やり過ぎは禁物。 (修学旅行編その2-1日目)
急激に火照った顔をどうにか冷まし、部屋に戻って風呂に入る準備を整えてからみんなと温泉に向かう。入浴タイムなので洗い場は多少人がいたがそれでもそんなに多くはなかった。
それにしても冬馬のアレはなんとかならないのかな。ここが現実世界だって実感がたまーに薄れるのは、案外、彼のせいなんじゃないの?
よくよく考えば、攻略対象者の面々は、雨くんや会長を筆頭に、「変わってる」じゃ表現しきれないくらいの変人だらけだ。一見まともそうな冬馬ですら普通の人ではありえない行動を取り過ぎだし、唯一の例外の東堂先輩とは最近会えていないから、私の感覚もおかしくなっているのかも。
まずい、これはまずいわ。変人色に染められる前に気付けてよかった。
「やけに静かねぇ、上林くんとなんかあったぁ?」
シャワーを浴びながら眉をひそめていると、隣を使っていた未羽が仕切りの上からにまにま顔を出してきた。こういう輩には動揺を見せてはいけない。微笑みを絶やさずにしれっと流すのが一番だ。
「なにもないよ」
「あったんですわね。雪は分かりやすくて可愛いですわ」
なぜ私の完璧なはずのポーカーフェイスが見破られている?京子は顔が見える位置にもいないはずなのに!
「は、班長会議に出てただけだよ。明美じゃないんだし、不純異性交遊はしてません」
「雪、なんで私を巻き込むの!?」
「事実だもん」
「そういえば明美ちゃん、さっき呼び出されてたよねぇ?」
「こめちゃん!言わないでよ――!!」
「ほんと、ほんと、何してたことやら――」
「わぁ――!!」
明美よ、代わりにスケープゴートになってくれてありがとう、そしてごめん。最初は恋愛ピラニア軍団に名実ともに裸一貫で放り込むつもりはなかったんだ。
「同じ宿泊地でこれから四日一緒にいるって状態で、雨が何もしてこないとは思えないからっ、ほどほどにしてって言ってただけ!」
「嬉しいくせぃー」
「未羽っ!」
「嬉しくないのぉ?」
「う、嬉しいけどっ!!」
心の中で合掌されているとは知らない明美は、未羽と京子とこめちゃんに追い詰められ、更なる自爆を繰り返している。人のことは言えないけれど、ドツボに嵌りやすい子だなぁ。
「そういえばさ、明美って積極的なんだって?」
「ゆ?!雪……それはどういう意味……!?」
「え、前に雨くんにそう言われたんだよ、明美さんは案外積極的ですよって」
洗い終えたのをいいことを私が露天風呂になっている温泉に逃げ込むと、明美も追いかけてきた。
「こらぁ!疑惑だけ作っといて逃げるな!」
「面白そうじゃない!明美、何に積極的なのー?」
「ガールズトークなら混ざりますわよ?」
「入れて入れてー!」
「いやぁ!!聞かないでー!」
あとの二人も混ざりばしゃばしゃとお湯のかけあいっこになる。
他の利用客がいなくてよかったと後から胸をなで下ろしてしまうくらい派手にお湯の掛け合いを楽しんだ後、未羽が忘れずに突っ込んだ。
「んで明美さん、積極的って何の話なのかしらん?」
「いやその……き、キスとか、自分から……」
遊んで疲れさせ、口をつぐむのは無駄と悟らせてからさらりと突っ込んで口を割らせる未羽の尋問技術が恐ろしい。
「おぉ!明美ちゃんやりますなぁ~」
「こ、こめちゃんだってするでしょう?!」
「うん。私は前からだもん」
「ここまで潔く肯定されると明美も突っ込めませんわね?」
「う……雪はっ!?」
「え?」
自爆に次ぐ自爆を繰り返し、やけくそ気味の明美がとうとう私に矛先を向けてきた。
「自分からキスしたり、せがんだり、しないの?」
「出来るかそんなもん!」
「えぇー!雪ちゃんしないのぉ?!」
「普通にするだけでドキドキなのに、そんな高度な小悪魔テクニックが私にあるとお思いかね諸君」
動揺しない。これが鉄則。この連中は楽しませたら一貫の終わり。美味しいと思われたら骨まで食い尽くされるぞ。
「冬馬くん寂しがったりしないの?」
「寂しい?なんで?」
「甘えてくれた方が嬉しいって春先輩言ってたよー?」
「甘えさせてもらってるよ。私が出来ないとこをフォローしてもらうことなんかしょっちゅうだし、精神的にきついときも支えてくれるし、今だって旅行明けのテストのための勉強も見てくれてるし」
「……雪、もちろんそれも甘えるだと思いますが多分ここでの甘える、はそういうことじゃありませんわよ」
くっ。ばれたか。さりげなく健全な方向に話を逸らそうとしているというのに、京子は隙がない!
「単刀直入に聞こうじゃないの。雪はそういうキスとか、触れたりとか、したいと思わないの?」
「そ、それは……」
開き直った明美のせいで窮地に追いやられた。追い詰めたきっかけを自分が作ったと分かっている分、自業自得感が強い。
「したくないとは思ってないけど――」
「けど?」
冷ましたはずの自分の頬がまたも熱い。お湯のせいじゃないのも分かってる。
「言えるわけないでしょうがそんなこと!そんな期待全開の顔で見ないでよ、恥ずかしいなぁ!」
「ばっかぁ!それを乗り越えてちゃんと言ってもあげなきゃでしょーがぁ!!」
「そうだよぉー最近は男の子の方が草食系なんだよぉ?向こうが遠慮しちゃって言いだせないことだって多いんだよぉ?初キスだってなんだって自分から言いだすって人がいっぱいいるのに、雪ちゃん、意気地なし!」
逆ギレに近い感じで返したら、こめちゃんと未羽がそれ以上の勢いで潰してきた。
「雪!沈んでますわよ!!」
「溺死するよ!そ、それにしても、こめちゃん、去年の合宿の時はあんなにもじもじしてたのに」
「だって……恥ずかしいけど……恥ずかしいのもあるけど、それよりも好きなんだもん!もじもじ、は……しないことはないけどっ。それよりも自分の気持ちを伝えたいって思うんだもん!」
少しだけ赤くなったこめちゃんが私にぷぅと頬を膨らませて言ってくる。
「それにね?私、雪ちゃん奥手すぎて冬馬くんがたまに可哀想になるんだよー。ここでちゃんと私が言ってあげないと他の人は言わないでしょう?」
「ご、ごめんなさい……言い訳できません」
「またのぼせますわよ。雪もこれで分かったでしょう。もうその辺にしておいた方が」
京子がさりげなくフォローしてくれたのだが、暴走お姉様は止まらない。
「そういえばキスはまだ進化してないの?」
「進化って?まさかっ」
「察してよ、明美。鈍足ナメクジカップルにそんなステップホップができるわけないでしょ。ディープなやつよ、ディープなヤツ」
「え、ディープって進化形態だったの?!」
「明美たちにとっては普通でも、雪たちにとってはそーでしょうよ」
混乱しすぎてなめくじが頭の中で飛び跳ねている映像が浮かんだ。シュール過ぎる。
「確かに。気になる。雪、どうなの?」
「こういう時に本当になければ直ぐに否定してくる雪が何も言わないってことは、したことはあるのよきっと。雪、嘘つけないし」
未羽の察しの良さが嫌だ!
「い、一度だけだよ……」
「高校生という年齢にして、付き合って間もなく十か月なのにたった一回……上林くん可哀想……」
ご乱心の時とブラック状態の時はノーカウントにして白状すると、未羽が手と手の皺を併せて南無阿弥陀仏を唱え始めた。
「やっぱりそういうことは生理的にダメだったの?」
「いやそんなことは……」
「じゃあ冬馬くん下手すぎて嫌になったの~?」
「そういうわけじゃないっ!もう、私出る!」
「つまりよかった、と」
「未羽――――!!!」
熱い熱い熱い。お湯と自分の発熱で熱い。煮だっている気がする。
「この感じだと雪ちゃん、拒絶はしてなさそうなのに、なんで進まないんだろうねぇ?」
「あれじゃん?初めてで自信ないとか。上林くん、なまじなんでも出来ちゃうから失敗が怖いとか」
「それなら彼も案外アホね。経験皆無なのに鉄壁の貞操観念持ってる雪がほだされちゃうんだから、上手いに決まってんじゃん」
「あ、確かに」
「実は上林くんエロスキル高いんじゃ――」
女子高生の会話が怖い。そろそろ冬馬の名誉に係わるきわどいものになってるし、退散せねば!
「きっとそれ知ったら冬馬も喜ぶだろうねあはははは。それじゃあ私はそろそろ――」
「待て雪っ」
「逃がさないよう!」
這う這うの体でそこを逃げ出そうとする私を調子に乗ったお嬢様方が逃がしてくれるわけがなかった。
後ろから二人に腕を引っ張られて湯が跳ねる。
「危ない!」
「未羽、こめちゃん、やりすぎですわ!」
「人がいなくてよかったわー、小学生並だよ、私たち」
「髪が肌に貼りついた状態って色っぽいねぇ、雪ちゃん」
「その感じだとこの体には触ってなさそうねぇ、勿体無い。この子こんなに肌綺麗ですべすべなのに」
「雪ちゃん、腕とかも白いけど日に当たらないとこは本当に雪みたいに真っ白なんだねぇ」
洗ってまとめておいた髪のゴムが取れ、湯に髪が付きそうになり、慌てて手でまとめる。
常識ある明美と京子がやり過ぎを止めているというのに、問題児二人は一向に堪えた様子はない。これは一度ガツンと怒らないといけないな。
「掴んだことに乗じて腕を撫でるな未羽っ!手つきがいやらしい!熱いのに怖気が走るっ!二人ともいい加減に――」
「胸なんか成長したからてっきり揉――」
「未羽―――――っ!それ以上口を開くなあんたはっ!!!」
「だってよく言うじゃない?揉――」
「恋愛して女性ホルモンであるエストロゲンの放出が過多になることと、十代後半が多感な時期でそういうホルモンの影響を受けやすいことに起因するの!!物理的作用はリンパを刺激するから効果があるのであって巷で言われているのはただの恋人同士のおふざけのきっかけ用にすぎないの!」
「身も蓋もないわー」
「……雪ちゃん、恋愛トークなのに生物の授業みたい……」
「人間は生物です!というわけだから断じてうにゃあああ!!こめちゃん脇腹触んないで、くすぐったい!!」
「じゃー明美には私が――」
「明美さんに触らないで下さいね未羽さん!殴りますよ!」
突如としてどこからか聞こえた声に私たち全員が言葉も出さずに固まった。
どこからかなんて、そして誰の声かなんて、この場の誰もが一発で分かる。
「未羽さん!?聞こえてますよね?!女性だからって手加減しませんからね?!」
「馬鹿雨っ!!黙らせろそいつ!」
「え、ちょっと雨くん登っちゃだめだって!!それ犯罪になっちゃうから!」
「うるさいですよ俊くん。今はそんなのどうだっていいんです!」
「よくないだろ降りろ馬鹿!鮫島!そいつ強制退去させろ!」
「結人放してください!明美さんの――」
「あーはいはい。あとで会えるだろ。それに相手は女性だ」
「女性だからって関係ないんですっ!」
「俺も便乗――」
「野口殺すぞ」
「やばい!上林目がマジだ!冗談だって!心狭くなりすぎだろお前っ!!」
「心狭いとかそういう問題じゃない」
「遊くん、冬馬くんもそろそろ出ないと顔真っ赤でしょ?俊くん、鼻血はこれで拭いてねーお湯に垂らさないように。全く君恋の人たちは世話が焼ける……」
「この騒ぎのきっかけ作ったのはどっちだよ種村!」
「んー。あ、雨か。でも会話は向こうから勝手に聞こえて――」
「斉、それ以上言うと多分後で雪が沈没するから言わないでやった方がいいと思うぜ?」
ドタバタと会話が聞こえ、最後に
「あ、あー……俺ら何も聞ーてねーから。上林がどうとか明美さんがどうとか、なーんも知らねーから。じゃ、じゃーなー……」
からから、ぱたん。と引き戸の閉まる音の後に、鹿威しの風情のある音が聞こえる。
「……そういえば同じタイミングで風呂入ってたんだったわ……」
「ねぇ!もしかしなくても、今までの会話、全部……!」
「なんか前もあったねぇ、こういうこと。いつだったっけ~?」
「去年の茶道部合宿でしたわ。秋斗くんに露天風呂だから上から全部聞こえると怒られたんですわ。あれよりも内容が過激でしたわね」
もうみんなと顔合わせられない!!
その後私は飛ぶように自室に戻り、髪を乾かして早々にふて寝し、なんと言われようと布団から出ようとはしなかった。そう、古代のカメ恐竜アーケロンのように。
なんでただのカメにしないかって?気分だよ!!
もう恥ずかしくて恥ずかしくて穴があったら地底まで掘り下げてそこに籠りたいくらい。
自分の恋愛の、しかもどっちかというと身体的なデリケートなことを友達全員にオープンにしてしまったとか!
女子だけならまだいい。それが男子にまで!しかも当の相手もいたし!!
あぁ明日からどういう顔でみんなと会えばいいんだろう?




