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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
最終章 立ち塞がるもの全て、蹴散らせ
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episode5-4 王族級ROUND2① 拡張

 千葉・純恋町


「待った、ブレイドくんは残ってくれ。プレスくん、すまないが二人を頼む」

「りょーかいでっす! 戻った方が良いですか?」

「ちょっとプレス、どういうつもり?」


 相手は公爵級、通常であれば魔女が三人は必要になるディストに対し、魔法少女側の戦力は魔女が一人とフェーズ2魔法少女が二人。聞くまでもなく戻ってきた方が良いに決まっている。そして、言われなければそれがわからないほどプレスは馬鹿じゃない。


「……あえて聞くからには理由があるんだろう? 好きにすると良い。ここは私たちで何とかする」

「エクステンド、私のこと当てにしてんなら買いかぶりだよ? さっきのは相性が良かっただけで私に公爵級相当のディストを倒す力はないからね?」

「問題ありません、グリッドさんは足止めをお願いします。ヤツを倒すのは私と、ブレイドくんの力です」

「――へ?」


 確信のこもった力強い言葉と共にエクステンドから視線を向けられて、ブレイドは思わず間抜けな声をあげてしまった。かつて侯爵級を相手に戦った際にも真面に相手をされていなかった自分が、公爵級との戦いでメインの戦力として数えられるなどと全く考えていなかった。もちろんかつてとは違い、専用武器の獲得や武器化魔法の習得等著しい成長を遂げており、エクステンドの足手まといになるつもりはなかったが、だからと言って魔女に肩を並べるほどの活躍が出来ると思うほど自惚れてもいないのだ。


「あはは! だったら安心ですね! んじゃブレイド、後は任せた」

「……あなたでもそんな顔するのね。わかったわよ、任されたわ」


 困惑するブレイドをよそにプレスは心底楽しそうな笑い声をあげたあと、真剣な面持ちで告げる。いつものふざけたちゃらんぽらんな態度とはまるで違うプレスの様子に、ブレイドも重要な何かがあるのだろうことを察して、しょうがないと言いたげに肩を竦めながら答えた。


「グオオオォォォォォーーー!!」


 転移の光に包まれたプレス、サムライピーチ、ナックルたちを見送ったブレイドは、荒ぶるように咆哮を上げるチーター型公爵級ディストに向き直る。


「それでどうするんですか? あんな大見得を切ったんですから、何か作戦があるんですよね?」

「作戦というより直感かな。昨晩君の魔法を見た時、そして自分の可能性を拡張した時、この二つはきっととてつもない力になるという直感があった。ブレイドくん、武器化魔法を」

「エクステンドさん、信じますからね。武器化魔法アームズマジック聖剣エクスカリバー』!!」


 事情をよく知らない魔法少女は、武器化魔法のことをお手軽にパワーアップ出来る強力な魔法という程度の認識をしていることが多いが、実際のところそれほど便利というわけでもない。相性や修練を無視して疑似的に合作魔法を再現出来るのは事実だが、これは無理矢理体裁を整えて形ばかりの疑似的な合作魔法としているに過ぎない。単純に二人同時に魔法を使うのと比べれば火力は上がるが、本当の合作魔法には到底及ばない偽物だ。いくら使い手が魔女であっても、それだけで公爵級を圧倒できるほどの強化を得られるわけじゃない。


 そして当然、エクステンドはそのことを知っている。


「グリッドさん、足止めを頼みます」


 黄金の大剣と化したブレイドが自ら使用者を選ぶようにエクステンドの前に浮き上がり停止する。エクステンドは迷うことなくその柄を掴み上段に構えた。


「アームズマジックか、そういやブレイドちゃんは武器系の魔法少女だったね。時間は?」

「5……、いえ、3分」

「オッケー。でかい魔法使うんだよね? 時間が来たら離脱するよ?」

「現実に転移してもらって大丈夫です」

「自信ありってわけだ。んじゃお言葉に甘えて、砂地獄ボトムレスヘル流砂滑走クイックサンド


 グリッドが魔法を発動すると、砂漠と化した地面を蹴り二人へと迫っていたチーター型ディストの四肢が砂の中に呑み込まれた。如何に猫科動物をモデルにしていると言っても、あの巨体では目にもとまらぬほどの速さは出せないらしく、それほど距離は詰められていない。ディストは巨体に宿した圧倒的なパワーにものを言わせて四肢を引き抜こうとするが、そもそも踏ん張るための足すら呑み込まれているせいでまともに力が入らずそう簡単には抜け出せそうもなかった。

 しかしディストの肉体は変幻自在。たとえ足を封じられたとしてもそれで何も出来なくなるほど甘くはない。チーター型ディストの背中から細長い触手がいくつも生え出し、しなる鞭の如きスピードで動き出した。


「鬼さんこちら~」

「オオオオオォォォオォォォーー!!」


 具体的な攻撃方法まで予見していたわけではないが、身体の一部を砂に沈めた程度で時間稼ぎが終わるとはグリッドも考えていなかった。だから砂漠化したフィールド専用の、砂を高速で流動させその流れに乗って移動する魔法を同時に発動していた。ただし移動する方向はディストから逃げるのではなくむしろその逆、真正面からディストへ突撃するように近づいていく。


 純粋に近づいてきた方に狙いを定めたのか、あるいは第一形態で止めを刺された相手を警戒したのか、理由はわからないがディストの触手はエクステンドを狙わず執拗にグリッドを狙って振るわれる。いくら素早く移動出来るとは言っても、網のように広がる触手の鞭を全て避け切ることは不可能。かといって迎撃できるのかと言えば答えは否。論外の選択肢。グリッドの足止めは大きな質量を持つ相手に対して非常に効果的だが、純粋な破壊力では公爵級に全く敵わない。仮に砂嵐の魔法を再度発動しても、ディストの一部である触手にすら掻き消されてしまうだろう。

 エクステンドに対して言ったように、グリッド自身もそれを理解している。だから選ぶのは、滑走による回避でも砂嵐による迎撃でもない選択肢。


砂塵遊泳サンドダイブ


 触手がグリッドをとらえる直前、それまでスケート選手のように砂漠の上を美しく滑っていたグリッドが砂の中に呑み込まれた。ただしそれはディストの動きを封じるものとは全く異なる性質を持つ魔法の効果。砂漠に潜り、まるで水の中のように自由に泳ぐことの出来る移動魔法だ。


「ほらほら、どうした間抜け~」


 ただ攻撃を避けるだけなら砂の中に潜り続けていれば良いが、それではディストのターゲットがエクステンドに移ってしまう恐れがある。だからグリッドは定期的に砂の中から顔を出し、グリッドを見失って何をすべきか迷っている様子のディストを挑発する。そうするとチーター型ディストは面白いように反応して、もぐら叩きのようにグリッドを叩き潰そうと躍起になって地面に触手を打ちつける。


「3分くらいなら余裕だね」


 時間稼ぎをして欲しいというエクステンドの言葉に対して安請け合いをしていたのは、油断でもなく何でもなく、自分ならばそれが出来るという確信があったからこそ。数か月ぶりの実戦だが、勘が錆びついているということはなく、むしろグリッドは引退する前よりも力が増しているようにすら感じていた。そしてそれは決して気のせいや勘違いなどではなく、紛れもない事実。かつてエレファントがシルフに教えていたように、グリッドはこの歳にしてなお魔法少女としての才能に磨きがかかっている稀有な存在。


 一方で、エクステンドは己の才能に限界を感じつつあった。それはこの戦いに限っての話ではなく、自分の魔法少女としての適性の話だ。

 フェーズ2魔法少女の中でも魔女候補筆頭と呼ばれ、その声に応えるように第三の門を開いて見せたが、実のところそこから先は伸び悩んでおりあまり実力も上がっていなかった。対ディスト戦闘の強さによって決定される順位についても、つい先日の序列変動ではわずかに一つ上げた十二位。ほぼ同時期に魔女となったタイラントシルフには大きく差をつけられてり、後輩たちの前では決して表に出すことはないが焦燥感を抱えていた。

 年齢的にもそろそろピークを過ぎる頃合いであり、グリッドのような特殊な事例でなければ後は落ちていくのみ。その速さにも個人差はあり、緩やかに弱体化していくのか、ある日唐突に第三の門を開けなくなるかもわからない。


 自分の魔法少女としての可能性が終わってしまうのが怖かった。

 長い研鑽の末、ようやくつかみ取った魔女の力を失うのが怖かった。

 だが、何よりも本当に恐ろしいのは、この現状を受け入れてしまうこと。

 自分の才能はここまでだったと認め、第三の門を開けなくなっても仕方ないと諦め、前へ進む意思を失ってしまうことだ。


 エクステンドが魔法少女になった理由は、強さを求める理由は、強い自分を演じている理由は


 格好良い自分になるため


「私の世界は、まだまだこんなもんじゃない!!」

『――っ! これは、拡張魔法の使い方……?』


 自分の可能性の拡張。それはすなわち、拡張魔法そのものの拡張。本来宝物庫の鍵を持つ使用者にのみ与えられる、そういう条件付けで強大な力を発揮する魔法の源泉の対象を拡張するのだ。

 聖剣状態のブレイドが、拡張の力によってエクステンドの宝物庫に強制的にアクセスさせられる。その結果流れ込むのは、拡張魔法の効果、使い方、そして真髄。

 それと同時に、エクステンド自身も剣魔法を理解していく。それは武器化魔法の効果。自身の魔力と魔法を、武器を手にした者と共有する、疑似的な合作魔法を発動するための力。


『ようやくエクステンドさんの意図がわかりました』

「それは何よりだ。早速始めようか」


『「合作魔法コーラスマジック」』


 合作魔法にはお互いの魔法への深い理解が必要となる。

 武器化魔法が偽物の合作止まりなのは、武器魔法の共有は出来ても持ち手の魔法を共有することが出来ないからだ。では、もしも持ち手の魔法を何らかの方法で共有することが出来たのなら? お互いの魔法への深い理解という条件をクリアすることが出来たのなら?


拡張対象エクス:【拡張対象エクス


 拡張する力を、更に拡張する。


拡張対象エクス:【拡張対象エクス


 エクステンド単独の拡張魔法では、拡張魔法に拡張魔法を重ねることは一度が限界だった。


拡張対象エクス:【拡張対象エクス


 拡張魔法を重ねる度、上段に構えた黄金の大剣は内包するエネルギーの大きさを表すように一層輝きを増していき、その力の余波によって空気がビリビリと震え始める。


拡張対象エクス


 それでもなお、拡張する

 抑えきれない力の奔流が風のようにエクステンドの周囲を渦巻き始める


拡張対象エクス


 拡張する

 大剣そのもの、すなわちブレイド自身が大きすぎるエネルギーに悲鳴を上げるようにブルブルと激しく震え始める。


拡張対象エクス


 拡張する

 だがブレイドは泣き言を零さない。なぜならそのエネルギーの塊を持つエクステンドもまた、強力な力に耐えているはずだから。


拡張対象エクス


 拡張する。


 エクステンドは確信した。

 自分が限界などと思っていたものは、ちっぽけな壁に過ぎなかったのだということを。

 まるで自分を押さえつけていた堅牢な殻を破ったかのような、清々しい気分だった。


 拡張聖剣エクス・カリバァァァァァーーー!!】】】】】】】】】」』


 十重に重ねられた拡張魔法によって限界を超えて強化された聖剣が、振り下ろされるのと同時に巨大な剣状のエネルギーを放出する。神々しさすら感じさせるその黄金のエネルギーは、砂に足をとられていたチーター型ディストに突き刺さり、その巨体を呑み込んで瞬く間に消滅させていく。再生限界すらも一撃で削り切り、砂に埋まっていた四肢の残骸が黒い粒子となって空気に溶けて消えていった。

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