episode5-4 王族級ROUND2⑤ 竜&磁力
大阪・通天閣
巨大化した虫型ディストは甲虫のように黒光りする甲殻に鋭い一本角を持った、一見するとカブトムシのような姿をしている。ただしよく見るとその側面からはムカデのような触手がウネウネと何本も伸びており、腹から生える足は数えきれないほどに多く、巨大化前がそうであったように複数の虫の特徴を有しているらしい。
さらに甲殻の隙間から飛行機のように巨大なトンボが次々と生み出され、キャプテントレジャーとエクスマグナを抱えて飛行するドラゴンコール目掛けて飛び出した。
「裸になってるみたいであんまり使いたくなかったけど、そんなこと言ってる場合じゃないかなぁ」
「先輩はもう大人しくすっこんでて下さい! 十分暴れたでしょ!!」
「あー、好きにしろよ。ヤバそうだったら助けてやるよ」
これ以上キャプテントレジャーの好きにさせれば、次は何をしでかすかわからないと危惧したエクスマグナが珍しく語気を強めて食って掛かると、トレジャーは何やらすっきりした顔で投げやりにそう答えた。
「大丈夫だよマグナちゃん、先輩は一回満足したらしばらくそんな感じだから。賢者タイムなんだって」
「ふーん。つか、ドラゴンコールがそんな下ネタ言うの珍しいね」
「え? 下ネタ? 何が?」
「……先輩に吹き込まれた感じか。まあそれは置いといて、やっとこないだの魔法使う感じ?」
「ちょ、ちょっと待って置いとかないで! どれ!? どれが下ネタなの!? 賢者タイムのこと!? 私満足したって意味だと思って結構使っちゃってるよ!? 先輩!? どういうことですか!?」
「元々お前はむっつりってイメージだから心配すんな」
「何のフォローにもなってない件について……とか言ってる間に先遣隊が来ちゃってるけど?」
「私に変なイメージがついてたら大体全部先輩のせいですよね!? ああもー! なんでこんな時に!! 離しますよ!」
「いつでもいいぜ」
「右に同じー」
「風火竜の息吹!」
これ以上は逃げきれないと判断したドラゴンコールが抱えていたキャプテントレジャーとエクスマグナを手離し、くるりと振り返って迫りくるトンボ型ディストの群れに猛烈な炎の風を叩きつける。分裂の能力によって生み出されたディストであればこれだけでは倒せないはずだが、ドラゴンコールの予想に反してトンボ型ディストは全身を焼き尽くされて消滅し、分裂して再生するようなことにはならなかった。
「トンボは高く見積もっても侯爵級です!! 一掃しますから少しだけ下がってて下さい!!」
ドラゴンコールは強化された竜の声帯によって、拡声器などの道具を使わなくても凄まじい大声を出すことが出来る。今しがたやって見せたように、一方的に自分の意思を伝えるだけならばただ全力で叫べばそれで良い。
「完全転身・業火竜!!」
風竜転身によって白く染まっていた身体の鱗が再び赤に変わり全身に広がっていく。さらに、人肌に対して鱗の占める割合が大きくなるのと同時に身体が徐々に変形しながら大きくなっていき、巨大な赤い鱗の竜へと変貌した。
「グオ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ーーー!!」
業火竜。それはウィッチカップでも使われたドラゴンコールの最大魔法であり、単体でも公爵級と渡り合えるポテンシャルを秘めた強力な魔法だ。以前はまだ完全に使いこなすことが出来ておらず、業火竜へ変身している間は他の魔法を使うことが出来なかったが、ウィッチカップのエクスマグナ戦でドラゴンコールは気が付いた。この姿になった自分は詠唱せずともブレスを使うことが出来るのだから、他の魔法を使えないのではなく使う必要がないだけ。ドラゴンに出来ることは今のドラゴンコールにとって当たり前に出来て当然であるということを。
力強い咆哮と共に灼熱の炎が放たれ、いつの間にか空を覆うように広がっていた黒いカーテンを焼き払うと、燃えカスとなったトンボ型ディストが次々と墜落しながら消滅していく。
しかしディストも自分の生み出したトンボがやられるのをただ黙って見ていたわけではなく、ドラゴンコールが上空へブレスを放った隙を突いてムカデの触手を伸ばし、無理矢理口を閉じさせてブレスを暴発させようとドラゴンコールに巻き付いた。
「磁力装甲・機械巨兵!! 磁力武装・大鋏!!」
ディストのムカデ触手がドラゴンコールの口元を締め上げる直前、突如現れた機械巨兵が左手に搭載した大きなハサミでムカデを断ち切った。ドラゴンコール側に残されたムカデはそれでも諦め悪くドラゴンコールを攻撃しようと動き出したが、不意打ちでなければパワーはドラゴンコールの方が上であり、簡単に引き剥がされてブレスで焼き尽くされた。
本体側に残ったムカデは素早く体に戻ろうと引っ込み始めたところで機械巨兵の右手に捕まり、思い切り引っ張られ、なんと本体ごと一本背負いのように投げとばされた。
『見たか虫けらディスト! これが私の最大魔法! スーパーロボット・マグネカイザーの力だ!! あーはっはっはっはっはっはっは!! 最高にたっのしー!!』
機械巨兵のコックピットの中で有頂天になったエクスマグナが楽しそうに笑い声をあげ、搭載された拡声器によって欺瞞世界の通天閣周辺に響き渡る。
ウィッチカップではフィールドが森林地帯であったため磁力魔法の力を十全に引き出すことが出来ず、大魔法の打ち合いでドラゴンコールに敗れることとなったが、本来のエクスマグナの最大魔法はこの機械巨兵を生み出し操る魔法だ。プログラムによって動いているわけではなく、集められた金属や機械を強引にくっつけ磁力の力で動かしているだけであるため、これをロボットと言えるのかは甚だ疑問だがその力は紛れもなく本物。公爵級に匹敵する大きさのカブトムシ型ディストを投げ飛ばせることからも秘めたるパワーの大きさがうかがい知れる。
「ギシャア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ーー!!」
『えぇ!? その大きさで飛べんのぉ!? 磁力武装・砲塔!!』
空中に投げ出されたカブトムシ型ディストは羽を広げて素早く羽ばたかせ、ドラゴンコールのブレスを回避した。高位のディストは巨体が脅威となるわけだが、その質量の大きさが災いして飛行能力は持たない個体が多い。羽をもっていても見せかけで実際には飛べないこともある。いくらディストがこの世の法則に縛られない存在だとしても、全部が全部無視できるというほど万能なわけではない。
しかし中には例外もあり、このカブトムシ型ディストのように巨体などものともせず自由自在に空を飛ぶディストも存在する。エクスマグナもそうしたディストと戦った経験はあるため、驚きながらもすぐに遠距離攻撃へ切り替えて追撃を試みるが、撃ちだした鉄屑の砲弾は悉く回避されてしまう。空を飛ぶ相手に地上から攻撃を当てるというのは極めて難しい。
「ガア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ーーー!!」
ならば自分も空を飛べば良い。
この世の法則を無視するのはディストの専売特許ではない。
ディストがエクスマグナの攻撃を回避するのに夢中になっている間に、いつの間にか空を飛んでいたドラゴンコールがディストの上を取り激しく動く羽にブレスを叩きつけて焼き切った。
ディストには再生能力があるが再生中は羽ばたくことなど出来るはずもなく、翼を捥がれたディストは重たいドラゴンコールに圧し掛かられたまま地面に叩きつけられ下敷きになった。堅牢な甲殻を有すると言っても羽ばたいている最中はほぼ無防備であり、ディストの腹部分はドラゴンコールの重量と落下の勢いに耐えかねて完全に潰れていた。
「ギ、ギ、ギギ、ギィ゛ィ゛ィ゛シア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」
腹部分が完全に潰れたことで切り離された頭部と胸部は自由となり、ディストは残された大量の足とムカデ触手で強引に地を蹴ってドラゴンコールの下から脱出する。
『磁力武装・掘削機!』
脱出の勢いで一時的にジャンプしたように浮き上がったディストの一本角を機械巨兵の右腕が掴み、左手に搭載された巨大なドリルが叩き込まれ、再生途中の腹部が凄まじい勢いで削られていく。
「ギィ゛ィ゛ィ゛ィ゛イ゛イ゛イ゛!!」
カブトムシ型ディストは虫人型形態で習得した自切によって頭部を切り離すことで拘束から抜け出し、ドリルの勢いに弾き飛ばされて空高く投げ出された。残っているのは胸部だけであり、肉体を、特に羽を優先的に再生させようとしているようだが、公爵級相当の巨体ともなれば薄羽一枚でもかなりのサイズとなる。残された再生力では最早羽すらも満足に形作ることが出来ずじわじわと半端に身体が再生を始める。
『決めるよドラゴンコール!! 合わせて!!』
ディストの再生力が枯渇していることを目ざとく見抜いたエクスマグナが素早く落下予測地点に移動しながらドラゴンコールに呼びかけた。
ウィッチカップで業火竜の力を見せつけられて以来、エクスマグナはドラゴンコールに対してしつこくもう一回やって見せてと、さらにあれこれやって欲しいと色々注文を付けて頼んでいたのだが、色よい返事は貰えていなかった。何度頼み込んでも、拝み倒しても、駄々をこねても通用しなかったため、これ以上無理強いは出来ないと半ば諦めかけていたのだが、折角予期せぬチャンスが訪れたのだからこの機会を逃す手はないと戦いながら虎視眈々とタイミングを伺っていた。
『磁力武装!』
なすすべなく自由落下に身を任せるディストの眼前に鈍色の塊が迫る。
――業火竜の
背後からは落ちて来たディストを追うように迫る赤い焔色の塊。
『一撃!!』
機械巨兵の拳と業火竜の拳がディストを間に挟んでぶつかり合い、空気をビリビリと揺らすほどの衝撃と共にディストの身体を構成していた黒い靄をまき散らす。
全身を焼き尽くされ、踏み潰され、そして殴り飛ばされたカブトムシ型ディストは再生力を完全に失い、黒い靄は空気へとけるように消えていった。
『くぅ~~~!! 完全に決まったぁ!! 絶対良い映像撮れてるよ今の!!』
エクスマグナの嬉しそうな声に連動しているかのように機械巨兵が珍妙な踊りを披露する。業火竜となったドラゴンコールにやって欲しいことは他にも色々あったが、今のはかなり上位に食い込む「合体技」だった。合作魔法や疑似合作魔法のように相乗効果があるわけではなく、そもそも巨体に任せたパンチという特別な魔法でも何でもない攻撃なのだが、エクスマグナ曰く巨大ロボットと巨竜が協力して戦ってる感があってロマンたっぷりでエモい、とドラゴンコールは聞かされていた。
『ドラゴンコール後で映像に声入れてね~! 二人でクロス!ってハモってる方が絶対熱いからさ!!』
「ガゥ……」
先ほどまで荒々しい雄叫びを上げながら暴れていたドラゴンコールは、最終決戦だというのに相変わらずマイペースなエクスマグナに困ったような声をあげるのだった。




