表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
三章 乾坤根刮ぎ、焼き穿て
82/216

episode3-2 依存①

 タイラントシルフが魔女のお茶会に参加している頃、現実世界では七海がちさきの自宅を訪ねていた。

 先日の勉強会のお陰で宿題も余裕を持って終えられたちさきたちは、咲良町の魔女と魔法少女の結びつきが強いことをアピールするという名目でここ数日はタイラントシルフと一緒に魔法界の様々な場所に出かけていたのだが、一息ついて夏休み最終日をゆっくり過ごしていたちさきの元に七海から連絡があったのだ。

 内容はタイラントシルフのことについて直接会って話がしたいというもので、断る理由もなかったのでちさきは快諾。場所をどこにするかという段になって、七海から出来ればちさきの家に行ってもよいかと提案があった。

 そして現在、ちさきと七海は座布団に腰を下ろして小さな机を間に向かい合っている。


「それで、シルフちゃんのことでお話ってなにかな?」

「……少し言いづらいし、私がそれを言うのかって思うかもしれないけれど、熱尾さんはあまりそういうことを気にしないタイプであなたは当事者だから多分気づいてない。だから、恥を忍んで私から言わせて貰うわ」

「う、うん」


 最近は縄張りを守るためという名目のためではあるが、シルフとブレイドたちもそれなりに仲良くなってきていたので、それに関する話かなと気軽に構えていたちさきだったが、七海のいつも以上に真剣な様子に思わず居住まいを正してその言葉を聞き逃さないように気持ちを切り替えた。


「シルフさんは、あなたに依存してると思う」

「い、依存? シルフちゃんが私に?」

「あなたは多分、凄く懐いてくれてるってくらいにしか考えてないかもしれないけど、あの子はとても危い状態よ。私自身がそうだったからわかる。あなたのことを信じ切って、あなたの言葉に疑問を抱かない。盲目的な信頼、いいえ、信仰と言ってもいいかもしれない。今のあの子は……、少し前までの私だわ」


 悔し気に眉間に皺を寄せ、膝に置いた拳を握りしめる七海。

 正義だ何だと言っておいて、結局は他人の意見に流されていただけだった自分を恥じているのだ。

 しかしだからこそ、自分がそうした失敗をしたからこそ、現状のタイラントシルフとエレファントの関係性を冷静に見極めることが出来た。


「――、……そうかな? 何だかんだでシルフちゃんはしっかりしてるし、依存なんて大袈裟だと思うよ?」


 ちさきは何かを言おうとして一瞬言い淀み、惚けるように楽観的な言葉を口にした。


 依存という言葉が当てはまるのかは別として、シルフが自分に対してのみ特別な感情を抱いてることはちさきにもわかっていた。そしてその状態が決して良いとは言えないことも。ただ、だからと言ってシルフとブレイドたちの仲を深めるのはそう簡単なことではない。

 ちさきはシルフの本当の姿を知っており、ブレイドたちはそれを知らない。シルフが元はとっくに成人を迎えた男性であること、その心の弱さや精神性の幼さ、それに抜けたところがあって放っておけないような性質。ちさきはそれらを全てひっくるめてシルフを受け入れたからこそ信頼を得ることが出来た。まさかちさきの口からシルフの事情を伝えるわけにもいかず、ブレイドたちが同じようにいかないことはわかりきっていた。


 もちろん、ちさきはその状況を放っておいて良いと思っていたわけではない。魔法少女は命がけだ。ちさき自身は死ぬつもりなんて毛頭ないが、それでも万が一はある。もしも自分がいなくなった時、シルフが一人ぼっちになってしまわないように、シルフを支えてあげられる仲間がいなくならないように、そのためにエレファントはシルフをチームに誘い、ブレイドやプレスとも交流を図るように画策していたのだ。


 ただ、シルフと親しくなればなるほど、シルフがエレファントに心を開けば開くほど、エレファントの胸の内には自分でもよくわからない熱さがこみ上げるようになっていた。熱くて、ムズムズして、けれど嫌じゃない。むしろ心地いい温かさだった。

 決定的な転換点は、あの水族館でシルフを叱りつけた時だ。無垢なシルフが知らない女性について行こうとしているのを見て、自分以外の誰かが一時的にとはいえシルフの信頼を得ているように見えて、ちさきは凄く嫌な気持ちになった。胸の中の熱と混じり合って爆発しそうなほどに感情が荒れていた。どうしてそんな風に思ったのかが自分でもわからなかったから、知らない人について行っちゃいけないなんて一般論でシルフを責めたが、あの時の怒りには確かにそれ以上の感情が籠っていた。

 あの日以来、シルフとブレイドたちの仲が進展していなくても、別にそれでも良いんじゃないかと、こみ上げる熱がエレファントにそう囁きかけるようになった。

 そして今も、七海の指摘を受けて確かにシルフは自分に依存しているのかもしれないと思いながら、同時に浮かび上がったそれの何がいけないのかという思いが、ちさきを惚けさせた。


「致命的なすれ違いが起きるまで依存してる方もされてる方もわからないんでしょうね。私も、あのドライアドさんですらそうだったもの」


 ちさきの言葉を小さく首を振って否定した七海が、かつての自分たちに思いを馳せるように虚空を見つめて確信を込めて断言する。


「私はどうしてシルフさんがあなたをそんなに慕ってるのか、その理由を知らないわ。あなたの人柄が人に好かれやすいっていうのは私にもわかるけど、シルフさんはそんなレベルじゃない。明らかに何かなければああはならない。そもそも、シルフさんは一番最初はあなたにだって気を許してなかったはずよね? それでもあなたは、シルフさんの心を掴んだ」

「あ、あはは……」

「人に言えないような事情がある、それは前からわかってたことよ。今更それを追及する気もないわ。でも、だからこそわかるでしょう? 表面上は仲良くしてるように見えても、シルフさんが本当に気を許しているのはあなただけ。私たちは、あなたのチームメイトだから仕方なく一緒にいるだけなのよ」

「それは……、そうかもしれないけど……」


 力強い真っ直ぐな七海の視線から、ちさきは思わず目を逸らして口ごもった。


 七海の言葉はほとんど正確にシルフの心境を言い当てていた。実際には七海が思っているより多少は七海たちにも気を許しているが、それがちさきのチームメイトだからという理由なのは間違いない。

 ちさき自身、それが傍目から見ても明らかだと言うことを理解しているからこそ、その言葉を否定することは出来なかった。


「前まではそれで良いと思ってたわ。たった一人でも心を許せる相手が出来たのなら、私たちはゆっっくりとでも打ち解けていければ良いって。でも、このままじゃきっとシルフさんは誰にも心を開かない。あなたに依存してる限り、あなただけがいれば良いって思い続ける」

「……それじゃ駄目なのかな」


 あの日からずっと思っていた言葉を、思わず口に出してしまいちさきはハッとする。

 七海はそんなちさきに、一瞬信じられないものでも見たように目を見開いたが、すぐに優しい表情に戻って諭す様に言葉を続けた。


「あなたらしくもない言葉ね、キサ。あなたもそれじゃ駄目だと思ったから、シルフさんをチームに誘ったんでしょう? もしもあなたが道を間違えた時、もしもあなたがいなくなってしまった時、あの子はきっと立ち直れない」

「私は道を間違えたりなんてっ」

「しないって言い切れる? 本当に?」

「――っ」


 俯き気味だったちさきが弾かれるように顔をあげて声をあげたが、七海はその言葉を途中で制して問いかけた。

 ドライアドという魔法少女は七海に良い意味でも悪い意味でも大きな影響を与えたが、彼女に信頼を置いていたのはちさきも同様だった。別の魔法少女に師事していたちさきは七海のようにドライアドに依存することはなかったが、彼女が正義を重んじる魔法少女であることは認識しており、縄張りを奪うために襲い掛かってくるなんてとても考えられかった。

 そんな彼女でも、切っ掛け一つで道を間違えた。それを知っているから、ちさきは七海の問いかけに咄嗟に答えることができなかった。断言することができなかった。


「誰にだって間違いを犯す可能性はあるわ。それは自分が心の底から信じてる人でも変わらない。でも、そうやって絶望してた私が立ち上がれたのは、友達が、仲間がいたからよ。私にはあなたがいたからもう一度立ち上がれたの」


 七海は身を乗り出す様に、机の上に置かれたちさきの手を優しく包み込むように握って語りかける。


「だけど今のシルフさんにはあなたしかいないわ。今のままじゃシルフさんはあなたの歩いた道を付いて行くことしか出来ないの。だから、シルフさんのためを思うなら一度あなたたちは離れた方が良いわ。まあ、私の場合は離れても治らなかったから迷惑かけたけど、それでも先輩と離れてなかったらあなたと友達にだってなってなかったかもしれない」


 ちさきが情の深い少女だと言うことを七海はよくわかっている。だから、自分が立ち上がらせたシルフから離れることを拒絶しているのだと勘違いした。ちさきの中にある芽生えたばかりのそれに気が付かなかった。

 ただ、真実には気づいていなかったとしても、七海の心からの言葉はちさきの心を大きく揺さぶった。


「シルフちゃんのため……、うん、……そうだよね」


 元々自分自身がシルフには自分以外の友人も必要だと考えていたのだ。どちらの方がシルフのためになるかなんて、そんなことはちさき自身が一番よくわかっていた。


「その方が、シルフちゃんのためになるよね……」


 自分のいない場所で、自分の知らないところで、シルフがブレイドやプレスと楽しそうに笑っている姿を想像して、ちさきはモヤモヤとした何かが胸に広がるを感じながら、シルフのためだと言い聞かせて自分を強引に納得させる。


「それに、シルフさんのこともどうにかしなくちゃいけないけど、シャドウさんだって放置するわけにはいかないわ。どっちにせよ、一時的にでもチームを分ける必要はあったんだし、いい機会よ」

「そう、だね……」


 だったら鶴ちゃんがシャドウさんを助けてあげてよ。シルフちゃんは私にしか助けられないんだから。

 口をつきそうになったその言葉を、ちさきは咄嗟に呑み込んだ。それは言っちゃだめだ。そんな最低なこと、本当なら考えるだけでも駄目だと、ちさきは自分を恥じた。

 そもそも人手が足りないからと、襲撃者だったシャドウを許して仲間に引き入れたのはちさきだ。ちさき自身そのことを後悔はしてないし間違っていたとも思っていない。それなのに、そのシャドウを助けることだけ押し付けようだなんて、そんなことは普段のちさきなら思いもしなかったはずだ。むしろ積極的にシャドウを助けに行ったことだろう。


「……わかった。私、シルフちゃんから離れてみるよ」


 今の自分が冷静じゃないことを自覚して、ちさきは大人しく七海の言葉に従うことにした。

 七海は元々正義感に厚く優しい少女だ。ドライアドを盲目的に信じるあまり融通の利かない部分もあったが、先日の一件以来多少は清濁併せ吞む考え方も出来るようになっている。少なくとも今の自分よりはシルフやシャドウのことを考えた判断が出来るはずだと信頼している。


「直近でシルフさんと会う約束とかはしてるの?」

「うん。今度シルフちゃんの家に遊びに行くことになってるよ」

「私の知らない間にグイグイ距離詰めてるわね……。じゃあ、その時にシャドウさんと臨時のチームを組むからしばらく私たちのチームからは抜けるって伝えたらいいわ。それからはリアルで会うのも禁止。連絡は、ちさきの方から自主的にするのは無しにしましょう。さすがにシルフさんから連絡があったら無視するわけにもいかないものね」

「今日からじゃないの?」

「熱尾さんにも説明しなくちゃだし、いきなり今日からってわけにもいかないわ。シルフさんだって、しばらく会えなくなるなら直接会って話したいでしょうし」

「シャドウさんには?」

「事前に言ったってどうせ断られるでしょ? いつもの強引さでなし崩しにチームを組んじゃえばいいのよ」

「……なんか鶴ちゃん、変わったね」

「柔軟になった?」

「ううん、適当になった」


 クスっと笑いながら告げるちさきに、七海も胸を張って口角をあげる。


「ふふ、いい意味で適当な判断だと受け取るわね。あのシルフさんでさえ絆しちゃうキサの強引さは私でも読み切れないもの。変に考えるより、あなたに任せた方がうまくいくわ」

「うん、やってみるよ」


 あの頭の堅かった七海が物事を柔軟に考えるようになったことに驚いて、シャドウのことを一任されるくらい信頼されていることが嬉しくて、ちさきはおかしそうにくすくすと笑って七海の言葉を受け入れた。

 シルフのことは確かにモヤモヤするが、シャドウのことも気にかけていなかったわけじゃない。まずは自分に出来ることを全力でやって、考えるのはその後だと、ちさきは自分に気合を入れるように両手で作った握りこぶしを胸の前に構えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
もっと依存しそう
[一言] あかん、これは失敗してグダグダになってまうヤツや!
[一言] エレファントロスでヤンじゃうんじゃ・・・ 逆にシルフちゃんロスでエレファントちゃんがヤンでしまう?お揃いですね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ