episode5-5 歪みの王ROUND2①
東京・国際空港
「ブルシャークさん、特大のを使います」
今の俺は風と一体化している状態であり、視覚の範囲に収まっていない物事も空気の動きを感じ取ることで知覚出来る。それなのに、歪みの王がいつの間にシメラクレスさんのそばまで移動していたのか全くわからなかった。まるで瞬間移動でもしたかのように、唐突に大きく風が乱れたのだ。恐らくこれは単純な超スピードではない、歪みの王の能力。種はわからないがまともに攻撃しようとしてもかすりもしないだろう。
『わかった。転移座標――』
「環境魔法 『嵐』」
だが、超スピードだろうが瞬間移動だろうが、辺り一帯をまとめて攻撃してしまえば関係ない。
僅かなやり取りでブルシャークさんもこちらの意図を理解したようで即座に離脱してくれた。
シメラクレスさんはただどこかに飛ばされただけなのか、それとも跡形もなく消し飛ばされてしまったのかはわからないが、仮に後者だったとしてもあの人ならまだ生きている可能性はある。心臓を潰されても死なないようなしぶとさなんだから当然のように全身を再生させてもおかしくない。いやきっと出来るはずだ。今はシメラクレスさんが死んでしまったかもしれないと悩んだり悲しんでる余裕はないんだ。必ず生きていると信じて戦うしかない。
……まあ、本当にそうだった場合シメラクレスさんを巻き込むことになってしまうが、それは後で謝ろう。消し飛ばされても再生できるなら嵐に巻き込まれたって死にはしないはずだ。本当に申し訳ないが、シメラクレスさんを気遣いながら戦えるような相手じゃない。
魔法の発動に呼応して黒い風が勢いよく巻き上がり巨大な竜巻を形作る。それも一つではなく、次々と視界一杯に、それだけでは収まらず半径数キロにも渡って数えきれないほどの竜巻が発生して偽りの世界を蹂躙していく。
近辺で他の魔女が王族級と戦っているはずだし、それ以外にも大量発生しているディストと戦っている魔法少女がいるはずであるため、大幅に出力を抑えることで無理矢理範囲を絞ったが手応えからして全力なら半径数百キロ、関東一円を壊滅させられそうな威力だった。
「何度見ても、神の名を冠する魔法とは凄まじいものだ」
まただ。瞬間移動や高速移動とは違う。風のドームを突破された時と同じように、歪みの王へ食らいつこうと轟音を上げながら迫っていた黒い竜巻が、俺の意思に反して軌道を変えた。それも一つだけではなく、歪みの王を攻撃しようとした全ての竜巻がだ。
風の理を奪われたわけじゃない。全ての風は今も俺の支配下にある。やっぱり「理を歪める力」とは別の能力。そして歪めたのは恐らく……
「雷の魔女が消えた今、邪魔くさい人間どもを消し去りようやく私たちがこの世を統べる時が来たのだと思っていたのだがな」
「ふん、世界征服がお望みだったんですか? 陳腐な野望ですね」
ディストが人間を襲う理由なんて興味がない。心底どうだって良い。人の世にあだなすというのなら、俺の家族を害そうとするのなら、俺の愛する人を傷つけようとするのなら、俺はそれを許さない。この戦いを終わらせて、ちさきさんと平和に笑って暮らせるような未来を手に入れる。戦う理由なんてそれだけで十分だ。
「喰らい殺す黒龍・九頭!!」
黒く染まった大杖の宝玉から九又の竜巻が飛び出し、雄叫びの如き唸りを上げて歪みの王へ迫る。そして歪みの王に食らいつく直前、軌道を歪められる前に自ら散開させ取り囲むように全方位から同時に襲い掛からせた。
「無駄なことを」
「歪められるのはわかってるんですよ!!」
一手目は確認に過ぎない。正面だけではなく、全方向を能力で守っているのか。もしも側面や背面がガラ空きならそれで終わりだったが、流石にそう都合よくことは進まず一斉に襲い掛かった竜巻は全て軌道を歪められて明後日の方向や地面へ激突することとなった。
だが、まだ終わっていない。
「食い殺せ!!」
「何度やっても――っなに!?」
捻じ曲げられた竜巻を操って再度歪みの王に食らいつかせようとするが、それもまた軌道を曲げられて当たらない。9本の竜巻の内、8本が同様に対処され、中には曲げられた軌道がかち合ってぶつかり合い相殺してしまったものもあったが、残る1本が目論見通り意表をついて歪みの王に直撃した。
「地面の下からは予想外でしたか?」
歪みの王の能力によって竜巻の軌道が歪められた時、実は1本だけは俺が自分の意思で地面に当たるよう軌道を変えていた。そして他の8本の竜巻で歪みの王の気を引いている隙に地面を掘り進ませ、歪みの王の足元から間欠泉のように勢いよく飛び出させたのだ。
歪みの王のもう一つの能力は、恐らく空間を歪める力だ。俺の攻撃を反らしていたのは説明するまでもないが、瞬間移動のような能力も空間を歪めて移動していたと仮定すれば辻褄が合う。
しかし一方で歪みの王が立つ地面は空間の歪みの影響を受けているような形跡がなく、いたって普通の、戦いに巻き込まれてバキバキに割れたコンクリートがあるだけだった。もしも歪みの王の能力が足元まで歪めていたならば、えぐり取られるような不自然な痕跡が残っていても良いはず。それがないということは、空間を歪める能力もまた、理を歪める能力と同じように、歪みの王が自分の意思で自分の認識しているものに対して行使していて、意識外からの攻撃には対応できないという可能性が高い。だから意表をつけるように地面の下から攻撃するという作戦を立てた。
「まずは一撃ですが」
作戦は見事に成功し歪みの王にダメージを与えることは出来たわけだが、相手はディストの親玉だ。再生力は公爵級以上と見て間違いないだろうし、二つ目の能力を使われる前にかなり削ったとはいえこれで終わりということはあり得ない。出来ればここで可能な限り削っておきたいが……。
「感情まで私の子らに分け与えたのは失敗だったかもしれないな」
「っ!?」
今なお黒い竜巻の中に閉じ込められて肉体を削り続けられているはずの歪みの王が、なぜか俺の背後で言葉を発している。瞬間移動で抜け出したのかと思ったが、だとしたら竜巻の中に閉じ込められている歪みの王は一体何なんだ!?
「喰らい殺す――」
「人の話を遮るな。親から教わらなかったのか?」
振り返りざまに魔法を放とうとした俺に対して歪みの王が手をかざし、空間を歪める力で攻撃を仕掛けて来た。恐らくこれは魔法少女に直接作用する力ではなく、空間を歪め、そこにいる魔法少女が巻き込まれているに過ぎない。だからプロテクトで弾くことが出来ず、俺の身体が握りつぶされたようにぐにゃぐにゃに歪んだ。
普通の魔法少女ならそれで絶命して終わりだが、風そのものである今の俺にそんな攻撃は効かない。歪められて霧散した身体を、風を集めることで再構築し歪みの王に対面する。
親から教わらなかったのか、だと……? 教わってるわけがない。誰のせいで俺の人生が歪んだと思ってる。一番の邪悪は奴に決まっているが、そもそもディストがいなければ、歪みの王がいなければ俺が目を付けられることだってなかったはずなんだ。
「――黒龍・二頭! ディストが私の人生を語るな!!」
今の俺が余裕をもって扱えるトルネードミキサーは9本まで。7本は今も「歪みの王と思わしき何か」を削るのに使っているため、牽制として2本のトルネードミキサーを放つ。さらに環境魔法で生じた竜巻をけしかける。
「お前が私の予想を超えて来たことに驚き、喜び、楽しいと感じているのに、それと同時に魔法少女如きに一杯食わされたことを怒り、憎んでもいる。そして何より、これ以上お前の覚醒が進むことを恐れている。この私が、この世界の新たなる支配者として君臨すべき王たる私が、下等な人間どもと同じように心などというものに振り回されてしまっている。もしも悲しみが戻って来ていたのなら、きっと私はこの体たらくを嘆いていたことだろう」
やはり意表をつかなければ普通にトルネードミキサーを使っても当たらない。歪みの王は自分の周りを飛び回るトルネードミキサーや環境魔法など気にも留めずにわけのわからないことを喋り続けている。
どうするべきだ? 7本のトルネードミキサーもこっちに回すべきか? だけど、今なおトルネードミキサーの中に存在する何かが不穏だ。歪みの王が目の前にいる以上、身代わりやデコイなのかもしれないが、そう思わせて魔法を解除させるのが目的という可能性もある。
「戻ってきた感情の統制に手間取っている。だから遊びを入れてしまう。だが、それもまた一興。どうやら今の私はこの凄まじい力を誇示しなければ気が済まないらしい。ありがたく思えタイラントシルフ。そして絶望するが良い。この私の持つ力の強大さに」
「はやっ――」
言い終わるのと同時に歪みの王がおもむろに動き出した。まるでゆっくりと歩むような緩慢な動作。それなのに、速い。まるで映像を倍速で再生しているかのような不自然な動き。空間を歪められるまでもなく、歪みの王の動きに竜巻が追い付かない。そして全く反応出来ないまま距離を詰められ、ほとんど言葉を発する間もなく俺の上半身が殴り飛ばされた。




