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ゲーム補正を求めて奮闘しよう!  作者: わんわんこ
【高校2年生編・2学期】
241/258

知らぬが地獄、なときもある。

 会計の仕事を終えて戻ってくると、生徒会室には誰もいなかった。


「あれ、ちょうどスキマ時間になっちゃったのかな」


 生徒会室に持ち込まれる問題は多いので、大抵誰かが待機できるように調整してある。それでも人数が少なかったり、仕事が多い時期になるとどうしても全員が出払ってしまうこともある。

 そして、そういう時に限って何か起こるもの。

 四季先生が落とし穴に嵌ったり、なぜか学校で遭難したり、どこかの部屋にうっかり(・・・・)閉じ込められちゃったりなんていうのは日常茶飯事。

「またかー」

「誰か手、空いてない?」

「無理です、すみません!」

「四季先生ならあと一時間くらい大丈夫」

で放置される四季先生はともかく、それ以外の生徒同士の揉め事だとか、外で警察に補導されちゃった、なんて連絡が入ったときは生徒代表としてすぐに対応しなきゃいけない。ゲームのせいで強制的に「イベント」なる揉め事が起こることだってままあるのだ。


 そういう時に備えて、生徒会のメンバーがなぜいないのかを把握できるように生徒会室にはボードが貼ってある。会社で直帰とか退社とか外回りとか書くボードと同じシステムだ。


「美玲先輩と泉子先輩は風紀……冬馬が巡回なら俊くんは戻ってきてもいいはずだけど……あ、緊急招集か」


 緊急招集とは構内で生徒間の喧嘩などの争いがあった時に駆けつけるもの。今はこめちゃんと桃も手伝いに行っているようだ。


「それから猿と雉は買い出し……ああ、この部屋のコピー用紙やインクや紙コップがなくなったって言ってたな確か。ということは暫く一人かな」


 こうなると、今外出仕事のない私が生徒会室待機係になる。

 思いがけなく何もしなくていい時間が得られた。最近は生徒会のお仕事はもちろん普段の授業の予習復習に理転してことで足りていない問題演習、天夢特別授業の特待生試験の勉強に加えて冬馬のことがあったから少し疲れた。


「ちょっと寝るかなぁ……」


 ゲームイベントはもちろんだけど、それ以外の日常でもドタバタするくらい忙しいってどういうことなんだろうね?ゲーム製作者は生徒会がこんなに忙しいことや勉強進度がこんなに早いことをゲーム設定で終わらせられるけど、やらされる方はたまったもんじゃないぞ。それでも、ここにいられて良かったとは思うけど。


 生徒会室の来客用ソファーにころんと横になってそんなことを考えていたらとあっという間に睡魔さんがやってきた。







 唇に、何か柔らかいものが触れた、気がする。ほんの触れるか触れないかくらいの感じだった。でも、覚えのある感触。


 キス…?なら、冬馬がいる?

 確かに彼のキスは優しいけど、こんなに遠慮がちにするかな?

 気のせい?

 いやそんなことはない。目を開けられないくらい眠いけど、そこに誰かいることは分かる。だって動く気配がした。


「ん……冬馬……?」


 目を擦りながら声を出して覚醒しようとする間に少し甘い香りが香る。女の子のものじゃないけど、少し甘くて、冬馬の爽やかな香りとはまた違う。でもどこかで嗅いだことのある香り。


 誰?


 うっすらと目を開けると、視界には、黒じゃなくてチョコレートのようなこげ茶色と男の子の制服が見えた。これは……


「あれ……やよい、くん……?編入から帰ってきたんだ……?」

「……起きちゃいましたか、雪先輩」

「うぅー、今なんか口に当たった気が……。気のせい、かなぁ?よくないね、食べ物の夢とか見てると特に――」

「気のせいじゃありません。」

「うんうん、キノセイのケーキの夢だったんだけど……え?」

「それ僕です。すみません。起こしちゃって」


 言われた言葉の意味を理解しようと頭を振りながら起き上がると彼は寝っ転がっていた私のすぐ横、ソファの上に座ったまま私を見返す。ワイシャツの首元から垂れた赤いネクタイが私のブラウスに当たるくらい近いところでこちらを見下ろしていた。


「……あれか。なんか物を取ろうとして屈んで当たっちゃったっていう漫画でよくある事故」

「違います。わざとですよ。」


 彼は何を言っているの?わざと?わざと私に、何を?


 私が頭の中でこんがらがった事実を整理しようとしているのを見て取ったのか、弥生くんははっきりと突きつけてきた。


「僕は雪先輩にあえてキスしました。僕の意思です」


 ……え?弥生くんは太陽の友達で。私は冬馬の彼女で。ん?あれ?どういうこと?


「……まだ分かっていただけていないみたいですね。失礼します」


 上半身を起こした私にすぐ近くで向かい合う形で座った彼は、私の肩に軽く手を置いて今度こそはっきりとその形の綺麗な唇を私に押し付けた。

 押し付けたというのはあまりに丁寧で、優しい動き。


 遅すぎるくらい遅くにようやく状況を理解して離してと言う前にあっけなく彼は離れた。


「これで分かりましたか?」


 固まったままの私に彼は告げた。

 この世界で、主人公に絶対言ってはいけない言葉を。


「僕、雪先輩のことが好きです。俺の告白、聞いてもらえませんか?」






 脳が言われた事実を理解し脳内にたたきこむまでに優に数分かかった。こういうときこそ動いてほしいのに、脳への糖分が足りない。

 そんな私を見ながら彼は続ける。


「僕は、雪先輩に前に言いましたよね。好きか分からないラインにいる女性がいると。その人は僕には勿体ないくらい優しくてみんなに愛されていて。大人っぽいくせに無防備で目が離せない、僕の手の届かない位置にいる人だと。かなりヒントは出していたんですけど、気づきませんでした?」


 驚きで言葉が出せず首を縦に振るだけで答える。

 それを自分だと確信できる人はよっぽど自己評価の高い人だよ!


「……でしょうね。僕も雪先輩の鈍さだったら絶対気づいてないだろうと思いました。気づかせるつもりもありませんでした。気づいていないから余計残酷なんですけどね」


 私の髪を一房取り、それを長い指で撫でるようにして語っていく彼。

 間近で見る彼は弟の友達で良識派の後輩。年下のもう一人の弟、というようにいつも見えていた。

 でも今の彼は、見たことのない、男の子の彼だった。

 この人は、誰?


「僕もまさか友達のお姉さんに、一番尊敬してやまない先輩の彼女にこんな感情を持ってしまうとは思っていませんでした。最初は、近寄りがたい人だと思ってどちらかというと苦手だったんですよ。それが段々先輩と話すようになって、聞いていた話と全然違うと分かるうちにどんどん知りたくなっていったんです」

「そ……れは」

「夏に先輩が川で流されましたよね?先輩を抱き上げたときに、気付きましたよ。こんなに軽くてこんなに小さい人だったんだ、この人を一番近くで僕が守れたら、そう思ったんです。その直後に先輩と話して、この人を好きになっていたんだなと分かって、上林先輩が雪先輩を語る時の愛おしそうな瞳や言葉に対して感じる腑に落ちなかったもやもやした想いがすとん、と落ちました。納得したんです。嫉妬だったんだなって」


 髪を弄びながら淡々と語っていく。

 これは私の話なのか。それを理解するのにも時間がかかる。


「……それからは苦しかったですよ。横恋慕なのは分かっていますし、知れば知るほど上林先輩と雪先輩の絆は強い。お互いを想う気持ちが切れることはない。上林先輩が、雪先輩が死にかけて壊れたようになったことも、湾内が連れ去られた時に上林先輩が雪先輩のことだけを見ていたことも、雪先輩がそれを信じ、甘えていることも。目を逸らしていたことを目の当たりにするんですから辛いですよ」

「やよ、いくん――」

「何度も諦めようと思いました。こんな想い、バレたら太陽になんて顔すればいいんだ、生徒会の先輩方との関係も崩れちゃうんじゃないか。雪先輩は僕を避けるでしょうし、何より上林先輩がどう思うか……。あの人に嫌われたくない。だからやめよう、って。でも神様は残酷でした」


 彼は私と目を合わせないまま口元を歪める。


「あの新聞部事件で、演技ですけど、僕と雪先輩がカップルを組めって言われた時、特に雪先輩に僕を上林先輩だと思って見てくださいと言った後に、僕は一番後悔しました。……こんな瞳で、こんな風にこの人は甘えるんだ。自分にこの想いを向けてくれたらどんだけ幸せだろうって、思ってしまったんですよ。それでも我慢してきたんです。自己消化して消そうと、そう思ってたんです」

「……じゃあ、なんでこんなこと」

「自己消化できなかったんですよ。卯飼が湾内にアピールしていたのを見て、それから花園が先輩に想いを言うのを見て」


 彼は自嘲気味に笑った。


「こいつらは言えるからいいじゃないか、自分の気持ちを示せるからいいじゃないかって悔しさ?ですかね。浮かんだんですよ。僕の恋は好きな人に伝えることすら許されない。上林先輩のお母さんと五月たちの母親の話を聞いて、僕、逆に笑いたくなりました。なんて因果なんでしょうね。同じ状態になってしまって。……あの話を聞いて、五月たちの母親に共感する人なんかいなかったと思います。でも僕は……少し五月たちの母親の気持ちに共感しちゃったんですよ。こんなに苦しかったのなら、言わないと救われなかったんだろうって、思ったんですよ」


 彼が語る内容を聞くうちに、昔々、二年生に上がるときに未羽に聞いたことを思い出した。


 彼がゲームの設定で「背徳系」な理由。それはきっと、恋をしてはいけない人にするタイプだということだ。その最悪な予想は間違っていなかった。

 きっと彼の個別ルートは主人公・湾内祥子が神無月弥生の親友の相田太陽かまたは幼馴染の三枝五月、それか尊敬する生徒会の先輩方いずれかの攻略対象者の好感度を個別コースまであげないと取れない仕組みになっている。君恋のペナルティーを踏まえてもそこまでやれ、ということだ。


 でもゲームは現実になると残酷極まりない。


 もし冬馬の過去も、彼のこの想いもゲームが設定していたものなんだとしたら私はゲームを許さない。


 彼は自虐の笑みを見せながらこちらに目を向けた。


「……なんでうまくいかないんでしょうね?なんで、初めて本当に好きだと想った人には相手がいるんでしょうね?」


 答えられない。私に答える資格はない。


「雪先輩」

「やめて……離して」


 彼が私の肩を掴んで正面から見てきた。彼も男の子だ。指が食い込むぐらい強く持たれた肩が痛い。

 そこで改めて、今自分が彼氏ではない男の子に掴まれているのだと気づく。


「離してお願い!」

「聞いてください!何もしません!」


 私が離させようと暴れるのをやめると、彼は続けた。


「言っても無駄だってことぐらい、僕も分かってます。でもそれでも言わないと、僕はこれ以上耐えられないんです。お願いします。雪先輩。僕に、安らぎを与えて欲しいんです」


 ひた、とそのエメラルドの目を据えられて、動けない。


「どうか僕を振ってください」

「え……?」

「勝ち目がないのは分かってます。でも僕はもう先輩を独占したいと想うくらい先輩のことを好きになってしまったんです。恋してしまったんです。…どうか、先輩の手で僕に終止符を打ってください」


 弥生くんと秋斗は顔は似ていない。

 でも、あまりに傷ついて、諦めが浮かんだその目はあの時の彼と同じ。

 あの気持ちを告げたときの秋斗とあまりにも被ってしまう。


 彼と同じ目を向ける相手に、彼と同じ言葉を私に言えというのか。

 私にもう一度人を傷つけろというのか、このゲームは。


 私が答えないままでじっと彼の目を見返してしまっていたせいで、彼は口を開いた。


「……貴女のことを好きになってすみません。好きな方に迷惑をかけてしまうほど、僕が弱くて、すみません」


 つう、と彼の頰を流れる透明な涙がぽたり、と落ちた。



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