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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
三章 乾坤根刮ぎ、焼き穿て
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episode3-4 ウィッチカップ③ 【風VS竜、兎VS拡張】

 森の中に消えていくラビットフットと自分の方へ飛んでくるタイラントシルフを視界に収めて、ドラゴンコールは自分の失敗を悟っていた。途中まではウィグスクローソの作戦通りに進められていたが、想像以上にシルフに粘られた。あと一息というところで押し切れなかった。タイラントシルフがラビットフット乱入を見越して逃げていたのかまではわからないが、幸運の女神は彼女たちに微笑んだということになる。

 しかし、まだ負けたわけではない。圧倒的な優位は崩されたが、だからと言ってシルフやラビットフットに有利な状況というわけでもない。ドラゴンコールはそう考えて自分を激励した。作戦が失敗したからと言って腑抜けている時間はないのだ。


「踊る風の竜よ、我が詩に応えその脅威を示せ」


 意識外から放たれたラビットフットの一撃は、召喚していた火竜によって防がれドラゴンコールにはあまり大きなダメージがなかった。その代わり、直撃を受けた火竜は完全にダウンしてしまいしばらく呼び出すことが出来なくなってしまった。

 ドラゴンコールが実体を持って召喚できる竜の数は残り3種類。水中戦が得意な海竜と地上戦が得意な地竜、そして風を操る力を持った風竜。ドラゴンコール自身は自らに宿した火竜の力で飛行することが出来るが、海竜と地竜に飛行能力はない。よって、この場での選択肢は実質的に一つ。風の魔法少女であるタイラントシルフに風竜の力がどこまで通用するかはわからなかったが、竜が居るのと居ないのとでは戦力に大きな違いがあるため召喚しないという手はない。


 詠唱が完了すると白色の鱗に覆われた細身の竜がドラゴンコールの守護の霊ように背後に現れ、キュルキュルと甲高い鳴き声を上げた。


 さらにドラゴンコールは自身の専用武器である刀を呼び出して能力を底上げする。エクステンドを抱えていた時は両手が塞がってしまっていたため持っていなかったのだ。


『すみませんクローソさん。ラビットフットちゃんの乱入でエクステンドさんと分断されました』

『了解しました。お二人は誰と戦っていますか』

『兎の魔女殿のお相手は私が努めよう』

『私はタイラントシルフちゃんと戦います。なるべく早くケリを付けてエクステンドさんに加勢します』

『いや、――っと、お喋りしてる余裕はなさそうだ』


削り散らす竜巻・六連セクストルネードミキサー!」

踊れフラップ!」


 エクステンドが何かを言いかけていたことは気になったが、それよりも今は目の前の相手に集中するべきだと気持ちを切り替え、ドラゴンコールは自分へ迫る六本の竜巻を掻い潜ろうと風竜の力を借りながら羽ばたいた。

 風竜は術者のスピードを底上げしたり探知能力が高かったりとサポート向きの性能をしているのだが、一方で火竜のような高威力のブレスや爆撃能力は持っていない。そのため、今のドラゴンコールでは先ほどのように環境魔法を相殺することが出来ないのだが、シルフはその事実を知らない。いくら動画で勉強したとは言っても魔女の全てを知っているわけではないのだ。また、エクステンドの時間拡張によるサポートがなくなった今、ドラゴンコールではトルネードミキサーを回避することは出来ないだろうという思惑もあったのだろう。だから一度は完全に回避されたその魔法をドラゴンコールへ向かって再び使用した。

 そんなシルフに対してドラゴンコールは、確信はなかったがそれでも回避に徹すればやり過ごすことは出来るという自信があった。エクステンドの時間拡張魔法がないとはいえ、先ほどとは違い風竜による補助と専用武器による能力の底上げがある。ドラゴンコールには迫りくる竜巻を完璧に回避するビジョンが見えていた。


 どちらの考えが正しかったのかはすぐにわかることとなる。


「っ~!」


 避け切れない。

 まるで生き物のように執拗に自らを狙う竜巻に追われ、少しずつその身を削り取られながら、ドラゴンコールはタイラントシルフの実力を甘く見積もっていたことを知った。

 エクステンドのサポートを受けていた時は、荒れ狂う竜巻がゆっくりと動いてるように見えて、自分がどう動けばその隙間を掻い潜れるのかが簡単にわかった。だがドラゴンコール一人になった今、風竜による速度上昇の恩恵を受けてなお、猛追する風の龍を捉えきれない。


縄張魔法フィールドマジック――」


 慌てて生命系統の領域魔法を使おうとしたドラゴンコールだったが、判断が一手遅かった。認識の外から迫っていた竜巻に呑み込まれ、竜の力を宿した肉体が土くれのように粉々に粉砕されていく。

 砕け散ったアバターは虹色の光と星やハートマークのエフェクトをまき散らしながら消滅していった。良い子の魔法少女に配慮したグロ対策であり、アバターから血は流れないのだ。


 戦いに勝利したシルフはぼそぼそと何かを呟いてから、思い出したように大杖を呼び戻しその場を飛び去って行った。





 ドラゴンコールの敗北から時間は少し遡り、森の中へ叩き落されたエクステンドは大きな木の陰に隠れるように背中を預けていた。その息は荒く、身体の一部からは七色に輝く粒子と星型やハート型のエフェクトが漏れ出ており、傍目から見ても万全の状態には程遠い。

 実を言うと、タイラントシルフの環境魔法に巻き込まれた時点でエクステンドはかなりのダメージを負っていた。竜の力により肉体が強化されているドラゴンコールとは違い、エクステンドの肉体は一般的な魔法少女や魔女同様にそれほど頑丈ではないのだ。

 いつもの模擬戦であれば嵐に呑み込まれた時点で勝敗は決していたが、今回は頑丈なドラゴンコールに抱えられていたことでいくらかダメージを抑えられたことと、嵐がすぐに相殺されたことで何とか生き延びたという状況だ。


縄張魔法フィールドマジックラビット』」


 そんな満身創痍のエクステンドに対して、ラビットフットは油断も容赦もしていない。

 縄張魔法とは生命系統の領域魔法であり、他の系統と違ってその効果はどんな魔法少女でもほぼ同じ内容になっている。発動時点で自分を中心とした一定範囲内を自らの縄張りと定め、縄張りの中に限り自身のあらゆる能力が大幅に上昇する。つまり生命系統らしい強化系の魔法ということだ。

 単純な内容ではあるが、だからと言って馬鹿に出来るものではない。魔法少女の奥義の一つ言われる領域魔法は伊達ではなく、どの程度強化されるのかは魔法少女の実力や熟練度にもよるが、魔法少女たちの頂点と言われる魔女ともなればその効力が並みの魔法少女の10倍を超えてもおかしくはない。


 通常、敵対する生命系統の魔法少女が領域魔法を使った場合その場から離れるのがセオリーではあるが、単純な足の速さはラビットフットの方が上であり、縄張による強化も加味するとまず間違いなく逃げ切ることは不可能。時間拡張の魔法を使えば可能性はあるが、あれは拡張幅を広げようとすればするほど魔力を食う。更に時間の拡張は燃費が最悪だ。タイラントシルフ相手にもっと時間を大幅に拡張しなかったことにはそうした理由もあり、どれほどの広さがあるかわからない縄張を抜け出すために使ってしまえば、逃げきれたとしてもその後何もできなくなる可能性が高い。


 つまりエクステンドに残された道は迎撃のみ。


月へ届けと兎は跳ねるグラブザスカイ


 室内で発砲された銃弾のように、ラビットフットが巨木の幹や枝を蹴りつけながら縦横無尽に跳ね回る。やはりとっくに見つかっていたかとエクステンドは肩を竦める。陽の光もほとんど遮られてしまっているこの薄暗い森の中では、傷口から漏れ出すエフェクトはあまりにも目立ちすぎる。もっとも、仮に傷口から流れ出るものが血液だったとしても獣の感覚を有するラビットフットから身を隠すことは難しかっただろう。


拡張:対象『時間』エクス・タイム


 一秒を二秒に拡張し、エクステンドはその状態のままラビットフットが動き回る様子を目で追いかける。これでもギリギリだというのだから、ラビットフットが直線機動において最速と呼ばれているのも頷ける話だった。


 自身がその動きを捉えていることにラビットフットが気づいているのかどうかエクステンドにはわからなかったが、そんなことはどうでも良い。

 ごく自然に、何の違和感も切っ掛けも感じさせずにラビットフットが超速で進行方向を自分へと切り替えたことを認識し、エクステンドは魔法のギアを上げる。


「5秒だ」


 今のエクステンドに出来る時間拡張の最大倍率。弾丸の如きスピードで迫っていたラビットフットが、接触の直前、勢いのままにエクステンドを蹴り飛ばそうとしたまさにその間際に動きが鈍る。いや、実際にはラビットフットの動きが鈍くなっているわけではない。ただエクステンドにはそう見えていて、そして鈍った時間の中で自分だけがいつも通り動くことが出来る。

 5倍に拡張された時間の中でさえスローモーションにはならず普通の人間と同程度の速さで動くラビットフットに驚愕しつつ、エクステンドは反射のように少しだけ身を反らしてラビットフットの進行軌道に重なるように手槍を向けた。それだけで充分ではあるが、実際にはそれしか出来なかったというのが正しい。それほどに、ラビットフットのスピードは異常だった。


 自分でも制御しきれないその速さが敗因だとエクステンドは内心で分析する。

 エクステンドの時間拡張魔法は、相手から見れば高速で動き回るように見えるかもしれないが、エクステンドの視点では逆に周囲が遅くなっているように感じる。だから速さに振り回されると言うことがない。しかし肉体を強化して強引に速度を引き上げている魔法少女の場合、自分の速さに認識が追いつかない。行動しながら思考することが非常に難しいのだ。だからラビットフットは自分でも何が起きたのかわからない内にリスタートすることになるだろう。


 そう考えて拡張の魔法を解除した瞬間、爆ぜるように七色の光と煌びやかなエフェクトをまき散らしながら消滅したのはエクステンドの方だった。


「馬鹿ね。このあたしが自分で制御できないような動きをするわけないじゃない」


 ラビットフットには全てが見えていた。

 エクステンドが当初のラビットフットの攻撃軌道から逃れるように身を反らすのも、手槍を構えるのも。見えていれば当然それに合わせて動きを変えるだけのこと。強引に身体を捻ってエクステンドへ蹴撃を届かせ、その反動で僅かに自身の軌道を変える。


 それは幸運でもなんでもない、紛れもなくラビットフットの実力がもたらした勝利だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 兎さん、けっこう強いのね。
[一言] 竜と拡張を一撃撃破可能ということは 少なくとも攻撃力の面ではシルフは魔女の中でもかなり強そうですね
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