episode5-4 王族級ROUND2④ 糸&兎
宮城・仙台市街地
「あ、あぁ……いやだ……、私は、まだ――」
最後までみっともなく泣きわめいていた悪魔型ディストの頭部が砂になってさらさらと崩れ、破裂した身体からあふれ出した黒い靄へ引き寄せられるように合流し、山のように大きな巨体を作り上げていく。
「カ゛エ゛セ゛……、カ゛エ゛セ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛!!」
先ほどまでは異形でありながら人間の外見をベースにした、人に擬態している悪魔というような風貌だったが、巨大化と共に姿が大きく変化し、人間に成りそこなった化け物のような醜悪な怪物へとなり果てた。
獣をベースにしたディストではないからか半端に知能が残っているらしく、耳を覆いたくなるよな不快な声でしきりに返せと叫びながらウィグスクローソへ襲い掛かる。
「振りぬく右の糸、握りしめる左の糸」
クローソは無量魔法で呼び出していた大量の糸を束ねディストに勝るとも劣らない大きさの右腕を作り出し、何かを掴むようにのばされた巨大なディストの腕を殴りつけて弾き返した。
さらに、のばしていた腕をかち上げられたことで僅かに体勢を崩した巨大ディストの胴体に、右腕と同じ要領で作り出された糸の左腕が突き刺さる。こちらには右腕ほどパワーはなくディストの巨体を僅かに揺らす程度だが、着弾と同時に糸が解けて動きを阻害するようにディストの全身に絡みついた。
「理由はわかりませんが、やはり能力を失っていますね」
先ほどまでのディストの言動や、攻撃に空間を歪める力を使わなかったことから、クローソはディストが特殊な異能を知恵と共に失ったのではないかと考えた。そして今、自身の攻撃が何にも阻まれずディストに直撃したことで予想は確信に変わった。
具体的な理由まではわからないが、今のディストは人と遜色のない知能と脅威的な異能を有する王族級ではなく、巨体を武器に暴れまわる公爵級ディストへ変化している。そしてそれはクローソにとって好都合だった。
クローソが予想していた中で一番最悪なのは、高い知能と厄介な異能はそのままに、公爵級相当の質量を獲得されることだった。そうなってしまえば最早お手上げで、クローソたちで倒しきることは出来なかっただろう。
もちろん公爵級レベルの巨体に変化されるだけでも普通ならば大きな脅威ではある。むしろ相性によっては魔女でなくても太刀打ちできる可能性がある分、一般の魔法少女としては王族級の方がまだ勝ち目はあるかもしれない。公爵級ディストは相性がどうこうではなく、その巨体を削り切れるだけの実力が必要になる。これは第三の門を開き魔女へ至った者でなければまず不可能。普通の魔法少女にとっては特殊能力を失っているとしても巨大化されるだけで十分に脅威となる。
だが、そもそも魔女はそんな公爵級を狩るための存在なのだ。
「鋼糸骨格」
一際細く固い鋼鉄の糸が次々と絡まり合い、大の字を形作る。それはさながら巨大な棒人間、大きな針金で人形を作ったかのようで、決して小さくはないのだが、ディストと見比べるとひょろ長さが目立ちとても頼りなく見える。
鋼鉄のワイヤーを編み込んで作られたこの巨大棒人間は全身がおろし金のようなものであり、見た目に反して並のディストであればこれだけでも削り切れるほどのポテンシャルを秘めているが、公爵級を相手取るには少々荷が重い。
もっとも、クローソはこれをそのまま戦わせようというわけではない。その名前が示す通りこの魔法は骨格。つまり土台、下準備に過ぎない。
「筋糸張肉」
大量の真っ赤な糸が巻き付くように巨大な棒人間にまとわりつき、そのシルエットがどんどん膨れ上がっていく。ギチギチと締め付けるような音が聞こえるほど力強い筋糸を纏ったその姿は、針金の人形から真っ赤な藁人形のように変化した。
「粘糸防皮」
仕上げに粘着性の高い真っ白な糸が巨大藁人形の全身を覆いつくし、真っ赤な巨人が白銀の巨人へと変身を遂げる。この仕上げを行うことによって、筋糸が自らの力で骨格に巻き付かずとも現在の形状が維持され、筋糸の持つ全ての力を戦いに使うことが可能となる。
三つの魔法を組み合わせることで骨格、筋肉、表皮を得た糸の巨人。これがウィグスクローソが対公爵級ディスト用に編み出した応用魔法。
元々クローソは単体でも公爵級の動きをほぼ封殺することのできる魔女であり、攻撃を他の魔女に任せていたのはより確実に被害を出さず勝利するために過ぎない。普段公爵級と戦うときは拘束に使用する無量魔法を攻撃に転じれば、再生力を削るだけのダメージは十分に与えられる。
そしてその攻撃に転じるための魔法こそが白銀の巨人なのだ。大きいことは強さであるということをディストとの戦いの中で学び、ドッペルゲンガーの切り札を真似るように、自然とクローソは糸を束ねて殴り倒すという方法に辿り着いていた。
「行きなさい、白銀の巨人」
クローソの言葉を合図に、白銀の巨人は鋼の骨格と粘つく表皮の間で筋肉の糸を張り、力強く大きな一歩を踏み出した。
体長、肉付き、重量、どれをとっても目の前の巨大ディストに劣らない白銀の巨人が、高層ビルのような太さと長さの右腕を振り上げ、拘束から抜け出そうと藻掻いているディストの顔面を全力で殴りつける。
「カ゛エ゛セ゛――カ゛エ゛――カ゛ッ――ッ――」
それ以外の言葉を失ってしまったのか、あるいはすでに意味も理解せずにただ同じ言葉を繰り返しているだけなのか、まるで一つの言葉しか教えられなかったオウムのようになってしまった悪魔型ディストは、白銀の巨人の一撃を受ける度に頭部が破壊されて言葉を遮られ、再生して喋ろうとしてもまた破壊され、激しさを増すラッシュに再生が追い付かず次第に言葉を発することすら出来なくなりつつあった。
しかし悪魔型ディストも一方的に殴られ続けているわけではなく、白銀の巨人を真似るように頭部へと掴み掛かって握りつぶしたり、首を掴んでねじ切ったりと、一進一退の攻防を繰り広げている。
白銀の巨人は勿論だが、ディストもまた生物を模しているだけであり頭部が弱点というわけではない。頭を潰されたからと言って行動不能にはならずあっと言う間に再生する。つまりこれはディストの再生力とクローソの魔力の削り合い。
「「合作魔法:増幅反射結界」」
「形態変形:機関砲!」
ただしこの場に居る魔法少女はクローソだけではない。
白銀の巨人の邪魔にならないよう少し距離を置いた位置に大量の銀板が出現し、銀板の群れの中で乱反射しながら威力が増大された魔力砲弾が巨大ディストに次々と着弾していく。
「! あなたたち、下がっていなさいと――」
「クローソさんだけに任せて黙って見てるなんて、そんなこと出来ません!」
「そもそも公爵級と戦うために合作魔法を覚えた」
「ここでやらなきゃ、付いてきた意味ないじゃないっすか!!」
下がっていろと言われて大人しくしているような魔法少女なら、最初から王族級との戦いなどという危険地帯に出てきたりはしない。ここに居るということが、彼女たちの覚悟の強さを表している。そして当然、言われた通りに大人しくするような気性ではない魔法少女はもう一人。
「月蹴跳刎!」
銀板の群れの中から飛び出した白い弾丸が、砲撃によって削られていたディストの左足を完全に蹴り飛ばす。
片足を奪われた巨大悪魔型ディストは大きく体勢を崩して転倒し、白銀の巨人にマウントポジションを取られた。
切り離されたところでディストのパーツはすぐに結合する。パーツを完全に消滅させられたとしても、再生力を大きく消費することとなるが生やし直すことも出来る。が、残された再生力で1から肉体を構築することが出来ない場合、切り離されたパーツを再利用することで肉体を修復しようとする。その場合削られた部位が遠くにあると、黒い靄が戻って来て再生するまでに時間がかかりその間失ったパーツは元に戻らない。魔法少女の間ではこの状態を再生力が尽きたと呼称し、終わりが近いことの指標とされる。
「決めなさいクローソ! 止めは譲ってやるわ!!」
どのようにしてか拘束から抜け出したラビットフットが瓦礫の山の頂に立って声を張り上げた。
「ラビットフットさんまで……。後でお説教ですよ」
クローソの直弟子である三人はともかく、ラビットフットは重傷を負っているのだ。これ以上無茶をさせないためにも、クローソは筋糸のパワーを一段階引き上げてラストスパートの猛ラッシュを仕掛ける。
一撃ごとにディストの肉体が弾け飛び、大地が揺れ、そして白銀の巨人の内部で筋糸がはちきれる。あまりにも大きな力に糸が耐えられず、全身の筋糸が断裂していく。
凄まじい勢いでディストの体積が削られていくが、それと比例するようにクローソもまた激しく魔力を消費している。このハイパワーラッシュは、糸の修復、あるいは入れ替えに大きく魔力を食われる短期決戦用の最終兵器なのだ。
「人形よ踊れ」
「――ァ……、ァア゛……タ゛ノ゛……シ゛カ゛ッ゛、タ゛……ナァ」
最後まで何かを掴もうと手を伸ばしていたディストは、フルパワーを解放し全身を解れさせて崩壊しかけながら拳を振り下ろす白銀の巨人を見て、最後にそう呟いた。




