episode5-4 王族級ROUND2② 氷
愛知・名古屋城
人型ディストが倒壊させた名古屋城跡を、巨大なサイ型ディストが踏み荒らし凄まじい地響きを起こしながらパーマフロストへ迫る。
「グオオオォォォォォーーー!!」
公爵級に匹敵するディストの質量を真正面から受け止めるつもりはないが、魔法で振り切ろうにも路面薄氷では地響きですぐさまガタガタにひび割れてしまい使い物にならない可能性が高い。パーマフロストは即座にその判断を下して、地響きの届かない場所へ逃げれるための魔法を発動する。
「解凍・羽ばたく大鷲!」
白と黒のラインが交互に重なった縞模様の大きな翼がパーマフロストの背中から出現し、風を巻きおこしながら大きく羽ばたくとパーマフロストの小さな体を空へ飛び立たせた。
歪みの王と戦うまでは力を温存するため、そして手札を隠すために、これまで凍結保存していた魔法は使ってこなかった。しかし一度使ってしまえばその情報は全てのディストに学習されてしまう。知ったからと言って簡単に対策を立てられる類の力ではないが、意固地になって隠し続ける意味はなくなった。加えて、月日を重ねるごとに弱体化を続けている今のパーマフロストでは、もう自分の力だけで公爵級を討つことは出来ないという予感があった。だからパーマフロストは、これまで蓄え続けてきた力を惜しみなく使い始めた。
歪みの王にたどり着く前に、こんな前座を相手に万が一にも負けるわけにはいかないのだ。
「解凍・回転対象『極大掘削円錐氷雨』!!」
以前にウィッチカップでタイラントシルフを相手に使用した時よりも更に大量で、回転速度の増した巨大な氷のドリルが雨のようにディストに向けて降り注ぐ。
概念凍結により保存された魔法は、氷魔法の一部として取り込まれパーマフロストの魔法と組み合わせて使用できるようになる。今使用したのも、回転の魔女スピンオーダーの冠名魔法と、銃撃の魔女トリガーハッピーが使用していた魔法「機関銃」、さらにパーマフロスト自身の「極大掘削円錐雹」を組み合わせた魔法であり、それらの組み合わせによって合作魔法には及ばないが疑似合作魔法に匹敵する強化が得られている。
「ギャオ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛ッッ!?」
ただでさえシルフのセクストルネードミキサーに匹敵する強力な魔法が疑似合作魔法レベルに引き上げられれば、公爵級とて無視できないレベルの攻撃に至るのは必然。鳥のように自由自在に素早く空を舞うパーマフロストを見失っていたサイ型ディストが、身体に深々と突き刺さる大量のつららに苦しむような悲鳴を上げた。
「思ったより堅い。スピンを入れなかったら弾かれてかも……」
ディストの身体に突き刺さった氷柱の手応えから、魔法を受ける度に耐性を獲得する特殊能力は失っているようだが、分厚い皮膚と堅い鱗による物理防御は健在であるらしいことをパーマフロストは感じ取り、保存していた魔法を惜しみなく使う判断は間違っていなかったことを実感する。
「っ!」
続けて追撃を仕掛けようとしたところで、パーマフロストは何かが高速で近づいてきていることに気が付き大きく羽ばたいて進路を変える。すれ違い様に確認して、それが真っ黒で薄い鱗であることがわかった。草刈り機の刃のように高速回転しており、触れればただでは済みそうもない。どうやたディストが遠距離攻撃として自身の鱗を射出しているようだった。
「追っかけてくるの!?」
回避したはずの鱗がブーメランのような動きで旋回して再びパーマフロストを追い回す。スピード自体はそれほどでもないが、問題は今なお次々と鱗の回転刃が射出され続けていることだ。空を舞う鱗の数は徐々に増えていき、とうとう弾幕のようにパーマフロストを包囲して逃げ場を塞いでしまった。
「解凍・近づかないで!」
否定の魔女ノーウェイの魔法は、対象の意思や行動を否定する力を持つ。その効力は意思を持つ生物に限らず、あらゆる物質、事象に有効であり、公爵級ディストであっても、その攻撃ですら例外ではない。
接近を拒否された鱗の回転刃は時間が止まったかのようにその場でピタリと制止した後、重力に引かれて自由落下を始める。パーマフロストはその行く先を見届けることなく、次の攻撃が来る前に魔法を発動した。
「解凍・爆裂する強弓の毛針!」
パーマフロストの専用武器である白い金槌が大きな弓へと変化し、弦に矢を番える動作をすると、先端が尖っている針の矢が魔力で生成される。本来この弓の弦はパーマフロストの弓力ではほとんど引けないほどに硬いが、強弓の魔女ロビンフッドの魔法による弓術強化と身体強化の恩恵を受けたことで、パーマフロストは熟練の狩人のような自然さで弓を引き矢を放った。
放たれた矢は空中分解するように大量の小さな針に変化し、その一部がパーマフロストに向けて新たに射出された鱗と衝突する。直後、耳をつんざくような爆音が鳴り響き、針に直撃した鱗は爆発によって木っ端みじんに吹き飛び、直撃しなかった鱗も爆風の勢いで回転する力を失って墜落していく。
爆裂する強弓の毛針は、ロビンフッドの弓魔法に、針鼠の魔女ヘッジホッグの針魔法、さらに爆発の魔女クリアボマーの魔法を混ぜ合わせたパーマフロストのオリジナル疑似合作魔法だ。
効果は見ての通りで、触れた瞬間大爆発を起こす針を大量に内包した矢を強力な弓で放つというもの。最終的には相手を爆破するという意味では爆発魔法だけでも似たようなことは出来るが、複数の魔法を組み合わせることは威力の底上げに繋がるため、決して無駄な手間というわけではない。さらに言えば、クリアボマーの魔法はこれだけ距離の離れた相手を一方的に爆殺できるほど便利なものではないため、安全性の面から見ても非常に有効な組み合わせだった。
「ギィ゛ィ゛ィ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!」
鱗を全て叩き落した後に残った針が続々とサイ型ディストに着弾して爆発を引き起こす。パーマフロストには知る由もないことだが、サイ型ディストは鱗を攻撃に使ったせいで再生までのほんの僅かな時間だが防御力が低下しており、ちょうどそのタイミングで爆発が連鎖したため、魔法の使用者であるパーマフロストが想定しているよりも遥かに大きなダメージが与えていた。
魔法の性質を知っていればディストも警戒して迂闊に鱗を飛ばすなんてことはしなかったかもしれないが、初見の魔法であるため適切な対応が出来ないのは無理からぬ話だった。
ひとつ前に使った疑似合作魔法もそうだが、相性を考慮した結果として活動していた時期が異なる魔女の魔法を組み合わせて使用しているため、パーマフロストの使う疑似合作魔法はこれまで本人たちですら使ったことのない組み合わせばかり、言わばドリームタッグとでも言うようなもので、ディスト側に情報が蓄積されていないのだ。
「解凍・幻想投影『焼き尽くす業火』。解凍・手のひらの中の太陽」
右手に激しく燃える業火を
左手に燦然と輝く太陽を
「疑似合作魔法・太陽炎の祝福!!」
パーマフロストが凍結保存している魔法の中でも一際相性の良い強力な魔法を混ぜ合わせたそれは、真っ赤な熱線となってサイ型ディストに降り注ぐ。まるでフィクションの怪獣が放つビームの如き熱光線。直撃した部分は鱗のあるなしにかかわらずドロドロに溶けていき、高熱の余波でビームが当たっていない部分までもが燃え始める。
「使えた……。先輩の魔法を、使えたっ……」
魔法を凍結保存するというアイデアは、始まりの魔法少女の一人クロノキーパーの発案であり、開発には彼女も携わっていたが、実戦レベルで使えるようになったのは始まりの魔法少女たちが倒れた後のことだった。つまり、パーマフロストは始まりの魔法少女たちの魔法は凍結保存出来ていない。
しかしたった今使った魔法の一つ、「焼き尽くす業火」は紛れもなく始まりの魔法少女の一人、フレイムフレームの魔法だ。保存していないはずの魔法をどうやって使用したのか、種を明かせば簡単な話だが、実のところ本当に使えるかどうかはパーマフロストにも確証がなく、一種の賭けに近かった。
幻想の魔女イマジナリーフレンドの魔法「幻想投影」は親しい友人や固い絆で結ばれた仲間の魔法を一切の劣化なく模倣して使用することが出来る。パーマフロストは凍結保存していたこの魔法を間に噛ませることで、かつて共に戦った大切な仲間であり大恩ある先輩の魔法を模倣することに成功したのだ。
当然のことながら、固い絆で結ばれたというのは片方が一方的に思っているだけの独りよがりでは意味がなく、互いが互いを掛け替えのない仲間だと思っている必要がある。パーマフロストにとって不安だったのは、彼女たちが命を落とすその時まで何も出来ず見殺しにしてしまった自分のことを、最後まで仲間だと思ってくれていたのか。
頭ではわかっている。パーマフロストたちのような二期生が現れるまで、たった四人で命を懸けながら戦っていた高潔な魔法少女たちが、自分のことを恨んでいるわけがないなんてことくらい。恨まれているのではないかなんて思うこと自体が彼女たちへの侮辱であり、最期まで戦い抜いた彼女たちの誇りを貶める行為であるなんて、そんなことはパーマフロストもわかっているのだ。
それでも、どうしても不安は拭えなかった。
あの日、傷つきながらディストの群れと戦い、一人、また一人と命を落としていった彼女たちの姿を、今でも夢に見る。
それなのに、あの時彼女たちがどんな表情をしていたのか、どんな気持ちでこの世を去ったのかがわからない。激しい戦いの中で、それを確認する余裕なんてなかった。
大好きな先輩たちの危機を前にして、何も出来ずにいた自分が嫌だった。
むざむざ見殺しにしておいて、のうのうと生きている自分が許せなかった。
そうしてある時、先輩たちも自分のことを恨んでいるんじゃないかと思ってしまった。
先輩たちはそんな人じゃないと、疑ってしまった自分のことがもっと嫌になって、それでも一度芽生えてしまった不安はこびりついて離れなかった。
「ありがとうございます、フレイム先輩」
けれど今は、自分がどれだけ馬鹿げたことを考えていたのかと、先輩たちが自分を恨んでいるなんて、そんなことあるはずがないと断言できるほどに、パーマフロストは清々しい気分だった。
これまで抱いていた不安や恐怖などもう必要ないというように、それらが完全に消え失せる前に悪感情を燃料にしてパーマフロストが炉を起動すると、白く美しい髪が根元から黒く変化していき衣装までも染め上げる。それはまるで暴走を起こしたタイラントシルフとよく似た現象で、あの日のシルフがそうであったように、パーマフロストの持つ力が大きく膨れ上がっていく。
「環境魔法『凍土』」
全身に引火して燃え広がる炎から逃れるため、サイ型ディストが肉体の表面の大部分を切り離したことを確認してパーマフロストは環境魔法を発動する。踏み荒らされガタガタに乱れた地面が分厚い氷で覆われ、猛吹雪によって空が黒く染められていく。
「あははっ! 再生が遅くなってるよ? もう限界? だったら終わりにしてあげる!! 概念凍結!!」
疑似合作魔法の連打に加えてスリップダメージから逃れようと肉体を切り離したことによって相当再生力を削られたらしく、サイ型ディストの再生速度は目に見えて低下していた。ここまで削れば後は自前の魔法で十分だと判断して、パーマフロストは環境魔法と炉の力によって強化された概念凍結によってディストの全身を氷で包み込む。
「極大粉砕鉄槌氷!! 砕けちゃえ!」
専用武器の金槌を核として、巨大な氷のハンマーが振り上げられた状態で形成され、パーマフロストの号令によって勢いよく氷漬けになったディストへ叩きつけられた。ディストの氷像と氷のハンマーはガラスが割れるような爆音を轟かせながら、共に粉々に砕け散り、吹雪の空へ氷片となって消えていった。




