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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
三章 乾坤根刮ぎ、焼き穿て
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episode3-1 初参加①

「ふざけないでくださいっ!!」


 自分の手が痛くなるくらいの勢いでカウンターに拳を叩きつけて、私は目の前にいる美しい少女を模した人形の妖精を怒鳴りつけました。


 魔法局は現実で言えば市役所のような行政施設に近い役割の建物であり、魔法少女のような花盛り遊び盛りの女の子たちは滅多に利用しない施設です。レジャー施設の集まった区画と比べれば、本来はキャピキャピとしたような騒然さとは程遠く、だからこそ私のように騒ぎ立てる存在が珍しいのか、控えめにではあっても確実に視線を集めてしまっています。


 私だって本当はこんな目立つようなことはしたくないです。けど、これが怒鳴らずにいられますか!? こんなことが罷り通るならっ……、私は今まで何のために……!


「先ほども申し上げたように、現在ご希望の景品は品切れとなっております。次回の入荷をお待ちください。なお、入荷日は未定となっております」

「そんなの、手に入らないって言ってるようなものじゃないですか! 私は……! 私はそのために魔法少女になったんです!! それが、売り切れってなんですか!? つい最近まであったじゃないですか!? こんな、こんな露骨な嫌がらせを……!!」


 他の魔法少女たちから注目されている状況の中で、改めて名前を出すことは出来ませんでしたけど、目の前の妖精には一番最初に用件を伝えています。


 ポイントと交換できる物品の一覧に、今までは性転換の薬というものがありました。それは私が魔法少女になった目的であり、元の姿に戻るためには絶対に必要となる魔法薬です。

 最近は本当に男に戻る必要があるのか、戻りたいと思っているのか自分でも少しわからない部分はありますけど、それでもこの戦いが終わって、その時に戻りたいと思ったのならすぐに戻れるように、その魔法薬は確保しておきたかったんです。


 その薬を手に入れるためには莫大なポイントが必要で、今まではエレファントさんを守ることに加えてポイントを稼ぐために戦っていたわけですけど、先日の公爵級デューククラスディストを討伐したことでポイントは目標値に到達しました。

 でも、いざ交換しようとしたら一覧の中からなくなっていました。その時の私は何が起きているのかしばらくの間理解できませんでした。見落としてしまったのかと思って何度も何度もリストを確認しました。検索機能を使って様々なキーワードで検索をかけました。それでも性転換の薬は見つかりませんでした。

 嫌な予感を覚えながら、何かの手違いで表示されなくなってしまったのかもと自分に言い聞かせて、マギホンで利用できる問い合わせフォームから連絡をしてみた結果、帰ってきたのは『現在品切れ中です、次回の入荷をお待ちください』という機械的な返信のみでした。


 きっと、この妖精にはその時の私の気持ちなんてわからないでしょうね。

 バクバクって心臓が大きく脈打って、眩暈がして、気を抜けば倒れてしまいそうでした。

 こんなことがありえるのかって、結局私は全部妖精の、ジャックの手の平の上で、どれだけ頑張っても意味なんてなかったんだって思うと泣きそうでした。だってこんな見計らったかのように売り切れるなんて、そんなのジャックのせい以外に考えられません。

 もしも以前の私だったら、そこで自棄になって暴れ回っていたかもしれません。あるいは全てどうでもよくなって、魔法少女を辞めたかもしれません。


 でも、私はもう以前までの私とは違うんです。

 世界を敵に回そうが野垂れ死のうが誰も心配も悲しみもしない私じゃないんです。

 私がそんなことをしたら、エレファントさんが心配します。エレファントさんが悲しみます。私はエレファントさんを、そんな気持ちにさせたくありません。


 だから、わざわざ魔法局にまで足を運んで直接問いただしに来ました。ポイントで交換できる景品について諸々を管理している部署の窓口で、私にはどうしても性転換の薬が必要なことを説明したんです。

 それなのに、話を聞いた職員の返答はお手本のようなお役所対応で、問い合わせフォームでやり取りしているのと何も変わらなくて、会話を続けるうちに徐々に頭に血が上り、気が付けば台パン暴言という害悪ゲーマーコンボをかましてしまっていました。


「充分なサービスをご提供出来ずに申し訳ございません」


 人形の妖精は深々と頭を下げて、淡々としながらも真摯に謝罪の言葉を述べました。

 別に私は、この妖精に謝ってほしかったわけじゃないです。たまたまこの部署を担当していただけで、性転換の薬が売り切れていることとこの妖精には関係なんてないんですから。


 ……そうですよね。この妖精からしてみれば、今の私は理不尽に怒ってますよね。悪いのはジャックなんですから、こんなの八つ当たりと大差ないです。

 こんなクレーマーみたいなところ、エレファントさんに見せられません。

 これではいけないと考えなおし、私は何度か深呼吸をして気持ちを静めます。


「ジャックですよね。あのカボチャが買い占めたんです、そうでしょう?」

「景品を交換したお客様の情報はお答えできません」

「あいつをここに連れてくることは出来ませんか?」

「申し訳ございませんが、ご対応いたしかねます」


 暖簾に腕押しです。これ以上ここで話を続けても進展はなさそうです。周囲の魔法少女たちも聞き耳を立ててるでしょうし、今日は一旦引くべきですね。

 でも、じゃあどうすればいいんでしょうか。以前にジャックの目を盗んで魔法局を監視、評価する組織にダメ元で申告をしたことがありますけど、結局あれから何の動きもありません。今回の件はジャックが関わってるという証拠がないですし、ただでさえ腰の重そうな組織が動いてくれるとは思えません。

 そもそもジャックは今どこで何をしてるんでしょうか。最後に通話した、エレファントさんと友だちになったあの日から一か月以上音沙汰がありませんけど、あいつはあれでも新人魔法少女をサポートする妖精です。案外エレファントさんたちにくっついて私の目の届かない範囲でサポートをしたりしていたんでしょうか。

 一度エレファントさんたちにジャックの行方を聞いてみた方が良いかもしれません。


「……?」


 窓口に居座ったまま黙り込んで思案にふけっていた私に何も言わず、じっとこちらを見つめていた人形の妖精の視線が、ふと一瞬私の後ろに向けられました。

 さらに、考え込んでいて気づきませんでしたけど、他の魔法少女たちが若干ですけどざわついてます。

 何かあるのかと思って振り返った私は、視界に映った人物を認識して自分でもわかるくらい眉間にしわを寄せて睨みつけてしまいました。


「早いですね、シルフさん」

「あ、――クローソさん」


 危ないです。思わず悪魔と言いそうになってしまいました。

 こんな公衆の面前でいきなりクローソさんを悪魔なんて呼んだら、どんな噂が流れるかわかったものじゃありません。この人はそういう噂を自分に利するように立ち回るのがうまそうですから、ボロを出すわけにはいきません。

 でもギリギリのところで踏み止まったのでセーフです。


「初めまして、あなたがタイラントシルフちゃんね? 私はドッペルゲンガー。よろしくね」

「……タイラントシルフです。よろしくお願いします」


 悪魔と連れ立って近づいて来た、茜色のストレートロングにところどころ青いメッシュが入った髪の長身の女性がそう言って自己紹介をしました。

 この人が序列第四位、蛸の魔女ドッペルゲンガーさんですか。公式HPとか動画で事前に確認はしてたので外見は知ってましたけど、実際に見てみると思ってた以上に、その、色々と大きいです……。

 調べてわかった範囲では、現役の魔女の中では最年長で順調に行けば今年で卒業予定らしいです。何かと噂を聞く雷鳴公主モナークスプライトさんと同期の魔法少女らしいので、十数年近い活動経歴を持つベテラン中のベテランですね。

 魔女のまとめ役としての役割はモナークスプライトさんから悪魔へ引き継がれたので、ドッペルゲンガーさん自身はまとめ役の経験があるわけではないみたいですが、長年補佐をしていた経験を活かしてスプライトさんが引退した後も悪魔を手助けしているようです。

 つまりこの人は悪魔とずぶずぶの関係で、疑う余地もなくあっち側の人物です。要警戒ですね。


「お茶会にはまだ少し早いですが、何かご用事ですか?」

「別に、何でもいいじゃないですか」

「何だか少し揉めてるみたいだって話を聞いて仲裁に来たのよ。私たちは上にも顔が利くし、良ければ相談に乗るわよ?」

「……お構いなく。ちょうど話は終わったところです」


 随分とタイミングよく現れたようにも見えますけど、今日は午後から魔女のお茶会が開催予定なので多分その準備のために早く会場入りしてるだけでしょう。だからこの申し出は、偶然にも私が困っているようだったから恩を売ってやろうという魂胆に違いありません。この悪魔に限って純粋な善意だなんてことはありえませんから。


「……ちょっと、話が違うじゃない。私まで随分と警戒されてる気がするんだけど」

「おかしいですね、もしかしたら今日も体調がよろしくないのかもしれません」

「これ、前の兎ちゃんのパターンとそっくりよ」

「そうですか? ラビットフットさんは元気一杯で時々お転婆過ぎて困ってしまいますが、シルフさんは大人しい方だと思いますが」

「そういうことじゃなくてっ……!」


 ドッペルゲンガーさんが悪魔の腕を掴んで強引に引きずっていき、少し離れたところで何やらひそひそ話をしています。声が小さくて聞こえませんけど、本人を前にして内緒話で悪だくみなんて良い度胸ですね。

 このまま絡まれ続けるのも面倒ですし、二人がお話に夢中になっている間に一度お暇するとしましょう。外で適当に時間を潰して、お茶会の時間になったら戻ってくればいいです。


「あ、シルフちゃんちょっと待ってちょうだい! アース! どうせいるんでしょ!? 出て来なさい! このストーカー野郎!!」


 抜き足差し足でこっそり抜け出そうとしたのですが、ドッペルゲンガーさんに気づかれて呼び止められてしまいました。面倒くさいですね……。

 私は魔女としてはまだまだ無名なので多少騒いでも少し目立ってしまうくらいでしたけど、この二人は知名度が高いから今まで以上に注目を集めってしまってます。ジロジロ見られるのは苦手です……。


「おう、勿論いるぜ。初めましてだな、タイラントシルフ」

「……? 誰ですか?」


 ドッペルゲンガーさんの呼びかけに応えてなのかわかりませんけど、突如空中に現れた地球儀が私に話しかけて来ました。

 多分妖精なんでしょうけど、この状況でわざわざ呼び出されたってことは多少は権力のある妖精なんでしょうか。


「不勉強だぜタイラントシルフ。何を隠そうこの俺様こそが! 最高位妖精の一体にして魔法局局長を務める超絶イケメン妖精のアース様だぁ!」

「局長……? あなたがですか?」


 局長ということは、この魔法局で一番偉い妖精ということですよね?

 妖精の見た目は千差万別なので今更良いとして、とてもお偉いさんとは思えない態度ですね。 

 というかドッペルゲンガーさんに呼ばれて当たり前のように出て来ましたけど、もしかして普段からストーキングしてるんですか……?


「おいおい! なんだよその汚物を見るような眼はよー! 勘違いすんなよ! ドッペルゲンガーをつけまわしてるのはこいつを揶揄うためだぜ!」

「何も勘違いではないみたいですが……」


 いや、というかそんなことはどうでも良いんです。

 別にお偉いさんの紹介なんて頼んでないのに、力技で来ましたか。

 こうして出て来られると困りますね。素直に相談すればドッペルゲンガーさんに借りを作った形になってしまいますし、かといって話をしなければ後になって訴えても何故あの時言わなかったのかという話になるかもしれません。


 伊達に悪魔の教育係ではないということですか。


「勘違いしないでよシルフちゃん。私は別にあなたのためにこいつを呼んだわけじゃないわ。ストーカーされて困ってたから、あなたに対応を押し付けるだけ。貸し借りだとか面倒なこと言わないでちょうだい。それじゃあ、私たちは先に行くわ。またお茶会でね」

「私はシルフさんのご相談に乗りますよ? 私もシルフさんのお力になりたいです」

「良いから行くわよ、つべこべ言わない」

「待って下さいドッペルゲンガーさん、時間はまだ充分にあります。そんなに急ぐ必要はありません」

「ちょっと黙ってなさい。ああもう、なんで何度言ってもこういうところがわからないのよ……」


 ……どうやら、序列は別として純粋な上下関係はドッペルゲンガーさんが圧倒的に上のようですね。無理矢理引きづられていった悪魔は抵抗しようと思えば出来たはずですが、納得していない様子ながらも大人しくドッペルゲンガーさんについていきました。

 悪魔には悪魔の計画があったみたいですけど、ドッペルゲンガーさんは悪魔とは別の思惑で動いてるのでしょうか? あるいは演技? わざわざ二人が一枚岩ではないことを他の魔法少女の目がある中でアピールする理由なんてありますか? わかりません。でも、ドッペルゲンガーさんがわざわざ周囲に聞こえるようにああ言ったのは、私への気遣い、なのかもしれません。

 だって、ここには証人が何人もいます。後からあの時の借りを返せなんて言えないような状況を、ドッペルゲンガーさんは自分で作り出しています。

 まだ断言は出来ませんけど、ドッペルゲンガーさんは悪魔とは違うのかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] よし、辺り一帯全てを巻き込んで、八つ当たり、もとい破壊行為、いやクーデターを!!
[一言] もしおっさんに戻った場合って割とバッドエンド一直線な気がするなあ ただのおっさんでもエレファントちゃん愛してくれるかは現実問題かなり怪しそう エレファントちゃんの両親は中学生の娘のこと考えた…
[一言] 性転換薬が売り切れとは・・・これがぴえん超えてぱおん(エレファントちゃん)というやつ クローソさんとドッペルさんの漫才、相変わらず面白いな
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