臨機応変な変化こそ強さ。(修学旅行編その4―2日目)
お昼の時間は予定外の流鏑馬のせいでかなり過ぎてしまった。
「お昼はたこ焼きだよねぇ!」
「いろいろ食べ歩きしよーぜー!」
食べ歩きと言う形でお腹を満たしていくことになり、こめちゃんが、目を輝かせながらダッシュする準備を整えている。俊くんが気落ちしたように大きくため息をついたのが見えたのもいつもの光景だ。
私が死角から俊くんに祈りを捧げてからたこ焼きのショップの列に並んでいると、「雪、買ったから食べよう」と呼ぶ声がしたので、たこやきの香りがとっても似合わない彼氏のところへ向かう。
ついさっきあの姿を見たばかりだからか、それとも攻略対象者スキルでも身につけたのか、冬馬の笑顔が眩しい。少女漫画の背景のキラキラ幻覚が見えてしまい、飛蚊症なんじゃないかと自分の目を一瞬疑ったくらいだ。
「ちょっと持ってて」
そう言って渡されたパックを持った時に、手が少し触れる。
いつもだったら何でもない、たったそれだけのことなのに、脈拍が急に早くなって、止まらなかった。
らしくなく当たった手を引いた途端、ぱさっと軽い音がして鰹節が舞い、タコ焼きが潰れた。支えのなくなったタコ焼きのパックは見事に逆回転して地面に墜落している。冬馬が驚いたようにたこ焼きを見つめて固まる。
いかん、私はなんで今更こんなことに動揺してるんだろう!
「ごめんっ!」
「――いいよ、俺もう1つ買ってくるから」
「いや、落としたの私だから!買ってくる!」
「いいって。気にしないで。待ってて」
私が手を引いたことに彼は気づいているはずなのに、何も言わないで買いに行ってくれた。申し訳ない。三秒ルールは――鳩のフンつきの地面に落ちたやつだもんなぁ、コンマ一秒でも食べたくないよなぁ……。
どんよりと沈んで落ちたタコ焼きを拾い集めていたところに雹くんがやってきた。
「雪?どーした?なんかあったのか?」
「雹くん」
どうやらたこ焼きを落としたシーンを見られていたらしい。他の人は騒ぎながら鰹節を吹き飛ばしているようなので、気づいていないみたいだ、よかった。
「うーん、どうしたんだろうね?」
いつもと様子の違う未羽のことが心配というマイナスの気持ちと、急にやってきた冬馬への強い恋心が同時に混在したことで動揺している、といったところだろうか。
こうやって冷静に分析できるのに、どうしてこんなに動悸がするんだろう。
「整理つかないから説明できないって言えばいいのかな?別に悪い意味じゃないんだけど、いっぱいいっぱいになってるって感じ?混乱してる。うん、混乱しているな、私は。現在状態異常です。どうすればいいんだっけ、えっと――」
「雪。一回深呼吸」
雹くんは乾いた半笑い状態で困っている私を見るに見かねて言った。
「深呼吸?なんでいきなり」
「いいからさ。騙されたと思ってやってみろって」
言われた通り素直にすーはーと大きく息を吸って吐くと、途端に呼吸が楽になった。
「あ、あれ。ちょっと楽になったよ」
「だろ?」
「私、もしかして、かなり呼吸してなかった?」
「緊張すると呼吸浅くなるからな。昔、俺が極度に緊張してた時に雨が教えてくれたんだよ。深呼吸したらマシだってさ。頭で分かってても、人に言われると違うだろ?」
「確かに。それ、本当にあの雨くんが?」
先ほどとは打って変わってわざと冗談っぽく顔を顰めると、雹くんが苦笑し、金色のサラサラした髪がほっとしたように揺れた。
「お前らから見たら雨ってかなり極端なやつだろーけど、本当は思いやりもあるし、大抵落ち着いてて俺が突っ走りそうになった時に止めてくれるやつなんだよ」
「雨くんを止める雹くんの方が見慣れ過ぎていて違和感がすごい」
「まぁそうだろうな、最近逆だし。そう言われるだろうと思った。――あのさ、雪はいっつもいろいろ考えすぎじゃねーかなって、俺、思うんだよな」
肩をすくめた雹くんが一つタコ焼きをほおばりながら首を傾げた。口元についたソースですら、彼なら惹きたて要素の一つにしかならない。恐ろしきかな、美形の威力。
「なんで?」
「お前、俺とタイプ似てるから結構単純だろ?」
失敬な。だが否定できないのが痛い。
「――のわりには俺よりぐちゃぐちゃ余計なもん抱え込むだろ?何悩んでるか知らねーけど、困ったら深呼吸。ま、手段はなんでもいいんだけどさ、これから混乱とか緊張とかで、自分を保てなくなりそうなことなんていくらでも出てくるぜ?自分を落ち着けるは身に着けとかねーと将来苦労するぞ」
雹くんのアメジストの色の目が心配そうにこっちを覗き込む。一旦懐に入れるととことん身内扱いになるせいか、去年との差が激しい。落ちる方じゃなくてうなぎ昇りな方向だからいいんだけどね。
「雹くん、いい男になったね。見違えるようだよ」
「おう!だっろ?俺、友達は大事にするタイプだからな!」
にっといたずらっぽく紫色の目を細める彼に、警戒心と敵意の塊だった去年の男の子の影はどこにもない。
「同じ医学部志望同士、末永くよろしく」
「こちらこそ」
「別に上林から乗り換えるならそれでもいーけど?」
「それはないな」
「瞬殺かよ、ひっでぇ。ちょっとは悩めよ」
ひっでぇ、と言ったわりに全然残念そうに見えない雹くんは、ぐしゃぐしゃ、と私の頭を乱暴に掻き撫でて「それならだいじょーぶだわ。心配して損した!」と笑ってくれた。
かなり遅めの昼食の後の残りの自由行動時間は、有名どころである道○堀や通天○と言った人の多い名所に――行かなかった。
なぜかって?そりゃあ、去年肉食獣の目をしたお姉様方に包囲された時の恐怖はきちんと脳裏に刻み付けられていますからね。
というわけで、それほど繁華街とは言われないところを巡り午後を過ごした。
もちろんこめちゃんはところどころでたこ焼きやらアイスやら他の名産品やらを買いに走り、俊くんがそれに振り回されているという既視感しかない光景が広がる。鮫島くんは、そんな俊くんに同情の視線を送り、それを手伝っているようだ。去年から増えた有力な助っ人に俊くんが感涙していた。
一方、雨くんは明美にべったりとくっついて、明美もまんざらじゃなさそうにしているからここは去年と大違いだ。未羽と斉くんと京子は、「ラブラブカップル観察~」と雨くん明美のカップルの写真を撮りまくって通常運転中。
さて、私はと言えば、冬馬に対するドキドキ度合がなぜか上がってしまったことで冬馬と二人だけでいるのに心臓が耐えられなさそうな気配を感じ、雹くんを巻き込んで強制的に連れまわしている。
「なぁ、雪」
「ん?」
「落ち着けってアドバイスしたのは俺だし、それで雪はかなり楽になったんだよな?」
「うん」
「なのにこのなんとも居心地の悪い空間に俺を入れたのは何の仕打ちだよ。感謝されてもいいはずなのに。まるでじわじわと真綿で首を絞められるような苦しさを与えてくるって何事だっつの!お前、恩を仇で返すって言葉知ってるか?」
「私は苦しみなんて与えてないはずだよ?」
「お前の相方から与えられてんだっつーの!」
「なんか言ったか?」
「上林、去年よりもずっと堪忍袋の緒が短くなってる気がするんだが、それは俺の気のせい?」
「去年とは事情が違うんで。それにお前は前科一犯あるからな」
「あれは勘違いだったって知ってるだろ!?」
「目を離してたら雪は次から次へと男子を落としていくってことを俺は嫌というほど学んだ。お前だって例外じゃないからな。友情だったはずが段々と変わるってこともあるだろ?」
「ねーよ!俺はねーから、頼むから、その目はやめろ?ただでさえ、遠巻きにいるじょ、女性たちのせいでタコ焼きが戻って来そうになってるんだからよ」
「だからガードしてやってるんだろ?」
「お前は保護対象を牙をむいた肉食獣みたいな顔で見るのかよ!」
二人の掛け合いは秋斗と冬馬の掛け合いとは少し違うけど面白い。他人事として笑っていると、あのなぁ、という顔で二人に見られた。「まぁいーじゃないの!」と喚く二人の間に腕を絡ませて入り込むと、途端に雹くんがさっき以上に騒ぎ出した。
「お、おいっ!!勘弁しろ!!」
「冬馬が怖いっていうから真ん中に入ってあげたのに」
「――あ、あ、あ、当たってんだよ!!」
「え?あぁ。まぁ、減るもんじゃないし」
「昨日は話だけであれだけ騒いでたじゃねーか!」
「人間って臨機応変に逆境に対応できてこそ、一人前なんだって」
「対応方法が明後日すぎんだろ!」
「そう?大体、雹くんは最初に会ったときに触ったじゃないの。雹くんは別に私のこと性的な目で見ないでしょ?」
「見ねーけど、それとこれとは話が!」
「雹、口より体を動かせ。さっさと手を放せ」
「雪が放さねーんだって!」
「雪、頼むからそっちの手を外してやって」
「えー。でもこの状態って安定感あるんだよ?ほら、片方の肩に掛けるバックよりもリュックサックの方が安定するでしょ?あれと同じ原理」
「どういう原理だよ!?俺の身になれ!物理的にふわふわふにふにして精神的にごりごり削られてんだぞ!?」
「聞き捨てならないんだけど、雹、もう一回言ってくれるか?」
「言ったら後で蹴り入れられる気しかしねーんだけど!?」
「蹴りで終わればいい方だろうな」
「俺は被害者だっての!」
公害になりそうな騒ぎ方の雹くんを抱えたまま進む私たちの後ろから、早速嗅ぎつけてきた暇人三人が付いてきた。
「――ねぇねぇ、あそこの三人はなに漫才やってんの?」
「雹~修学旅行まだ二日目だよ?あとで疲れて萎れるよ?」
「斉、見てるなら助けろ!」
わざわざしっかりと距離を空けているところから傍観を貫くらしい。
「ラブラブカップルに巻き込まれた雹くんが哀れですわね」
「いいんだよ雹は隠れMでいじられるの大好きだから」
「お前ら聞こえてるからな!覚えとけよ!!」
大阪の閑静な住宅街に雹くんの絶叫が響いた。




