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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
三章 乾坤根刮ぎ、焼き穿て
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episode3-1 初参加②

 ドッペルゲンガーさんの真意ははかりかねますが、魔法局の責任者、つまりは魔法少女絡みの最高権力者と言える存在と話を出来る機会なんてそうはないはずです。少し話した感じから軽い印象は受けますけど、今までに一度も会ったことはないですし、今回だって自分から私に接触して来たのではなくドッペルゲンガーさんに呼ばれたから出て来たという感じでした。今までのことも含めて、抗議するには絶好のタイミングです。


「アースとか言いましたね。私はあなたに言いたいことが――」

「まあ、落ち着けよ。ここじゃお前も話しづらいだろ? あいつはその辺を察するのがうまいんだ。揶揄い甲斐もあるし、引退するなんて勿体ないよなぁ」

「なっ!?」


 私の言葉を遮って語り出したアースの話に大人しく耳を傾けていると、何の予兆もなく唐突に周囲の景色が切り替わりました。さきほどまでいたはずの役所然とした殺風景な部屋ではなく、裁判所の法廷のような場所です。ほんとうに瞬き一つしたら切り替わったというような感覚で、思わず声をあげてしまいました。


「転移、ですか?」

「俺様ともなればこのくらいは余裕さ。さて、俺様に言いたいことがあるんだったな。言ってみな、水上良一」

「……やっぱり、知ってたんですね」

「なんだ、思ったよりも落ち着いてるじゃねえか」


 アースの口からその名前が出てきことについて、驚きはありませんでした。

 妖精の内部事情なんて私には知る由もありませんけど、最高権力者ともなれば魔女の素性くらい個別に把握していても不思議ではありません。それに、ジャックのやったことが誰にもバレていないと考えるよりは、お偉いさんも知ったうえで黙認されていると考えた方が自然です。私は一度監査組織にも申告してるんですから、それでも動きがないということはそういうことのはずです。

 結局のところ、私が何を言ったって無駄だったんです。私には最初から、全てが終わるその時まで戦うしか道はなかったんです。でも、今更そのことを蒸し返すつもりはありません。どちらにせよ、私はエレファントさんが平和な日常に戻れるまで戦い続けるんですから。


 問題は、その後のことです。


「前提を話す必要はなさそうなので単刀直入に言います。性転換の薬を景品に戻してください。ジャックか、もしくはあなたが手を回したんでしょう」

「ククッ、まあ、その話だよな。信じられないかもしれねえが、これに関しちゃ俺様たちは手を出してないぜ。残念だったな」

「見え透いた嘘を……! こんなタイミングで売り切れなんて、そんな都合の良い話があるわけありません! 心配しなくても、この戦いが終わるまでは魔法少女を辞めるつもりはありません。ただ、私は保証が欲しいだけなんですっ」

「そうは言われてもな。そもそも需要がねぇなら最初から景品になんざなるわけねぇだろ。タイミングに関しちゃ、偶然としか言いようがねぇ」

「そんな都合の良い話を鵜呑みにするとでも?」

「お前が信じる信じないはどっちでも良いんだよ。何か勘違いしてるかもしれねぇが、俺様はお前が魔法少女になった事件については後から知っただけで関係ねぇぞ。自分で通報しただろ? そもそもこっちとしちゃもう終わった話だ。犯人も裁きを受けたしな」


 アースの責任者とは思えないあまりにも他人事な態度に段々イライラしてきましたけど、最後の言葉を聞いて思わず耳を疑いました。

 犯人が裁きを受けた……? どういうことですか……?


「……ジャックはどこですか? 裁きを受けたって、どういうことですか?」

「新しい妖精から聞いてねえのか? あいつがお前を半ば無理矢理魔法少女にしたことはこっちでも結構な問題になってな。俺様も含めた魔法界の上層部で協議して処分を下したのさ。位階の降格と記憶の初期化、はえー話がリセットさ。お前を魔法少女にした犯罪妖精の人格は死んだってわけだ。どうだ? 少しは気が晴れたか」

「死んだ……? ジャックがですか? あのカボチャが、そんな簡単に……」


 いつも飄々としていて、掴みどころがなくて、殺しても死ななそうな太々しさを持ってたカボチャの化け物が死んだ?

 どこか実感のわかない言葉でした。そんなことを言っておいて、ドッキリ大成功ラン! とか言ってひょっこり出てきてもおかしくないような気がしています。


「こんなことで嘘ついたってしょうがねえだろ。今頃どっか違う地域でやり直してるだろうよ」

「そう、ですか……」


 アースがジャックを庇うために嘘を吐いてるんじゃないかとも思いましたけど、よく考えればアースとジャックが結託してるんじゃないかっていうのは私が早とちりして勝手に思い込んでいただけで、まだそうと決まったわけじゃありません。

 アースが私の事情を知っていたことについても、グルだったからではなく、さっきアースが言った通り私の通報を受けて調査して、その結果ジャックの罪を知ったと言うことだって十分に考えれます。

 仮にアースとジャックが繋がっていたのなら、わざわざアースが私の前に出てくる必要はありましたか? ドッペルゲンガーさんに呼ばれたからって、その場にいなかったって態で無視しても良かったはずです。


 自分にとって都合の悪いことが起きた直後で、少し疑心暗鬼になっていたのかもしれません。思えばドッペルゲンガーさんもアースも、悪魔やジャックほど露骨に悪辣だと断定できるような行動はとっていないんです。


「あのジャックは、もういないんですね」


 もっと弾むような、胸が躍る様な気持ちになると思っていたのに、なぜでしょう。あんなに恨んでたのに、あんなに嫌いだったのに、ジャックが裁きを受けて死んだということに対して、私は喜びや嬉しさを感じていません。

 あいつが私にやったことを考えれば、もっとスッキリしたような気持になってもおかしくはないはずなのに、それどころか胸の奥に小さな穴が空いたような感覚で……。

 悲しいと言ったら嘘になります。ジャックが死んだことを嘆いてるわけでもありません。けれどほんの少しだけ、言葉で表現できないようなモヤモヤとした気分でした。


「そういうことだ。だからさっきの話も偶然だぜ。ジャックはもうお前のことなんて魔女の内の一人ってことくらいしか知らねぇだろうし、当然俺だってその事件以上の関りはねぇ」

「仮にそれが本当だとしても、魔法局の局長として、妖精たちの頂点に立つ者として、部下の行いに責任を取ろうとは思わないんですか。私はあのカボチャのせいで望みもしない身体に変えられてるんですよ? ジャックの罪についてはもう良いです。でも、私に対しては補償があるべきだとは思いませんか?」


 私の言っていることは何もおかしなことじゃないはずです。ジャックのせいで私は少女にされて、そのジャックの罪が暴かれたんですから、妖精を統括する立場にあるアースには私を男に戻す責任があるはずです。そのうえで、私は無条件で薬を渡せと言っているのではなく、他の魔法少女と同じ条件で対価を払うから薬を渡せと言っているんです。さっき窓口で下っ端の妖精を怒鳴りつけた時とは違って、これは悪質なクレームでもなんでもなく、正当な要求なはずです。


「いてえところを突いてきやがるじゃねえか。小賢しいガキだな」

「こう見えて、中身は大人ですから」

「カカッ、大人ねぇ……」


 アースのそれは何か含みのある笑いでした。

 ジャックのやったことを知っているなら、私の正体が三十路男性だということも当然知ってるはずです。それほどおかしなことを言ったつもりはありません。


「……何が可笑しいんですか?」

「いいや、あまりにも見た目とのギャップがあったもんでな。それとお前さんにはわりぃが、今の魔法界に魔法少女への補償だなんだの決まりはねえ。つまり俺様がお前に何かしてやる義務もねぇ」

「ふざけないで下さい!! そんなことを言われて納得できるわけないでしょう!!」

「ま、そうだわな。俺様だってルールがねえから知りません、ってのはちょっとばっかし気が引けると思ってたところだ。そ、こ、で、良い話があるんだな~」

「な、なんですか」


 さきほどまで一定の距離を置いて、ある程度真面目なトーンで話していたアースが唐突に声音を変えて私の耳元まで急接近してきました。見た目が浮遊する地球儀なのでシュールな光景ですが、相手が人間だったならこっそり耳寄りな情報を教えているような構図になったことでしょう。


「ご所望の薬は売り切れちまって在庫がねぇ。あれは新しく作んのも簡単じゃねえから入荷がいつになるかもわからねえ。だが、それは一般妖精だとか魔法少女レベルの話だ。俺様クラスの最高位妖精ともなりゃあ、まあちっとばっかし無理をすりゃ一本薬を確保するくらいは出来なくはねえ」

「なら――」

「話は最後まで聞けよ。でもそれじゃあ俺様にメリットがねえ。お前さんは責任だなんだと騒ぎ立てるが、俺様にゃそんなことは関係ねぇ。つまりだ、俺様にもメリットがありゃあお互いにWINWINってことになる」


 取引ということですか。

 以前にエクステンドさんが言っていたように、魔法少女は妖精たちから斡旋された魔法の力を使っているにすぎません。頭が抑えられた状態というのは、妖精たちはその気になればいつでも魔法少女から魔法を取り上げることが出来るということでしょう。

 だとすれば、魔法界のルールにないから補償はしないと突っぱねられた場合それ以上私に出来ることはありません。誰に訴えても無駄なんです。

 業腹ではありますが、薬を手に入れるためにはこの取引に応じるしかありません。


 性転換の薬を買った魔法少女を見つけ出してポイントと交換に譲ってもらうことも考えましたけど、現実的に考えてそれは不可能に近いでしょう。そもそも誰が買ったのかなんて調べられるのかもわかりませんし、仮に見つかったとしても、わざわざ性転換の薬を買うような魔法少女がポイントを積まれたからと言って譲ってくれるでしょうか。逆に考えればわかることです。私がその薬を手に入れたのなら、どれだけお金を積まれたってきっと譲りはしないはずです。


「お前さん、対抗戦って知ってるか?」

「名前くらいは」


 正式には、魔法少女チーム対抗陣取り合戦、でしたか?

 3人で一つのチームを組んで、一試合は4チーム、つまり12人の魔法少女が入り乱れて陣取り戦を行うスポーツだったはずです。

 見る気もやる気もなかったので詳しいルールとかは全然知りませんけど、成りたての頃にジャックから軽い説明を受けたのを覚えてます。


「俺様はあれの運営委員長もやってるんだが、ここだけの話、近々魔女オンリーの特別な試合を開催する計画がある。お前さんにはそのメンバーの一人として参加して欲しいってわけだ」

「それだけですか?」

「当たり前だがこの対抗戦は興行だぜ。ただ出るだけで眠てえ戦いをされちゃ意味がねぇ。そうだな……、優勝するかMVPを取る、それから手に入れたとしても歪みの王を討つまでは使わない。それが交換条件だ。薬は賞品扱いでポイントはいらねえぜ」

「……わかりました。やってやります」

「おいおい、随分物分かりが良いじゃねえか。もっとキャンキャン吼えるもんだと思ってたぜ」


 それしか選択肢がないのなら、覚悟を決めてやるだけです。感情に任せて騒ぐことはしました。そのうえでこの結果に行きついたのなら、後は全力を尽くすほかありません。

 どうして私が、という気持ちがないと言ったら嘘になりますけど、同時にアースの要求がとてもシンプルなもので良かったとも思います。つまりは敵をぶちのめせば良いんです。相手は私と同じ魔女ですから、いつものように簡単にはいかないことはわかってます。それでも、私の前に立ちはだかるのなら、悉く吹き散らして見せます。


「それで、その対抗戦とやらはいつ頃の予定なんですか?」

「本戦は約一か月後、その前に予選をやる予定だ。詳細は後でメッセージを送っとくぜ」


 今日が8月の末日ですから、9月末ごろの開催になるわけですね。

 こうなってくると、8月に丸々対人戦の練習をするはめになったのは結果的には良かったのかもしれません。もちろんエレファントさんたちのことを考えると手放しには喜べませんけど、ここ一か月の経験があるとないとでは違うと思いますから。


 そういえば……


「対抗戦に参加する魔女のことは教えて貰えるんですか?」

「そもそも魔女が参加すること自体予選当日まで伏せとくつもりだぜ。お前らにも教えねぇ。蓋を開けてのお楽しみってわけだ。当然だがお前も誰にも言うなよ」


 先日の戦いでは結局シメラクレスさんとの決着はつきませんでしたし、エクステンドさん相手にもあまり勝率が良いとは言えません。直で見てパーマフロストさんや悪魔も強そうでしたし、魔女を相手に確実な勝利を目指すのなら更なる訓練が必要になりそうです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] おーい、大人ー! チョロいよ!? 大人ですから、って言いながらチョロ過ぎだよ!?
[一言] さすが妖精きたない。
[一言] あっさり言いくるめられててシルフちゃんはチョロいな・・・!
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