episode2-閑 執行
時系列は縄張り争いが終わった後です
法廷を模した小さな部屋の中心で、カボチャ頭の妖精、ジャックが宙に浮いていた。その正面には法壇の上に浮かぶ地球を模した妖精アースが、左側には機械仕掛けの林檎妖精が、右側には小さな竜の妖精がそれぞれ中に浮いている。書記官も傍聴人もいない、たった四体だけの裁判だ。
「わざわざこんな部屋作ったラン? 普段はこんなことしないで執行してるはずラン」
「被告人ジャック、静粛に」
アースが柄にもなく真面目なトーンで声を発すると、どこからともなく現れた木槌が机をたたいて乾いた音を響かせる。
「いやぁ、一度やってみたかったんだよなぁ、これ」
「ふざけるのも大概にしろ、アース。何のつもりだ?」
ほんの少し前までの真面目な仮面を一瞬で脱ぎ捨てアースがおちゃらけた声で話すと、機械仕掛けの林檎妖精が不機嫌そうに問いかけた。
この機械仕掛けの林檎妖精の名前はウィズといった。アースが魔法少女を司る最高位妖精であるのに対し、ウィズは魔法界の法を司る最高位妖精だ。基本的に彼が裁くのは法を犯した妖精であり、魔法少女と関わることは滅多にないことから、魔女の中でも彼の存在を知る者は非常に少ない。
「何のつもりも何も、ドラマで見たから俺もやってみたかったのさ」
「実際にはそうやって机を叩いたりしないらしいラン」
「え、そうなの? じゃああれ何のためにあんの?」
「知らないラン」
「愚か者! 私が聞いてるのはそんなことではない! わざわざ私の領分に踏み込んできたのは何のつもりだと聞いてるんだ!!」
掴みどころのないアースの態度か、はたまたこれから裁かれる立場にあるカボチャの妖精がふざけていることか、何かがウィズの怒りに触れたらしい。怒声を浴びせられた二人はやれやれと言いたそうな雰囲気を醸し出して沈黙した。
「そこのカボチャはあろうことか、相手の同意を得ずに魔法薬品を使用し半ば脅迫するように魔法少女に変身させたのだぞ。その時点で軽くても位階の下降、重ければ記憶の全消去が適用されるほどの罪だ。しかもそれに加えて言動矯正に思考誘導の魔術まで仕込んでいる。これもまた同意を得ずにだ。ここまでくれば最早極刑は免れん。それをわざわざ裁判紛いの茶番をしようなどと、何を企んでいる?」
「企んでるとは人聞きが悪いじゃねーかウィズよぉ。俺はただ単に、チャンスをくれてやるべきだと思っただけさ」
「チャンスだと?」
「タイラントシルフ、あいつはすげー才能だぜ。まだまだ発展途上だ。試練を超えて、もっと強くなる。これから王を討つって時にあれを逃がす手はねーよ」
王、それは歪みの王。ディストたちの階級になぞらえれて妖精の間ではそのように呼称されているが、実のところそれがどのような存在なのかということは正確にはわかっていない。だが、それが近い将来確実に訪れることは判明している。それを討つ、あるいは止めることが出来なければ、恐らく人類に未来がないことも。だからこそ妖精たちは戦力の確保に躍起になり、魔女の数も今までに倍するほど増えているのだ。
「確かにこいつにはちと強引な部分もあったが、それで乱される風紀と戦力の強化を天秤にかけりゃあ、俺でも同じことをしただろうさ。そういうクレバーな判断が出来るヤツをあっさり消しちまうのは、ちょっとばっか勿体なくねーか?」
アースはたまたまそこに居合わせたのがジャックだっただけだと言い張り、その判断は間違っていなかったと擁護した。
だが、そんなアースの言い分をウィズは一蹴する。
「くだらん。法は皆が守り、破れば刑を受けるからこそ意味がある。そもそもアース、今回の一件は貴様にも責任の一端があるぞ」
「あぁ? どういうことだよ?」
「過去の記録を遡ってみたが、こいつの昇格速度は尋常じゃない。確かに実績はあるようだが、こいつの実績を審査して昇格を決定しているのは貴様だ。貴様は最初からこいつを利用するために高位妖精にまで昇格させたのではないか? 魔法少女システムの空白スロットに術式を差し込むなど高位妖精の権限が無ければ不可能だ。それだけではない。こいつは魔法局監視評価センターに相談されたタイラントシルフからの苦情を握りつぶしている。これもまた高位妖精でなければ難しい行為だと言える。その他もろもろ、こいつは高位妖精の権限を前提としなければ成しえない行為によってタイラントシルフを引き込み、今も魔法少女として活動させている。仮に貴様に妙な企みがないのだとしても、こいつを高位妖精へ昇格させたことそのものに責任がある」
妖精の位階は低位、中位、高位、最高位と四段階に分かれているが、それらが示すのは種としての優劣ではなく与えられた権限の強さや数だ。どのような低位妖精でも魔法少女の勧誘、書庫への転移までは出来るが、そこから先のサポートや使用できる魔法薬の範囲は位階によって変わってくる。
例えばジャックが使用した若返りの薬や性転換の薬は最高位の妖精でなければ取り扱いが許されない類いの品だ。ほかにも転移の対象に干渉することや、システムにあえて作られている空白スロットに魔術を差し込むことも高位妖精でなければ出来ない。
その位階を上げるにはどうすれば良いのかと言えば、妖精の担当している仕事によって異なるが、魔法少女を勧誘・育成する妖精であれば、素質のある少女を勧誘し優秀な魔法少女に育てていくことで実績を作り、より強い権限があればより強い魔法少女を育てられると認められる必要がある。
最高位妖精については魔法界やシステムの創設者によって与えられた特別な役割であるためどれだけ実績を積もうとも一般の妖精がそこに至ることは出来ないため、通常の妖精の到達点は高位妖精と言うことになる。ジャックはそんな高位妖精に短期間で上り詰めたエリートだった。
「そりゃ言いがかりだろうよ。そんなことを言い出したら誰も高位妖精の承認なんかしなくなるぜ」
「全ての承認に責任が発生すると言っているのではない。こいつの承認は通例と比べてあまりにも早すぎる。それは貴様がこいつは高位妖精に相応しいと特別に認めたからだ。だが、その判断が間違っていたと言っているのだ」
「はん、どっちにしたって関係ねえ。さっきも言ったがこいつのやったことが間違いだったとは思わねぇ。意見が割れたら多数決だったな?」
「良いだろう。ドラゴン、貴様の意見を聞かせろ」
魔法界で起こった事件や問題は、原則としてそれを管轄する最高位妖精の一存によって処理される。魔法少女に関するものであればアースが、魔法界の法律に関するものであればウィズが、それぞれ自身の判断基準をもって対応している。ただし例外として、他の最高位妖精から意義があった場合には、最低でも三体の最高位妖精の多数決によって方針が決定づけられる。
ウィズから話を振られ、それまでずっと沈黙を貫いていたドラゴンが鱗に覆われた顎をさすりながら首をかしげた。
「すまんが、そもそもこれは何の話なんじゃ? わしは何も聞いとらんぞ」
「……アース、貴様が呼んだのだろう。なぜ説明していない」
「裁判ごっこの数合わせに呼んだだけだからな。弁護人よろしくってな」
「愚か者がぁ……、いや待て、そもそも何故貴様が知っている?」
ウィズは自らの持てる権限と自由に動かせる配下を充分に動員して調査を行い、今回のカボチャ頭の暴挙を掴んだ。
発端はこれまで一切情報のなかった魔法少女が新しい魔女となったことにある。実績を水増しするために何らかの不正に手を出していないか、法を犯していないかを調べて行く中で、タイラントシルフの素性や近々の魔法薬の売買状況から尻尾を掴み、真実に辿り着いた。
そうしてジャックを裁くための準備をしている中で、訳知り顔のアースが乱入してきたのだ。あまり難易度の高い調査ではなかったことから、アースがそのことを知っていることについても何ら疑問を抱かなかったが、こうして他の高位妖精が事件を知らない状況を目の当たりにすることで、アースの行動があまりにもタイミングが良すぎることに気が付いた。
「お前がまた面白そうなことしてるのは気づいてたからな。ちょいちょい覗いてたのさ」
「ちっ、趣味の悪い……。まあいい。ドラゴン、一度しか言わないから良く聞け」
アースの言い訳に納得したわけではないが、この場で問い詰めてもボロは出さないだろうという判断から追及の手を緩め、ウィズは事件の内容をドラゴンに語った。
「ふぅむ、そこの妖精の処分もそうじゃが、被害者のお嬢ちゃんについてはどうするんじゃ? 嫌々魔法少女をやってるんじゃろ?」
「そんなことは私の知ったことではない。私の役割は妖精を裁くことだ」
「魔法少女の管理は俺の管轄だしな。一応考えてはいるが、そうだドラゴン、薬くんね?」
「それは出来ん。確かにそこの妖精は罪を犯したかもしれんが、薬は自身の稼ぎによって購入したものじゃろう? わしは商売を担うものとして公平でなければならん。被害者のお嬢ちゃんには気の毒じゃが、無償で薬を渡すことは公平でない」
ドラゴンは魔法界で販売されるあらゆる物品、商売を統括する最高位妖精であり、その役割を全うする上での信条は公平であることだ。如何に最高位妖精や高位妖精が相手で、それが仕事に必要であったとしても、ドラゴンは無償で物品を譲渡することはない。そして魔法局から経費は出ない。すなわちカボチャ頭も使った薬は自腹を切ったということに他ならない。
魔法少女だけでなく、妖精もその仕事ぶりや実績に応じてポイントを付与され、そのポイントを消費することで、更に実績をあげたり日々を充実させたりしている。実を言うと若返りの薬を二つと性転換の薬を購入したジャックの財布はカツカツであり、タイラントシルフが自力で元の姿に戻った場合、それが歪みの王を討伐する前だったとしても、もう少女の姿に変えることは難しかった。もちろん、本人には伝えていないが。
「あー、じゃあ今性転換の薬は在庫いくつある?」
「あまり需要もないからのぉ。たしか、五つか六つか……、多くとも2桁はないはずじゃが……」
「新しく作るとしたらどれくらいかかる?」
「あれは材料も面倒じゃが調合にも時間がかかる。どれだけ早くとも二年はかかるじゃろうな」
「うーん、そうか……。とりあえず後で正確な数を教えてくれ。場合によっちゃ全部買うわ」
「買い占めとは感心せんのぅ……」
「金を払うんだからなんも問題はねーだろ? 公平に判断してくれや」
「うぅむ、仕方あるまい」
「タイラントシルフのことはもう良いだろう。それよりもこいつの処分が問題だ」
話が逸れたことが気に食わないのか、ウィズはイライラとした様子で軌道修正を行う。
「そうじゃのう……、ウィズの言うことは尤もじゃが、アースの言い分にも一理ある。罰は必要じゃが、それで優秀な妖精を失うのは惜しいのぅ……」
うんうんと頭を捻りながら悩むドラゴンを見て、ウィズの身体が苛立たし気にブルブルと震え始める。もしも人の姿だったなら貧乏ゆすりをしていたことは間違いない。
一方でアースは余裕綽々といった様子だ。それは別にドラゴンが自分の方に傾くと確信しているわけではなく、結局のところどういう結末になっても良いと考えているからだが。
(まあ、役目は十分果たしただろうさ。助け船は出した。助かるか助からないかは、運次第か)
「そうじゃ、間を取って記憶を消去し低位まで降格するというのはどうじゃ? 記憶の完全な消去は人間で言うところの人格の死と同義じゃろ。それで十分な罰になるじゃろうし、こやつが真に優秀な妖精ならば一からまた這いあがってくるじゃろう」
「な! ふざけ――」
「いいねぇ! はい決まり! 2対1だ! 残念でしたぁ~!」
ドラゴンの出したどっちつかずな意見にウィズが異議を唱えようとしたが、被せるようにアースが賛成の意を示したことでそれ以上は言葉にならなかった。
アースはどんな結果になっても良かった。だから個体の完全な消去と比べれば、記憶の消去ならまだマシな方だろうとそれを支持したのだ。
「っ! そんなにご執心ならば処置は貴様がやっておけ! 私はもう知らん!」
アースの煽りがよほど腹に据えかねたのか、普段であれば自身かその直属の部下によって行う刑の執行を押し付け、ウィズは転移で去って行った。
「わしも帰るわい。目録あとで送っとくからの」
「おう、頼むぜ爺さん」
「誰が爺さんじゃ」
簡単に軽口を投げ合い、ドラゴンも転移で居なくなる。
部屋に残ったのは雑なやり取りで自身の記憶が消されることが決定したカボチャ頭の罪人と、その執行人だけだった。
「わりーなジャック。出来れば無罪放免にしてやりたかったんだが」
「別に良いラン。元々消されることも覚悟はしてたラン」
「ああ、やっぱりか。タイラントシルフの魔女バレを遅らせてる割には、他の偽装が甘いと思ったんだよな。今日も焦ったり逃げる素振りもねーし。最初から隠し通す気はなかったってわけか」
「撒いた種がちゃんと育ってるラン。もう僕が介入しなくても、タイラントシルフは王と戦うラン」
「術式の維持は? 今更思考誘導が消えたら壊れるかもしれねーぞ」
「最初からいつかは消される前提で準備してたラン。動力源さえあれば自律する術式を組んであるラン。記憶を消されるだけなら今後も僕の魔力が動力源になるから何の問題もないラン」
「そいつは重畳。何か言い残したことはあるか? 次に目が覚めたらお前はお前じゃなくなるだろうし、担当地域も変わるぜ」
「……一つ聞きたいラン。タイラントシルフを狙ってたのは、アースラン?」
ジャックはタイラントシルフの前には決して姿を現さなかったが、プレスに取り付いて状況は逐一把握していた。だから今回の咲良町の縄張り争いの裏で糸を引く存在がなんとなく見えていた。
そもそも魔法少女の力は魔法局から貸与されているものであり、単純な力関係で言えば魔法局が上で魔法少女が下になる。そんな中で、魔法局が提供するマギホンという魔法道具を利用して、差出人不明などという仕様にない使い方を出来る者は妖精以外にありえない。魔法少女に出来る芸当ではないのだ。
妖精は様々な思惑で動く魔法少女と違い、思考や思想に違いはあれど最終的な目的は完全に一致している。それは世界を守ることだ。だから、必要以上にポイントに執着することはあまりなく、狩場を狙うという意味合いで咲良町が狙われたとは考えにくい。ではなぜ咲良町が狙われたのか? いや、もしかすれば狙われたのは咲良町ではなかったのかもしれない。最近咲良町であった大きな変化は何か、他の町と違う特筆すべき点は何か、そう、魔女が生まれたことだ。
「試練を超えて、強くなる。どういう意味ラン?」
さきほどまで最上位妖精たちが話し合っていた間、何もジャックは眠っていたわけではない。何気ない言葉の裏に潜む真意を探していた。
「……カカッ! やっぱ優秀だわ、お前。安心しろよ、俺だって妖精さ。お前の意思は俺が継いでやる」
その言葉を最後にジャックの意識が徐々に消えて行く。妖精は睡眠を必要としない。つまりこれは眠りに堕ちようとしているのではなく、自意識そのものの消失を表しており……
「ま…………せ……た…………ン」
その言葉を最後にジャックの活動が完全に停止したことを確認して、アースは呟いた。
「まあ、継いでやると言うよりゃ戻って来たって感じだがな。カカッ、遅かったなぁ、良一くん」




