episode3-4 ウィッチカップ② 【風VS竜&拡張】
今回ウィッチカップのフィールドとして選ばれた森林地帯Aは、綺麗な円形に渡って背の高い広葉樹が敷き詰められています。各チームの拠点となる全高3メートル程度の六角柱型クリスタルについてもこの森の外縁部分に含まれていて、拠点という割に建物があったりするわけじゃありません。
「風掴む翼腕」
拠点への転移が完了して試合が始まるのと同時に、私は幾重にも重なった緑葉の天井を突き破って空へ躍り出ました。作戦は今日までにも散々話しあいましたし、試合開始前の控室でもおさらいしました。今更この場で悠長に話をする必要はないです。
各チームの拠点は円形のフィールドの端っこの方に、均等に距離を取って配置されているので最序盤は襲撃を気にする必要もなく、全速力で内層に向かいます。
上から見てみるとこの広葉樹というのは中々に厄介で、森の中がどうなっているのか目視ではほとんどわかりません。一応視界に映し出されたホログラムのようなインターフェースでチームメイトや自分、それから各クリスタルの位置はわかるので迷子になるようなことはないですけど、実際にクリスタルを探す時は下に降りないと見つからないかもしれないですね。
フィールドは中々に広くて、空を飛んでいるとは言っても内層までたどり着くのには少し時間がかかりそうなので念のため作戦を確認しておきましょう。
私の最初の役目は最前線のクリスタルの確保です。それから少しずつ中層に下がって、外層から上がってくるはずのエクスマグナさんとぶつかったら、後は他チームのクリスタルを奪って回ります。
今回の対抗戦で機動力のある飛行魔法を使えるのは私とドラゴンコールさんだけのはずなので、基本的にそのアドバンテージを活かしてなるべく戦わずに逃げ回りながらクリスタルの奪取または奪還を優先します。
エクスマグナさんは序盤は拠点に近い小クリスタルの確保、それ以降は自陣営のクリスタルの防衛をしてもらいます。勝ち目のなさそうな魔女と出会ったら逃げながら他のチームの魔女を巻き込むか、ドッペルゲンガーさんのところまで釣って協力して撃退。ドッペルゲンガーさんは大クリスタルの防衛のために原則動き回らないでその場に待機です。
その他、各魔女への対策を考えながら数分ほど飛行したところで、マップ上に表示されている小クリスタルと私のアイコンがほぼ重なる位置に到着しました。
地上へ降りると運が良いことに小クリスタルがすぐ見つかったので、全ての魔法を解除して念のため周囲を警戒しながら小クリスタルに手のひらを押し付けました。
「なるほど、こうなるんですか」
1メートル程度の高さの無色半透明なクリスタルが内側から徐々に綺麗な青色に染まっていき、ちょうど10秒が経過したところで完全に青色のクリスタルへ変化しました。マップ上で表示されてる小クリスタルも白から青に変化したので、これで正式に確保出来たということみたいです。
「レッドチームは一つ、イエローチームは二つですか」
マップを確認していると、ほぼ同じタイミングでいくつかのクリスタルの色が赤や青、黄色に変化しました。私が確保したクリスタル以外は全て外層のものです。他チームの先行役はまだ内層へ到達出来てないのかもしれません。
あくまで今のところですけど、外層から内層までにかけて広大な陣地を敷けたのはブルーチームだけということになります。魔力消費はともかく、移動速度上昇の補正があることを考えれば他チームよりも少しは有利な状況になったわけですね。
『内層を一つ確保しました』
『こっちも外層を一つ確保したよ』
『マップでも確認したわ。二人とも作戦通りクリスタルの確保をお願い』
このアバターに内蔵された機能として、チームメイト同士はいつでも通話が可能であるため、余裕がない時以外はなるべく密に報告をするように打ち合わせしています。
ドッペルゲンガーさんの言葉に了解と返事をして空へ舞い戻り、予定通り中層のクリスタルへ向かうため元来たルートよりも少し東寄り、東南の方向へ動き出そうとしたところで、突如目の前に誰かが現れました。
「矢除けの風鎧!」
「息吹!」
それが誰であるのか認識するよりも早く、咄嗟に後方へ回避行動を取りながら防御魔法を発動します。直後、私の周囲を熱風が包み込みました。距離を取ったことと循環する風によってその熱は即座に発散されたため致命的なダメージはなかったですけど、それでもサウナにでも入ってたみたいに全身から汗が噴き出して服がべったりと肌に張り付いてます。気持ち悪い……。
『ドラゴンコールさんとエクステンドさんに会敵しました!』
少し距離が離れて相手を視界に収められたので、それが誰なのかわかりました。
ドラゴンコールさんがエクステンドさんをお姫抱っこして飛んでるんです。
二人一組で行動してたからレッドチームの確保したクリスタルは一つだったってことみたいです。内層に到達してなかったわけじゃなくて、他チームの先行役を潰すことを優先してクリスタルを確保しなかったんです。
ドラゴンコールさんの背後には西洋風の赤い鱗に覆われた大きな竜が寄り添ってます。
動画で見た通り、ドラゴンコールさんは自分に竜の力を宿したり竜を召喚してその力を借りる魔法を使うようです。でもあの赤い竜、確か火竜はそれほど機動力の高い竜ではなかったはずです。少なくとも、目で追えないほどの速さで目の前に現れるなんて芸当が出来る魔法じゃないのは間違いないです。
つまり
「拡張:対象『時間』」
『逃げられそう!?』
『やってみますっ!』
今度は目で追えないというほどではないですけど、それでも凄い速度でドラゴンコールさんが迫ってきます。やっぱりエクステンドさんの時間拡張魔法です。折角陣地を敷けたのに行先を塞がれてしまったので、逆方向へ向かって逃げるように飛んでますけど、追いかけてきてるドラゴンコールさんは明らかに私より速いです。
「削り散らす竜巻・六連!」
逃げながら大杖を後ろに向けてトルネードミキサーで牽制をしかけますけど、エクステンドさんの時間拡張魔法は単純な高速移動ではなく流れてる時間そのものが違うのであっさりと回避されてしまいます。たぶんエクステンドさんたちにはトルネードミキサーがある程度スローに見えてるんです。
トルネードミキサーを回避しなければならない分さっきよりは多少ドラゴンコールさんのスピードは落ちてますけど、それでも私より速いのは変わりません。このままでは追いつかれます。
この最序盤であまり魔力を消費したくなかったですけど、仕方ないですね。
「環境魔法『嵐』」
巨大な嵐が発生してドラゴンコールさんとエクステンドさんを包み込み、次の瞬間凄まじい爆発音と共に嵐が吹き飛ばされました。
「え!?」
嵐の環境魔法は広範囲に渡って破壊を齎す分トルネードミキサーと比べると点での威力が低い、多数や巨体を相手取る時の方が真価を発揮しますけど、それでも決して弱いわけではありません。直撃すれば並みの魔法少女なら抵抗する余裕もないです。それに呑み込まれたというのに逆にかき消してしまうなんて、やっぱり魔女は一筋縄ではいきませんか。
とはいえ、相手も無傷では済まないはずです。むしろ今ので瀕死になってる可能性もあります。一応速度は緩めずに飛行し続けてますけど、このまま振り切れるかもしれないですね。
「拡張:対象『空間』」
「――風の巨人!」
ガサガサと枝葉をかき分ける音と共にエクステンドさんを抱えたドラゴンコールさんが森の中から飛び出して、気が付くと瞬間移動でもしたみたいに私の目と鼻の先に現れました。瀕死になってるかもなんて希望的な観測が過ぎました。
かなり距離を詰められており、環境魔法やトルネードミキサーは相手に当たるよりも早くこちらがやられてしまう可能性が高いので咄嗟に攻防一体の魔法を使用したのですが……
「拡張:対象『傷』」
エクステンドさんが手槍を一振りするのと一拍遅れて魔法を使うと、内側から食い破られたように風の巨人が破裂して消滅してしまいました。
あんな魔法私は知りません! トレーニングでは手の内を隠してたんです!
「薙ぎ払え!」
「くぅっ!」
エクステンドさんの魔法に間髪入れずドラゴンコールさんが何か指示を出すと、背後の火竜が大きな翼を私に向けて勢いよく振りぬいてきました。回避が間に合わずに大杖でその一撃を受けますが、とても止められません。風鎧のお陰でなんとか腕ごと持っていかれることはなかったですけど、吹っ飛ばされて大杖を森に落としてしまいました。しかも、風の鎧も衝撃で剥ぎ取られてます。
まずいです。あの杖がないと魔法の効力が落ちます。ただでさえ息もつかせぬ攻撃で押されてるのに、このままじゃ押し切られちゃいます。何とかしないと……!
「削り散らす――」
「やらせないよ!」
「拡張:対象『時間』」
大杖がある状態でも破られた環境魔法では状況を打開できません。可能性があるとすればトルネードミキサーを当てることだけです。一か八かに賭けて防御と回避と制御を捨てて八連を無軌道に暴れ回らせようとします。でも駄目です。このままじゃ間に合いません!
「窮する兎は鮫を蹴る!」
「――っ!?」
致命的な一撃が私に届く直前、いきなり横から割り込んでハイキックを繰り出しドラゴンコールさんを吹っ飛ばしたその魔女の姿を見て、私は魔法をキャンセルし落下していく少女をお姫様抱っこのように受け止めました。奇しくもあの時とは逆の形です。
「どうして助けてくれたんですか、ラビットフットさん」
あと少しで止めを刺されていたはずの私を助けてくれたのは、イエローチームのラビットフットさんでした。
「別にあんたを助けたわけじゃないわ。あんたが負けたら次に狙われるのはあたしで、2対1じゃ分が悪いってだけの話よ。今だけ共闘するわよ。あんたはドラゴン、あたしはエクステンド」
「……なるほど。わかりました、降ろしますよ」
さっきまでマップを見る余裕がなかったですけど、逃げてる内にいつの間にか内層でもイエローチーム寄りの場所まで来てたみたいです。それでラビットフットさんも私たちが戦ってるのに気が付いたんですね。
ラビットフットさんの言う通り、私が負けたら次はということになるでしょう。この共闘の申し出は私にとっても助かります。
ちょうどよくラビットフットさんの奇襲でドラゴンコールさんはエクステンドさんを森に落としてしまったようなので、今なら分担して戦えます。
一応声をかけてからラビットフットさんを近場の木の枝に落として、私は吹き飛ばされていったドラゴンコールさんを倒しに向かいます。




