蓼食う虫も好き好き……ただし許容範囲ならば。(冬馬動乱編その7)
少し熱を冷ますためにお手洗いに行き、顔を洗う。
「化粧とかなくてよかったー。さっぱりしたぁ!」
前世だったらこうやって顔を洗うことなんて不可能だ。化粧しなくていい年齢って最高!高校生なんて化粧しなくていいんだから!
それにしても冬馬、なんであんなに切り替えが早いんだろう。末恐ろしい子……!……いやいや、末じゃなくて今も恐ろしいか。
とりとめもないことを考えながら日焼け止めだけ軽く塗り直して、外に出ようとしたとき、ちょうど入って入って来ようご婦人にぶつかってしまい、相手の方はふらついて倒れてしまった。
洗顔くらいじゃ冷却されず、前が見えていなかった私の全面的な過失だ。
「すみません!ぼーっとしてました!大丈夫ですか?」
「いえ、こちらこそ……」
その人の落とした帽子を拾いあげてから、その女性の手を支えに駆け寄る。
倒れ込んだ赤みがかった褐色の目のご婦人は、佳人薄命という言葉がぴったりの、悪く言えばまるであの世に半分逝きかけているかのように儚げな雰囲気の人だった。
陽に当たったら溶けてしまいそうなほど白い肌に、華奢を通り越して細すぎる手足。細面で、表情もどことなく暗い。
この人だったら私がぶつかったくらいでも、スペインの闘牛にぶつかられた、くらいの衝撃はあるかもしれない。
手を取って起こすと、霞んでしまいそうな美人には似つかわしくないきつい香水の香りが香る。
もう少し香水を控えめにすればいいのに。香水ほどきつくないけれどいい香りがする沙織さんみたいに。
そういえばこちらの世界の黒髪の人って美人が多いんだろうか。この人も沙織さんもそうだし、それから葉月もだ。
「あのっ、お怪我とかしてませんか?お加減が悪いとかですか?」
「いえ、大丈夫です……ありがとうございます」
褐色の瞳に、黒髪の美人さんは伏し目がちにそれだけ言うと、お手洗いに入らず、その場から去ってしまった。
お手洗いから戻ると、冬馬は園内マップを見ながら待っていてくれており、私に気付いて顔を上げた。
「次どこ行きたい?」
「俺はそれを雪に訊こうと思ってた」
「んー、じゃあ乗馬コーナーに行きたい!」
「乗馬……それはちょっと……」
今日初めて冬馬が渋い顔をする。
「え、冬馬もしかして馬が苦手なの?」
「そうじゃないんだけど」
これはもしかして初、甘い物以外の冬馬の苦手発見?!しかも名前にまで入ってるのに?!と期待して訊いたのに、あっさり否定された。――名前は関係ないとかそういうツッコミは受け付けない。
それにしても、どうしてダメなんだろう?冬馬が乗ったら似合うのにな。
似合い過ぎてきっと困った事態になるだろうことも予想出来るのに、それでも誘惑に勝てないくらいには、私にも「白馬ノ王子サマ」というやつに憧れがあったらしい。
「見てみたいなー。冬馬、絶対似合うんだろうなー。」
「……馬はどちらかっていうと好きだし、乗れるんだけど」
「乗れるの?」
「うん、まぁ。祖父さんに小さい頃やらされてたから」
そういえばこの人はお坊っちゃまだった!
「だけど今はちょっと支障が……」
「支障?私も一緒に乗ろうか?二人乗りも出来るんだって!」
「二人乗り?!もっとダメ」
二人乗りを全否定された。
そんなに私が一緒だと絵にならないだろうか。まぁそりゃ周りで見てる人は王子一人で乗ってる方がいいだろうけどさ?あまりに迷いなく切られると落ち込むんだぞ、私だって。
「あー…違うよ、雪。二人乗りが嫌とかじゃなくて。それはむしろしたいんだけど、俺の都合が悪いだけ」
今日は人が多いからかな。こんなところで嫉妬に狂った女性が野獣化したら止められないもんね。今日は囮になってくれる下僕三人もいないし、暴徒化した女性を一人で止めるという大役を務めるには、私は力不足だ。
「むー…そっか。残念だけど仕方ないか」
「……次こそは最初に行こうな」
「最初?最初ならよかったの?」
「最初じゃなくても雨にあれを見せつけられなければ……まぁそれは置いておいて。馬以外だったら?」
「えっとじゃあね、リス見たい!」
「了解」
小動物コーナーに向かう途中の冬馬はまだ
「馬…乗馬ね……。そういえばあったね……くそっ、先にやっておけば……」
などとなぜか激しく後悔しているようだった。
なんとなく釈然としないが、ツッコまれたくなさそうだったので華麗に流し、小動物コーナーに入る。
温室のガラス越しの空間は樹木を生い茂らせ、小さな隠れ家がいっぱいあるような様相になっており、珍しい鳥や小動物がいっぱいいる。
「ね、ほら!頬袋がいっぱいのあのリス、こめちゃんに似てない?特に甘いものを食べ尽くそうとしている時のこめちゃん」
「増井はリスっぽいって言ったらリスっぽいもんな。ちょこまか動くし」
「そうそう。そういう意味では俊くんはうさぎっぽいと思うんだよね」
「そう?俊はああ見えて結構激しいとこもあると思うけど」
「うーん。私の中では蛇のイメージの会長に睨まれて震える感じが強くて」
「あいつ……その印象強すぎて損してるよな…」
小動物コーナーの隣の温室の爬虫類両生類コーナーではまさにその「会長」そっくりの蛇と対面する。
「蛇って、狡猾とか執念深いとかいうイメージで言うなら会長にぴったりだと思うんだよね」
「会長ってそういう恋愛シュミレーションゲームの攻略対象者になるくらいなんだろ?そこまでネガティヴキャンペーンしていいのか?」
「顔は美形だとは思うけど、こめちゃん関連だと完全にイっちゃってるんだもん。性格がと言動が、容姿のプラス分を考えても、相殺されるどころか、総合でマイナスに入るくらいにまで変人だからなぁ。あ、未羽曰く、会長の溺愛はゲームからそれほど逸れてはないらしいよ?」
「へ、へぇ……なぁ、それ、現実世界で需要あるのか?」
「んー。こめちゃん見てたら分かる通り自分に向けられてたらいいんじゃない?」
「そんなもんか。女子って分からないな。で?イメージで言うならってことはイメージとは違うってこと」
「うん。顔自体はむしろ可愛いじゃない?」
「顔?!可愛い?!」
「意外とくりっと円らな目をしてるんだよ、蛇って。それに舌がちろちろって――」
自信満々に語ろうとしたら、待て。と言うように肩を叩いて止められた。
「世界の危険生き物とか毒のある生き物とかに興味示すんだから、意外ではないけど」
「ここでこわーいとか気持ち悪〜いとかいう女子力がなくてごめん」
「別にそれは女子力じゃないだろ?」
「だからといってヘビ可愛い連呼が許されるわけでもないのは分かっております」
「分かってるならいいんだ、うん」
「……ヘビは足がないから嫌だって言われたとしても、ウーパールーパーの間抜け顔なら可愛くない?手足もあるし!えらとかもじゃもじゃしててピンク色だし!」
「……うん、まぁな…分からなくもない、かもしれない」
うわぁ、冬馬の笑顔が引きつってる。
分かり合えなくて残念だ。
私の女子力?――そんなものは最初から残念だからいいんですよ!




