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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
二章 広がれ、私の世界
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episode2-1 拡張の魔女③

「騒がしくなってしまいましたが、まずは祝福をさせて下さい。おめでとうございます、エクステンド・トラベラーさん。あなたが第三の門を開き13人目の魔女となったことは、私にとっても自分のことのように喜ばしいです」


 言葉は非常に友好的な内容だが、鉄面皮のまま発せられる抑揚のない声からは感情の波を読みとることは出来ない。普通の感性の持ち主ならば額面通りに受け取っても良いのか判断に悩むほど、糸の魔女の言葉と態度はチグハグだった。

 付き合いの長い蛸の魔女や海賊の魔女は、それが本心から語られているものだと理解しているが、ラビットフットはさきほどの件の当てつけに嫌味でも言っているのかと勘ぐるほどだ。


 だが、糸の魔女が本心から祝いの言葉を口にしているのだとしても、嫌味を言っているのだとしても、エクステンドトラベラーにはどちらでも良かった。


「どういたしまして、と言いたいところだが、この私としてはむしろ申し訳ない気分だよ。ここまで時間がかかってしまったことがね。先輩方には負担をかけてしまっているからね」


 エクステンドはクツクツと低く笑い、不遜な態度で言い放つ。

 目に見えた挑発ではない。暴言を吐いているわけでもない。それでも、エクステンドが有頂天になっているのは誰の目から見ても明らかだ。竜の魔女などは自分の過去を重ねてしまったのかほんのり顔を赤くして涙目になっている。


「名声と特権の代価により重い責任を負う、それが魔女という存在です。今後はあなたも魔法少女の頂点に立つ存在として恥ずかしくない行動を心がけて下さい」

「言われるまでもない。先輩方の活躍に見劣りしないよう、精進させてもらうさ」


 任せろと言わんばかりにエクステンドは軽く胸を叩いてみせる。自分の成功、躍進を信じて疑わない者特有の自身に満ちあふれた表情だった。

 蛸の魔女は、そう遠くない内に何かしでかすな、と感じ取りながらもあえてそれに触れることはしない。問題は早めに解決するに越したことはないからだ。釘を差して一時的に押さえつけるよりも、好きなように行動させてその上で徹底的な敗北を刻み込む方が確実で尾を引かない。


「ギャハハハ! 懐かしいなぁドラゴン!」

「やめてくださいよぅ……! 黒歴史なんですからぁ……」


 机の上に両足を乗せ寝そべるように浅く座っている海賊の魔女が腹を抱えて大笑いすると、竜の魔女が顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 そんな二人の様子にエクステンドはぴくりと眉を動かしたが特に言及することはせず、いつの間にか魔法から解放されていた腕を動かして黒々としたコーヒーに口を付けた。

 僅かにカップを傾け、少量のそれをよく味わうように舌の上で転がしゆっくりと飲み込む。


「ところで一つ聞きたいことがあるのだが、いいかな?」

「なんでしょう?」


 眉間にしわをつくり難しい顔をしたエクステンドが、14と刻まれた椅子に視線を向けた。


「親愛なる我が同期、風の魔女殿は不参加なのかな?」

「今回のお茶会はエクステンドさんの歓迎がメインの一つでしたので、タイラントシルフさんには次回のお茶会まで待っていただくことにしました」


 理由はそれだけではなかったが、嘘はついていない。糸の魔女と蛸の魔女の判断比重は、タイラントシルフについての前情報を集められていないことや、当日の誘いの非常識さなど、その存在を今日まで知らなかったことの方が圧倒的に大きかったが、仮に事前に情報を入手していたとしても今回のお茶会に呼ぶことはなかっただろう。


 個人差はあるだろうが、魔女になりお茶会に参加するというのは一般的な魔法少女にとっての到達点の一つだ。魔女として最初のお茶会に招かれるというイベントにおいて、その主役になりたいと願う魔法少女は少なくない。

 そんな中で自分と同じ状況の、魔女になりたてでお茶会に参加するのも初めてという存在が居た場合、注目は二分されてしまう。それどころか、どちらかの魔女がもう一方の魔女の存在感を食いかねない。それで何事もなければ良いが、二人は人の愚かしさを知っている。人は自分の思い通りにいかない時、その理由を自分以外の何かに求め、恨みを向ける。


 エクステンドトラベラーはともかく、タイラントシルフがその手の魔法少女なのかというところまでは二人もまだ把握していないが、あえてリスクを侵す必要はない。だからタイラントシルフをお茶会に招くのを一ヶ月遅らせた。


「この私はそんな些細なことは気にしないのだけどね。伝え聞く限りでは、彼女もそんなことを気にするようなタイプではないよ」

「そういえば、エクステンドさんとシルフさんは活動地域がお隣同士でしたね。面識があるのですか?」


 自然な会話を装って、糸の魔女はタイラントシルフについて簡単に探りを入れる。自然系統の魔法少女でもっとも魔女に近い位置に居るのは流星の魔法少女であると言われており、それ以外にも有望な魔法少女の名前はいくつか知っている糸の魔女だが、風の魔法を使う魔法少女で魔女に至りそうな者の情報は聞いたことがなかった。

 通常、魔女に至るほどの魔法少女ならば自発的な情報発信をしていなかったとしても口伝などでその存在が知れ渡っているものだ。事実、エクステンドはいずれ魔女になるかもしれない存在として随分前から糸の魔女も把握していた。


「直接会ったことはまだないよ。風の魔女殿はあまり人となれ合うのが好きじゃないらしい。ただ、そのお仲間からある程度話は聞いているよ」

「話ですか?」

「先輩方もご存じかもしれないが、風の魔女殿はつい一ヶ月ほど前に魔法少女になったばかりの新人だ。隣の町で活動しているこの私がつい最近まで彼女の存在を知らなかったのも当然と言えば当然だね」


 エクステンドトラベラーの機嫌が損なわれていない、むしろ得意げな様子を確認した上で、糸の魔女は無言で頷き続きを促した。


 お茶会が始まる前に簡単に調べた結果として、タイラントシルフが新人の魔法少女であり、偶然にもエクステンドトラベラーと隣接する地域で活動しているということは糸の魔女も知っている。それは少し調べれば簡単にわかることであり、当然他の魔女たちも知っているであろうことだ。

 如何に今回の主役がエクステンドトラベラーであるとは言っても、この状況でタイラントシルフについての話題を一切出さないのは些か不自然。エクステンドが得意げにタイラントシルフのことを語ってくれるのは、どのようにして話題を切り出そうかと考えていた糸の魔女にとって好都合だった。


「掲示板やSNSの一部界隈でも話題が出ているけれど、なんでも風の魔女殿は最初から魔女として活動していたらしい。お仲間たちは彼女が魔女であることの確信はなかったらしいけど、サポートフェアリーがそれをほのめかすような発言をしていたそうだよ」

「サポートフェアリーですか」


 各地域の新人魔法少女に付きっきりとなって様々な知識を授ける、他の新人が現れるか、十分に知識を授けたと判断されるまでは離れることのない妖精。それがサポートフェアリー。

 サポートフェアリーが付いているのなら、タイラントシルフが新人だということは間違いない。


「とんでもねえなオイ。レッドボールでも半年はかかってんだぜ?」

「……すごい」

「もしかしてレイジィさんレベルだったりするのかな……」

「ハッ! ちょっと運が良かっただけでしょ! どうせ大したことないわよ!」


 ざわざわとにわかに騒がしくなり、話題がタイラントシルフの話に深入りしそうになっていく。


「ここに居ない人のことをあれこれ噂しても意味ないでしょ。それよりエクステンドちゃん、あなたの地域今少し危ないんじゃない? 大丈夫?」


 糸の魔女が内心でどのように話題をそらすか思案していると、蛸の魔女がパンパンと手を叩いて注目を集めた後、エクステンドに問いかけた。


「ふむ? たしかにディストの出現率は上がっているけれど、それはむしろ咲良町の影響だ。この私としては、あちらの方が些か心配だよ」

「ディストの数とか強さだけの話じゃないわよ? 美味しい狩場やそれに付随する場所は狙われることもあるわ」


 狩場。それは特にディストの出現率が高く、かつ、強力なディストが発生しやすい地域を指す言葉だ。その発生条件は解明されていないが、先日の新型ディスト発生と連動するようにその数を増やしたことから、この二つには何か関連性があるのではないかと言われている。


「ああ、他の魔法少女の話か」


 納得したように頷くエクステンド。

 狩場は強力なディストが毎日のようにわき出てくる地獄のような地域もあり、フェーズ1やフェーズ2の中でも弱い部類の魔法少女にとっては手に余る代物だが、逆に強力な魔法少女にとってはポイントをザクザク稼げるボーナスステージのような扱いだ。

 中にはその狩場を我が者にしようと、元々そこで活動していた魔法少女に襲いかかり縄張りを奪おうとする不届きな魔法少女も存在する。


「有象無象の魔法少女などこの私の敵ではない。そして私の仲間も、並のフェーズ2に遅れを取りはしない。それこそ、先輩方の派閥でも上位の魔法少女でもなければね」


 ここに来て初めて、エクステンドトラベラーは明確に剣呑な意志を持って一人の魔女を見つめる。その視線の先には、ぐでっと上半身を机に投げ出した氷の魔女が居た。


 万を越える魔法少女と、その頂点に立つ14人の魔女たち。彼女らの中には4つの派閥が存在する。

 一つ、氷の魔女パーマフロストがトップを務める、自然系統の魔法少女が集った自然派。

 二つ、重力の魔女レッドボールがトップを務め、磁力の魔女エクスマグナを擁する法則系統の魔法少女が集った法則派。

 三つ、蛸の魔女ドッペルゲンガーがトップを務め、竜の魔女ドラゴンコール、兎の魔女ラビットフット、鮫の魔女ブルシャークを擁する生命系統の魔法少女が集った生命派。

 四つ、糸の魔女ウィグスクローソがトップを務める、創造系統の魔法少女が集った創造派。


 派閥と言っても、属する全員が全員それぞれの派閥と敵対関係にあるわけではなく、どちらかと言えば相互扶助的な集団としての側面が強い。

 しかしながらどのような集団にも過激なタイプは存在するもので、他派閥の魔法少女や派閥に参加しない魔法少女を蛇蝎の如く嫌っているタイプもいる。

 また、派閥の戦力をあてにして好き勝手に振る舞う者や、無所属の魔法少女から強引にみかじめ料を巻き上げるなど、中にはヤクザ紛いの振る舞いをしている者もいる。


 幸いにも、現状の魔女で派閥に拘りのあるタイプは非常に少ないため、派閥間の大きないざこざはなく、好き勝手に振る舞う魔法少女も過去と比較すれば少なくなっている。

 ただそんな中で、素行の悪い魔法少女が目立つ派閥が一つだけあった。


「聞けば派閥ぐるみで狩場の占領をしているような、そんな前時代的な派閥があるらしいじゃないか。そこのところ、あなたはどう考えているのかな? 氷の魔女殿」

「んえ? なになに? 何の話?」


 小首を傾げる氷の魔女は、頭の上に疑問符が浮かんでいるのではないかというくらい、全く話を聞いていなかったらしい。幼い容貌によく似合う可愛らしい仕草だった。

 エクステンドの方も毒気を抜かれてしまったのか、視線の険しさが失われ口調はどこか呆れたものに変化している。


「正直に言うのなら、あなたが何を考えているかなどどうでもいいのだけどね。ただ、この私やその友に牙を剥くのであれば容赦しないよ」

「きばをむく……? むー! むずかしいこと言わないでよ! 子供だからわかんないもん!」

「なら仕方ないね」


 やれやれと肩をすくめてエクステンドは強引に会話を打ち切った。これ以上そのことを話しても意味がないと悟ったのだろう。


 自然派の中には過激な魔法少女が存在し、目的のためならば他の魔法少女を再起不能に追い込むことすら厭わないというのは有名な話だ。

 エクステンドは、自然派閥に属する魔法少女が起こした不祥事について氷の魔女を追及するつもりだったようだが、この様子ではそもそも派閥を掌握できていないのだろうという結論に至った。


 エクステンドの知る限りでは、氷の魔女は自身が魔法少女になった頃から同じ姿で一切成長することなく活動している。若返りの薬を使っているのだろうとは噂されているが、その実態は定かではない。若返りの薬は精神にまで影響の及ぼすものではないはずだが、それにしては氷の魔女の外見相応の言動には違和感がない。まるで精神と肉体の成長が止まっているかのように。もしも本当に一切の成長をしていないのであれば、派閥を掌握できていないことも無理からぬ話だ。

 氷の魔女の外見年齢は大凡8歳前後と言ったところか。精神年齢もそれと同等と仮定するならば、その年代の少女に派閥がどうのこうのなどわかるはずもない。


「話が逸れてしまって申し訳ないね。ただまあ、やはり純恋の方は心配いらないだろう。狩場と呼ぶには旨味が少ない」


 狩場と一口に言ってもディストの出現頻度や強さは地域によってマチマチで、ナイトやコモンと言った弱いディストが際限なく溢れてくるような地域もあれば、ヴィカントやアールと言ったそれなりに強いディストが数日おきに沸き出すような地域もある。

 最近狩場となった地域は四茂木もあるし、狩場というほどではないが出現率の高い地域も緋元、頬月などが増えている。

 その点、エクステンドの担当する純恋町は他の地域と比べれば出現率は高いものの、目を見張るほど違いがあるというわけでもない。むしろ、他の地域と比較しても狩場としての旨味が大きいのは隣の咲良町の方だった。


「狩場化しているのは間違いなく咲良の方だからね。純恋を狙うくらいだったら、隣にあって旨味も大きいそちらを狙うだろうさ。とは言っても、あそこには風の魔女殿が居る。下手に手は出せないだろうけれどね」

「自信があるのは良いことだけど、足をすくわれないように気をつけるのよ?」

「肝に銘じておこう」


 蛸の魔女の忠告を理解しているのかいないのかわからない、自信満々でありながらも素直なエクステンドの返答を最後に一度会話が途切れる。

 糸の魔女はそのタイミングを見計らっていたかのように少しだけ音を響くようにティーカップをソーサーへ下した。


「少し話が逸れました。定例報告を始めましょう」


 エクステンドの遅刻に始まり決闘騒ぎや話題の脱線など、いつも通りいくつかのアクシデントに見舞われたお茶会が終了したのは、予定よりも大幅に遅れてのことだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんというか、最近の、夢も希望もないタイプの魔法少女モノっぽい設定なんかな?
[一言] 2章の投稿、待ってましたー、 私はこの小説がなろう系で1番好きです。(古参アピール) 3章を書くのも頑張って下さい。
[一言] ディストの階級に関しては漢字にルビを振る仕様なら分かりやすいのにと思わざるを得ない。 コモンやナイトはまだしもそれより上の階級が。
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