episode5-5 歪みの王ROUND2④
歪みの王の戦闘技術はお世辞にも優れているとは言えない。自分が最前線に立っている間はそれどころではなくて気づかなかったが、一歩下がって観察してみればすぐにわかった。体術や咄嗟の判断力、能力の切り替え等々、とても洗練されているとはいえずスペックでごり押ししているだけの素人だ。
だから能力に対策をされてしまえば、馬鹿げた膂力を持つだけの子供と大して変わらない。
「時計の針を遅く」
「虫の皇!」
グラスホッパーさんが恐らく身体強化と思われる魔法を使用して歪みの王へと踏み込むと、瞬き一つをする間もなく歪みの王との距離を詰め、気が付けば脳天から踵落としを食らわせて全身を真っ二つに引き裂いていた。
さっきトルネードミキサーを妙な穴に呑み込んだ時とは違う、高速移動による強襲。どちらも目で追うことは出来なかったが風の動きでわかった。ディメンションホッパーとやらは空間を跳躍してワープする魔法で、トルネードミキサーもそれでワープさせて歪みの王にぶつけたんだ。そして今のは純粋な身体強化による力技。
ただ速く動くだけなら時間を歪める力を持つ歪みの王には通用しないようにも思えるが、クロノキーパーさんが歪みの王の流れる時間を遅くすることで時間の歪みを打ち消しているらしい。結果的に歪みの王は俺たちと変わらない通常の時間の流れに身を置くことになり、身体能力で強引に加速するグラスホッパーさんに手も足も出ずひたすら蹴りを食らい続けて再生が追い付いていない。
「厄介な……!」
「次元跳躍!」
再生途中の歪みの王は空間を歪ませることで空中へ瞬間移動し無理矢理グラスホッパーさんの猛撃から逃れるが、ワープを使えるのはお互いさまですぐさま追い付かれた。だが、さきほどまでと違い歪みの王の全身が陽炎のように揺らめき始める。どうやら攻撃に合わせて空間を歪ませるのは難しいと判断し、あらかじめ自分の周辺全方位の空間を歪めたらしい。
「空蹴!!」
グラスホッパーさんが魔法を発動するのと同時に虚空を薙ぎ払うように回し蹴りを放つと、当たっていないはずの歪みの王の胴体が割れて上半身と下半身が切り離された。空間を跳躍する魔法を使えるのであれば、歪んだ空間すら超えて直接攻撃を叩き込めるということだろうか。とても飛蝗の魔法少女とは思えないトンデモ魔法。魔法の拡大解釈はここまで出来るものなのか。
「一対一では分がわるいな」
泣き別れになった肉体をくっつけて再生するのではなくそれぞれ別々に再生させ、さらに再生した肉体の一部を自ら切り離すことで更に再生し、それを繰り返すことで歪みの王は次々と数を増やしながら落下していき、最終的に地に降り立った歪みの王はパッと見では数えきれないほど、恐らく3桁は軽く超えているほどに増殖していた。
その歪みの王の群れたちが無差別に周囲の空間を片っ端から歪め始め、至る所がぐにゃぐにゃと歪み地面がえぐり取られていく。
「千羽の盾!」
始まりの魔法少女たちの戦いを少し距離を置いて見守っていた俺とクロノキーパーさんのところにまで空間の歪みは到達したが、白鳥の羽を模したような大きな盾が何重にも折り重なるように空中に出現し歪みを食い止めてくれた。
グラスホッパーさんやフレイムフレームさん、ラウンドナイトさんたちも盾に守られて無事のようだ。
トルネードミキサーや嵐の環境魔法すら捻じ曲げる空間の歪みを無傷で防ぎきるとは、流石に騎士の魔法少女なだけはある。
守りはラウンドナイトさんに任せておけば問題なさそうだが、あの数を相手にどう攻めたものか……。
空間を歪める力を無視して攻撃できるグラスホッパーさんの魔法は確かに強力だが、見たところ多数の相手をまとめて処理できる類の魔法じゃない。対多数を相手取るのを得意とするのは、俺のような自然系統の魔法少女。
しかしあの分裂体の群れが先ほどまで戦っていた分裂体と同じなのだとすれば、連中も歪みの力を持っているはず。時間を歪める力はクロノキーパーさんが封じ込めてくれるから何とかなるとしても、空間を歪める力を突破できなければダメージを与えられない。
「大丈夫です、見ていてください」
ダメ元でトルネードミキサーを使うべきか頭を悩ませていた俺にクロノキーパーさんがそう声をかけた。
「敵軍隔離。もう良いよ」
「燃え尽きろ! 環境魔法『火海』!!」
ラウンドナイトさんの魔法を待ってからフレイムフレームさんが環境魔法を発動すると、辺り一面を灼熱の炎が包み込み火の海を作り出す。しかしその炎の動きは不自然極まりなく、歪みの王の分裂体たちを避けるように窮屈そうに揺らめいている。やはり空間を歪められて炎が届いていない、かに見えた。だが次の瞬間突如として分裂体たちの身体が燃え上がり焼き尽くされていく。
そういえば最初に炎の魔法を使った時もそうだった。炎自体は歪められて届いていなかったはずなのに、歪みの王の身体が突然発火したんだ。
「炎を歪めることは出来ても熱まで逃がしきることは出来ません。必ず伝播して温度を上昇させ、最後は発火します」
「……それって、私たちも危なくないですか?」
炎に直接当たらなくても近くに居るだけで発火するってことだよな? っていうかよく考えたら普通に俺やクロノキーパーさんも火の海の中に居るんだけど、なぜか炎が近寄って来ないし熱が伝播して燃え上がったりもしていない。
「そのためにナイトが私たちを守っています。最初の友軍防御はグラスだけでなく私たちにもかけられていたのですが、気づきませんでしたか?」
「気づきませんでした……」
「補足しておくと、歪んだ心の能力もナイトの防御魔法でシャットアウトしています。ヤツの持つ能力の中で脅威となるのはたった一つ、歪んだ魔法だけです」
「理を歪める力も危ないんじゃないですか?」
恐らく神格に至っている炎と風の理を支配される可能性はない。だから実質不死身の俺とフレイムフレームさんにとっては大した脅威となる能力じゃないが、クロノキーパーさんたちは妙なルールを追加されたらそれだけで即死する危険性もあるはずだ。それとも、それすらもナイトさんの魔法なら弾けるのだろうか。
「私が創世魔法を使っている限り歪みの王に世界の理を書き換えることは出来ません。ここは私が作り出した世界の中ですから、権限は私の方が上です」
「最初に創世魔法を使ったのはそういうわけですか」
あのタイミングで何のために魔法を使ったのかわからなかったが、理を歪める力を制限するためだったのか。歪みの王はまだまだあの力を使いこなせていないように見えたが、それでも極めて危険な能力であることは間違いない。クロノキーパーさんもそれはわかっていたらしい。
「シルフさん、あれを」
クロノキーパーさんが指さす方に視線を向ければ、燃えカスとなった歪みの王の分裂体が次々と倒れていく中で、一体だけ炎上していない無傷の歪みの王がいた。半透明な球状のバリアのように覆われたその歪みの王が恐らく本体。
「歪んだ存在の力は歪みの王本体をベースに分裂体を作り出すものです。その能力は歪みの王本体に準拠し、歪んだ魔法によって本体が得た耐性も分裂体に共有されますが」
「その逆は共有されない」
だから歪みの王は俺のトルネードミキサーを本体で受けたんだ。単に一度魔法を食らって耐性を作るだけならその役目は分裂体でも良かったはず。歪みの王自身、再生力をかなり削られたと言っていた。わざわざそんなリスクを背負う理由は、分裂体に耐性を作っても本体に反映されず、再生力を無駄にするだけだったから。
たった今全ての分裂体が燃やし尽くされたように。
「歪みの王を倒しきるためには耐性を作られる前に最大の魔法を一撃で叩き込む必要があります」
「だからラウンドナイトさんの魔法で隔離したんですね。炎の魔法の耐性を作られないように」
「ええ。そして逃がさないためでもあります。あの魔法は溜めに少し時間がかかりますから」
いつの間にか、周囲一帯を埋め尽くしていた火の海が干上がっていた。けれどそれは自然鎮火したわけではなく、一点に集中しようと炎が移動していた。炎の理を支配する者、フレイムフレームさんの元へ。
「環境武装――」
同じ自然系統の魔法少女だからだろうか、初めて見るはずなのに彼女が何をしようとしているのかがわかる。
火の海が引いてフレイムフレームさんへ集まっているのは、環境魔法を解除したからじゃない。環境魔法を維持したうえで、その範囲を狭く、自分を中心にどんどん小さくして行っているのだ。しかも、火力は落とさずに。
「よく見ていて下さいシルフさん。あれが自然系魔法少女の最終地点」
そんなことが可能なのか?
環境魔法は範囲を広げるほどに威力が下がっていくものであり、逆に言えば理論上は範囲を狭くすればするほど威力も高まるということになる。しかし実際にはそう簡単な話じゃない。俺が歪みの王に嵐の環境魔法を使った時も、意図的に出力を落とすことで範囲を狭めた。どうしてわざわざ威力を落としたのかと言えば、そうしなければ制御が難しすぎるからだ。範囲を狭くすればするほど、抑圧された魔法の力は激しく暴れようとする。一歩間違えば使用者ですら致命傷を受けかねない。
更に言うなら、今までの話は環境魔法に限ったことではなく全ての領域魔法に言えることだが、環境魔法の場合更にもう一つ課題がある。それは、極限まで範囲を絞り込んだ時、即ち司る力を武装するように身に纏った時、制御に成功していたとしても力の種類によってはダメージを受けるということだ。
フレイムフレームさんや俺の場合はその典型であり、いくら炎の魔法少女であると言っても全身が炎に包まれて無傷なんてあり得るはずがなく、激しい嵐を身に纏うのも同じこと。集めた力を敵に叩きつける前に自分が焼き尽くされ、あるいは削りつくされて死んでしまう。
「――焔の化身」
そう、だからこそ、それは最終地点なのだろう。
神格魔法によって司る力と融合し、自らを炎と化すことで炎を纏う。
環境魔法を使えるようになっただけでは決してたどり着けない、神格魔法に至ることでようやく挑戦する資格を得られる、最大にして最強の魔法。
ただでさえ人間を辞めているような、炎が人の形を真似ているような状態だったフレイムフレームさんが、直視出来ないほどの眩い光を放つ炎の塊と化してゆっくりと歪みの王へ近づいていく。
歪みの王は自身を取り囲む半透明の壁を破壊しようとしたり、恐らく空間を歪めて逃げようとしているようだが、ナイトさんの魔法は突破できない。
「静寂なる時の狭間」
歪みの王の動きが止まる。けれどフレイムフレームさんは止まらない。対象を選ぶまでもなく、直接作用するような魔法は魔法少女には効かない。今この場で時間を止められているのは、歪みの王のみ。
「くらええええぇぇぇっっ!!」
その一撃に名前はない。
特別なものではない、魔法の応用。
だがそれでもあえて名前を付けるのであれば、つまりそれが
「環境武装……」
時間が止まった隙にラウンドナイトさんは隔離魔法を解除していたらしい。
極限まで圧縮された炎のエネルギーはフレイムフレームさんの右拳に宿り、雄々しい叫びと共に何に邪魔されることなく歪みの王へ叩きつけられた。
瞬間、世界から音が消え、視界が白く染まる




