episode5-6 最終決戦③
『乱砲鮫の産声』
海中から飛び出してくる鮫の一部が天蓋に突っ込むのと同時に大爆発を引き起こし、触手を根元からごっそり葬り去る。
弾丸を鮫に変えるだけではなく、鮫をミサイルにすることまで出来るのか。
「拡張対象!『聖剣』!!」
黄金のエネルギーが剣の形となって放出され、直線状に存在する触手を全てぶった切り天蓋を深く切りつける。
エクステンドさんが持ってるのは、ブレイドさんか? 昨日の夜にブレイドさんが武器化して、それをプレスさんが使ってたような記憶が薄っすらとだが残っている。ブレイドさんがここに来れてるってことは、咲良町の方は何とかなったのだろう。
「全体強化・第五段階!!」
この場に居る全ての魔法少女の身体から黄金のオーラが噴き出し、今までになく強力な身体強化と自己治癒を受ける。中でも一際激しく輝くシメラクレスさんがオーラを巨大爪のような形に変化させ振りぬくと、触手が切り刻まれたようにバラバラになって朽ちてゆく。
身体強化の全体化なんて、一体いつの間に出来るようになったんだ? 最初から使えたけれど使わなかっただけなのか、それともまさか、始まりの魔法少女に触発されてこの土壇場で上がったって言うのか?
そういえばさっき、ラウンドナイトさんの魔法の使い方を面白いと言ってたけど、それで思いついて試してみたとか……?
「無量魔法『海賊船団』!! 撃ちだせ! 地獄の宝くじ!!」
巨大なガレオン船が空中からいくつも現れて、魔法少女に襲い掛かろうと地表すれすれにまで伸びていた触手を押しつぶし、さらに砲撃を撃ち込んで大爆発を引き起こす。
なんかいくつか砲撃した方の船が木っ端みじんになってたりもするけど大丈夫なのか? 船内で砲弾が暴発してるのかもしれない。まあ壊れた分はすぐに新しい船が出てきてるみたいだし大丈夫か。
「月を超えろと兎は跳ねる!」
オーラによって傷が全快したらしいラビットフットさんが邪魔くさそうに包帯を引きちぎって縦横無尽に走り回り迫りくる触手を翻弄しながら蹴り潰す。
偶然シメラクレスさんが全体リジェネなんて魔法を使えたから良いけど、そうじゃなかったら怪我したまま戦うつもりだったのか? 確かに負けず嫌いな一面はあるが戦いに関しては冷静で慎重なタイプだったと思うが……。
「磁力装甲・機械巨兵!!」
様々な金属を寄せ集めて作られた巨大ロボットが大鋏で触手を断ち切り、砲弾で天蓋を撃ち抜いていく。
ウィッチカップの時の土くれの巨人とは比べ物にならないパワーだ。やっぱり本来磁力で支配できる物の方が十全に力を発揮できるんだろう。
撮影がどうのこうのと言っていたが、まさか生配信とかはしてないよな……?
「完全転身・業火竜!!」
西洋風の真っ赤で巨大なドラゴンが大きく息を吸い込み炎のブレスを吐き出して群がる触手を焼き払う。
神格魔法に覚醒した今の俺ならともかく、ウィッチカップでぶつかった時にこれを使われてたら勝てなかったかもしれない。そう思うほど強烈な威圧感を与える凄みとパワーがある。
「解凍・回転対象『極大掘削円錐氷雨』!!」
ウィッチカップで見た時以上の量、回転速度で射出された氷のドリルが触手をぶち抜いて天蓋に突き刺さる。手のひらサイズの氷の結晶を持って魔法を使ってるみたいであり、あれが何か関係しているのかもしれないが、それ以上に気になるのは真っ黒に染まったその姿だ。グラスホッパーさんのように何らかの魔法の効果で姿が変わってるのか? それとも、まさか……
「無量魔法『繭』、押し寄せる千手の糸」
大量発生した糸によって形作られた無数の腕が黒雲の触手に掴み掛かって握りつぶし、ねじ切り、引き継ぎっていく。
悪辣で狡猾、それでいて魔法の腕も確かな悪魔……、けれどだからこそ、こんな時は頼もしくもある。派閥がどうのこうのと言っても結局最終的な目的が歪みの王の打倒であるということは共通のはず。敵の敵は味方、と考えるべきだな。今はいがみ合っていてもしょうがない。
「想定よりも戦力が多いですね、嬉しい誤算です」
いつの間にか俺の近くに移動してきていたクロノキーパーさんが、現代の魔女の戦いぶりを見てそう呟いた。本人が言っていた通り、未来視の力は何でもかんでも見通せるというわけではないのだろう。未来の可能性の中には、この決戦の場に駆け付けられた魔女が少ないというケースもあるのかもしれない。現に今、ドッペルゲンガーさんとレッドボールさん、ディスカースさんはこの場に来れていないわけだし。
確かドッペルゲンガーさんは長崎で、レッドボールさんは徳島、ディスカースさんは魔法局に居るんだったよな。だったら多分巻き込む心配はない。
それにしても壮観だった。全員ではないとは言え、今までこれほどまでの魔女が集まって一体のディストと戦ったことなど一度としてないことだろう。次々と大規模な魔法が飛び交って、気づけば無数に存在した触手は再生が追い付かずに数を減らし、全く魔法少女へ近づくことが出来ない状態になっていた。
「今なら――」
「先輩!! あぁ、やっぱり、クロノ先輩だ……! ずっと、ずっと待ってました! 先輩はきっと来てくれるって信じてましたっ」
今ならやれると、環境武装を使うためラウンドナイトさんに防御魔法を使って貰うよう伝えようとした俺の言葉を遮って、黒く染まったパーマフロストさんが感極まったように震えた声でクロノキーパーさんに話しかけた。
先輩? どういうことだ? っていうかパーマフロストさん、衣装だけじゃなくて言動もなんかいつもと感じが違くないか?
「? ……! あなたまさか、アイスですか?」
クロノキーパーさんは最初こそ誰? というような顔をしていたが、一瞬はっとしたかと思うと信じられないというような声音でそう尋ねた。
「はいっ……、魔法少女、アイスですっ」
涙をこらえるような詰まった声で、パーマフロストさんは答えた。
「そんな、なぜ……? あれからもう20年以上も経っていると、そう聞きました。なぜあなたがまだ魔法少女を?」
「待ってたんです! 他の先輩たちはみんなあの時の戦いで死んじゃって、クロノ先輩だけは行方不明だって、きっと歪みの王との戦いに備えてるだろうって妖精に聞いて……。だから妖精と取引して、この力を好きに使わせることを代償にずっと魔法少女でいられるようにして貰ったんです!! じゃなきゃ!! 先輩が独りぼっちになっちゃうって、思ったから……」
だからパーマフロストさんはずっと昔から魔女として君臨してるにもかかわらず、いつまでも歳を取らずに同じ姿のままだったのか。それなら確かに始まりの魔法少女と面識があるというのも納得できる。
パーマフロストさんもその妖精に騙されていたってことか……。表向き始まりの魔法少女は全員死んだことになってるけど、きっとパーマフロストさんにはクロノキーパーさんだけは生きていると伝えていたんだ。そして一人で歪みの王との戦いに向けて未来へ跳んだと。
多分パーマフロストさんの衣装や頭髪が黒く染まっているのは俺と同じ、黒い力を持っているからなんだと思う。あえて魔法のことではなくこの力と言及したのは、それが特別な力だからだ。妖精は巧みにパーマフロストさんの心理を誘導して、あの黒い力を利用しようとした。だけど本当は他の始まりの魔法少女たちは……
「おいおい、誰かと思えば泣き虫アイスじゃねぇか。そんなに時間経ってねえのか?」
「それにしては仕上がってる魔法少女が多い気がするけど……? アイスもかなり強くなってるし」
「それよりアイス、なんだその姿は? まさか悪に堕ちたのか!? クッ、私はどうすれば……!!」
「わっ、ちょっ、やめてくださいっ! もう! 私だって子供じゃないんですからね! 実年齢は先輩たちよりずーっとお姉さんなんですからね!!」
現代の魔女たちの活躍で負担が軽くなった始まりの魔法少女たちが、ついでとばかりに触手を蹴散らしながら集まって来てわしゃわしゃとパーマフロストさんの頭を撫でたり服装をしげしげと観察したり好き勝手し始めた。それに対してパーマフロストさんは口では文句を言っているが、声音はどこか嬉しそうだった。
あんまり騙されたっていう悲壮感は感じない。まあ、そりゃそうか。死んだと思ってた大切な人たちが生きてたんだったら、騙してきた相手への怒りはあるかもしれないけど、それ以上に嬉しい気持ちの方が大きいか。
「全く、馬鹿なことを……。たとえ本当に私だけが生き残っていたのだとしても、そして一人で未来へ跳んだのだとしても、全て覚悟した上での選択だったです。あなたが私のために魔法少女をいつまでも続けるなんて、本当に……」
「うぅ……」
「ありがとうございます」
「え?」
「あなたのような優しい後輩を持てて、私はとても幸せ者です」
叱られると思っていたのか、俯いて言葉にならない声をあげるパーマフロストさんを、クロノキーパーさんがそっと抱きしめてお礼を言った。
「本当はもっと自分を大切にしなさいと怒らなければいけないのでしょうけど、嬉しく思う自分がいることも否定できません。だからこの話は全てが終わってから、もっとゆっくりと時間をかけてすることにしましょう」
「……はい!」
「おまたせしてしまってすみません、シルフさん。準備は良いですね?」
「いつでも」
「では、ラウンドナイト」
感動の再会なのはわかるが今することじゃなくないか、という俺の気持ちを察してくれたのか、クロノキーパーさんは上手く話を切り上げてこちらに確認を取った。みんなのお陰で邪魔される心配はない。答えた通りいつでも行ける。
「友軍防御!」
「っしゃあ! もう一回手本を見せてやっからうまくやれよ!! 環境魔法『火海』!!」
「言われなくても! 環境魔法『嵐』!」
ラウンドナイトさんの防御魔法によって全ての魔法少女が保護され、フレンドリーファイアを気にせずに環境魔法を使えるようになったためフレイムフレームさんに続いて遠慮なく発動させて貰う。
それでも環境武装レベルに圧縮されたものは防ぎきれる保証はないため、ラウンドナイトさん、クロノキーパーさん、パーマフロストさんは散開してそれぞれ歪みの王の攻撃を迎撃し始めた。
これで本当に、邪魔するものも気にすべきものもなくなった。
「「環境武装!!」」
黒い力を惜しまず使い、一切の躊躇も手加減もなく本気で発動した俺の環境魔法は、関東一円を丸々覆い尽くすほどの広範囲に渡って地表をめくれ上がらせるほどの嵐を発生させる。さっきまでは他の地域で戦っている魔女が居たから戦いの邪魔にならないようにする必要があったが、もうそれを気にする必要はない。
他にも関東圏内で戦っている魔法少女はいるだろうが、相手が王族級じゃないのなら環境魔法に巻き込んでしまえばそれで終わりだ。魔法少女は巻き込まないように嵐の中に虫食いのような空白地帯を作ってやればあとは転移で現実へ避難するのを待つだけ。嵐の範囲内に魔法少女がいるかどうかは風が教えてくれる。
簡単に言っているように感じるかもしれないが、それは今までの俺には出来なかった神業レベルの繊細な技術だ。環境武装に挑み、出力を落さずに効果範囲だけ縮小するという複雑な制御の経験を得たからこそ、この短時間で急激に環境魔法の扱いが上達し洗練された。そしてそれは今もなお続いている。俺はこの戦いの中で、始まりの魔法少女に引き上げられるように成長している。
「速く、もっと、もっと速く」
一度関東一円にまで広がり切った黒い嵐が、波のように猛烈な勢いで引いていく。半径200kmはありそうだった天災すらも上回るほどの暴風が、ほんの数秒の内に100kmまで範囲を狭め、90、80、70とどんどん収束していく。
「焔の化身」
俺よりも環境武装の習熟度が高いフレイムフレームさんは、当然俺よりも随分と速く火の海の収束を終えた。フレイムフレームさんが両手を前に突き出すと、身に纏った超高温の炎の鎧が集まっていき眩い閃光と共に撃ち放たれた。世界から音が消えて光が満たし、それらが収まってくると歪みの王は消滅、していなかった。
「ちっ! やっぱり能力は消えてねぇ!! 気をつけろ!! あいつ油断を誘うために図体だけが取り柄の振りしてんぞ!!」
「時間停止が効かなくなったのは耐性を得ていたからですか」
「だが無傷ではない! 見ろ!! やつの本体に穴が開いたぞ!!」
フレイムフレームさんの環境武装で倒しきれればそれで良いと考えていたが、恐らくそれでは足りないのだろうという予感もあった。もう一段階上の、黒い力でブーストをかけた俺の環境武装が鍵だと、そう思っていた。
だが、歪みの王の特殊能力が消えていないのだとしたら話は変わってくる。歪みの王は風の魔法の耐性を獲得している。環境武装の力は他の魔法とは比べ物にならないほど強力だが、減衰させられてなお歪みの王を倒しきれるかはわからない。
いいや、弱気になるな! グラスホッパーさんの言う通り歪みの王・天蓋の一部は炎の環境武装によって風穴をぶち空けられて太陽の光が差し込んでいる。
現代の魔女の参戦によって触手の勢いこそ押さえ込めていたものの、さっきまで本体にはまだ大きなダメージを与えられていなかった。地球を呑み込むほど巨大なディストの再生限界なんて途方もないもののように感じられたが、環境武装なら大きなダメージを与えられる。それは間違いない。
それに、一度で駄目なら何度でもぶち込んでやれば良い!!
歪みの王が俺たちの魔法の耐性を作り切るか、それより先に俺たちが再生限界まで削り切るか、その競争を制した方がこの戦いの勝者となる。
「くっ、もっと、集まれ……!!」
後数百mというところで嵐はますます勢いを増して、強引な抑圧に反抗するように暴れだす。だが、そんなことは許さない。その反逆すらも無理矢理押さえ込み、収束は力任せに、それでいて魔法が暴走しないよう制御は繊細に、縮小する、圧縮する、集中する。
「言うことを! 聞けえええぇぇぇぇ!!」
それでも、逆らおうというのなら
何度だってわからせてやろう
お前たちの王はこの俺だ
全ての風を統べる者
俺に従え
俺が、
俺こそが!
「暴風の支配者!!」




