表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
三章 乾坤根刮ぎ、焼き穿て
89/216

episode3-3 妹②

 月明りの遮られた真っ暗闇の曇天を、大型の梟型ディストが目に見えない敵を探して縦横無尽に飛び回る。梟を模したディストにとって夜の闇というのは本来自身に有利に働くはずのフィールドではあったが、この時ばかりは相手が悪かった。


影潜みシャドウダイブ


 空中に突如出現した影の魔法少女シャドウが、禍々しいデザインの大鎌を振りおろして梟型ディストの右翼に深い傷をつけた。ディストは即座にシャドウを迎撃しようとして負傷した翼を振り回すが、その苦し紛れの反撃がシャドウを捉えることはない。


「こっちだウスノロ、ヒヒっ! 影潜みシャドウダイブ


 先ほどまでシャドウがいた場所に意識を割いているディストの裏をかくように、いつの間にか反対側の翼の上に移動していたシャドウが雑草を刈り取るように左翼の根元に大鎌を突き刺した。

 ディストは実際の物理的肉体によって空気を叩いて空を飛んでいるわけではないが、形を模した動物の能力を発揮する力を持っている。それは逆に言えば、その形を破壊することで模倣された能力は失われることを意味する。

 翼としての意味をなさなくなるまでズタズタに切り裂かれたディストは地面に向けて落下しながらシャドウへの反撃を試みるが、結果は先ほどと同様に空振りだった。ただ単に避けられたのではない。まるで瞬間移動でもしているかのように、シャドウの姿は一瞬で消えてしまうのだ。

 飛行能力など持っていないはずのシャドウが、どうやってか空中を自在に動き回り、大半の魔法少女にとって天敵と言える飛行能力を持つディストを圧倒していた。

 これが自身の適性よりも遥かに格下のディストであれば、他の魔法少女でもやりようによっては同じことが出来るだろう。しかし、今この場でシャドウ相手に手も足も出せずに地に堕ちたディストの階級は伯爵級アールクラス。本来のシャドウの実力で言えば、格下どころか格上と言っても過言ではない相手だった。


蠢く影シャドウビースト


 散々痛めつけられて大地へ堕ちたディストにシャドウの操る獣の群れが殺到した。何とか翼を再生させて空へ戻ろうともがき苦しむディストに対し、そうはさせじと再生を上回るスピードで影の獣たちが傷だらけの翼を食い散らかしていく。獣一匹の強さは精々騎士級ナイトクラス程度であり、ディストが万全の状態であればどれだけ数がいようともそれらを振り払うことなど簡単だったはずだが、たとえどれだけ強者であっても一度弱者の立場に転落すれば後は貪り食われるのみ。まるで自然界の弱肉強食を表すかのように、とうとう梟型ディストは影の獣たちに食い荒らされて消滅したのだった。


「すごいですね。私の出る幕なんてなかったですよ」


 もしも何かあればいつでも助けに入れるように、一連の戦いを少し離れた位置から見守っていた象の魔法少女エレファントが、闇の中から音もなく姿を現したシャドウに対して心底感心したような表情で話しかける。

 やっぱり一人だけで戦うなんて心配だから私も一緒に戦いますと押し掛けてきたエレファントに、咲良町に受け入れて貰った手前強く断り切れなかったシャドウが出した条件が、戦いぶりに問題がない限りは手を出さないことだった。

 ディスト討伐の報酬は参加人数の貢献度によって分配されるため、戦闘への参加人数が増えれば一人一人の報酬は減ることとなる。狩場と呼ばれるほどにディストの出現率が高いこの町での活動を認めて貰えたことはシャドウも感謝しているが、それで稼ぎが減っては元も子もない。そこだけはシャドウにとって譲れない部分だった。


「あー、まあ、それほどでも……」


 照れくさそうに頭をポリポリとかいてシャドウは視線を逸らした。

 今までは様々な町を転々としながら現地の魔法少女に見つからないようにひっそりと活動し、見つかったら逃げ出すという生活を繰り返していたため、こんな風に真正面から褒めてくれるような相手はいなかったのだ。


「リベンジ戦の時から想定はしてましたけど、やっぱり夜の闇にも潜れるんですね」

「こんだけ暗けりゃですがね」


 シャドウの操る影魔法の真骨頂は星明りすらも届かない曇天の夜にある。

 本来は物の影に隠れたり、影を獣のように操る魔法ではあるが、深い暗闇の中では闇そのものに溶け込み、自由に移動し、どこからでも出てくることが出来る。さらに獣を操るのに必要となる魔力は軽減され、獣の強さもわずかではあるが強化される。

 以前にエレファントは、咲良町を守護する魔法少女としての立場を取り戻すためシャドウと戦い勝利したことがあるが、その時は日中でありシャドウにとっては最も実力を発揮出来ない時間帯での戦いだった。

 エレファント自身、あの時の戦いは運の要素も絡んでの勝利だったという自覚はあったが、こうしてシャドウの真の実力を目の当たりにすると、第二の門を開けたからと言ってそれで満足していてはいけないということを思い知る。


「そんで、いつまでこんなことしてるつもりで?」

「え?」

「一応魔法少女としてはあたしの方が先輩ですし~? あんたのこともちょーっとは気にしながら戦ってましたけど、上の空じゃないっすか。な~んか裏がありますよね~?」


 わざわざ自分のチームを一時的に離れて、基本的に戦闘に参加しないという一般的な魔法少女なら絶対に呑まないような条件を受け入れてまで、エレファントはシャドウのことが心配だからと言って強引に押しかけてきた。だというのに、全くの無警戒というわけではないが戦闘中はどこか集中出来ていない様子であり、全身全霊を持ってシャドウを助けたいというような気概は感じられない。一度くらいならばそういう日もあるだろうと疑問に思わなかったかもしれないが、エレファントがシャドウの戦いを見守るようになってからというのも毎度この調子なのだ。

 別にシャドウ自身はそこまでして助けて欲しいなどと思っているわけではないが、思い切った行動をしている割にはどこかお粗末なエレファントの様子に、伝えられていない目的が他にもあるなと推測させた。

 もちろん、町を守るのに有効だからと言って、縄張りを奪うために襲い掛かってきた魔法少女を受け入れるようなエレファントが、自分には一銭の得もないのに戦闘にも参加しないでシャドウを見守っているような少女が何らかの悪事を企てているとは思っていないが、何か他に真の目的があるのならさっさとそれを達成して元のチームに戻って欲しいとは思っている。

 シャドウは強がりでも格好つけでもなく、心の底から一人の方が落ち着くし戦いやすいと考えているのだ。


「う、裏なんて、そんな……。シャドウさんが心配だっていうのは本当ですよ」

「でもそれだけじゃないでしょ~に。あー、あの魔女さんのこととかですかねぇ?」

「っ!? なんで知ってるんですか?」

「カマかけただけだったんですがねぇ」


 とはいえ、シャドウがタイラントシルフのことを真っ先に持ち出したのは全く何の根拠もないわけではない。

 出会い頭に魔法をぶっ放そうとして来たり、威圧的な空気を纏って脅すように話しかけてきたシルフのことは、他の魔法少女と比べてもシャドウの中で強く印象付けられていた。エレファントの言うことは全肯定というような感じで、隠すつもりがあるのか知らないが飼いならされていることは一目瞭然だった。

 ちょっと泣きついたり引っ越しの手伝いの話になっただけであれだけ面倒な絡み方をしてきた魔女が、一時的にとはいえエレファントがチームを抜けてシャドウのところへ押しかけてくることを大人しく許容しているなど、何もないと考える方が難しい。


 あのチビスケに絡まれるのは面倒だぞ~という内心をおくびにも出さず、シャドウは何とか自分が巻き込まれない方向にかじ取りできないかと試みる。


「いえ、ただ、シルフちゃんは元気にやってるかなって」

「それで戦いに集中できないくらいなんだったらさっさと戻ったらどうでしょーかね。あの魔女さんもそっちのほうが喜ぶんじゃないっすか? そもそもあたしは一人の方が性にあってるし、そんな辛気臭い面しながら戦われても鬱陶しいんですけど」

「それは、……ごめんなさい」

「あー、もう、あんたになんかあって魔女さんに目付けられたらこっちが困るんすよ。あたしのことは良いんで元のチームに戻りましょーや」


 巻き込まれたくないという本心を隠しつつ、相手は恩人でもあるためシャドウなりに気を遣って、遠回しに自分のことは良いから魔女さんのところに戻ったらどうかと言ったつもりだったのだが、額面通りに受け取ったエレファントの気落ちした謝罪を受けて、今度はガシガシと恥ずかしそうに頭をかきながらほぼストレートに自分の思いを伝えることとなった。

 普段のエレファントであればそう言った言葉の裏に隠された気遣いをくみ取ることも出来ただろうが、思春期特有の誰もが持ち得る、されど本人にとっては未知のそれに振り回されている少女にそこまで求めるのは酷というものだろう。


「それはダメです。シルフちゃんのことがあってもなくても、シャドウさんが心配なことに変わりはないですから。シャドウさんも私たちと一緒に戦いましょうよ。収入のことを心配してるなら、シルフちゃんと協力すれば結構な大物も倒せますよ?」

「金のこともそうですがね、集団行動は性に合わないっていうか……。あたしらがバチバチやった時も別行動だったじゃないすか」

「でも、今はこうして二人でも行動出来てます」


 誠実さとは無縁であるようなシャドウが、恩があるからと珍しく偽らざる本音で自分のことは放っておけと言っているというのに、あくまでも自らの考えを基に頑固さを見せるエレファント。シャドウはそんなエレファントのある意味で自分勝手で埒の開かない態度に徐々に苛立ちを覚え始めた。


「そりゃあんたは恩人ですからちったぁ我慢もしますけどね、それに二人と五人ってのは大分違うでしょ。まあ二人くらいなら組んでも良いすけど、あんた以外はあたしに悪い印象しかないでしょ? でもあんたは魔女さんのところに戻りたいんでしょ? だったら答えは決まってるでしょーに」

「っ、それは……」

「本当ならいちいちこんなことは言わないんすけどね、あんたにゃ恩があるから言っときますよ。人にゃ優先順位ってもんがある。あたしにとって一番はあたしだし、それより下はほとんど団栗の背比べなんすよ。あんたにとって大事なもんはなんすか? 他の何よりもあたしの方が大事なんすか? 魔女さんのことは良いんすか?」


 全部、全部同じくらい大事で、全部守って見せる。全部選んで見せる。

 今までのエレファントならそう言いきれたはずなのに、咄嗟にその言葉が出て来なかった。

 シャドウに指摘されて初めて気が付いたのだ。世界を、この町を、家族を、友人を、自分を、今までは等しく守りたいと思っていたはずなのに、今、自分が誰を守りたいのか、誰を助けたいのか。


「あたしは一人でやらせてもらいますよ。他にも何か目的があんなら、それが終わるまでは付き合ってあげますけどね」


 捨て台詞のようにそれだけ言い残し、シャドウは転移の光と共に消え去った。


 一人残され立ち尽くすエレファントの胸の内で、あんたにとって一番大事なものは何かという言葉がいつまでもリフレインしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 読むのがとても楽しくて一気読みをしています。 TSと幼児化によるフェチ味がそこかしこに散りばめられていながら、物語の緩急としてのシリアスやコメディ、物語の発展として世界観の開示や人間ドラマ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ