episode2-3 糸の魔女③
「魔女の義務はさきほどお話しした通り戦うことにありますが、魔法少女全体の秩序を守るために、魔女が負うべき役割があると私たちは考えています」
「役割とは、どのような?」
「一つは派閥のバランスを保つこと。そしてもう一つ、後進を育成することです。まずはこちらについてご説明しましょう」
派閥についてはあまり詳しくないので何とも言えないですけど、後進の育成と言うのはまあわからなくもないです。
どれだけ優秀な魔法少女であっても20歳を迎えれば引退することになるんですから、次の世代に続いていく人材を育てるのは至極真っ当なことです。
ただ、それは魔女が個人でやるべきことなんでしょうか? 魔法少女の質を向上させるという意味で言えば、魔法局がやるべきことの気がします。
「後進の育成とは言っても、大それたことをしているわけではありません。戦闘での立ち回りを教授したり、魔法の使い方の指導をしたりですね」
「ですが立ち回りと言っても魔法少女の種類によって戦い方は変わってきますよね? それに魔法は魔法少女ごとにそれぞれ違いますから画一的な授業に意味なんて……」
「そうですね。なので、学校のような1対多の授業ではなく、師弟関係のように1体1のマンツーマンで教えます」
そんなやり方では万を超える魔法少女の育成なんてとても追いつかないです。
どうも根本的に勘違いしてたみたいですね。クローソさんの言う後進の育成というのは魔法少女全体の話ではなく、優れた個人の育成、直弟子を持つという意味だったみたいです。
「一人の魔女が指導してるのは平均して何人くらいですか?」
「私の場合は3人ですね。他のパターンで言うと、ドッペルゲンガーさんは2人、ドラゴンコールさんが1人です」
「他の方は?」
「……後進の育成は義務ではありませんから。今のところ、この志を共有しているのは私たち3人のみです」
義務ではなく負うべき役割だと聞いた時点で薄々わかってましたけど、やっぱりほとんどの魔女がやってないんですね。
特権の代価として戦うことが義務付けられてるんですから、それ以上に負担を増やそうとすれば更に飴を与えなければ人は動きません。ただ自分の時間と労力を無償で分け与えるだなんて、よほど出来た人間でなければ難しいでしょう。
「今は私にも余裕がありません。考えておきます」
「前向きに検討していただけると、私としては嬉しいですね」
「はい、考えておきます」
あえて強調するようにもう一度同じ答えを述べました。
適切な距離感を理解してるクローソさんが、それでもあえて一歩踏み込んできたからには、彼女にとってそれだけ重要なことだってことはわかります。でもそんなことやるわけありません。私は出来ていない側の人間ですから。自分のことだけで精いっぱいです。
クローソさんもこの答えが遠回しなお断りだということはわかっているみたいで、それ以上は追及してきませんでした。
「ではもう一つ。派閥についてですが、シルフさんは魔法少女の派閥についてどこまで知っていますか?」
「4つの派閥があることと派閥に所属してない魔法少女が居ることくらいですね」
縄張りの時もそうでしたけど、ジャックは魔法局が関与してない魔法少女同士の暗黙の了解のようなものは触りしか教えてくれませんでした。
公式HPにも派閥については全く書かれてないですし、非公式Wikiはいつ見ても派閥の項目が荒らされてるのでまるで役に立ちません。まあ派閥の内情とかが大々的に公開されたら困るでしょうから妨害されてるんだと思います。
「今では派閥などと言われていますが、その始まりは同系統の魔法少女による相互扶助の小さな寄り合いでした」
系統、私で言うなら自然系統で、クローソさんは創造系統ですね。
ジャック曰く、魔法少女は魔導書や魔道具が収められた宝物庫にアクセスして魔法の力を使っているらしいですけど、この宝物庫は作成者によって4つの系統に分類されます。
一つは自然系統。私の使ってる風の魔法や、パーマフロストさんの氷の魔法がこれに当たります。基本的に制御が難しく大味で、高火力の魔法が多い傾向にあるらしいです。
二つは法則系統。プレスさんの圧力魔法やエクステンドさんの拡張魔法がこれに当たります。変則的な魔法が多くて、高火力のものもあれば小回りの利くものもあって、応用力に長ける魔法らしいです。
三つは生命系統。エレファントさんの象魔法やラビットフットさんの兎魔法がこれに当たります。ほぼ全ての魔法に身体強化が内包されてて、身体能力と生命力は他の追随を許さないらしいです。
四つは創造系統。ブレイドさんの剣魔法やナックルさんの鉄拳魔法がこれに当たります。トリッキーで対人性能が高い反面、大型のディストに対する決定力はやや欠ける、補助向きの魔法らしいです。
性能についてはあくまでもそういう傾向が多いというだけで、創造系統でも高火力の魔法もあれば自然系統であまり火力が出ない魔法もあります。
「三人集まれば派閥ができるなんて言いますからね。系統はわかりやすい共通点だったってことですね」
「その通りです。まさかその小さな寄り合いがどんどん大きくなっていって、魔法少女全体のパワーバランスに影響を与えることになんて、当時は誰も考えていなかったようです」
一つの寄り合いが生まれれば、そこに属することが出来なかった人は他の集団に所属しなければ数の力で負けてしまいます。だからこそ、系統を共通点として一つの寄り合いが出来た時点で、それがいずれは4つの派閥になることは必然です。そこまでは読めていたかもしれませんけど、その規模までは読めなかったんですね。
「最大の原因は当時の魔女が寄り合いを仕切っていたことでしょう。自身の強さに不安がある魔法少女、魔女の威を借りようとした魔法少女、魔女に惚れ込んだ魔法少女、様々な魔法少女が次々に寄り合いに参加し、派閥と呼ばれるに至りました。だからこそ、派閥のパワーバランスを保つのは魔女が負うべき役割です」
「今の魔女のみなさんはそれぞれ派閥に加入してるんですか?」
パワーバランスを保つというのは何も派閥に参加することだけが全てではないと思います。現在の14人の魔女のうち、恐らく5人が生命系統の魔女です。彼女たちが全員生命系統の派閥に参加してるとしたら、他の派閥よりもかなり大きな力を持つことになるはずです。もちろん魔女の中にも序列による優劣はあるでしょうけど、序列2位と4位が生命系統ですからそこでも優位に立ってることになります。
仮にもしそうなら、今更私が派閥に入る入らないでどうこうなる問題でもありません。
「自然派にはパーマフロストさんが、法則派にはレッドボールさんとエクスマグナさんが、生命派にはドッペルゲンガーさん、ドラゴンコールさん、ラビットフットさん、ブルシャークさんが、創造派には私が、それぞれ所属しています」
「それ以外の魔女は無所属ってことですか?」
「そうなりますね」
予想してたよりも良いのか悪いのかわかりませんね。
「シルフさんは単純に魔女の数と序列だけでお考えかもしれませんが、実際のパワーバランスはもっと複雑です。例えば私の所属する創造派の魔女は私だけですが、私は僭越ながら魔女を統括する立場にありますので、それだけでも他の派閥に対する牽制としては十分な役割を果たしています。今のところは、と付きますが」
「じゃあ実際今はどういう状況なんですか?」
素人では判断できない要素が絡まってくるのなら、私が頭の中でどれだけ考えても意味がないです。
クローソさんは知ってるからこそこんな話をしてるんでしょうから、知ってる人に聞くのが一番早いですね。
「創造派と法則派は安定しています。レッドボールさんは派閥についてあまり興味がないみたいですが、神輿としては完全開放の魔女というだけで十分です。そのうえで、派閥の内部はエクスマグナさんが掌握してるので心配はいらないでしょう。彼女は細かい部分に目を向けられる魔女ですから」
「問題は自然派と生命派です。自然派もパーマフロストさんが居るので神輿には困っていませんが、エクスマグナさんのように派閥の内側を抑え込める人がいません。過激派と呼ばれる魔法少女が縄張りを奪うために他の魔法少女を攻撃したという話もあります。パーマフロストさんはレッドボールさんと同じで派閥の運営に頓着していませんので、内部の規律が乱れています」
「生命派は権力闘争の真っ最中です。現状でトップに座るドッペルゲンガーさんの引退が近いので、次のトップを誰に据えるかということで揉めています。序列的にはドラゴンコールさんが順当で、ドッペルゲンガーさんもそのつもりでいるようですが、派閥内の承諾が得られなければ火種となりますから確定とは言えません。対抗馬、というか次期トップに名乗りを上げてるのがラビットフットさんです。直接的な争いはないですが、ラビットフットさんは功績を積み重ねて着々と支持者を増やしてます。ブルシャークさんがラビットフットさん側に付いてるのも大きいですね。ドッペルゲンガーさんの引退後は魔女が1対2という構図になりますから、派閥内の魔法少女たちも慎重です。今のところ騒ぎは起こしていませんが、いつ爆発するかわからない火薬庫のようなものです」
「そんな状態なので、本来なら生命派の一強になるはずが今のところ派閥間の力関係はほぼ拮抗しています。真っ当に率いる魔女がいない分、自然派が一段落ちる程度ですね」
思ってた以上にドロドロしてるというか複雑で頭がパンクしそうです……!
私が今聞いてるのは魔法少女の話なんですよね? なんで権力闘争とか内部抗争の話が出てくるんですか? ディストとは命のやり取りをしてるわけですから血なまぐささはありますけど、仲間同士でまでそんなにギスギスしてるなんて流石に予想外です。
「や、やけに詳しくないですか? 派閥のトップともなれば他の派閥の情報にも精通してて当たり前なんですか?」
「魔法の系統が同じだからと言って誰もが仲間意識を持つわけではありませんから。鼠はどこにでもいるものですよ」
ぞっとするほど冷たい声で囁かれたその言葉に、血の気が引くのを自分でも感じました。
ス、スパイが居るってことですか!? 怖いです、最近の女の子は当たり前のようにこんなことをしてるんですか!? エレファントさんに会いたいです……。
「と、言うのは冗談です。ああ、鼠の話ですよ? 派閥が問題を抱えているのは事実です。ただ、それぞれの派閥を掌握している私たち魔女が敵対してませんので、情報を流しあってバランスを取っているんです」
「びっくりさせないでください……。心臓に悪いです」
「すみません、戯れが過ぎましたね。本題ですが、派閥のバランスを取るにあたってシルフさんには自然派に所属して欲しいんです。さきほどもお話したように、自然派の内部事情を把握している魔女がいません。何かやらかしたとしても事後的に叩き潰すことは出来ますが、なにも起きないに越したことはありません」
やっぱりそういうことですよね。
後進育成の話は物のついでに過ぎなかったんだと思います。どう考えてもこちらが本命ですね。
派閥の話を後回しにしたのは、先に後進育成の件を断らせて心理的な優位を取るためでしょうか? 二回続けて頼みごとを断るというのは人によっては勇気のいる行為でしょうからね。
ご丁寧に説明してくれたのは、私がこれを断った結果として自然派の過激派とやらの企みが止められなくなるという脅しですかね。罪悪感を感じさせて逃げ場をなくそうとしたわけです。よく考えられてますね。
なんだか怪しい気はしてましたけど、やっぱりただの優しい美人さんではなかったです。
善意に訴えかけてくるやり方と言うのは中々厄介ですね。
私が魔法少女になったばかりの頃だったら、良心の呵責に耐えられなかったかもしれないです。
ああでも、あの頃の私だったらそもそも話を聞いたりしないですかね?
まあ、どっちでもいいです。すでに答えは決まってますから。
「お断りします」




