episode5-7 雷鳴公主②
「乾坤根刮ぎ、焼き穿て!!」
激しい雷の嵐が双葉の身体を強く打ち、その度に雷の降り注いだ箇所が魔法少女特有の戦闘衣装へ変化していく。
もう一度魔法少女になると言っても、資格を手に入れるためには魔法書庫の魔導書を選ぶところからやり直す必要があり、かつてと同じ魔法を再び使えるようになるかはわからない。
魔導書の中身は魔術師でなければ読めない文字で書かれているし、装丁やサイズ感を頼りに探そうにも13年も前に一度見た切りの本のことなど普通は覚えていない。
さらに言えば、魔法書庫の中には膨大な量の魔導書が保管されており、その中から特定の一冊を探し出すというのは非常に困難であるし、可能だとしても時間がかかる。
それでも双葉は迷うことなく選んで見せた。いや、むしろ魔導書の方が双葉を選んでいたのかもしれない。
まだまだ戦えるはずだった使い手と引き離されることを魔導書は望んでいなかったのかもしれない。
だからこの数か月の間、新たな雷の魔法少女が現れなかったのかもしれない。
なにせ魔法書庫にある大きな机の一つに、その紫色の魔導書は最初から置かれていたのだから。
「魔法少女、雷鳴公主!!」
雷雲が治った後には、ブロンドのポニーテールにアメジストのように輝く勝気な瞳、黒をベースに紫電の刺繍があしらわれた派手な改造修道服の魔法少女が、静かに、されど自信に満ち溢れた力強い表情で立っていた。
「ありがとう、ジャックくん。これで私も戦える」
「タイラントシルフのことを頼んだラン! 君が居れば1000人力ラン!!」
「助けるよ、絶対。場所はわかる?」
「妖精に共有されてる情報で確認済ラン! タイラントシルフは欺瞞世界の東京、国際空港の滑走路で戦ってるラン!」
ジャックは自分が記憶を取り戻しアースの計画を妨害しようとしてることを悟られないようにあまり派手に動くことは出来ていないが、どの魔女がどこで決戦に突入したかは全ての妖精に共有されていた。
「あともう一つ教えて欲しいんだけど、ドッペルゲンガーはどこかな?」
「? 欺瞞世界の宮崎中華街ラン。助けに行くラン? でも、長距離転移装置を使っても時間がかかるラン! 遠すぎるラン!!」
「あれ? 知らなかった? 私の最高速度は雷速だよ? 神格魔法『雷神』」
一瞬雷でも落ちたかのような眩い光が発生し、それが収まる頃にはモナークスプライトの姿はジャックの目の前から消えていた。
神格魔法『雷神』。それはかつてモナークスプライトを最強に最も近づいた魔法少女たらしめていた切り札。雷の如きスピードと公爵級ディストすら瞬殺する火力を併せ持ち、さらに自然神格魔法に標準搭載の自然との融合による不死身化も兼ね備えた攻防一体の恐るべき魔法だった。
しかし真に恐ろしいのは、20歳を迎えて一度は魔法少女を引退したはずの身であるにもかかわらず苦も無く神格魔法を発動出来る水上双葉の魔法少女としての才能。
ジャックは勿論、現役時代のモナークスプライトが雷速で移動できることは知っていたが、それが神格魔法の恩恵によるものだということも知っていた。想定していなかったのは、まさかこんなにもあっさりと再び神格魔法を使えることだった。
「でも、だとしたらどうして……」
目の前でその大きな力の一端を垣間見たからこそジャックは不思議だった。なぜアースはモナークスプライトの引退を待ってから決戦を始めたのか。
多くの妖精は知らないことだが、妖精としての格が上がりアクセスできる情報の権限が増えることと、少しばかりルール違反をしてズルをすれば、随分前から決戦をいつでも起こせる状態だったのはすぐにわかることだ。
魔法局の上層部も魔法少女には知られないように厳重に隠しているみたいだが、高位の妖精であれば知ること自体はそう難しくない事実。
ジャックはそれを魔法少女側の戦力が整うのを待っていたのだと、そしてタイラントシルフこそがその鍵を握っているのだと考えていたが、こうして目の当たりにしたことでモナークスプライトの強さが明らかにタイラントシルフよりも上であることがわかった。戦力が整うのを待っていたとするなら致命的な矛盾がある。
だとすれば、やはり鍵を握っているのはタイラントシルフなのだろうと改めてジャックは判断した。ただしそれは魔法少女としての純粋な実力とは別のもの。シルフにあってモナークスプライトにはない、先天術式なのだろうと。
・ ・ ・
「雷槍」
欺瞞世界への転移を挟みながら稲妻の速さでドッペルゲンガーの元へとたどり着いたモナークスプライトは、予想通り巨大化した自分の足に襲われているドッペルゲンガーを発見して、即座に最下級の雷魔法を撃ちこんだ。
「ッ――――」
電撃をぶち込まれた巨大蛸は声にならない悲鳴を上げてピクピクと全身を痙攣させ、徐々に小さくなりながら人間の形へ変わっていき最終的にはドッペルゲンガーの姿に戻って地面に倒れ伏した。
モナークスプライトの現役時代、ドッペルゲンガーはどうにか巨大化を使いこなして自身の切り札に使おうと試行錯誤していたが、結局モナークスプライトが引退するその時まで肉体を乗っ取ろうとする八つの脳を全て制御することは出来ず、未完成のままに終わった。
モナークスプライトが引退してからは、最悪元に戻れなくなるというリスクを抱えてまで巨大化の魔法を使ってはいなかったし、双葉もそれは知っていたが、空に投影された映像でドッペルゲンガーが苦戦しているところを見てしまい、もしかしたらという不安もあって駆け付けたところ予想通りの光景が目の前に広がっていた。
双葉が空を見ていた段階ではまだ巨大化は使っていなかったが、ディストに負けて命を落とすくらいならと、追い詰められれば使うだろうことは親友である双葉にはお見通しだった。
「ふ、たば……?」
「ごめん八重、急いでるから話をしてる余裕はないの。後は私に任せて、転移で離脱して」
「もう……、いつも、勝手なんだから……」
痺れて震える唇を無理矢理動かしてそう言ったドッペルゲンガーは、安心したような表情で転移魔法を使い欺瞞世界から脱出した。双葉を、モナークスプライトの力を誰よりも傍で見続けて来たからこそ、その勝利を信じて後を託した。
「待ってて、シルフちゃん」
心配だった親友は無事救出し、後は歪みの王との決着をつけるのみ。モナークスプライトは最後の戦いに赴く覚悟を決めるようにそう呟いて自身の身体を雷へ変化させた。
周囲の景色が凄まじい速度で目まぐるしく変化し続けること、僅かに数秒。着地と共に腹へ響くような重低音を轟かせ、雷の魔女、モナークスプライトは決戦の地に降り立った。
「はぁ!? なんであんたが!?」
「グォォ!?」
「誰だ?」
最初に気が付いたのは、身体強化によって感覚器も強化を受けている生命系統の魔女たちだった。
ラビットフットは信じられないものを見るような目でギョッとしており、巨竜化状態のドラゴンコールも驚きのあまりブレスが止まる。唯一グラスホッパーだけは知らない魔法少女が乱入してきたというような反応だった。
「ドッペルゲンガーさん? ……いえ、あの姿は間違いなく雷神」
「えぇ!? それは聞いてない! っていうか、もしかしてアースも想定外?」
「スプライトパイセンじゃないっすかー! また合体技やりましょーよ!! 絶対映えるし!!」
「おぉ? 誰かと思えば懐かしい顔じゃねぇか」
「雷の魔女殿だと!? お初にお目にかかる、この私は拡張の魔女エクステンドトラベラー!!」
「ちっ、まさかテメェが出てくるとはな。年寄りは引っ込んでろっての」
海中に潜んでいるブルシャーク以外の現代の魔女は、数か月前に引退したはずの魔女の登場に混乱したり歓喜したり煙たがったりとそれぞれの反応を見せた。
「神格魔法の使い手がもう一人か! 雷たぁ派手で良いじゃねぇか!!」
「これはこれは、かなりお強いですね」
それに対して始まりの魔法少女たちは、遅れて現れたこの魔法少女こそが現代の主力であると勘違いをして称賛を送り、
「私の視ていた未来と違う……? 彼女は一体?」
未来視の力を持つクロノキーパーは、自分が見てきた最も実現する可能性の高い未来と、それに類似する様々な未来に、一度として姿を現さなかったその魔法少女の登場にこの場の誰よりも大きな困惑を抱いていた。
「もっと、もット、モット、チカラヲ――」
そして、モナークスプライトがこの場に現れた理由である魔法少女は、タイラントシルフだけは歪みの王との力のぶつけ合いの真っ最中でモナークスプライトの登場に気が付いていなかった。それどころか、今にも何か得体の知れない力に取り込まれそうな雰囲気を見せており、黒く染まった髪の中にメッシュのように残っていた緑髪が、根元から少しずつ黒く染まり始めていた。
「ア――ァ――!」
それを見たモナークスプライトは、やっぱりあの黒くなってるのは良いものじゃかったと確信し雷の速さでタイラントシルフの元へと駆け寄った。
「駄目だよシルフちゃん、そんな得体の知れない力に頼っちゃ」
暗い闇の中に消えかけていたシルフの瞳に光が宿り、信じられないというようにモナークスプライトを見上げる。
水上良が魔法少女タイラントシルフとしてディストと戦っていることを知った時、双葉はどうして私はもう少し遅く生まれなかったのかと、どうして自分は引退してしまったのかと、今更どうしようもない、何の意味もない後悔を感じていた。
確かに自分も子供の頃からディストとは戦っていたが、それとはこれとは関係なかった。
自分が辛い思いをしたからと言って、次の子供たちに同じ思いをさせて良い理由になんてならない。
本当はずっと、ずっとこう言ってあげたかった。
シルフの痛みを、悲しみを取り去ってあげたかった。
だけど出来なかった。魔法少女を引退した自分はあまりにも無力で、無責任に任せろなんて言えなかった。
けれど今は、今なら胸を張って言える。
「お姉さんに任せなさい」




