episode3-3 妹①
全長20メートルを超える大型のムカデ型ディストがワサワサと生理的な不快感を感じさせる足の動きでビルを這いあがって行きます。黒い悪魔に比べればマシですが、あくまでもマシというだけで気持ち悪いことに変わりはありません。
サイズこそまあまあのものですけど、強さで言えば精々子爵級の中間程度と言ったところでしょうか。今のブレイドさんとプレスさんなら単身でも何とか出来るレベルですし、後詰めに私が控えた状態で二人がかりならばまず負ける心配はありません。
「圧し潰す双掌!」
専用武器の効果によって威力が底上げされた圧力が、両手の形となって巨大ムカデディストをビルに押さえつけます。ディストがウネウネと暴れ回っているのもあって、ビルの方にどんどん亀裂が入っていき長くはもたなそうですが、ブレイドさんの方も間に合ったみたいです。
「大いなる一振り!」
腰の捻りに合わせて振り抜かれた黄金の大剣から実体を大きく超える斬撃が発生して、押さえつけられたディストをビルごと真っ二つに叩き切りました。
切断されたディストの一部が黒い靄となって大気中に溶けていきますが、どうやらこれで終わりではないようです。
空中を落下しながら暴れ回っていたディストが、何と節ごとに分離して個別に動き始めたのです。ムカデのような形をしていましたが、複数のディストが合体して一つの身体を構築していたみたいです。新型はこういうわけのわからないギミックを持ってたりするから面倒です……。
分離したディストの数は凡そ20体と言ったところでしょうか。一旦四方八方に散らばったかと思えば私たちを包囲するように展開して一気に距離を詰めて来ました。もしも逃げ出すようであれば、現実への入り口を見つけたことを意味するので私の出番でしたが、これならまだ大丈夫そうですね。
「剣の舞踏! 剣鬼!」
「圧雷 圧し断つ手刀!」
ブレイドさんたちも逃げられると面倒だと言うことを理解しているようで、時間制限のある魔法も解禁して短期決戦をしかけます。
殺到する気色の悪い虫モドキディストをブレイドさんは踊る様な剣捌きで華麗に切り伏せ危なげなく処理していきます。
プレスさんはディストの進路に見えない罠を仕掛けて次々と爆殺していき、罠を抜けて来た個体は圧力の手刀で叩き切っています。
「風の巨人」
散らばったディストの内三体ほどが私の方にも向かって来ましたが、トルネードミキサーではブレイドさんたちの集中を妨げてしまいそうですし、ウインドブレイドでは同時に三体を始末することは難しいので、最近新しく使えるようになった魔法で対処します。
別に空を飛んで安全圏からウインドブレイドを連発するのでも良いですけど、新しい魔法も使い慣れておかないといざという時にうまく使えなそうですし、良い機会です。
高密度の空気塊で作られた5m程度の巨人がディストめがけて拳を振り下ろし、まさに害虫を叩き潰す様にぺしゃんこにしてしまいます。私はそんな巨人の肩の上に座って、残りの二体が同じように踏み潰されたり握り潰されるのを視界に収めながらブレイドさんたちの方も終わったのを確認しました。
「お疲れ様です」
「ええ、お疲れ様。ごめんなさいねシルフさん。何体かそっちに行ってしまったみたいで」
「いえ、ディストを倒すのは魔法少女の仕事ですから。気にしないで下さい」
「ねぇねぇシルちゃん、あたしの新技どうだった? 近接用に考えてみたんだけどさ! 格好良かった?」
「いいんじゃないですか?」
「えー、もっとこうなんかあるっしょー? プレスさん格好良い! 抱いて! みたいな?」
「寝言は寝て言いなさい。このバカがいつも鬱陶しくて迷惑かけるわね」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんですー!」
「子供みたいなこと言ってるんじゃないわよ! あと私はバカじゃないわ!」
「あたしだって馬鹿じゃないしー!」
「そ、そんなに喧嘩しないでください」
この二人、別に仲が悪いというわけではないんですけど、エレファントさんがいないと喧嘩を仲裁する人がいないので放っておくといつまでもこんな調子なんですよね……。別に私は二人がどういうコミュニケーションの取り方をしていようが興味ないんですけど、エレファントさんから二人のことをお願いされてますから無視するわけにもいかないですし……。
うぅ、エレファントさん、早く帰ってきてください……。早く会いたいですしこの二人の相手をずっとするのは私には荷が重いです……。
「ふん、しょうがないからシルフさんに免じて許してあげるわ」
「それはこっちのセリフなんですけど? ってかさ、シルちゃんこれからカフェ行こうよカフェ。美味しいケーキがあるとこ見つけたんだよね~」
「はあ? シルフさんはこれから私とショッピングに行くのよ。ね、シルフさん、可愛いお洋服を見つけたの。ぜひ着てみて欲しいわ」
「い、いや、あの、その……」
気のせいかもしれないですけど、エレファントさんが一時的にチームを抜けてからこういう個人的なお誘いが増えたきがします。正直どちらもお断りなんですけど、毎回断るのも悪いですし、かと言ってどちらか一方を選ぶのも角が立つのでたま~に三人で出かけたりはしますけど、お二人は私の本当の姿を知らないのであんまりベタベタされないように警戒したりと結構疲れます。エレファントさんが居てくれれば間に入って助けてくれると思うんですけど、色々とお忙しいみたいでブレイドさんたちから誘ってみても都合がつかないみたいです。
ここ最近は連続でお断りしているので、今までならそろそろ一回くらいは行っておいた方がいいかなと思わなくもないところです。ですが、実を言うと今の私には大義名分があるのです。なので今回も堂々とお断りさせていただきましょう。
「た、対抗戦の準備がありまして、ちょっと忙しいというかですね……」
「ああ、例のウィッチカップね。そういうことなら仕方ないわね」
「すっごいよね~、魔女だけでドンパチやるなんて見応えありそ~」
先日の日曜日に例の対抗戦の予選が開催され、情報が解禁されたことに伴って対抗戦の準備で忙しいという言い訳を使えるようになったのです。これを口にすればよほど非常識の相手でない限り無理に誘いを受けることはありません。
逆に情報を隠す必要がなくなったことで、私と同じく参加者であることが判明したエクステンドさんから今度は逆に私が特訓に付き合ってくれと要請されてますけど、まあ私としてもギリギリまで特訓はするつもりだったのでお互いの利害は一致していると言えるでしょう。
他の魔女に比べればエクステンドさんは多少話しやすい方ではありますし、加えて私の手の内をかなり知られているので、本戦のチームも出来れば同じが良いですけど、チームの組み合わせは今週末の発表ということだったので詳細はまだわかりません。まあ、最近は大分私の方が勝率高いですから別チームだったらそれはそれで問題ないです。
ちなみに予選については語るところがないくらいの圧勝でした。有力なフェーズ2魔法少女が多く出場するということだったので、マークされないためにあえて初期フォームのシルフィードに変身して髪型まで変えて行ったのですが、あの調子なら全員から集中狙いされていても余裕だったかもしれませんね。
「当日はエレファントも誘ってみんなで応援に行くわ」
「めっちゃ声張って応援するよー!」
「あ、ありがとうございます」
目を輝かせながらグイグイ近づいてくるプレスさんをそれとなく押し返します。
対抗戦はそれ専用に作られた特別な会場で実施され、競技に参加する魔法少女以外はその会場に入ることは出来ないので、応援とは言っても野球やサッカーのように競技しているところを直接見れるわけではありません。
ただ、競技風景を空中のスクリーンに大きく投影して大迫力大音響で楽しめる観戦専用のスタジアムがあるので、臨場感やライブ感を楽しみたい魔法少女はチケットを買ってそこで観戦するんだそうです。多分ブレイドさんの言う応援に行くと言うのもこのスタジアムに行くということでしょう。
ちなみに対抗戦の様子はネットでも有料配信されるので、別にスタジアムに行かなくても見ることは出来ます。まあ、本人たちが行くというなら野暮なことを言う気はありませんけど。
「それでは今日はこれで――」
実際対抗戦に向けて特訓や勉強をしているのは嘘ではないので、今日もこの後は他の魔女たちの動画を見返して現在立てている対策に修正が必要な部分はないかを検証する予定だったのですが、私の言葉を遮ってマギホンが不愉快な爆音を鳴らし始めたことで予定が一つ追加されることが確定しました。
「っ、ディスト!?」
「でもあたしらのは鳴ってなくね?」
「落ち着いてください。これは私の任務、魔女専用の高位ディスト発生通知です」
通常のディスト発生の通知よりは多少マシな、それでも不愉快極まりない通知音。
研修もこれで五回目ですし、すっかり聞きなれて違いがわかるようになってしまいました。
これが鳴ったということは悪魔に背中を向けながら戦わなければいけないということであり、非常に気は進みませんが、これで最後だと思えば多少はやる気も出るというものです。
「急ぎますので私はこれで」
「気を付けるのよ」
「シルちゃんなら心配ないっしょ」
二人の言葉に軽く頷くだけで返して、私は魔法界への転移を開始します。
・
魔法局に直接転移した私は悪魔の到着を待たずに例の長距離転移装置を使用して、侯爵級ディストが暴れ回っている欺瞞世界まで転移しました。
「大きいですね……」
地に堕ちた龍だと言われても納得できるほど巨大な黒い蛇。それが今回の討伐対象のようです。咲良町での戦いも含めて今まで倒してきた侯爵級では最大サイズです。とぐろを巻いたその高さは天にも届くほどと言えばどれほど大きいかがわかるでしょう。公爵級だった巨大亀と比べれば一回りか二回りほどは小さいですが、精々それくらいの差しかないとも言えます。侯爵級としては最上位の相手だと思った方が良さそうですね。
「シルフさん、今回のディストは念のため二人で叩きましょう。新型であれば公爵級に匹敵しないとも限りません」
少し遅れて転移してきた悪魔が珍しく杖を構えて私の隣に並びました。
いつもは私の後方で地上から見ているだけなのですが、さすがに今回の相手は私一人では荷が重いと判断したようです。というかこの悪魔、空を飛んでいる私の隣にどうやって立ってるんですか? いえ、糸を張ってその上に立ってるのはわかりますけど、糸をひっかける場所なんてないと思うんですけど……。
「手を出したいなら勝手にしてください」
悪魔のことは気に食わないですけど、さすがにこの状況で私一人で充分ですなんて言うつもりはありません。悪魔の言う通り、相手が新型であれば何をしてくるかわかりませんから、場合によってはもう一人二人増援を呼んでもいいくらいです。
ですがまあ、現時点ではまだ可能性の話でしかないですから、まずはこの一撃で見極めるとしましょう。
「削り散らす竜巻・六蓮」
私の身長よりも大きな杖から六つ又に分かれた竜巻が発生し、のたうち回る龍のようにうねりを上げながら巨大蛇型ディストへ迫ります。
今までの私であればこれをそのままぶつけるだけですが、私の魔法は日々進化しています。高火力魔法であるトルネードミキサーを複数の敵にぶつけるために適応派生したこの技術を、より大きな火力を得るための技術に昇華するんです。
身勝手に暴れ回っていた六体の龍がその根元から束ねられ、お互いを食らいあい、その勢いは一秒ごとに増していき、やがてそれは一匹の超巨大な風龍へと至ります。
「極点」
巨大蛇型ディストと同程度の大きさにまで成長した風龍が真正面からディストに襲い掛かろうとして、空ぶりました。蛇型ディストがその巨体からは想像できない俊敏さで首を動かして避けたんです。
ですが、私の魔法はこれで終わりじゃありません。風龍はディストを通り過ぎた後に戦闘機のように急旋回して直上から飲み込むようにぶつかり合い、まるで大きな掘削機が硬い岩盤を削り取るかのように、飛び散る砂ぼこりのように黒い靄を削り散らしながら奥へ奥へと進撃していきます。
そうしてものの数秒のうちに、巨大蛇型ディストは断末魔の声を上げる暇もなく再生力を失って消滅していきました。
「……、拍子抜けでしたね」
思っていたよりもかなりあっさりと終わったので、まだ何かあるのではないかと思ってディストの姿が消えた後も警戒を続けましたけど、特に何もなさそうです。
「魔法局からもディスト反応消失の確認が取れました。これで無事研修終了です」
「そうですか」
ようやく悪魔から解放されると思うと清々します。
「それにしても、凄まじい魔法ですね。今のシルフさんなら公爵級であってもあるいは」
「そこまで自惚れるつもりはありません。それに、そんな危険を冒すつもりもありませんから」
実戦で使うのは初めてだったのでどこまで通用するかわかりませんでしたけど、このサイズ感のディストを一撃なら特訓した甲斐があったというものです。とはいえ対人では隙が大きすぎて使えなさそうなので対抗戦では宝の持ち腐れになりそうですね。実際エクステンドさん相手には何度使っても避けられちゃいますし。
「では、私はこれで」
「ああ、少しお待ちください」
「……何ですか?」
「対抗戦の件ですが、シルフさんも参加されるそうですね。もしも同じチームであれば力を合わせて頑張りましょう」
「……そうですね」
気に食わない相手ではありますけど、参加者の中では一番序列の高い魔女です。本当に心の底から嫌いですけど、この人が味方だったら頼もしいのは確かですね。だからって絶対に組みたいとまでは思いませんけど。
「ですが、もしも違うチームであれば手加減は出来ませんので、あしからず」
「っ、こっちだって手加減なんかしませんよ! あなたと同じチームなんて願い下げです! ボコボコにしてやりますから覚悟しておいてください!!」
私は別に強さに拘りなんてないですけど、人を散々弄んだこの悪魔に手加減しないけど泣かないでね~なんてことを言われては黙っていられず、転移の去り際に今まで溜まっていた鬱憤も含めて吐き出してやりました。
合法的にこの悪魔に復讐が出来るんですから、むしろ違うチームにしてくれなきゃ困ります。ぼろ雑巾にしてやります。




