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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
三章 乾坤根刮ぎ、焼き穿て
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episode3-2 依存②

 8月が終わってから数日が経ったある日の土曜日。まだまだ世の中の暑さがおさまることもなく、外に出ればじとじとした蒸し暑さに思わず眉を顰めたくなるだろうが、幸いなことに俺は定職にも就いておらずディスト退治以外では基本的に外出することなんてないので、エアコンのよく効いた涼しい部屋でせっせと部屋の掃除に勤しんでいた。


 縄張り争いの騒動が収束した8月の終盤頃は、今後余計な手出しをされないように牽制としてエレファントさんたちと魔法界で仲良しアピールをしていたのだが、8月が終わったというのはつまり新学期が始まったということでもあり、エレファントさんたちと遊びに行く頻度は激減した。というか、ほぼなくなったと言って良い。

 半分ニート状態の俺とは違い、エレファントさんたちは平日は学校だし放課後や休みには部活もあるし友達との付き合いもある。縄張り争いに巻き込まれたせいで夏休みの間は魔法少女業の方に専念していたが、今後はそう頻繁に会うことも出来なくなるだろう。


 ブレイドさんやプレスさんはともかく、エレファントさんと会う機会が少なくなるというのは少々残念だ。いや、正直に言うと少々なんてもんじゃない。凄く凄く残念だ。折角人生で初めてできた友達なのに。


 もっとも、エレファントさんたちだけが忙しくしていて俺はいつも暇にしているのかと言えばそうではないんだが。


 先日のお茶会の直前にアースとかいう胡散臭い妖精と取引した通り、俺が男に戻るための薬を手に入れるためには対抗戦とやらで優勝するかMVPを取る必要がある。

 魔法少女になったばかりの頃のように、何が何でも男に戻りたいという強迫的な思いがあるわけではないが、このまま一生女のまま生きても良いとまで割り切れてるわけでもない。だから薬は確保しておきたいのだが、この大会で性転換の薬を手に入れておかないと今後薬が手に入るのはいつになるかわからない。最悪、魔法少女を卒業するまで手に入らないかもしれない。魔法少女を引退することになったら、もうチャンスはない。現代科学では遺伝子レベルで性別を完全に変えることなんて出来ないのだから。

 つまり、俺にとってこの対抗戦は絶対に負けられない戦いなんだ。


 特別な対抗戦に備えて、ディストの討伐や任務がない時には基本的に公開されている過去の対抗戦の映像を見たり、本戦で戦うことになるだろう魔女の動画を見たりして立ち回りの研究や対策を練っている。実際に開催される魔女オンリーの対抗戦は通常のものとはレギュレーションが違うらしく、予選が終わるまで細かいルールは公開されないみたいなので、過去の試合を見てもそれほど意味はないかもしれないが何にも知らないより多少はマシだろう。予選であたるかもしれない有力なフェーズ2魔法少女の動画も一応は見るようにしてるし、準備はどれだけやってもやり過ぎということはない。

 他にも、訓練施設で仮想ディストと戦ったり、エクステンドさんに頼み込んで対人戦の練習相手になってもらうこともある。あの人も学生のはずなんだけど頼み事すると妙に嬉しそうに引き受けてくれるんだよな……。


 そんなこんなで結構慌ただしい日々を過ごしているのだが、今日に限っては対抗戦の研究も戦闘訓練もお休みだ。いつにも増して念入りに部屋の掃除を行っているのは、なにも宿題やら就活だとかの嫌なことから現実逃避しているわけではない。

 今日はエレファントさんが家に遊びに来るのだ。前に俺の転移にくっついてきた時とは違い、変身前の状態で普通に訪ねてくるのだから、ちさきさんと呼ぶべきだろうか。

 縄張り争いとかで忙しくなる前、二人で一緒に水族館に行った辺りから一度俺の家に遊びに来るという約束はしていたのだが、何かと忙しく結局今日までずるずると先延ばしになってしまっていた。

 わざわざちさきさんに足を運んでもらうなんて恐れ多いし、ロクなおもてなしも出来ないからどうせならちさきさんの行きたいところに行きましょうと提案したのだが、シルフちゃんの家に行きたいなと返されてしまい結局断り切れなかった。相変わらず押しの強い人なのだ。そういうところも魅力なんだけどな。


 友達を家に呼ぶなんていう人生で初の一大イベントを前にしてじっとしていられるわけもなく、そしてちさきさんをお迎えするのに失礼があって良いはずもないため、いつも以上に念入りに掃除をしたり、ちさきさんにお出しするお菓子やジュースを確認したりと忙しなく動き回っているわけだ。

 友達を呼んで家でやることと言えば、男子ならゲーム大会、女子ならお菓子パーティー、のはず。経験がないからフィクションから仕入れた知識でしかないが、ちさきさんがどちらを望んでも対応出来るようにお菓子は大量に買い込んだしコントローラーだって二つ用意した。それに映画関係のサブスクにも入ったから万が一間がもたなくなっても大丈夫のはずだ。逆に盛り上がり過ぎて夜遅くなっちゃったときの為に寝具も二人分用意したし、準備は万端。ぬかりなし。


 あとは、服装だ。ちさきさんとの約束の時間まではまだ時間があるため、今は動きやすいようにいつものTシャツ1枚スタイルだが、もう少ししたら前にちさきさんに選んでもらった部屋着に着替えないとな。あんまり女の子感が強い服を着るのは得意じゃないが、その方がちさきさんが喜ぶのだから着ないという選択肢はない。


 そうしてそわそわしながら部屋着を選んでいると、ピンポーンという軽快なチャイムの音が鳴り響いた。約束の時間よりも早いが、きっと遅刻しないように早めに来たのだろう。前に遊びに行った時もちさきさんの方が早く駅に付いて待ってたし、普段から余裕を持って行動してるに違いない。さすがちさきさんだ。

 出来れば着替えてから出迎えをしたかったところだが、このクソ暑い気温の外でいつまでも待たせるわけにはいかない。どうせこのスタイルは前にも一度見られてるし、まずは涼しい我が家に上がってもらうべきだな。


 逸る気持ちを抑えて小走りに玄関まで向かい、隠しきれないワクワク感と共に笑顔で扉を開く。


「早かったですねち――」

「えっ、子供?」

「――さきさ、ん……」


 玄関の前に立っていたのは、ちさきさんとは似ても似つかない見知らぬ女性だった。ぱっと見、20代くらいだろうか。明るく染めたセミロングの髪に、ラフな格好をしている。

 女性が小さな俺を見下ろしながら不思議そうに首をかしげている隙に、勢いよく扉を閉めて家の中に引っ込む。

 やってしまった。いつもはちゃんとインターホンで相手が誰か確認したうえで、居留守を使ったり、お父さんは今居ませんと連呼して様々な勧誘やセールスを撃退しているのだが、完全にちさきさんが来たんだと思い込んで浮ついた心のままに玄関を開けてしまった。ちゃんと確認するべきだった。


 一応戸籍上、この家は水上良一という三十路男性が住んでいることになっているため、変な宗教とか通信設備の勧誘とかはたまに来る。多分今の女性もその類いだろう。ゴテゴテとした機械やタブレットを持ってないし、スーツでもないから、宗教系だろうか? 小さな女の子が出てきたことを明らかに怪訝そうにしていたし、水上良一あての客と見て間違いない。


 一度玄関を開けてしまった以上、わざわざ部屋まで戻ってインターホンで対応するのも面倒だ。

 念のためドアチェーンをかけてから小さく扉を開くと、外にはまだ先ほどの女性が立っていた。ちっ、帰ってれば良かったのに……。

 そうえいば、さっきは咄嗟のことだったから何も感じなかったがこの人何か見覚えがあるような……。前にも来たセールスか何かだったか……? 喉元まで出てきているような気がするが、思い出せない。


「えーっと、ごめんね、少し教えて欲しいんだけど、ここって水上良一さんの家で合ってるかな?」

「お父さんは今居ません」


 しゃがみこんで俺に目線を合わせた女性が、愛想笑いを浮かべながらそう言った。

 予想通り大人としての俺に用があるようだったので、いつも通り必殺の言葉で追い返すことにする。これを言われて素直に帰らない阿呆はいない。少なくとも今まではいなかった。

 もうすぐちさきさんが遊びに来るし、それまでには帰ってもらわないと困る。三十路男性の家に現役女子中学生が出入りしてるなんてことが噂にでもなったら大変だ。最悪俺のことは良いけど、ちさきさんの評判に泥を塗るわけにはいかない。


「は? お父さん?」


 しかし俺の思いに反して、その女性は鳩が豆鉄砲でも食らったかのように驚きの表情を浮かべてジロジロと俺の全身を余すことなく見つめ始めた。こいつ、もしかして変質者か? このまえちさきさんも、女の人だからって安全とは限らないって言ってたし、ロリコンっていう可能性も……。

 一瞬警察に通報した方が良いかもしれないと思ったが、そうすると水上良一という人間がここに住んでいないことが露呈することになる。もしかしたら認識阻害でどうとでもなるかもしれないし、魔法界の方でフォローしてくれる可能性もあるが、まず間違いなく警察への対応で今日の予定は吹っ飛ぶことになる。それだけは我慢ならない。いざとなったら魔法少女の力を使うことも視野に入れて追い返すことに全力を注ごう。


 俺が身の危険を感じ始めたのを知ってか知らずか、女はぶつぶつと聞き取れないほどの小声で何かつぶやき始めた。


「うそでしょ……、子供がいるなんて聞いてないよ。そもそもいつからいたの……? 家を出るときにはもう居たってこと……? っていうか相手は誰? いくら何でもそんなことまで連絡しないなんて……」

「あの、お父さんは今居ないので、もういいですよね」

「待って! 私、水上双葉っていうの。あなたのお父さん、水上良一の妹で、あなたにとっては叔母ってことになるんだけど、私のことお父さんから聞いたことない?」

「え……? 双葉……?」


 強引に話を打ち切って玄関を閉めようとしたところで、女が無理矢理ドアの隙間に足を滑り込ませ、少し焦った様子で言った。そこで初めて気が付いた。どこかで見覚えがあるのなんて当たり前だ。最後には見たのは8年前、まだ中学生の時だったし、当時と違って今は化粧もしてるからすぐにはわからなかった。だけど確かに面影がある。言われてみれば、確かにそうだ。


 この女の名前は水上双葉。正真正銘、俺の妹だ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ちょい待てや! 妹の顔判らんかったの!? 中学→大学くらいで判らんというのはちょっと…。
[一言] いろいろアウト
[一言] まさかのここで妹の登場!?
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