episode3-1 初参加③
アースとの密談が終わったのは、魔女のお茶会が開催される時刻の30分ほど前でした。中途半端な時間で外に行くのが面倒だったこともあり、少し早いですがお茶会の会場となる部屋を訪れると、悪魔とドッペルゲンガーさん、それから毒々しい色合いの服を着た女性が三人でお茶を楽しんでいました。
エクステンドさんからの事前情報によると魔女の茶会は序列順に席が決まっているということだったので、多分あの女性は毒虫の魔女、ディスカースさんですね。事前に確認した動画の服装と同じですし、悪魔とドッペルゲンガーさんよりも上位の席に座っていることからも間違いないはずです。
「シルフさん、用事はもう良いのですか?」
「はい」
「他の子が来るまでこっちに座ったら? どうせ一位はいつも来ないし、少しお話しない?」
「お構いなく」
私の入室に気が付いて話しかけて来た悪魔とドッペルゲンガーさんをあっさりとした対応であしらいつつ、一番端っこにある14という数字が刻まれた椅子に向かおうとして思いとどまりました。
別にドッペルゲンガーさんと仲良くするつもりはないので楽しくお喋りしようなんて思いませんけど、性転換の薬やジャックのことをアースから聞き出せたのは彼女のお陰です。一言くらい感謝を述べておかなければ礼節に欠けるというものでしょう。
「先ほどはありがとうございました。助かりました。ですが、借りだとは思いませんよ」
ドッペルゲンガーさんの隣まで移動してぺこりと頭を下げ、一方的にそれだけ伝えて相手の返答を待たずに踵を返します。
貸し借りじゃないって言うのはドッペルゲンガーさんが言い出したんですから文句はないはずです。
「どういたしまして」
私の背中に優し気な声でそんな言葉が投げかけれましたが、それに返事はしません。
改めて、自分の席に腰をおろして一息つきます。席が序列順で助かりました。これだけ離れていればあちらもこれ以上は話しかけづらいでしょう。
ドッペルゲンガーさんはともかく、悪魔となんか本当なら一言も話したくなんかないです。
それでも一応悪魔を無視しなかったのは、エレファントさんから完璧な処世術を教わったからです。完全に無視するのではなく、怪しまれない程度のコミュニケーションを取ることで逆に深く踏み込ませないんです。これで悪魔も必要以上に話しかけてくることはないはずです。
「お飲み物は如何致しましょう」
「オレンジジュースでお願いします」
「かしこまりました」
着席するのとほぼ同時に現れたウェイターのような恰好の白鳥妖精に対して、事前に決めておいた答えを返します。お茶会と言うくらいですから紅茶を飲んでる魔女が多いらしいですけど、全員が全員そうということもなく、お子様魔女なんかはジュースを頼んだりもしてるみたいなので割と何を飲んでも良いみたいです。
紅茶が飲めないということはないんですけど、初めて飲んだのが悪魔に騙されそうになった時なので、どうにもあれ以来苦手意識があるんですよね……。
元の姿ならコーヒーでも頼んでるところですけど、この姿になってからはどうにも苦味を強く感じてしまって全然美味しくないですし、ちょっと子供っぽいとは思いますけど味覚が子供になってしまってるんですからしょうがないです。
注文を終え、お茶会が始まるまで時間を潰そうと思いマギホンを弄り始めたところで、ふと隣の席から椅子を引く音が聞こえました。私の隣の椅子に刻まれた数字は確か12だったはずなので、席の主は序列第十二位の鮫の魔女ブルシャークさんです。人のことは言えませんけど随分来るのが早いですね。
気を引かないように普通に振舞うのなら、挨拶くらいはしておくべきでしょう。そう思って顔を上げると、隣に座って私の方を覗き込んでいるのは悪魔でした。
「っ!?? な、なんですか!?」
口から心臓が飛び出るかと思うくらい驚いて、思わずガタガタと騒がしい音を立てて椅子ごと後ずさりしてしまいました。
まさか、こんな他の魔女の目がある中で何かするつもりですか!?
「研修の件で少しお話があります。よろしいですか?」
「わ、わかりました」
研修ですか……。忘れていたわけではありませんけど、考えないようにはしていました。結局縄張り争いの騒動中はエクステンドさんの研修が終わらずに私が呼び出されることはありませんでしたけど、ついにその時が来てしまいましたか。
ひとまず過激派が一網打尽にされている現状であれば、私が研修で咲良町を離れること自体はそれほど心配していません。エレファントさんたちも強くなりましたし、隣町にはエクステンドさんも居ますから強力なディストが出現しても大丈夫でしょう。
ただ、それはそれとして悪魔と二人きりで行動するなんて嫌で嫌で仕方ありません。そりゃあ研修中に何かあったら怪しまれるのは悪魔ですから露骨に仕掛けてくることはないはずですけど、だからって安心は出来ないです。
「その前に一つ謝罪を。他意はなかったのですが、先日は少々不安を煽る様な物言いとなってしまい申し訳ありませんでした。シルフさんやお友達の方々がご無事で何よりです」
「それはどうも」
よくもまあそんな白々しいセリフを吐けたものです。この悪魔が主導した計画ではないにせよ、過激派の動きに便乗して私を騙そうとしたことは許してません。表面上は努めて冷静に対応しようとはしてますけど、完全に怒りを抑えることは出来ず少しばかりぶっきらぼうな物言いになってしまいました。
「すでにお気づきかもしれませんが、エクステンドさんへの研修は概ね終了しました。後は公爵級ディストの研修だけなので、今後侯爵級ディストが出現した場合には優先的にシルフさんへ召集がかかることとなります」
「……私はこの前の公爵級にも参加しましたし、今更研修が必要ですか? 私の実力は十分に見せたと思いますけど」
「シルフさんがお一人で戦っている様子はまだ確認できていませんので。それに、任務に参加する魔女の申請は済ませてありますから、今更変えられないのです」
「……そうですか」
思わずため息をつくそうになるくらい嫌ですけど、決まってしまっているのならしょうがないです。
わがままを言って変に魔法局から目を付けられるのも面倒ですし、研修の時は速攻でディストを倒してすぐに帰ることにしましょう。この悪魔は居ないものとして扱えば良いです。
「それで、もしよろしければ今日の会議が終わったら研修の打ち合わせを兼ねてカフェにでも――」
「よぉ! タイラントシルフにクローソ、こないだぶりだな。なんであんたこっちに座ってんだ? 降格されたのか?」
「シメラクレスさん」
何やら不穏なことを言い始めた悪魔の声をぶったぎって、私と悪魔が座っている席の間に割り込んできたのは序列第十一位のシメラクレスさんでした。
先日の縄張り争いの際に敵方に雇われていた魔女で、巷では魔女傭兵とも呼ばれています。
エレファントさんたちを襲った魔法少女たちに味方していたということもあって、どちらかと言えば嫌いな人に分類されるのですが、今回ばかりは馴れ馴れしく話しかけて来たことを許してあげましょう。そして悪魔の話は聞かなかったことにしましょう。
あれ? でもそう言えばエクステンドさんの話ではシメラクレスさんは基本的にお茶会には来ないはずでしたけど、なんで居るんでしょうか。
「珍しいですね、シメラクレスさんがお茶会にいらっしゃるのは」
「あんたが偶には顔出せって言ったんじゃねえか」
「それで出席していただけるのなら今後は毎回お伝えしに行きましょうか」
「ははっ、冗談だよ。依頼がドタキャンされちまってな。キャンセル料は回収したから別にいんだけど、やることもなくなっちまったしただの暇つぶしだよ」
久々の参加ということもあってか、悪魔とシメラクレスさんの二人で話が弾んでいるようなので私は話しかけられないように気配を殺してマギホン弄りに戻ろうと思ったのですが、ふと人の視線を感じて悪魔たちが居る方とは逆側に視線を向けると、いつの間にか背の高い銀髪の女性がそこに立っていて私のことを見下ろしていました。
「……ブルシャーク」
「え、あ、タイラントシルフです」
「……私の席」
突然のことに面食らいながらも、その女性が序列第十二位鮫の魔女ブルシャークであることを認識した私は自分の名前を伝えました。ブルシャークさんはそれを聞いて小さく頷いてから、悪魔が座っている席を指さしてぼそりと呟きました。確かにそこはブルシャークさんの席です。悪魔が邪魔だと言いたいのでしょうか。
「……イジメ?」
「どうでしょう……?」
小首を傾げながら疑問形で問いかけられますが、イジメということはないと思います。ただ何だかブルシャークさんは掴みどころがない感じで、いつものように塩対応で乗り切ることが出来ません。いつの間にか私も素で対応してしまってます。
このままではいけません。ブルシャークさんがどんな人かはわからないですけど、不思議オーラに流されてなし崩し的に仲良くなってしまうなんてことは避けなければ。
ちょうど私も悪魔には早く自分の席に戻れと言いたかったところですし、さっさとこの場を収めてなるべく関わらないようにするのが吉です。
「クローソさん、ブルシャークさんが来ましたよ」
「ああ、申し訳ございません。シメラクレスさんとのお話に夢中になって席を占領してしまっていましたね。どうぞ、おかけください」
「……イジメじゃなかった。ありがとう」
「いえ、別に」
悪魔を追い払うと、シメラクレスさんも向かいにある自分の席に移動し、ようやく自分の席に座れたブルシャークさんが小さくお礼を述べます。
私がそのマイペースさに呑まれないようにマギホンを弄りながら素っ気なく返すと、ブルシャークさんは特に気にした様子もなくお茶菓子に手を付け始めました。
前にも思ったことですけど、魔女っていうのは変な人が多いですね。私みたいな至って普通の常識人はちょっと話をするだけでも何だか疲れてしまいます。
「タイラントシルフはその後どうよ? もう縄張りを狙われたりはしてねえのか?」
「……何ですか藪から棒に。シメラクレスさんには関係ないでしょう」
「いいや、関係大ありさ。戦力が必要ならいつでも雇ってくれて構わねえんだぜ」
「お生憎様ですが、至って平和そのものです。過激派のトップ層も壊滅してますし」
「ま、そうだわな。最近の仲良しアピールも効いてんじゃねえか?」
「っ、良くご存知で」
「そりゃ見せつけるみたいにやってりゃあなぁ」
シメラクレスさんの指摘を受けて、その仲良しアピールを思い出し顔が熱くなります。恥ずかしいんですからあんまり面と向かって指摘はしないで欲しいです。
本来私の友人はエレファントさんだけで、そのこと自体も秘密の関係で、対外的には私は誰とも仲良くはなく単に戦闘のためだけにチームを組んでいるということになってました。別に大々的に宣伝していたわけじゃないですけど、人づてに噂を集めればすぐにわかることです。
ただ、少し前にあった縄張りの襲撃はそういうスタンスも原因の一つだったんじゃないかとエレファントさんに指摘されました。地元の魔法少女と魔女が懇意の関係であれば、他の地域の魔法少女もおいそれと手は出せなかったはずです。
実際、マリンさんたちは私が地元の魔法少女のことなんてどうでも良いっていう演技をした時完全に信じ切っていました。たぶんあれは、元々そういう噂を聞いていて、名目上だけのチームであれば縄張り争いに私はちょっかいをかけてこないんじゃないかって考えてたんだと思います。
そこで、エレファントさんを無駄な危険に晒さないためにも、私とエレファントさんたちは仲良しチームなんだってことをこれでもかってくらいアピールするように、ここ数日ほど魔法界で遊び回りました。元々縄張りの襲撃や、その襲撃者から見事縄張りを奪い返したことなども相まってエレファントさんたちは若干注目されていたので、誰でも知っているというほどではありませんが、少し調べればすぐに出てくるくらいには咲良町の魔女と魔法少女は仲が良いという噂は広まりました。
それ自体は良いんです。ただ、遊んでる時は使命感とか新鮮味とかで気づかなかったんですけど、私がエレファントさんたちと楽しそうにはしゃいでる様子がいつの間にか写真に撮られて魔法少女用のSNSに上げられてたりして、冷静になってから見てみると何を子供みたいに浮かれてるんだと恥ずかしくなってしまいます。
「それはそうとだ、例の過激派連中ってどうなったんだ?」
「うちの本部に置いてるよー!」
「!!」
「置いてるって、まだ氷漬けのままなのかよ」
「あむあむ、あま~い!」
「話聞けよ!」
いつの間にか来ていたパーマフロストさんが挨拶もせずに私とブルシャークさんの席の間に入り込みお茶菓子を口に詰め込んで自分の席に戻っていきました。あまりにも唐突で短時間の犯行に、私は驚きで硬直して何か言う暇もありませんでした。
「ったく、クソガキ三人娘は相変わらずか」
「く、クソガキですか?」
「あいつとラビットフットとレッドボール。どいつもこいつも人の言うことを聞きゃしねえクソガキどもだろ? あいつらに比べりゃあんたはちょっとばっか凶暴だけどマシな方さ」
「は、はぁ……」
褒められたんでしょうか? そんなクソガキとやらと比較してマシだと言われても褒められた気はしないんですけど……。
レッドボールさんのことはよく知らないですけど、まあ確かにパーマフロストさんとラビットフットさんはクソガキって感じはしますね。ラビットフットさんはあれで良いところもあるんですけど……。
「誰がクソガキよ誰が。たまに出て来たと思ったら失礼な奴ね」
「おっと、面倒な奴に聞かれちまった」
「はぁ!? 私のどこが面倒だって言うのよ!?」
「あーうるせえうるせえ。エクスマグナ、保護者なら保護者らしく手綱握っとけ」
「放任主義なんで~」
「誰が保護者よ! 撫でんな!!」
金髪……というか黄色ですかね? ビビッドカラーの黄色い髪の毛をサイドテールにした中高生くらいの褐色少女、おそらく序列第九位のエクスマグナさんと連れ立ってやってきたラビットフットさんが、そのエクスマグナさんに頭をワシワシと撫でられて、手を強く叩き落としながら怒声をあげています。騒がしいですね。いつもこんな感じなんでしょうか。
うるさいなぁと思いつつ二人のやり取りを見ていると、一瞬ラビットフットさんと目が合いましたがすぐに拗ねたようにそっぽを向かれてしまいました。
以前に対悪魔の仲間になれと言われて、結局その時はエレファントさんから呼び出しもあって有耶無耶になっていたのですが、後日正式にお断りの連絡をして以来会うのは今日が初めてです。やっぱり怒ってるんでしょうか。別に、親交を深めるつもりがあったわけでもないので放っておけば良いんですけど……、ちょっと気になります。
「あれ? あれあれあれ? もしかして君が噂のタイラントシルフ? 会いたかったよ! 私はエクスマグナ、よろ~」
「……よろしくお願いします」
なんだかチャラチャラした感じというか、馴れ馴れしいというか、私の苦手なタイプの人です。向こうは私のことを知ってるみたいですし、自己紹介はしなくていいでしょう。塩対応です、塩対応。
「あっは♪ 半眼敬語クーロリとかあざといかよっ~! これは受けるぞー!」
「!? な、なんなんですか……!?」
「ね、ね、この後ちょっと私に付き合ってくんない? 耳寄りな話があるんだ」
すすっと音もなく距離を詰めて来たエクスマグナさんが口元に手を立ててひそひそと耳打ちしてきました。くすぐったいから耳元で話さないで欲しいです。
「興味ありません」
「ちょっとだけ! 先っちょだけで良いから! ね! なんならここで良いからさ! 話聞いてよ~!」
「ちょ、ちょっと……! 引っ張らないでください!」
エクスマグナさんがぴえんぴえんと嘘泣きしながら私の服を掴んで縋り付いてきました。なんなんですかこの人は!? プライドってものがないんですか!?
「五分! ううん、十分でいいから!」
「何で伸びてるんですか……! わ、わかりましたから! 十分だけですからね!」
「ありがと」
ケロッと嘘泣きをやめたエクスマグナさんがニッコニコの笑顔を浮かべなながら自分の席に移動していきました。
何だかドッと疲れた気がします……。
「あ、もう結構来てる。まだ時間前だったよね……。っげぇ!? シ、シメラクレスさん、珍しいですね……」
「ああ、ま、たまにはな。そんなビビんなくても何もしねえよ」
「や、やだなぁ、びびってなんていませんよぉ……。ところで今日は体調が良くないのでやっぱり帰りたいなぁ、なんて……」
「ドラゴンコールちゃん」
「う、嘘です嘘です! 私とっても元気!」
身体のあちこちにはりついている赤い鱗がこれでもかと露出した破廉恥な衣装に、黒髪を後ろの下の方で束ねた中高生くらいの少女が、シメラクレスさんを見て明らかに怯えたりドッペルゲンガーさんに笑顔で名前を呼ばれて背筋を伸ばしたりと百面相をしています。
露出している部分には赤色の大きな鱗が見えることからもわかるように、彼女は序列第七位のドラゴンコールさんのようです。
シメラクレスさんと何かあったんでしょうか? 序列で言えばドラゴンコールさんの方が上のはずなのに、大分へりくだった様子でしたけど。一方でシメラクレスさんはやれやれって感じで別に特別な感情はなさそうです。
「少し早いですが、本日の参加者は全員揃ったのでお茶会を始めます。レイジィレイジさんはいつものことですが、レッドボールさん、キャプテントレジャーさん、エクステンドトラベラーさんは所用で欠席するとのことです」
ドラゴンコールさんが青い顔で席に着いたのを確認した悪魔が、そう仕切り始めました。
エクステンドさん、宿題がまだ終わってないみたいなことを言ってたので多分それが理由なんでしょうね。他の二人はどうだか知りませんけど、案外同じような理由かもしれませんね。




