episode2-5 準備⑥
ある程度の情報から魔法少女の名前や本来の活動地域を探り当てることは、ナックルにとってそう難しい話ではなかった。よほどの秘密主義者でない限り、ソロで活動している魔法少女でも誰かしらとの交流や目撃証言はある。インターネットによって遠く離れていても気軽に連絡を取り合える現代において、顔の広さは今まで以上に情報力に直接結びつく要素となっている。
ナックル自身はただ単純に様々な魔法少女と交流を図ることを好んでいるだけであり、情報網を広げることが目的だったわけではないが、気が付けば仲間に頼られる程度には界隈に通じる存在となっていた。
今回咲良町へ襲撃を行った魔法少女についても、特徴的な情報を抽出して知り合いに声をかけ、タイラントシルフがその名前を聞き出すよりも早くそれが魔法少女マリン、魔法少女シャドウ、魔法少女ドライアドの三人だということを把握していた。
とはいえ、一足飛びにわかるのはそこまでだった。魔法少女の中にはお喋りな子もいればそうでない子もいる。ネット上で質問されたからと言って何でも答えるリテラシーのない子供ばかりではない。これまでの活動経歴や大まかな人格はネット上で時間をかけ、ある程度調べがついたが直近の動向や今回の襲撃の意図、戦力構成や派閥の関与まではわからなかった。
インターネット上での調査を早々に切り上げたナックルは、一先ずマリンの活動地域である天茂町へ向かうことにした。その理由はいくつかあるが、シャドウが特定の地域に根差す魔法少女ではなく魔法局に住居を持つ放浪型の魔法少女であったこと、それからマリンが自然派の中でも極めて地位の高い魔法少女であるということがとくに大きい。
マリンたちの目的は狩場を自然派の縄張りにすることだと暫定的に判断されているが、であれば今回の一件の中心人物は派閥を動かせるだけの力を持った魔法少女である可能性が高い。
そして実際に天茂町での聞き込みを行った結果と、自然派に属する友人からの話を総合して考えたうえで、ナックルは今回の一件に自然派の関与はないと判断した。
当然だが、派閥と言っても全員が全員同じ思想を持っているわけではなく、それどころか下っ端の構成員は惰性だったり先輩に強要されて加入していたりと、派閥に加入しているという自覚がない者も多い。ナックルの友人の中にもそういった魔法少女は多く存在する。
そうした構成員が無自覚に垂れ流す情報はほとんどが大して重要でないものだが、僅かな情報を積み上げ、組み上げていくことで見えてくるものはある。
派閥としての動きなのであれば、マリンは派閥内の権力と威光を使いもう少し戦力を確保して動くことは出来たはずだった。その方が縄張りを奪う上では確実だ。
確かに、派閥として大規模な動きを見せれば必ず他の派閥に気づかれる。横やりが入らないということはないだろう。危ういながらもバランスを保っている中で、特定の派閥が力を強めようとすることを他の派閥が黙ってみている理由はない。
とはいえ、それでも三人と言うのは少なすぎる。他の派閥の目を欺くにせよ、自然派として確実に縄張りを奪おうとするならその倍程度は居なければ不自然だ。
恐らく、他派閥に気取られないように少人数で動くというのは派閥の内部に対する建前だろう。実際のマリンの目的は極少人数で大きな功績をあげ、派閥内での自身の地位を更に押し上げることにあるはずだ。人が多ければ多いほど行賞が分散するのは当たり前の話で、それを嫌ったからこそ少数精鋭で挑んだのだろう。
ナックルの聞き取った話の中に、昔のマリンはそれほど派閥の地位に拘る魔法少女じゃなかったが、少し前からいきなり高い地位に着くことに執着し始めたというものがあった。ナックルにはその理由はわからないが、ナックルの推測の裏付けには十分な情報だと言える。
マリンの調査を一度打ち切り、続けてシャドウの調査に移行したナックルだったが、こちらはマリンの時ほど順調にはいかなかった。
誰もが知っているというほどではないが、意識して調べてみれば驚くほど簡単に名前が出てくるくらいには、シャドウは界隈で名の知れた魔法少女だった。とはいえ、知れているのは悪名なのだが。
実をいうとナックルもシャドウの名前は聞いたことがあった。何人かの友人から縄張り荒らしの愚痴を聞かされたことがあったのだ。
魔法少女シャドウ。現実世界においては根無し草の魔法少女で、1、2ヶ月程度どこかの町に居ついては暗黙の了解など知ったことかとばかりに縄張りを荒らして去っていくことで知られている。狡猾なことに直接的な戦闘は避け逃げ回っており、さらに自身より明確に弱い魔法少女しかいない町にしか居つくことがないため、特にフェーズ1魔法少女たちから蛇蝎の如く嫌われている。
一応は自然派に属しているが実態は全くの不明で、一部の魔法少女からはその逃げ足の速さや気が付いたら住み着いてる点、黒い衣装であることから連想してGの魔法少女などとも呼ばれている。
魔法少女専用のSNSや掲示板で検索をかけてみるとシャドウに対する愚痴や文句がヒットし、それ以外の有益な情報を探すことの邪魔となる。
実際にシャドウが居ついていた地域のいくつかにナックルは向かってみたが、個人的な関りを持っている魔法少女が皆無でほぼ全ての魔法少女が嫌なやつを思い出したというような反応をしていた。
シャドウの人柄があまりよくなく根無し草であるということ以外はほとんど何もわからなかったわけだが、だからこそナックルは一つの疑問を覚えた。
それは、少数精鋭で作戦を決行するにあたり、なぜマリンがシャドウを引き込んだのかということだ。同じ自然派であることから、あり得ないと言うほどではないが違和感は残る。マリンが引き込んだのではなく、シャドウが自身を売り込んだ可能性もある。あるいは、シャドウがマリンやドライアドを唆したのか。
結局それ以上の情報が見つからず、ナックルは一先ず結論を保留にして調査を打ち切った。
調査対象の最後の一人は自身の友人で、本来ならばこんなことに加担するような魔法少女ではない。ナックルはエレファントたちの訓練が終了するまでの全ての時間を使ってでも徹底的に調べ上げるつもりで動き出し、その結果一つの情報に行き着いた。
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魔法界にある病院の一室の前に立ち、ナックルは左手でシルクフラワーに彩られた小さな籠を持ち、右手でその扉を小さく三度叩いた。
少し間を開けてから、気弱そうな声で入室を促す声が返された。
「失礼します」
静かに扉を開けて入室したナックルの視界に、ベッドの上で目を閉じ横たわる銀髪の少女と、その脇で椅子に腰かけナックルを見つめるナックルと同年代程度の紫髪の少女、そして宙に浮かぶ白い兎のぬいぐるみの姿が映る。
「どちらさまですか? ヴァンパイアちゃんのお友達ですか?」
「僕はナックルと言います。ドライアドの友人です」
「っ! ドライアドさんが! ドライアドさんが今どこに居るのか知ってるんですか!?」
「リフレクト! 落ち着くピョン!」
勢いよく立ち上がりナックルへ掴みかかる勢いで詰め寄った少女を兎のぬいぐるみが窘め落ち着かせる。その間ナックルは抵抗することもなく、痛ましいものを見るような視線を銀髪の少女に向けていた。
「あ、ご、ごめんなさい。私、リフレクトって言います。あの、ナックルさんはドライアドさんに頼まれてお見舞いに来てくれたんですか?」
「……ごめん、僕がここに来たのは君のSNSでの書き込みを見たからなんだ」
あまり頻繁にやっていることではないが、ナックルは特定の人物の調査をする時、まずその名前と活動地域を調べ上げた上で、その地域で活動している他の魔法少女に目を向ける。同じ町で活動していれば少なからず接点はあるだろうし、そうした他の魔法少女が何気なく発信する内容に重要な情報への手がかりが含まれていることもある。
ドライアドに関しては元から友人であり名前と地域を調べる必要はなかったため、頬月町で活動している魔法少女を探すことから始めたナックルだったが、早々に何かおかしなことが起きていることに気が付いた。
たった今ナックルの前で自己紹介をした魔法少女リフレクト。彼女が自身のSNS上でドライアドの行方を捜していたのだ。具体的なことは書かれていなかったが、自身の友人が大変な状況で、ドライアドにそばに付いていてあげて欲しいと連日書き込んでいた。書き込みの中にはドライアドへのメッセージもいくつもあって、それだけ重要なことなのだと伺えた。
現在頬月町で活動している魔法少女が三人であり、ドライアド、リフレクトに加えて最後の一人がヴァンパイアだということは調べればすぐにわかった。そしてそのヴァンパイアのSNS上での書き込みが、ある日を境に途切れている。あとは予想とカマかけだった。
魔法少女をやっていれば傷を負うことも大きなダメージを受けて入院することも珍しい話じゃない。そばに付いてあげて欲しいという言葉からも、ヴァンパイアという少女が入院しているのであろうことは予想できた。魔法界に病院は一つしかないため、ヴァンパイアを見つけることは容易だった。
病院の受付では余計なことを何も言わず、ヴァンパイアのお見舞いに来たとだけ告げて部屋を教えて貰った。だから今こうして目を閉じている銀髪の少女を見るまでは、ナックルもその怪我の重さは知らなかった。
「そう、ですか」
「あの子は、もうずっと目を覚ましてないんですか?」
「……はい。一か月と少し前に、ディストから重傷を負って。一時は本当に危なかったんです。ヴァンパイアちゃんがもしも他の魔法少女だったら、今こうして命を繋いでることもなかったはずです」
「ヴァンパイアは立派だったピョン。ドライアドもリフレクトも別の場所で戦ってたから、自分が逃げるわけにはいかないって、もう戦う力も残ってなかったのに立ち向かったピョン」
「いつもドライアドさんが言ってた通りに、命をかけて戦ったんです。こんなに小さいのに、頑張って……。ドライアドさんも最初はヴァンパイアちゃんを褒めてました。だけど少しずつ様子が変わって、容態が急変した日を境に病院にも欺瞞世界にも姿を見せなくなったんです。ヴァンパイアちゃんも今は何とか落ち着いてますけど、あの時は生死の狭間を彷徨っていて本当に危ないところでした」
ヴァンパイアは師の教え通り命をかけて戦った。それなのにドライアドは小さな弟子を放り出して咲良町を襲いに来ている。
ナックルは何か理由があるはずだと自分に言い聞かせながらも、無意識の内に強く拳を握りしめていた。
ドライアドが縄張り荒らしに与しているのは、この事件と何か関連があるはずだとナックルは直観的に理解していた。一見して関係などないように見えるが、タイミングを考えれば関係ないということはありえない。
自身が探していたはずの手がかりを見つけ出したナックルは、しかし全く喜ぶことなど出来なかった。
「話を、聞かせてもらえませんか? ヴァンパイアちゃんと、ドライアドの話を」
ドライアドが今なにをしているかなんて、ナックルの口からはとても言葉に出来ない。
リフレクトの口ぶりからは頑張った弟子を放置して姿を見せないドライアドへの怒りは感じるものの、その根底には確かな信頼があるのがわかる。だからこそ怒っているのだ。
大切な仲間は目を覚まさず、信頼する仲間は姿を見せない。ただでさえ辛いはずのリフレクトを、これ以上打ちのめすような真似をしたくなかった。
たとえやむを得ない理由があるのだとしても、言えるはずがなかった。




