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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
最終章 立ち塞がるもの全て、蹴散らせ
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episode5-5 歪みの王ROUND2③

 決断を下す直前に聞こえてきたその言葉は、どこかで見たことがあるような気がするが、声に聞き覚えはない。少なくとも俺と面識のある魔法少女ではない。まさかこんなタイミングで誰かが乱入してくるとは思っていなかったせいで、ほんの少しの間だが気を取られてしまった。そのほんの少しで、10秒を過ぎてしまった。


「エレファントさんっ!!」


 声の主が誰なのかを確かめる余裕もなく、俺は歪みの王に囚われているエレファントさんへ視線を向けた。だが、何か様子がおかしい。エレファントさんだけではなく、歪みの王も、そして環境魔法で生み出した竜巻も、何もかも全ての動きが停止している。まるで、俺以外の時間が止まってしまったかのように。


「間に合って良かった」

「だ、誰ですか、あなた? これは、あなたの仕業なんですか?」


 気分を落ち着かせるような優しい声の主に視線を移すと、そこにはやはり見覚えのない女性が立っていた。

 サラサラの長い銀髪にサファイアブルーの瞳、衣装は恐らく時計を模したデザインと思われる少々ゴテゴテしたドレス。外見からして一般人ではないが、欺瞞世界に居る以上魔法少女であることは間違いない。だけど、一体何者なんだ?


 ……いや、待てよ? 直接会ったことはないし映像を見たようなこともないが、俺はこの魔法少女の外見を知っている。どこかで、そう、たしか魔法少女になったばかりの頃、魔女について調べているときに資料に乗っていた。名前は


「クロノキーパー、始まりの魔法少女……?」

「おや、ご存じでしたか。始まりの魔法少女とは、随分と大仰な肩書をつけられてしまっているみたいですね。お名前を伺っても?」

「タイラントシルフ、です」

「そうですか、やはりあなたが」


 そうだ、さっきの言葉に聞き覚えはなかったのにどこかで見たような気がしたのは、始まりの魔法少女の一人がそういう名前だったからだ。

 当時の活動履歴や映像はほとんど残っておらず、魔法少女の公式HPにも写真が一枚乗っているだけで、あとは始まりの魔法少女にして魔女であるという簡素な説明文と結末が書かれているだけであまり印象にも残らなかったから思い出すのに少し時間がかかった。だが間違いない、目の前の魔法少女の外見は資料で見たクロノキーパーそのものだった。


「でも、あなたは20年以上も前に死んだはず、ですよね……?」


 記されていた結末は戦いの中で命を落としたというもので、今と比べると古い魔法少女ほど戦死率は高く、クロノキーパーに限ったわけでもない結末だった。

 そんな珍しくない終わりを迎えたはずの魔法少女がなぜ今、ここに居るんだ?


 もしかして……


「心配しなくても幽霊ではありませんよ」

「こ、心が読めるんですか!?」

「顔に出てましたので。……それにしても、20年ですか。覚悟はしていましたが随分と時間が経ってしまいましたね」


 自称幽霊ではないクロノキーパーさんが遠くを見つめるように虚空へ視線を向けて、何とも言えない様々な感情がないまぜになったような声音で呟いた。


「私が死んだというのは偽装です。ディストに情報が漏れないようにするため表向きは死んだということにしていました。そして、未来へ、この今に跳んで来たのです。全ては歪みの王を倒しこの戦いに終止符を打つため。私の力が最も高まった瞬間を最後の戦いにぶつけられるよう、時を超えたのです」

「じゃ、じゃあ今歪みの王が動かないのは、クロノキーパーさんの魔法で時間を止めてるってことですか?」

「そうです。ですが時間停止魔法は長くはもちません。戦いの準備を」

「待ってください! エレファントさんが、私の大切な人が人質にされてるんです! まずは助けないと!!」


 歪みの王に掴まれているエレファントさんを指さしてクロノキーパーさんに訴えかける。

 時間が止まっている今なら歪みの王に気づかれずにエレファントさんを助けられるはずだ!


「それは幻覚です、私には何も見えませんから。弱点を突かれたのでしょう。よほどその方が大切なのですね」

「幻覚……? は、はは、そうですか、やっぱり、幻だったんですね……。そっか、良かった、本当に……」


 そうだ、最初は幻覚かもしれないという可能性をちゃんと考えていたのに、タイムリミットが近づくほど余裕がなくなって、本物のエレファントさんだと思い込んで思考してしまっていた。でも、そうか。幻だったのか。


「ふふ、ふふふ、舐めた真似を、この私を相手に、エレファントさんを人質にするような幻覚を見せるなんて、本当にふざけた真似を……」

「怒る気持ちはわかりますが落ち着いてください。冷静さを欠けば必ず隙が出来ます」

「私は冷静です。それより、歪みの王が持つ特殊能力について共有します」

「それには及びません。いくつもの未来の可能性を見て、この分岐で奴が持っている力は把握できています。歪んだ理、歪んだ空間、歪んだ時間、歪んだ存在、歪んだ魔法、そして歪んだ心」

「未来視まで出来るんですか?」


 だが、わかっているなら問題があることも理解しているはずだ。


「私の魔法はすでに耐性を作られてると思います。加えて空間の歪みと時間の歪みによってほとんどの攻撃が奴に当たりません。未来を見て、何か対策は思いつきますか?」

「私の未来視は可能性を見るだけです。確定した未来が見えるわけではありません。最高の未来も最悪の未来も、常に様々な未来の可能性が見えています。そしてそのうえで、今私たちが進んでいる分岐は最高の状態です。歪んだ命が奴に戻っていないうえに、私たちがここに来ることに成功していて、さらに神格魔法の使い手が複数人。数ある分岐の中でもこれ以上ないほど理想的な状態。むしろこの可能性を掴めなければ勝ち目はなかった」

「……つまり勝算はあるってことで良いんですね?」

「十分に」


 それが聞ければ十分だ。

 わざわざ20年以上も前から時を超えて歪みの王との戦いに乱入して来たんだ。何かしらの策があるんだろう。だったらそれに乗ってやる。


「私は何をすれば?」

「最大魔法で歪みの王に攻撃を。それと環境魔法は解除してください。もう時が動き出します、詠唱!」

喰らい殺す黒龍トルネードミキサー九頭極点ヒュドラユニオン!!」

「幻を見抜いたか。だが、お前の攻撃は最早――」


 時間が動き出すのと同時に極太の黒龍を歪みの王に向けて放ち、それを見た歪みの王はエレファントさんの幻を握りつぶしたが、血や臓物が飛び散るようなことはなく投影された映像のように静かにすっと消えていった。


 幻でよかった。本当に、本当に良かった。だが、例え幻だったとしても、俺にエレファントさんを見捨てさせかけたことは絶対に許さない。


創世魔法フィールドマジック時間世界ワールドオブクロック』」

「死ねぇぇぇぇっ!!」


 環境魔法を解除したことで魔力をトルネードミキサーに集約出来るのに加えて、俺の憎悪と殺意によって力が増幅されたかのように黒龍が更に一回り巨大化し、腕を巨大化させている方、つまり分裂体の歪みの王に食らいつこうと襲い掛かる。しかし当然、ただ出力を強化しただけでは空間の歪みをぶち破ることは出来ず、分裂体の眼前で急激に軌道がねじ曲がってしまう。


「時間の魔女!? なぜ生きて――いや、だとしても私には届かない」

「ええ、私だけだったなら」


 その時、時空が歪んだ


次元跳躍ディメンションホッパー空穴ホール!」


 何もない場所から突如空中に現れた、黄緑色のポニーテールに黒い瞳、変身ヒーローのようなメタリックな格好良さと魔法少女らしい可愛らしさを兼ね備えた衣装の少女が、重力に身を任せて落下しながら大きく蹴り上げるように足を振るうと、嵐の晴れた真っ青な空に亀裂が走り勢いよく大きな穴が開いた。


「な、なんですかあれ!?」


 空に開いた大穴にトルネードミキサーが呑み込まれていく。魔法が掻き消されたわけじゃないのは使用者である俺にはわかる。恐らくあの穴の先に向かってトルネードミキサーは今も進み続けている。だが、その先に何があるのか、あの穴は一体何なのかはさっぱりわからない。


「……どういうことだ?」

「大人しくやらせるわけがないだろう」


 歪みの王の本体は大きな動揺を見せており、落ちてくる謎の魔法少女を呆然と見上げている。

 一方で分裂体は、謎の魔法少女に巨大化していない方の手を素早く向ける。まるでこれから彼女が何をしようとしているのか知っていて、それを阻止しようとしているような反応。


友軍防御フレンドリーガード


 謎の魔法少女の姿がほんの一瞬だけ陽炎のように揺らぎかけて、その直後に半透明な球状の膜に包まれた。

 気が付けば落下中の謎の魔法少女と同様に、何もなかったはずの場所から金髪碧眼にドレスと甲冑を組み合わせた姫騎士とでも形容出来そうな魔法少女が姿を現していた。


 あの姫騎士の魔法で空間を歪める力を弾き返したのか?


次元跳躍ディメンションホッパー空蹴シュート!」

火炎放射フレイム


 落下中だった魔法少女の姿がいきなり空中から消えて、次の瞬間には歪みの王本体の目の前に出現し痛烈なキックを叩きこんだ。その蹴りだけでもかなりの威力があったのか歪みの王の鳩尾辺りに風穴が空いて吹っ飛ばされたが、さらにどういうわけか吹っ飛ばされていった歪みの王の目の前にトルネードミキサーが出現して空間を歪める暇もなく呑み込まれた。耐性を作られているせいかさっきよりも手応えは軽いが、殺意によって力が増幅されているお陰で完全に無効化はされていないようだった。


 そして同時に、分裂体の目の前に現れた炎の化身のような赤いウルフカットにルビーレッドの瞳の魔法少女が火炎放射を放つ。炎そのものは空間と共に軌道を歪められて届かなかったはずだが、何故か分裂体の身体が自然発火したように炎上し始めあっと言う間に燃やし尽くしてしまった。

 全身が真っ赤な炎に包まれた、というよりも炎によって肉体を構成している魔法少女、恐らく俺と同じ神格魔法の使い手。だとすればこの魔法少女は、いや、この魔法少女たちは……!


「魔法少女グラスホッパー、推参!! 歪みの王! 私が来たからにはお前たちの野望もここまでだ!!」

「魔法少女ラウンドナイトです。よろしくね、今の時代の魔法少女さん」

「フレイムフレームだ。あんま期待はしてなかったんだが、神格の使い手がいるたぁ未来の魔法少女も中々やるじゃねぇか」


 始まりの魔法少女 


「バカな。お前たちは確かにあの日死んだはず。ディストを通して私はそれを見ていたのだぞ」


 さらに風魔法への耐性を獲得した歪みの王がトルネードミキサーを打ち破って地面に降り立ち、並び立つ4人の魔法少女を見て信じられないとでもいうような声を上げた。

 俺の魔法ではもうまともなダメージを与えられないかもしれない。殺意と憎悪で底上げされた威力でも殺しきれなかったのだから楽観的に考えることは出来ない。だがそれでも問題ない。


 なぜなら――


「全て計画通りです」

「正義は悪に敗れない!!」

「えっと、すみません、嘘でした」

「随分と出来の良い影武者人形だったしなぁ。チビども騙しきるにゃディストぐらい騙せなきゃしょぉがねぇだろ?」


 クロノキーパーさんが言っていた、私たち・・・がここに来ることに成功していて、神格魔法の使い手が複数人・・・、というのはこういう意味だったのか。

 確かに記録では始まりの魔女は全員死んだことになっていた。きっとそれはクロノキーパーさんと同じように、偽装された死だったんだ。


 まさか全員が俺のように家庭崩壊しているというわけじゃないだろう。友達だっていたことだろう。かけがえのない、大切なものがあったはずだろう。だけどこの子たちは、それを守るために別れを告げた。いや、別れを告げることすら出来ずに別れたのだ。死を偽装するなんて、生半可な覚悟では出来なかったはずだ。戦いが終わったとしても、今更何食わぬ顔で戻ることなんて出来ないはずだ。それでも彼女たちは、未来で戦うことを選んだんだ。


 ――そんな魔法少女たちが、弱いはずがないのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 歪みの王「ず、ずるいぞ!!」
[良い点] パーマフロストが合流したら号泣間違いなしだなぁ(ωー
[一言] ……初代プリ◯ュア いえなんでも
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