episode2-2 新チーム⑤
エクステンドさんは本当に私の魔法少女としての活動について詮索するつもりはなかったようで、それからも他愛のない会話が続きました。とは言っても、私は怪しまれない程度にあっさりとした対応を繰り返してるので、基本的に話が盛り上がってるのはエクステンドさんとエレファントさんがお話ししている時でしたけど。……なんだか面白くありません。
そもそも、交流があるとは聞いてましたけど何の繋がりがあるんでしょうか。
「ちょっと失礼するよ」
本人を前にしては中々聞きづらかったですけど、タイミングよくお手洗いで席を外してくれたので思い切ってエレファントさんに聞いてみることにしました。
「あの、エクステンドさんたちはご友人だと言ってましたけど、どんな関係なんですか? リアルでのご友人とか?」
「うーん、どんな関係かって聞かれると難しいなぁ。リアルでも遊んだりはしてるからシルフちゃんの言ってることも間違いじゃないけど、切っ掛けはまた別なんだよね」
「切っ掛けですか?」
「そうそう。ちょっと違う話になるけど、私とブレイドが魔法少女になった時はまだ、プレスは居なくて、代わりに二人のフェーズ2魔法少女が居たの」
それは知りませんでした。
でも考えてみれば当たり前ですね。魔法少女には世代交代がありますから、ずっと昔からエレファントさんたちが咲良町を守ってきたわけではなく、エレファントさんたちよりも前の魔法少女がいて、さらにその前にも魔法少女がいて、世界を守る役目を引き継いできたはずです。
「一人はグリットさんって魔法少女で、私の師匠に当たる人だね。もう一人はドライアドさんっていう人で、ブレイドの師匠」
「それぞれ別の方に師事してたんですか?」
「私とブレイドも最初からチームで活動してたわけじゃないからね。私たちがまだ新人だった頃は、私と先輩で一チーム、ブレイドとドライアドさんで一チームって感じだったんだ」
エレファントさんは過去を懐かしむように少しだけ遠い目をしています。
「どうして四人で一緒に戦わなかったんですか?」
「先輩とドライアドさんがあんまり仲良くなかったんだよね。先輩は結構いい加減な人で、逆にドライアドさんは真面目な人だったの。先輩はやる時はやる人だったんだけど、厳格なドライアドさんには受け入れらなかったんだと思う」
「ブレイドさんとプレスさんみたいな感じですね」
あの二人もエレファントさんが間に入ってクッションの役割をしていないと、喧嘩を始めそうな雰囲気がありますからね。
あれ? でもそう考えると、エレファントさんが間を取り持つようなことは出来なかったんでしょうか?
「あの頃は戦うのに必死だったのと、ブレイドと仲良くなりたいなぁと思って声をかけたりしてたからそこまで気が回らなかったんだ。それで、色々あってブレイドと私でチームを組んで戦うようになったけど、結局先輩とドライアドさんはチームを組まなかったの」
「エレファントさんとブレイドさんのチームに先輩方が参加することもなかったんですか?」
「先輩かドライアドさんのどっちかが助けてくれることはあったけど、二人が共闘してるところは見たことないかな」
それは随分と根深い問題だったみたいですね。
ブレイドさんとプレスさんは軽く言い合うことはありますし、その延長で喧嘩になりそうな時もあるみたいですけど、共闘出来ないというほど空気が悪いわけでもないです。
「とにかくそんな感じで前は先輩たちが居たんだけど、エクステンドさんたちと知り合ったのはその先輩の紹介だよ。先輩は結構魔法少女の経歴が長くて、前にエクステンドさんたちと一緒に戦ったこともあって、それから仲良くしてたみたい。ちなみにこのお店も元々は先輩の行きつけだったんだよ」
「グリットさんの話かい? 彼女にはお世話になったからね。私は個人的にも君たちのことを気に入っているけど、彼女への恩を返すという意味でも、いつでも頼ってくれて構わないよ」
いつの間にか戻って来ていたエクステンドさんが会話に割り込んできました。どうやら途中から話を聞いていたみたいです。
「あはは、ありがとうございます」
「しかし、彼女が引退してからもう4か月近くも経つのか……。時の移ろいというのは速いものだね」
「十分稼いだから辞めるなんて言い出したのが3月の末ごろですからね。今何してるんですかねー」
「大人になって引退したわけじゃないんですか?」
魔法少女は戦うことの対価にポイントを与えられるもので、言ってしまえば働かなければ報酬は得られません。前払いで過大な報酬を支払って辞めさせないなんて、そんなブラック企業も真っ青なヤクザ染みた制約はありません。
私の場合はちょっと事情が違いますけど、他の一般的な魔法少女は面倒になったからでも戦うのが怖くなったからでも、どんな理由でもいつでも辞められます。
ただし、その逆にいつまで続けられるかということには明確な期限があります。魔法少女は20歳の誕生日にその役目を終え、魔法少女に変身する資格を失います。大人になったんですから、少女と名乗ることが出来ないのは当たり前といえば当たり前ですが、別にそんな言葉遊びが理由で20歳という制限があるわけではないです。
魔法少女が最も強くなる時期は思春期らしく、多少の個人差はありますが凡そ13~18歳あたりがピーク期にあたるらしいです。それ以降は徐々に魔法の力が衰えていき、そんな状態で戦場に立つのは危険極まりないので20歳になると魔法少女に変身できなくなるという制限があるみたいです。
「高校卒業するのと一緒に辞めたから、あの時は18歳だったと思うよ」
「あと2年もあれば魔女に至っていただろうに、もったいない」
「そうなんですか?」
前述の通り魔法少女の力は18歳くらいまでがピークです。それからは緩やかに、あるいは急激に弱体化していくものなので、グリットさんの判断も強ち間違ってはいないと思います。
「先輩は18歳になってもまだ成長する魔法少女だったからね。すっごく珍しいけどいないわけじゃないよ。それにあんまり本気を出さない人だったから、もしかしたら第三の門も開けてたんじゃないかなーって気もするし」
「ありえるな」
エレファントさんの言うことに間違いはありませんし、現役の魔女もこう言ってるんですから、グリットさんという魔法少女は本当にそれくらい強い人だったのかもしれませんね。
でも、才能とやりたいことが一致するかどうかはまた別の話ですからね。一生働かなくても生きていけるだけ稼いだから辞めるというのは、私には理解できます。
「そういえばこの前、珍しくドライアドがこの店に来ていたよ。何だかやつれているようにも見えたけれど、何か聞いてるかい?」
「いえ? ブレイドも特に何も言ってなかったので、知らないと思いますよ」
「そうか。まあ、やつに限って思い詰めるようなことがあるとも思えないけれどね」
「……あの、ドライアドさんという方は引退したわけではないんですか?」
ブレイドさんの師匠で、今はいない魔法少女でしたよね?
グリットさんが引退しているという話を聞いてドライアドさんも引退したんだと勝手に思い込んでましたけど、どうやらそういうわけではなさそうです。
「家庭の事情で別の県に引っ越したの。たしか頬月町ってところだったかな。魔法少女自体は辞めてないから、今は引っ越した先の地域で戦ってるはずだよ」
「魔法少女としての腕は一流だ。さぞや活躍しているだろうね」
引っ越し! そうですよね、そういうこともありますよね。
私自身が会社にも学校にも行かず引きこもりながら魔法少女をやっているので時々忘れそうになりますけど、一般的な魔法少女には学校や家庭があるんですよね。
お父さんの会社の事情で引っ越すとなったら、それに付いていくのは普通のことで、住居が変われば担当する地域が変わるのも当たり前です。
もしもエレファントさんが引っ越すようなことがあったら、今の家は引き払って同じ町に付いていかなくちゃですね。
「ドライアドさんは弟子に厳しい人でしたけど自分にも厳しい厳格な人でしたからね。何か思い詰めるようなことがなければ良いんですけど……」
「一見してそうは見えないところがまた悪質だと思うけれどね。優しく穏やかそうに見えるから弟子入りしようなんて魔法少女が騙される」
「あはは……。向こうでどうかはわからないですけど、ブレイドはドライアドさんのことを結構尊敬してますから、あんまりそういうことは……」
「おっと、悪く言うつもりはなかったんだ。すまないね。ただ、やつとは色々あったからどうしてもね」
「いえいえ、そんな。エクステンドさんも心配だったからドライアドさんを見かけたことを教えてくれたんですもんね。ありがとうございます。一応ブレイドには言っておきます」
「そうだね。何もないとは思うけれど、念のためだ」
グリットさんという魔法少女もそうだったみたいですけど、ドライアドさんという方も一癖も二癖もありそうな人ですね……。このよく言えばフレンドリーで悪く言えば馴れ馴れしいエクステンドさんが歯切れの悪さを見せるなんて、どんな人なんでしょうか。
私が今の時期に魔法少女になったことはある意味では幸運だったのかもしれません。
……それにしても、自分から話を振っておいてなんですけど私が居なかった頃の話には入っていけません。別にエクステンドさんと話せないのはどうでもいいですけど。
なんだか面白くなくてコーラをストローでぶくぶくしていると、何か視線を感じました。
泡立つコーラに向けていた視線を上げると、ニマニマしているエクステンドさんが視界に入り、続いて横を向くと目をキラキラさせてエレファントさんがこちらを見てました。
な、なんですか?
「いや、あまり楽しんでもらえてないと思っていたけれど、さっきまでは風の魔女殿なりに満喫していたのだと」
「もう一回やって! シルフちゃんもう一回!」
「え、い、いやです」
なんだか勢いが凄くて怖いです。
それに人に見られたと思ったら急に恥ずかしくなってきました。なんとなくやってしまいましたけど、こんなの子供がやることじゃないですか! 自覚すればするほど恥ずかしいです……。
「おっと、もうこんな時間か」
店内の壁掛け時計に視線を向けたエクステンドさんが、独り言のように呟きました。
釣られて時計を見てみると、すでに17時を回っていました。気づかないうちに随分と話し込んでいたみたいです。
「そろそろお暇させてもらうけれど、一つ風の魔女殿に伝えておこうと思っていたことを忘れていたよ」
「なんですか?」
「糸の魔女殿から連絡は来ているかな?」
「? 来てないですよ?」
そもそも糸の魔女、ウィグスクローソさんと私には面識がありません。むこうも私の連絡先なんて知らないんじゃないでしょうか。
マギホンを見てみてもとくに通知は……っ!?
「いえ、来てます。何でですか? どうやって私の連絡先を」
マギホンはスマホとほぼ同等の機能を持っているのでメッセージアプリやSNSでのやり取りは出来ますが、当然相手の連絡先を知らなければメッセージを送ることは出来ません。私はSNSはやっていませんし、今のところメッセージアプリの連絡先を交換したのもエレファントさんだけです。見ず知らずの魔女からメッセージが送られてくるなんて……、いえ、よく見ると本文に糸の魔女の名前がありますけど、アカウント名が違いますね。
これは、魔法局魔法少女部監理課? なんですかこの法人や行政染みたアカウント名は。
「結局のところ、この私といえど魔法の力は借り物に過ぎない。常に頭は抑えられていると思った方が良い」
「というか当たり前のように魔法少女の力を授けて戦わせてますけど魔法局ってなんなんですか? 魔女になったらそういうことも教えてもらえるんですか?」
「いいや、さっぱりだよ。なに、恐れることも嘆くこともない。力は借り物でも意思は本物。魔法少女はそれぞれ己の思惑があって戦っているからね。っと、話が逸れてしまった。そんなことは今更どうでもいいんだ。伝えたかったのは、糸の魔女殿から呼び出しがあったら応じた方が良いということだよ。魔女としての身の振り方を教えてくれるだろうからね」
「……ご忠告ありがとうございます」
「なに、礼には及ばないよ。可愛い後輩のためだ。ナックル、ピーチ、そろそろ行くよ」
エクステンドさんはそれだけ言って伝票を手に取り、ナックルさんとピーチさんを連れて出ていきました。
「シルフちゃん、糸の魔女ってウィグスクローソさんだよね?」
「知ってるんですか?」
「さすがに魔女のことはね。それで、やっぱり呼び出されてるの?」
「軽く見てみましたけど、そうみたいですね」
これからの一週間で都合の良い日を教えて貰えれば、日程は調整できると文面には書かれてます。一週間も幅を取られると、その日は予定があってとも言いづらいですね。普通の学生は今夏休みですし、忙しいという言い訳もできません。下手に嘘を吐くとボロが出るかもしれませんし。
なにより、私が魔女であるということが広く知れ渡ってしまった以上、今後も他の魔女たちとの接触を避けて活動するというのは無理があるでしょう。聞くところによると魔女にはディスト討伐のノルマもあるらしいですし、どうせやらなければならないなら早めに終わらせてしまうべきです。急ですけど明日にしてもらいましょう、
「そっかー。明日は二人で遊びに行きたいなって思ってたんだけど、そしたら延期かな」
「いえ、やっぱり明後日にします。明日は空いてます。とっても暇です」
エレファントさんに誘ってもらえるのならどんな予定も白紙にします。
「あはは、ありがとシルフちゃん。それで、折角だしそろそろ現実で会ってみない? 私はもうシルフちゃんの変身前の姿も見ちゃってるし、逆に私が見せてないっていうのは不公平だよね?」
「そんな、気にしないでください。あの、変身前の姿は気軽に見せるものじゃないので、私なんかに見せるべきじゃないと言いますか」
エレファントさんと友達になってから遊びに行ったのは全て魔法界です。現実では変身状態だと出来ることが限られてしまいますし、まさか変身前の姿で会ってもらうなんてそんな恐れ多いことは出来ないので、必然的にそうなりました。
私もエレファントさんに教えて貰うまではよくわかってませんでしたけど、変身前の姿を知られるというのはとってもリスクの大きいことなんです。本当に信頼できる相手にしかしちゃいけないことです。私はエレファントさんのことを信用してますし、信用するだけの理由があります。実際すでに変身前の姿も見せてます。
でも逆に私を信用して貰えるような理由は何も示せません。だから現実で会うなんて、そんなこと許されるはずがありません。
「シルフちゃん、私たちもう友達でしょ? それなのにシルフちゃんが私の顔も名前も知らないなんて、そんなのいやだよ」
「エレファントさんっ!?」
エレファントさんの言葉はとても嬉しかったですし感激ですけどっ、隣の席にはブレイドさんとプレスさんが居るんですよ!?
そんなことを言ったら私たちが友達だってバレちゃうじゃないですか!?
ちらっと隣の席を盗み見ると、お二人はなんだか話し込んでる様子でこちらの話は聞いてなかったみたいです。
良かったです、気づかれてないですね……。
「シールーフちゃん! 私たちー」
「わかりましたからっ、行きます、現実で遊びに行きますっ」
エレファントさんがわざわざ大きな声でお二人にも聞こえるように言い直そうとするのを遮って、流されるように承諾の意思を伝えました。
「ほんと? ありがとシルフちゃん。楽しみだなぁ♪」
エレファントさんは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて鼻歌を歌ってます。
もうっ、ほんとうに強引なんですからっ!




