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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
最終章 立ち塞がるもの全て、蹴散らせ
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episode5-3 歪みの王② 風・剛力・鮫

 東京・国際空港


 転移に伴う光が収束し魔方陣が消えると、俺の身体は重力に従って人の気配をほとんど感じられない空港へと落下し始める。随分と空高くに飛ばされたらしく、眼下には薄っすらと黒い塊と黄金のオーラが激しくぶつかり合うのが見える程度で、互いがどんな状況なのかまでは確認できない。

 さらにかなり離れたところに凄まじいスピードで空を泳ぐ大きな鮫を発見した。どうやらブルシャークさんが狙撃で支援するにあたって、敵に位置を掴まれないように動き回ってるみたいだ。具体的な距離はわからないが、少なくとも空港の敷地よりは外にいるように見える。


 こちらの話もほとんど聞かずに強引に戦場へ転移させられたのは気に入らないが、こうなったらやるしかない。アースの勝算が見込み通りでも見当違いでも、どちらにせよ加勢しなければ二人が歪みの王に殺されてしまう。自由に動ける魔女が俺しかいないなら、俺がやるしかないんだ。


削り散らす竜巻・十連ディカプルトルネードミキサー!」


 地に落ちるまでは十分な余裕がある。歪みの王もおそらくまだこちらに気づいていない。だったら、出し惜しみなしの全力で行く。


 加速する落下に身を任せたまま両手に握った大杖で空をかき混ぜると、先端から十又に分かれた風の渦が形成されていく。獣の唸り声のように低く威圧的な音を響かせながらその渦は瞬く間に規模を増していき、何もかもをなぎ倒し削り散らす大災害へと姿を変える。


 飛行も回避も全てを捨ててただ攻撃にのみ集中することでようやく発動できるとっておき。これを発動できれば公爵級デューククラスですら一人で倒しきれる、魔女の使う魔法の中でも一際大きな火力を持つ大魔法。


極点ユニオン!!」


 かつて蛇型の侯爵級マーキスクラスディストに使った時よりも二倍近く巨大な風の龍が雄叫びにも似た荒々しい音を轟かせながら歪みの王へと迫る。さすがに竜巻が作り出された段階で気づかれてはいるだろうが、シメラクレスさんを引き剝がすことは出来なかったのか妨害はなかった。完全な状態の十連極点、これなら仮に倒すことが出来なかったとしても大きなダメージを与えられるはずだ。


 シメラクレスさんを巻き込まないように、歪みの王の背後から食らいつくように風龍が襲い掛かり――


「ちっ!」


 歪みの王に触れた瞬間、まるで最初から竜巻など存在しなかったかのように消滅した。


風を掴む翼碗フライウイング!」


 曲がりなりにも相手はディストたちの頂点に立つ歪みの王。そう易々と倒されてくれるとは思っていなかったため動揺して隙を晒すような真似はしなかったが、さすがにこうもあっさり搔き消されるとまでは予想していなかった。


 どうするべきだ? いや、だが待てよ


『離れろ!!』

「え――っ!? ぁ゛ぐぅ゛ぅ゛っ」


 突然耳元でシメラクレスさんの声が聞こえた次の瞬間、いきなり身体が通常の何倍にも重たくなって飛行の魔法で体重を支えることが出来ず勢いよく地面に墜落した。落下する前からかなり地面に近づいてはいたため落下のダメージ自体はそれほど大きくないが、何か重い物で押しつぶされているような圧力が全身にかかっていて落下した体勢から身動きをとることが出来ない。


 何が起きた!? 歪みの王から攻撃されたのか!?


『がぁ゛っ゛……ごふ……』


 それでも力を振り絞り、うつ伏せの状態のまま顔を僅かにあげて状況を把握しようとした俺の視線の先で、シメラクレスさんの心臓が貫かれた。俺から見えるのはシメラクレスさんの後ろ姿だけで、左胸の、心臓がある位置から真っ黒で輪郭がブレた黒い腕が突き出ていて、その手の中には真っ赤な肉のようなものが握られていて、シメラクレスさんの全身を覆っていた荒々しくもどこか神々しい黄金のオーラが見る間にその勢いをなくしていって……


 まだだ!! 魔法界の医療技術なら、今すぐ処置をすればまだ助かるかもしれない!! 体は動かせなくても、言葉を発するだけなら!!


削り散らす竜巻トルネードミキサー!!」


 墜落したときに手放していた大杖を呼び戻して即席の竜巻を放つ。軌道はシメラクレスさんを迂回して、歪みの王の背面から仕掛けるように大きく曲げる。万が一シメラクレスさんを盾にされてもすぐに軌道を変えられるように細心の注意を払いながら。


 だが歪みの王はこちらの予想を上回るより悪辣な行動を選択した。シメラクレスさんを貫いた黒い右腕を俺に対して大きく振りぬき、シメラクレスさんをこちらへ投げ飛ばしたのだ。トルネードミキサーは大杖の先端から出ていて、根本の部分の軌道を変えるのは難しい。そして今の俺は妙な力のせいで身動きをとることが出来ない。つまりシメラクレスさんを巻き込まないようにするには、魔法を解除するしかない。


風のエンプティ――」

「それは私を舐めすぎだろう? タイラントシルフ」

「ぐっ、は……なせ……っ」


 トルネードミキサーを解除し、地面に打ち捨てられたシメラクレスさんを巻き込まないよう別の魔法を使おうとしたところで、わざわざシメラクレスさんを踏み越えていつのまにか近づいてきていた歪みの王に喉を掴まれて詠唱を強引に止められ、更にそのまま身体を持ち上げられて宙づりの状態にされてしまう。

 今はそれほど力を入れていないのか、言葉を発するのは途切れ途切れになるが呼吸が出来ないほど絞められてはいない。しかし子供の身体とは言え体重を全て首だけで支えるというのは非常に負担が大きく、呼吸云々だけではなく純粋に苦しい。

 それに、早くシメラクレスさんを助けなければ手遅れになってしまう。


「ようやくこの世界に降り立つことが出来たんだ。少しくらいは私の話し相手になってくれても良いだろう?」

削……りトルネ――」


 少女にも少年にも、あるいは男性にも女性にも聞こえる不気味な声で歪みの王が俺に語り掛ける。声だけでなく真っ黒なその姿も何重にもブレて見え、複数の人間が一か所に重ねられたような気持ち悪さを感じさせる。歪みの王と評されるだけあってディスト同様目玉や口などの器官は存在せず、顔にはパーツを模したと思われる窪みがあるだけ。一見すれば低位ディストと大して変わらないようにも見えるが、しかし振りまく威圧感と感じ取れる強大な歪みの気配が、目の前の存在をただのディストではないと伝えてくる。


 ブルシャークさんは……、いや、俺と同じように墜とされたのかもしれない。支援が途切れたからシメラクレスさんもやられてしまったんだ。だとしたら、ブルシャークさんの援護は期待できない……!


「このまま絞め殺されたくはないだろう? なあ、タイラントシルフ?」

「カハッ……ア……ァ……」


 首に食い込んだ歪みの王の指に少しずつ力が込められていき、言葉を発するどころか呼吸もままならなくなり始める。詠唱をしようにも漏れ出るのはうめき声だけで、反射的に歪みの王の手を引き剥がそうとするが万力のような凄まじい力で掴まれておりびくともしない。苦し紛れに宙に浮いた足を暴れさせて蹴りつけるが、何の痛痒も感じていないのか力は一切緩まない。


 まずい……、このままじゃ……! 扉を、あの扉を開けばまだ……!


「くふふ、苦しそうで良い表情だ。このままゆっくりと絞めてしまうのも面白いかもしれないな」

「が……あぁ゛……ぁ……」


 暴れたせいで余計に酸素を消費してしまったのか、腕と足はいつのまにか力が抜けてだらんと垂れ下がり、死への恐怖と窒息の苦しみを味わいながら急速に意識が失われつつあった。


 はやく! はやく!! は……や……く……


弾丸鮫の産声ハッピーバースデイ・バレットシャーク


 最後まで諦めず逆転の糸口を探して足掻いていた俺の目の前で、歪みの王の体内から何匹もの鮫が姿を現し真っ黒な体に食らいつき始めた。まるで某宇宙生物映画のように、歪みの王の身体を食い破って内部から出現したのだ。


「うおおぉおぉぉっ?」

「っ! はあっ……はあっ……はぁ……」


 驚きからかあるいは無視できないダメージを受けたのか、とにかく歪みの王の手が掴んでいた俺の首を離し地面に落下した瞬間、俺は何度も大きく息を吸いながら勢いよく転がるように距離をとった。いつの間にか異常な身体の重さや圧力がなくなっている。


 歪みの王の妙な力で身動きが取れなくなっていたとしても、魔法を使うことは出来る。あの鮫はブルシャークさんの魔法ということだろう。しかしあの魔法は確か、撃ちだした弾丸を鮫に変化させて食らいつかせるものだったはず。着弾してから鮫に変えることも出来るのは知らなかった。たしかにそれが出来るなら狙撃が出来なくなっていても、それより前に弾を撃ち込めていれば攻撃可能だ。


「面白い魔法だね。今までとは違う使い方だ、驚いたよ。だけど、それだけだ」

「だったらこいつはどうだ?」

 

 貪り食うように歪みの王へ群がっていた鮫の群れは、素早く冷静さを取り戻した歪みの王によって次々と叩き落され消滅していった。しかし粗方鮫を倒し終えた歪みの王が一息吐いたところで、背後から王の心臓を貫くように、黄金のオーラを身に纏った何者かの腕が王の胸から突き出て来た。


「シメラクレスさん!?」

「よくもやってくれたなこのクソ野郎が!!」


 先ほどの意趣返しとでもいうように、歪みの王の胸を貫いたシメラクレスさんがその体を持ち上げて勢いよく地面に叩きつけ、更に起き上がろうとした歪みの王を悪態吐きながらサッカーボールのように蹴り飛ばしてしまった。


「だ、大丈夫なんですか!? だって、さっきまで……!」

「ん? ああ、死んだ振りだ。あたしのしぶとさはお前もよく知ってるだろ?」

「それはそうですけど!! 心臓を潰されても再生出来るなんて知りませんでしたよ!!」

「誰も知らなかったからディストにとっても予想外だったんだよ」


 だからって仲間にすら何も伝えないなんて、秘密主義にもほどがある。手札を隠しておきたいという気持ちはわかるが、これはディストとの決戦、最後の戦いなんだぞ!? 後のことを考えたって、今勝てなくちゃしょうがないだろう。全く、心配して損した気分だ。


「不満はわかるが怒るなよ。攻略法も見えて来たしな」

「攻略法ですか?」

「シャークの狙撃、内部から食い破り、そしてさっきの一撃。今のところ奴にダメージを与えられたのはこれだけだが、おかしいと思わないか?」

「……純粋な威力だけで言えば私の魔法が一番強いはず、というのは私も思ってました」


 十連極点を歪みの王にぶつけた時、全くのノーダメージが予想外だったのは、ブルシャークさんの狙撃で攻撃の軌道をずらしているのを転移前に見ていたからだ。ブルシャークさんには悪いが、魔法の破壊力だけで言えば十連極点の方が圧倒的に上。にもかかわらず、ブルシャークさんの狙撃で攻撃の軌道をずらせるのに、俺の魔法で無傷というのは辻褄が合わない。それは無効化された時には気づいていた。


「ヤツの詳しい能力はわかんねぇけど、防御の突破方法はわかっただろ?」

「意識の外からの攻撃、ですか?」

「そういうことだ。つっても、死んだ振りはもう通じない。後あたしに出来るのは壁役くらいだ。シャークの魔法ならもうちょい意表を突けるだろうが、火力が足りねぇ。わかるな? あいつに勝つには、お前の魔法を通すしかない」

「でも、私の一番強い魔法はさっきのです。準備段階でも目立ちますし、とても不意打ちなんて……」

「何言ってんだ? お前、神格魔法使えるんだろ? あれなら準備なんてしなくても火力出せるだろ?」


 ……神格魔法?

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