episode3-1 初参加④
私自身は魔法少女になるのと同時に魔女になったのであまり実感はありませんが、魔女のお茶会に参加するというのは一般的な魔法少女にとって一種の到達点なんだそうです。まあ、そうやって夢を見ているような魔法少女ほど第三の門を開けなくて、魔女になんて興味もない変人の方があっさりと開いてしまうことが多いみたいなので、実際にお茶会に参加してる面子はそんな憧れなんて持ってない人が大半みたいですけど。
魔女のお茶会なんて何やら意味深な名前ですけど、いざ参加してみれば近況報告だとか派閥の動向がどうとかの話をするくらいで、ハッキリ言って拍子抜けもいいところです。これなら次回以降は参加する必要もなさそうですね。色々と話しかけられて鬱陶しいだけです。
「一通り話は終わったかと思いますが、何か話しておきたいことがある方はいらっしゃいますか?」
「ちょっと良いか」
事前にエクステンドさんから聞いてた話によれば、会議が終わった後はそれぞれ雑談しながらお茶を楽しむ時間になるとのことでしたが、締めに入ろうとしていた悪魔に対してシメラクレスさんが待ったをかけました。
「派閥の方でも少し話が出たけど、自然過激派の処遇について提案がある」
何の根拠もありませんが、恐らくパーマフロストさんが明確な目的を持って壊滅させた自然過激派の主要メンバーたち。彼女らについては会議の途中でも一度話にあがりましたが、大きな事件を引き起こす前だったこともあり処分は自然派に一任するという方針でした。
派閥に所属していない魔法少女を引退まで追い込んだり、咲良町を襲撃しようとした前科のある危険人物たちなので、私としてはこのまま一生氷漬けにしておけばいいんじゃないかと思いますけど、倒したのはパーマフロストさんですし自然派のトップもパーマフロストですから、下手に口を挟むことは出来ませんでした。
シメラクレスさんもあの時は何も言わなかったはずですけど、納得してなかったんでしょうか? そんな正義感に燃えるようなタイプには見えませんが。
「あんたらも知ってる通りあたしは傭兵として雇われて全国各地で戦ってきた。んで、あたしの目から見てこのままだといずれ破綻するだろうなって地域がそれなりにあった」
「破綻とはどういう意味でしょうか」
「魔法少女が足りてないんだよ。今はまだギリギリ何とかなってるけどうまみの少ない地域は魔法少女も少ない。妖精どもは勧誘してるんだろうけど、あたしみたいな根無し草の俗物はうまみのあるとこに移っちまう。だってのに最近はいきなりディストの出現率があがることもある」
「手が追いつかないということですか」
「最悪、そこの魔法少女が死んで総崩れだ。一人で維持してるとこなんかは特にやべぇ。遠距離転移だって気軽に使えるもんでもねぇんだろ? 他所の地域の魔法少女が助けに行けば良いってわけにもいかねぇ。危機感のあるやつは傭兵を雇ったりもしてるが、誰もかれも稼げてるわけじゃねえ。傭兵を雇えないような地域だってある」
各地を転々としてきたシメラクレスさんならではの視点ですね。
私たち魔女がいる地域では、人手が足りないってことはあり得ても魔法少女が全滅して総崩れになるなんてことは考えられません。
以前に私は男爵級ディストに負けましたし、今後もそういうことが絶対に起きないとは言えませんけど、魔女が一方的にディストに負けるとは考えにくいのも事実です。私はともかくとして、他の魔女たちは地域の魔法少女が全滅して総崩れなんて視点は持ち合わせていなかったのかもしれません。
「で、ここからが過激派連中の話なんだが、どうせなら氷漬けにして遊ばせておくよりこういうところで有効利用した方がよくないか? 例えば魔法少女の数が少ない地域に過激派を派遣するとかさ」
「……シメラクレスさんからそのような意見が出るのは、失礼ながら少々意外ですね」
「手段を選ばずに稼ごうとするならいくらでもやりようはあるんだぜ? 確かにあたしは守銭奴だけど世の中がどうなっても良いとは思ってねぇ。社会がなけりゃ金も意味ねえしな」
「ご意見はわかりましたが、簡単に決められるお話ではありませんね。自然派との調整も必要になりますし、何より安全性の確保をどうするかが問題となります。過激派の魔法少女が、現地の魔法少女を襲う、あるいは逃げ出す、そういうことをしないという保障がありません」
「現地の魔法少女よりも弱い奴を派遣するだとか、問題を起こしたらもう一回氷漬けにして今度は二度と開放しねえって脅せば十分じゃねえか?」
「そのお話が急を要するもので、他に案がないのならそれでも良いかもしれません。ですが、現段階では見切り発車と言わざるを得ません」
何か、唐突にシメラクレスさんと悪魔の白熱の議論が始まってテンションが付いて行けてません。もうすぐ会議も終わりだなーと気を抜いていたのに不意打ちされた気分です。
でも、言わんとしていることはわかります。私自身強い力を持ってますし、咲良町は魔法少女も多いので言われるまで気づきませんでしたけど、地域によって魔法少女の数も強さも足りてないところがあるのは何もおかしなことじゃありません。
そういうところに今までの罪の罰として過激派を派遣する……。う~ん、悪魔と同じ意見になるのは最悪の気分ですけど私もちょっとそれは危険なんじゃないかと思ってしまいますね。仮にもしもエレファントさんが一人で町を守ってたとして、そこに過激派を派遣するなんて言われたら絶対反対します。ありえません。
だったら妖精に言ってもっと魔法少女の数を増やせばいいんじゃないかと思いましたけど、妖精だってそんなことは言われるまでもなくわかってるはずなんですよね。私を半ば無理矢理魔法少女にしたことからも分かる通り、あいつらは世界を守るためなら何でもします。にも拘わらずそういう状況が生まれてるってことは、単純に魔法少女を増やすだけでは解決しないということです。シメラクレスさんが言っていたように、他の地域に流出してしまうのでしょう。まるで田舎から東京に出てくる若者みたいです。
問題があるのはわかりましたけど、じゃあそれをどうやって解決するかとなると難しいですね。というか、こういうことはそれこそ妖精が考えて何とかするべきなんじゃないでしょうか。別に魔女は魔法少女たちの上司ってわけじゃないんですから。
「この際なので言ってしまいますが、そういった現状があることは私の方でも把握していました。手の足りていない地域の魔法少女から相談があることも少なくありません」
「んだよ、知ってたのか。だったら何か代案があるんだろ? じゃなけりゃさっきみたいな言い方はしねえよな」
「皆さんから同意を得られるかわからない……、いえ、特にシメラクレスさんからは同意を得られないでしょうから、詳細をドッペルゲンガーさんと詰めていたのです」
「ああ?」
「人が足りないと言っても、狩場などの地域はむしろ魔法少女の数は飽和しています。つまり全体数で見れば魔法少女の数が足りないということはありません。問題なのは、収入の格差によって生まれる魔法少女比率の偏りです。これを解消するためには、旨みの少ない地域でも一定の収入を確保する必要があります。そこで私たちは、基金の立ち上げを考えました」
「……それで?」
「私たち魔女は公爵級や侯爵級を狩ることが出来ます。そのポイント収入はその他の魔法少女と一線を画しています。多少減ったからと言って割に合わないということはないはずです。そこで、私たちが討伐したディストのポイントの内一定割合を基金に収め、そこから傭兵をしている魔法少女に依頼料を出すのです」
「嫌だね」
悪魔の説明を聞いていたシメラクレスさんの表情は、途中からどんどん険しいものに変わっていきました。たぶん途中から話の結論に気が付いてましたね。そして悪魔も、そうやって断られることがわかっていたから今の今までその案を示すことが出来なかった。
シメラクレスさんは守銭奴で有名ですからね。ちょっとは世の為にという考えもあったみたいですけど、思い返してみればシメラクレスさんの案は割と適当です。むしろ、過激派に何か問題を起こして貰って現地の用心棒として自分を雇って貰ったりとか、そういう自分の利益が出そうな方向に舵を切ろうとしていたような気もします。あくどい人ですね。
とはいえ、じゃあ私が悪魔の案に賛成かと言われればそんなことはありません。
シメラクレスさんほど絶対に嫌だとは言いませんけど、あまり良い気分ではないのは確かです。
高ランクディストを倒したらポイントが多くもらえるのはその分リスクを背負っているからであって、別に楽をして不当な収入を得ているというわけじゃないです。
「どうせあなたはそういうでしょうから色々改善案を考えてたのよ。例えば所得税みたいに徴取対象を全ての魔法少女にして、ポイント収入の量に比例して徴収割合を変えたりね」
「うへぇ、税金かよ。あたしの一番嫌いな言葉だぜ」
「ですが私たちにそこまでの権限はありません。精々、善意の寄付を募るが関の山です。仮のものですが、システムやUIのイメージを送ります」
以前、まだ悪魔の本性を知る前に教えてしまった連絡先に通知が届きました。差出人は当然ながら悪魔です。周囲を見れば皆さんのマギホンにも同じように通知が届いてるみたいです。通知にはURLが貼り付けられていて、試しにタップしてみると基金とやらのページにジャンプしました。どうやら各魔法少女のマギホンと紐づけされてるみたいですね。『寄付』という大きなボタンがあって、そこから自分の持ってるポイントを限度に寄付できるようになってます。
……あれ? 寄付された額の合計が見れるみたいですけど、これって
「運営は妖精に任せるので不正の心配はありませ――」
「あの、お話を遮って申し訳ないんですけど、寄付された額が凄い数字になってますけど元からですか?」
「いえ、寄付額は0のはずです。……その、はずだったのですが」
ポーカーフェイスに抑揚のない声で喋っていた悪魔が、マギホンを見てから動揺したように視線を揺らしました。誰かがこの場で寄付をしたと考えてるんでしょう。
「あたしなわけねぇだろ」
真っ先に否定したシメラクレスさんを皮切りに他の魔女たちも口々に自分ではないと答えました。もちろん私でもありません。そんな中でただ一人、今日私がこの会場に来てから今の今まで一言も喋っていない魔女が一人います。その魔女は今のやり取りの中でも一切口を開きませんでした。
私だけではなく、全員の視線がその魔女へと向かいます。私から見て一番遠い席に座るその少女、序列第二位毒虫の魔女、ディスカースに。
「ディスカースさん、この寄付はあなたが?」
「……」
ディスカースさんは虚ろな表情に濁った瞳でシメラクレスさんを見つめ、無言で小さく頷きました。
いや、でもこれ桁を間違えてませんか……? 寄付されたポイントの合計、1000万を越えてますよ……?
公爵級ディストの討伐で得られるポイントは500万ですけど、ポイントは参加した人数で貢献度によって配分されるので実際のところ一回の討伐で500万も稼げることはまずありません。そもそも公爵級はそう滅多に出現するわけでもないですし。
そう考えると、ディスカースさんは手持ちのポイントをほぼ全て寄付されたんじゃないでしょうか。
「本当によろしいのですか? 今はまだ仮のものなのでお返しすることもできますよ?」
「……」
悪魔も私と同じことを思ったのか、再度ディスカースさんに確認しますが返事は変わりませんでした。
あの人、大丈夫なんですか……? なんか様子が変ですけど、でも誰も指摘しないってことはいつもあんな感じなんでしょうか……?
「そう、ですか。寄付という形にしたところでどれだけ集まるかわかりませんでしたが、これなら一先ず試してみる価値はあります。一度ドッペルゲンガーさんや妖精とも相談した上で決定しますが、ディスカースさん、あなたのお心遣いに感謝します。本当にありがとうございます」
「……」
結局ディスカースさんはその後も何も言わずに、何も考えていないような、焦点のあってないような表情で静かに頷くだけでした。




