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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
最終章 立ち塞がるもの全て、蹴散らせ
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episode5-2 王族級⑪ 拡張

 千葉・純恋町


「金剛甲冑大武人!!」


 魔法の発動と同時にサムライピーチが刀を振りかぶると、その背後に厳めしい小手を身に着けた巨大な右腕が浮かび上がり、サムライピーチの動きに連動するように刀を薙ぎ払った。大腕に握られた刀も当然のように巨大であり、その一撃はいくつもの民家を倒壊させながら数十ものディストをまとめて消滅させていく。


地伝激震拳クエイクスマッシュ!!」


 続けてナックルが揺らめく炎のようなオレンジ色のオーラを纏った拳を地面に叩きつけると、激しい地震と共に大きなエネルギーが地面を伝わり、ディストの足元からアッパーのように吹き上がって黒い靄の身体を強かに打ち付けた。低位のディストはその一撃で消滅し、中位以上のディストは空中に打ち上げられてほんの僅かな間だが身動きが取れなくなっている。


二重拡張デュアルエクス手槍ランス


 宙に浮いたディストの群れに向けてエクステンドが手槍を突き出すと、柄の部分が勢いよく伸びるのと同時に先端付近が幾重にも枝分かれしてディストたちを穴だらけにし消滅させた。手槍を突き出してからディストを串刺しにするまでの拡張はほんの一瞬の出来事であり、枝分かれした穂先の重さで槍が垂れ下がるよりも元の形状に戻る方が早いほどにあっという間だった。


「一先ず、片付いたか」

「びっくりしちゃったね、いきなりわんさか出てくるんだから。呟いとこっと」

「……一息吐いてる暇はなさそうかな。どうやら純恋町だけじゃないみたいだ」


 ディストの大量発生が始まった時、偶然にも欺瞞世界でディスト討伐を終えた直後だったエクステンドたちは、ほとんど現実への侵攻を許さず欺瞞世界の純恋町に出現したディストの群れを殲滅して回っており、今しがた最後のディストを狩り終えたところだった。純恋町だけに限っても複数の地区で同時に多数のディストが出現していたため完全に欺瞞世界で食い止められたわけではないが、それでも他の町と比べれば被害は微々たるものだった。初動が迅速だったこともあるが、エクステンド、サムライピーチ、ナックルはそれぞれが強力な魔法少女であり、一人でも問題なく大量発生したディストに対応出来たのも大きな要因と言えるだろう。今三人が揃っているのは最後の合流ポイントに集合したからであり、つい先ほどまで三人ともそれぞれ違う地区に発生したディストの群れを手分けして処理していたのだ。


 深く息を吐きながら刀を降ろし、周囲を警戒するサムライピーチを尻目に、ナックルは情報共有という名目で魔法少女の専用SNSに投稿を始め、エクステンドは逆にSNSから情報を拾って来て二人に共有する。いつものことながら緊張感のない二人の振舞いに溜息を吐きつつ、エクステンドの話に耳を傾けようと一瞬意識が緩んだタイミングで、それは来た。


「うおぉぉぉっ!? 敵襲!!」


 サムライピーチが咄嗟に反応出来たのは偶然というよりも幸運だった。ほんの一瞬の間隙を縫うように、目にも止まらぬ速度で現れたそれ・・は凄まじい殺気をまき散らしながら、すれ違いざまにサムライピーチの喉笛を引き裂こうとした。そもそも何で攻撃されたのかさえサムライピーチには見えなかったが、向けられた殺意に反応して刀で急所を覆ったことが功を奏し、硬質な物体がぶつかり合うような甲高い音を響かせながら敵の攻撃を受け止めるが出来た。しかし受け止めた刀の先にすでに敵の姿はなく、最大まで警戒を高めても周囲に気配は感じられない。


「ピーチ、何をされた?」

「黒い影ということ以外は何も見えなかった。恐ろしく速いぞ、気を付けろ」

「大丈夫なの? 怪我は?」

「奇跡的に無傷だ。だが、次も同じように出来るかはわからん」


 三人が円陣を組むような形で背中合わせとなってお互いの死角をカバーし、敵の急襲に備える。

 魔法少女を襲う相手などディストか魔法少女くらいのものだが、好き好んで魔女を敵にしようとする愚かな魔法少女は早々いない。サムライピーチが僅かに見えたという黒い影のことも考えれば、敵がディストであることは明白。しかしディストだと言うのならその等級は一体何か? フェーズ2魔法少女の中でも上位に位置するサムライピーチをもってしても目で追えないなど、並みのディストでないことは確かだが、強力なディストは通常隠したくても隠せないほどの巨体を持っている。にもかかわらず、敵の姿は見えず、気配も感じない。突然の大量発生と言い、何かが異常な事態が起こっているのは確実だった。


「っ――」


 得体の知れない相手に狙われているという事実に、久しく感じていなかった緊張を覚え、不敵な笑みを絶やさないながらも僅かに冷や汗をかいているエクステンドのマギホンが唐突に大きなコール音を発し始め、三人の意識が一瞬その音に引き付けられた。


 そうなれば当然


拡張対象エクス時間タイム


 敵が来ることはわかっていた。


 目にも止まらぬ凄まじいスピードで近づいてきていた黒い影が、その速度を大幅に落として普通の人間と変わらない程度の速さでエクステンドへ凶刃を振るう。否、よく見てみればそれは刃ではなく、鋭く尖った爪。猫科動物のものと思われる両足に、鋭い爪の生えた両手、腰からは尻尾が、頭部からは猫耳を生やした、猫の獣人とでも言うような黒い毛並みの人型ディスト。それが襲撃者の正体だった。

 顔の造形は非常に人間に近いが病的を超えるほどの青白さで、瞳孔は針のように細くこちらも猫を連想させる。


「っと、呑気に観察してる場合じゃないね!」


 敵の目を欺くため、全くスピードについて行けていないかのようにボーっと突っ立っていたエクステンドが、目の前に振るわれた爪を弾き飛ばす様に手槍を振るい、がら空きになったボディに強烈な蹴りをお見舞いする。


拡張対象エクス衝撃インパクト!」

「ガァ゛ァ゛ッ!?」


 もちろん、キックのダメージを拡張するのも忘れずに。


 完全に不意を突いたと油断していたのか、猫人型ディストはエクステンドの攻撃をもろに受けて胴体に大きな穴があき、ゴロゴロと地面を転がった。


一桃両断カットワンピーチ!」

「グル゛ァ゛ァ゛!!」


 そうなってしまえば自慢のスピードなど関係なく、サムライピーチにも襲撃者の姿が見えたため斬撃の魔法で即座に追撃を仕掛けようとするが、素早く立ち上がった猫人型ディストは一度撤退しようと再び高速で走り出した。


 だが


「逃がすわけがないだろう! 拡張対象エクススカー!!」

「ガァ――」


 退路を潰す様に先回りしていたエクステンドが猫人型ディストの前に立ちはだかり、傷口を無理矢理広げる非人道的な魔法を発動。すると猫人型ディストの土手っ腹に空いた穴が拡張され、上半身と下半身が泣き別れする結果になった。


「食らえ!!」


 真っ二つにされた程度でディストがくたばらないのはサムライピーチも熟知しており、上下二分割されたディストに向けて先ほど発動した斬撃の魔法を唐竹に叩き込み、今度は四分割に。続けざまにサムライピーチは斬撃のラッシュを、エクステンドは手槍による乱れ突きを繰り出そうとしたところで、いつの間にか完全再生したディストにそれぞれの武器を掴まれて攻撃の手を強制的に止められた。


「再生まで速いだと!?」

「馬鹿な!? この私でも見えなかったぞ!?」


 サムライピーチのみならず、エクステンドの目から見てもディストがいつの間に再生を終えたのか全くわからなかった。エクステンドの時間拡張は単なる高速移動ではなく、その性質上知覚も拡張された時間に準拠されるため、時間拡張を発動している間エクステンドの目には世界がゆっくりと動いているように見える。にも拘わらず、エクステンドさえ再生を認識出来なかったとなれば、それは時間拡張でも追いつけないほどの速さか、あるいは通常の速さとは異なる何かがあるということ。


流星巨人拳ギガントメテオ!!」

「グルルァァ!!」


 魔法局との通話を終えて、二人の劣勢を感じ取ったナックルが巨大の拳のエネルギーを隕石のように叩きつける魔法で援護射撃を行うと、猫人型ディストは掴んだ武器を力任せにぶん投げてエクステンドたちと巨大な拳をぶつけようとした。流石に戦闘経験豊富な二人は武器を手放すことで自分ごと投げられることは回避したが、専用武器を手放したことでほんの一瞬とはいえ弱体化することは避けられず、その隙を突くようにディストの貫手が迫る。


拡張対象エクス距離ディスタンス!!」


 咄嗟にエクステンドが距離を拡張したことでディストの攻撃は二人に届かなかったが、エクステンドたち側からも即座に追撃は出来なくなってしまい、ディストは再び高速で移動して姿を隠してしまった。振り出しに戻った形だった。


「すまん、助かった」

「いや、この私としたことが迂闊だった。焦って踏み込み過ぎたね」

「さっきの電話、魔法局の局長からだったよ。僕たちが今相手してるのは王族級ロイヤルクラスっていう公爵級デューククラスより上のディストだってさ」

「へぇ、それは強いわけだ」

「敵の力や弱点については何か言ってなかったのか?」

「特殊な能力を持ってる可能性大って言ってたよ。あと今までのディストより頭は良いけど再生力とか耐久力は公爵級ほどじゃないかもって」


 襲撃者に対処するためエクステンドは咄嗟にマギホンをナックルに投げ渡しており、ナックルはエクステンドの代わりに魔法局局長のアースから王族級ロイヤルクラスについての情報を簡単にではあるが聞き取っていた。尤も、初めて出現する等級のディストであり、現在進行形で他の魔女たちも別の場所で戦っているとのことであるため、詳しいことは何もわからない上にしばらくは援軍にも期待出来ないというあまり意味のない情報ばかりだったが。


「確かに、叩き切った感じは侯爵級にも及ばない硬さだったな」

「動きを止めることさえ出来れば充分勝ち目はあるだろうね」

「逃げた、わけじゃないんだよね、多分?」

「流石に町を跨いで移動していれば魔法局から連絡が来るのではないか? 気配が感じられないのは最初と同じ、恐らくかなり遠方まで距離を取っているのだろう」

「ピーチじゃなくてもわかるくらい殺気丸出しだったし、逃げたとは考え難い。多分今も隙を狙ってるんじゃないかな」


 一度目も二度目も、エクステンドたちが何かの拍子に気を抜く、あるいは気が逸れる瞬間を狙いすましたように猫人型ディストは襲いかかってきた。だからこそエクステンドはタイミングを合わせて時間を拡張することで対応出来た。だとすれば今もまたそうした機会を伺っているであろうことは想像に難くない。いつもの調子で喋っている三人だが、会話しながらも警戒は解いていない。だから今この瞬間は猫人型ディストが襲ってきていないのだ。


「しかしどう戦う? エクスでも認識出来ないほどの再生速度、もしもそれと同等の速さで動けるとしたら打つ手がないぞ」

「再生だけ速かったのか、それとも戦いの中で成長したのかな? あんなに殺気を振りまきながら手を抜いてたなんて考え難いし、出来れば前者であって欲しいけど……」

「私に良い考えがある! ピーチはディストの殺気に反応して攻撃を防げるようだし、囮にするのはどうだろう?」

「殺す気か阿呆が。次に同じことは出来ないと言ったはずだぞ」

「ははは、冗談じゃないか。良い考えというのはだね――」

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