たちは今頃手づかみでケーキを食べることになっていただろう。
「ひっく、えぐ、ひっく。」
「そんなに泣かなくても〜!未羽は大げさだなぁ。」
「それだけ喜んでいただけたら私たちも本望ですわ。」
「なぁ、このメンツの誕生日にはこーやって盛大に祝うことにしようぜ!な!」
三人が未羽に話しかけてる。
私は未羽が大げさだとは思わない。ゲーム設定というのはこの世界の理みたいなものだ。サポートキャラという役を降り、それに逆らった未羽が幸せに、いや平穏に過ごせるかどうかすら、未確定。だれも分からないことだ。
いつも犯罪スレスレ(いや多分犯していると見て間違いない)のことをしたり変態まがいな行動を取る未羽だけど、心のどこかで実は常に不安を抱えていたのかもしれない。
でもね、未羽。ここはゲーム世界を元にしているとはいえ、あくまで現実。想定されてなくてもモブにはモブの人生があるんだ。だから、そんなに不安にならなくていいと思うよ?きっとここにいるみんなが、あんたのこと大事に思ってるから。
気を取り直したように、秋斗が口を開く。
「そういえば、ゆき、歌うんだよね?」
げ。
「そうだったよな、相田。まさかこの空気で有耶無耶にしようなんて思ってないよな?」
くっ。バレバレだったか!!
「そーだよ、雪、ごまかそうなんて無駄なんだからね!さ、何いれるの?」
明美がリモコンを渡してくる。
「え、雪さん歌うの?」
にこにこする俊くん。
こ、ここまでか!
よし、歌ってやろうじゃないか!
私は前世でも有名だった曲を選ぶ。音がそれほど飛ばなくて、ノリが良くて、どんな人でも勢いでいける曲を。名をねらい◯ちという。
前世との通算年齢は37歳。それなのに現世合わせてカラオケに来た回数はなんと片手の指で足りるほど。
ここは大人の社会人付き合いと同じ気分でいくしかない。
「…ここにきて、まさかの定番とかじゃないよね?」
「定番、と言いますと?」
「ん?ミニ・ジャイ◯ン、とか…。」
失敬な。そこまでじゃない、はずだ。
「まさかそんなことはねーだろ。才色兼備の雪ちゃんだろ?」
「いや、あり得なくはないよ?雪の体育祭のダンスを思い出せば…。」
「ダンス?なんの話?」
未羽以外のみんながだんだんと不安そうな顔をする中、イントロが始まる。
言い出したのはそっちだ。さぁ、行ったる!
歌い終わる。
ふっ。燃え尽きたぜ。
みんなを見ると、唖然とした顔をしている。未羽だけが、「はぁ〜こう来たか…。」とため息をついてる。
ん?
「なんというか。ジャ◯アンではなかったな。」
懸命に選んだ言葉を絞り出す様子の上林くん。
「ええ…そんなに下手じゃありませんでしたわね。歌は。」
そうか、京子ありがとう。
「でも、なんでその…そんな踊りが…。」
踊り?明美、どういうこと?
「雪ちゃん、もしかして歌の間に宇宙と交信してたの?」
なんでそんな設定が出てくるの?!それは愛ちゃん先生だけで十分だよ!
「いやオリジナリティに溢れてたよね…。」
俊くんまで?
「なんつーかな。あの異様な動作は…。あのタコの腕のような動き方は…時々あった、何かに取り憑かれたかのような足の振り上げ方は…もしかして、何か高度な技術を習得しようとしてたんだろ?な?」
待って遊くん?私はただ、ノリノリで歌っただけだよ?
「ごめん、ゆき。俺、二度と人前で歌えって言わないから。ゆきの気持ち、もっと考えなきゃいけなかったよね…。」
そこで沈痛な面持ちになる理由が分からないよ、秋斗!
全員がなぜか同じ見解に至ったところで、ドアがバン!と開けられる。
激怒した店員さんが怒鳴った。
「お客様!当店は食べ物の持ち込みはご遠慮いただいております!申し訳ありませんが、ご退出ください!!」
カラオケ店も追い出され、もうとっぷり日も暮れたので帰ろうか、ということになる。
「なんだかんだ、ドタバタだったけど充実した1日だったねぇ!」
「本当に、そうですわね。未羽のお誕生日もお祝いできたことですし。」
「私は最後に見たものだけは、永久に記憶の彼方に葬り去っておくことにするわ。」
「僕もそうする。」
「俺も。」
明美、俊くん、秋斗。とても失礼です、あんた方。覚えてろ!
「なんだ、またこーゆー機会作って遊びにいこーぜ?上林も、もちろんな!」
「本当か?それはすごく嬉しいな。」
にっこり笑う上林くん。
「じゃあ来週から、合宿頑張ってくださいましね?」
京子の言葉に、生徒会メンバーが頷く。
解散した後、秋斗と一緒に帰ろうとすると、ちょいちょい、と未羽に手招きされた。
「ごめん、新田くん、ちょっと雪借りる。」
「オッケー。待ってる。あと、未羽ちゃん、秋斗でいいよ。」
その言葉に未羽が嬉しそうに頰を染める。秋斗、無自覚だけど、未羽にとっては最高のプレゼントだよ。
「ありがと、秋斗くん!」
それから未羽は私の腕を引っ張って少し離れたとこまで連れて行く。
「何?未羽。もしや最後の私の歌について何か…。」
「いや、それはもういい。なんか、普通に終わる気はしてなかったし。」
おい。聞き捨てならんな。
「それよりも。」
未羽がいきなりぎゅうっと私に抱きついた。
「え?ちょっと?!未羽?」
「…ありがと、雪。あんたでしょ?あれ仕組んだの。私、この世界であんたに、ゲームの悪役じゃない相田雪に会えて、本当に幸せだわ。」
「未羽…。それは、こっちのセリフだよ。お誕生日、おめでとう。」
「これからも、よろしく、親友。」
「うん。こちらこそ、よろしく。」
「主にボイスとスチルの提供を。」
…やはり、未羽はどこまでも未羽だった。




