episode3-4 ウィッチカップ①
ウィッチカップ本戦当日の正午、もう間もなく試合が始まるという段階でスタジアムの客席はほぼ満席状態となり、がやがやと喧しくも明るい賑やかさに包まれている。
空中にはホログラムのように巨大なスクリーンに投影された映像が、底と上の面がない四角形を形作るように映し出されており、観客席はその四角形のスクリーンを囲む様に円形に配置されている。収容人数は凡そ1万人と現実のスタジアムに比べかなり少ないが、そもそも魔法少女か妖精しか利用できないのでこれ以上拡大してもむしろ席がガラガラになってしまう。需要に即した規模と言えるだろう。
「何だか私まで緊張して来たわ……」
「えー? むしろワクワクしてきたっしょ」
「普段はあんまり気にしてなかったけど妖精さんてこんなに一杯いるんだね」
スクリーンに映し出された映像では実況と解説を担当する妖精が改めてルールの説明やチームの紹介を行いつつ、試合開始の時刻が近づいてきていることに触れている。
魔女の戦闘風景だけを見たいなら投稿サイトの動画を見れば済む話だが、魔女同士の戦闘ともなれば簡単に見られるものではない。加えて今回の試合には自分たちのチームメイトも参加するとあって、ブレイドは背筋をピンと伸ばして見るからに緊張していますという様子だ。
一方でプレスとエレファントは落ち着いたもので、プレスは映画観賞でもするように膝の上に大きなポップコーンの容器を乗せてもちゃもちゃと口いっぱいに頬張ってはジュースで流し込んでおり、エレファントは観客席の7割以上を埋めている妖精を楽しそうにキョロキョロと眺めている。
「でも、シルフちゃんがこんな催しに参加するなんてちょっと意外かも。あんまり目立つこととか好きじゃないよね」
「何か事情があるんでしょう。結構思い詰めてるみたいだったから力になりたかったけど、対抗戦のために訓練するからって言われるとそれ以上踏み込めなかったわ」
「一応エクスパイセンには気にかけてほしいって言っといたけどね~」
ウィッチカップが開催されるという情報が解禁され、その参加者にシルフの名前があがっていたことに三人は違和感を覚えていた。元々他の魔法少女と仲良くするつもりはないというタイラントシルフのスタンスや、未だに動画を上げたりSNSもしていないことから積極的に目立つような行動をするタイプでないということはわかっている。数合わせの為に運営に頼み込まれて仕方なく、という線も考えられるが、であればシメラクレスに金を積む方がよほど早いのではないかという疑問もある。
自分からの接触を禁じられているエレファントはともかくとして、ブレイドとプレスはディスト討伐の際にそれとなく聞いてみたりもしたが理由ははぐらかされたしまった。ただ、シルフ自身はうまく誤魔化せているつもりなのかもしれないが、時折思い詰めた表情を見せることもあり、何か事情があるのだろうということは二人も察している。
没頭するように鬼気迫る勢いで訓練をしている時もあれば、上の空で集中出来ていない時もあるというエクステンドからの情報もあり、ブレイドとプレスは何とかシルフの力になれないかと積極的に仲を深めようとしていたが、結局うまくはいっていない。
「やっぱりシルフちゃんには私が必要なんだよ」
ニコニコと花の咲いたような笑顔で呟かれたその言葉は、試合開始の合図と共に沸き起こった歓声にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
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『まもなく! まもなく試合開始の時刻となります! その前に今一度おさらいしておきましょう!』
『レッドチーム! 序列第三位にしてお茶会を取り仕切る魔女のリーダー! 勝利の運命を手繰り寄せられるか!? 糸の魔女! ウィグスクロォォォソッ!』
『序列第七位! 今最も完全開放に近いと噂される幻獣の王! この戦いでも王者としての強さを見せるか!? 竜の魔女! ドラゴンコォォォル!』
『序列第十三位! 傲慢にして不遜! 叩き上げの実力派! その才能をこの一戦で更に拡張できるか!? 拡張の魔女! エクステンドトラベラァァァ!』
『ブルーチーム! 序列第四位! 変幻自裁のベテランウィッチ! 器用な八本腕が掴むのは勝利か敗北か!? 蛸の魔女! ドッペルゲンガァァァ!』
『序列第九位! お調子者のプロデューサー! 勝利を引き寄せることが出来るか!? 磁力の魔女! エークスマグナァァァ!』
『序列第十四位! 彗星の如く現れた新進気鋭の子供暴君! 彼女に吹くのは追い風か向かい風か!? 風の魔女! タイラントシルフゥゥゥ!』
『イエローチーム! 序列第五位! 同派閥にすら容赦のない無邪気で純粋な暴力の塊! 全てを氷漬けにして、最後に立つのは一人か!? 氷の魔女! パァァマフロストォォォ!』
『序列第六位! 轟く渾名は対人最強! 彼女を止められる魔法少女は果たして存在するのか!? 重力の魔女! レッドボォォォルッ!』
『序列第十位! 幸運に愛された天才少女! 生意気なのが玉に瑕! ウィッチカップでも天運を呼び寄せることが出来るか!? 兎の魔女! ラビッットフットォォォ!』
『以上総勢9名が大クリスタル3つと小クリスタル20個を奪い合う陣取り合戦、それが対抗戦です。今回ランダムに選定されたフィールドは森林地帯A。各チームの大クリスタルがフィールドの最も外側に配置され、そこから内側に近づくにつれて三つの層に分類されます。まずは外層、大クリスタルのある各チームの拠点から最も近く、ドーナツ状に9つの小クリスタルが配置されています。次に中層、こちらも外層と同じようにドーナツ状に8つのクリスタルが配置してあります。最後に内層、外層中層同様に3つのクリスタルがあります』
『つまり! 大クリスタルの存在する最外層と合わせて四つのドーナツが存在するわけですね!!』
『ドーナツ状に分類された層ですね。当然ですが、内側に近づくにつれて層は小さくなりますし、ドーナツ状というのはあくまで比喩なのでフィールドの中央に穴が空いてるわけではありません』
『おっと! 最後のおさらいをしている内にどうやら試合開始のカウントダウンの時間となったようです!! 10! 9! 8!』
『7、6、5、4』
『3! 2! 1!』
『『スタート!』』
試合開始の合図と共にスクリーンに映し出されていた実況と解説の画面はワイプとなって右上に移動し、大画面は三分割されて各チームの魔法少女が自陣営の拠点に転移した映像に切り替わった。
『ブルーチームはタイラントシルフ選手が一人空を飛んで中央方向へ向かい始めました! イエローチームはラビットフット選手が若干走りにくそうにしながら独走しています! これはどのような作戦でしょうか?』
『対抗戦はあくまで陣取り合戦ですのでより多くのクリスタルを確保する必要があります。複数人で行動していたほうが戦闘になった際有利なのは当然ですが、一方でクリスタルの回収が遅くなるというデメリットがあるので、全員バラバラに動くというのはスタンダードな作戦ですね。機動力のある魔法少女が先行して内層を確保して徐々に中層へ下がって行くと言うのも序盤の動きとしては珍しくありません。ただ、飛行能力のあるタイラントシルフ選手と比べてラビットフット選手には少し辛い状況ですね。森林地帯ではなく荒野や草原であればまた話は違ったでしょうが』
『なるほど! おっと! 一方でレッドチームはドラゴンコール選手がエクステンドトラベラー選手を抱えながら飛行して中央を目指しているようです!』
『機動力と戦闘力の両取り、というと聞こえは良いかもしれませんが、当然人を一人抱えて移動するのは自分一人の時と比べて機動力が下がります。おそらくレッドチームの作戦は他チームの先行役を二人がかりで叩くというものだと思われますが、相手の方が機動力に勝る場合逃げ切られる可能性は当然あります。一石二鳥となるか、二兎を追う者は一兎をも得ずとなるか、注目ですね』
『ブルーチーム、エクスマグナ選手は最も近場にある外層の小クリスタルを確保に向かっているようです! ドッペルゲンガー選手は拠点から移動していません!』
『王道の作戦ですね。先行役が内層を確保して中層へ下がりながらクリスタルを確保。続けてもう一人の魔法少女が外層のクリスタルを確保しながら中層へ上がって行き、ある程度自陣営に近いクリスタルを確保したら先行役は他陣営のクリスタルを奪いに、もう一人の魔法少女は確保したクリスタルの防衛兼奪われた場合には奪還役として中層~外層で待機します。そして最後の一人は自陣営の大クリスタルを守るという布陣です。特に機動力に優れる魔法少女がチーム内に居る場合、この作戦が機能するとかなり優位に戦況を進めることが出来ます。相手チームに奪われるよりも奪う数が多ければ勝てるわけですから、敵チームに倒されない逃げ足というのはとても重要です』
『風の魔女を有するブルーチームにとってはとても相性の良い作戦ということですね! あーっと! イエローチームのパーマフロスト選手! 自陣営の大クリスタルを氷漬けにしてそのまま拠点を離れてしまいました! これは一体どういうことでしょうか!?』
『ノーガード戦法ですね。総合力で劣るチームで取られやすい作戦です。他のチームの魔法少女と遭遇するとほぼ確実に負ける場合や、大クリスタルの防衛に向いた魔法少女がいない場合、下手に駒を遊ばせておくよりも全員で動き回って小クリスタルを確保した方が有利な場合もあります。イエローチームの場合レッドボール選手がいるのでこのような作戦を取る必要はないと思いますが、単純にメンバーの攻撃性が高いという可能性もありますね。大クリスタルを氷漬けにしたのは申し訳程度の防衛、鎧を着せたようなものだと思います』
『どうやらレッドチームもイエローチームと似た作戦のようです! ウィグスクローソ選手が大クリスタルを糸でグルグル巻きにした後、外層の小クリスタルへ向けて動き出しました!』
『攻撃的という意味では先行役を二人にしているレッドチームも負けていませんね。スタートしたばかりですが早くも先の読めない展開となってきました』
『まだまだ試合は始まったばかり! 魔女同士の熱いバトルはいつになったら見られるのか!? 今から楽しみでしょうがありません!!』




