episode5-2 王族級⑩ 氷
神聖さを感じさせる真っ白な光がパーマフロストを包み込み、その直後にサイ人型ディストの拳が振り下ろされる。今度は氷の盾を張っておらず、パーマフロスト自身も棒立ちになっているだけで、そのまま攻撃を受ければ死んでしまってもおかしくないはず。だが、白い光が収まった中でパーマフロストは変わらず立っていた。黄金の揺らめくオーラのようなものを身に纏い、片手でサイ人型ディストの拳を受け止めて。
「なにぃ!? どういうカラクリだ!?」
「どういうも何も、単なる身体強化だよ!!」
力任せにサイ人型ディストの拳を押し返したパーマフロストは、その勢いのまま一歩踏み込んでがら空きの胴体に白きく小さな握り拳を叩きつける。とても喧嘩慣れしていない、近接戦闘などまずやらないであろうことが見て取れるテレホンパンチだったが、配役を変えて先ほどの光景を再現するように、サイ人型ディストは吹き飛ばされた。
「うっへ~、ドレッドノートの最大強化魔法でも手が痛いとか、硬すぎるよぉ」
叩きつけた手を痛そうにひらひらと振ったパーマフロストが王族級の性能を再認識してグチグチと文句を垂れる。
「身体強化だとぉ!? ならば、何故さきほど使わなかった!?」
「普段使わないからに決まってるじゃん。焦ってると使い慣れてるのが出ちゃうよね、反省反省」
「舐め腐りやがって!! 貴様の攻撃が俺様に通じないのは変わらん!! 殴り合いでもしてみるかぁ!!」
「するわけないじゃん暑苦しい。解凍・超大爆発」
サイ人型ディストには肉弾戦以外の選択肢がないのか、再び猪突猛進というようにパーマフロストへ突っ込もうとして来たが、パーマフロストがやたらと長く小学生がつけたようなネーミング魔法を唱えると、今度はサイ人型ディストが凄まじい規模の大爆発を引き起こして木っ端みじんに弾け飛んだ。
「相変わらず馬鹿みたいな名前の魔法。恥ずかしいなぁ、ボマー」
その大爆発を見ながら、嘲笑うような言葉とは裏腹にどこか懐かしそうに優しい表情を浮かべてパーマフロストは呟いた。
「なぜ、なぜだ……」
「サイ人間さんの力は見切ったよーだ。魔法への耐性でしょ? 一度受けた魔法は効かないってとこかな? 極大掘削円錐氷みたいな物理攻撃には効果がないけど、そっちは本来の物理防御で弾いてるだけだよね」
直接氷漬けにする魔法と、魔法で作ったドリルで削るのでは耐性の種別が異なるのだろう。だから極大掘削円錐氷は全弾同じ程度のダメージを与えていた。
「だったら複数の魔法で攻めれば良いだけ」
「貴様は氷の魔女だろう!? なぜ爆発魔法を使う!? それは、爆発の魔女の魔法ではないか!! よく考えればさきほどの魔法も、勇気の魔女の魔法だ!!」
「へぇ、詳しいね」
サイ人型ディスト。極めて優れた身体能力に、そこそこの知能、そして普通の魔法少女では対応できない異能を持つ強力な王族級。下賜された力は「耐性」、「歪んだ魔法」のディスト。
パーマフロストの読み通り、サイ人型ディストは魔法を食らうほどその魔法に対する耐性を獲得する。魔法の性能によっては2回目まではある程度効果はあるが、3回目には完全にレジストしてしまうほど凶悪な能力だ。魔法少女、とくに自然系統と法則系統の魔法少女は自身が司る属性の魔法ばかりを覚えるのが基本のため、非常に相性が悪いと言える。加えて高い防御性能と怪力を誇り、肉弾戦にも強いため生命系統の魔法少女も相性が良いとは言えない。創造系統の魔法少女が最も有効に立ち回れるだろうが、それにしてもサイ人型ディストの再生限界まで削れるほどの手札はないだろう。魔法少女殺しと言っても過言ではないほどであり、単騎で勝利を収めようとするならドッペルゲンガーのように他の魔法少女の力を使える等特殊な力を有している必要がある。
「最速で行くよ、アクセル。解凍・全開加速」
なまじ中途半端に知能がある分理解出来ない事態に混乱してしまい足が止まっているサイ人型ディストに向けて、パーマフロストが目で追えないほどの速度で駆け出す。そして気が付けばサイ人型ディストの背後に回り込んでおり、その背に触れた。
「後継はちゃんと育ってるよ、スピン。解凍・回転対象「胴体」」
突如としてサイ人型ディストの上半身と下半身がそれぞれ逆側に回転しようとし始め、無理な動きに胴体がねじ切れて荒々しい断面で真っ二つになってしまう。
「未来を見せて、オラクル。解凍・ほんの少し先を」
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉーーー!!」
回転の勢いを利用して苦し紛れにパーマフロストを殴りつけようとしたサイ人型ディストだったが、パーマフロストはまるで未来でも見えているかのようにディストに目を向けることなく回避してしまう。
「解凍・焼き尽くす陽の光」
泣き別れた身体が同時に灼熱の炎に包まれ、あっという間に燃え尽きて灰のように黒い靄が崩れ落ちる。その靄はすぐに蠢いて再生を始めサイ人型ディストの姿を取り戻すが、今までずっと浮かべていた怒りの表情がなくなって腰が引けてしまっている。
「魔法は強いのに小心者だったよね、ライジングサン」
「なん、なのだ貴様!? 一体何者だ!?」
勇気の魔女ドレッドノート
爆発の魔女クリアボマー
加速の魔女アクセルドライブ
回転の魔女スピンオーダー
神託の魔女オラクルトーカー
太陽の魔女ライジングサン
パーマフロストが使って見せた魔法はかつてその魔女たちが使っていた魔法だ。蓄積された知識によってサイ人型ディストはそれを知っている。知っているからこそわからない。これまで一度として、パーマフロストが他の魔法少女の魔法を使ったことなどなかったはずだった。
「博識なサイ人間さんなら知ってるよね? 第二世代の魔法少女、氷の魔女パーマフロストのことくらい」
「第二世代……!? 馬鹿な!? 奴はとっくの昔に引退したはずだ!!」
「そしてすぐに次の氷の魔女が現れた……。ディストたちの間ではそういう認識なんだね。まあそういう説があるのは知ってたけどさ」
魔法少女は歳を取らない、襲名制である、若返って戦い続けている等々、巷では魔法少女について様々な噂がまことしやかに囁かれているが、その大半はこのパーマフロストが原因である。かつて引退ギリギリまで活躍し、20歳の誕生日を迎える直前に今の外見まで若返った。その後は魔法局の協力を受けて歳を取らないように細工されているためずっと今の姿のまま戦い続けている。
「お前は20年近くも前から戦っているあのパーマフロスト本人だと言うのか!?」
「うん、そうだよ。この日の為に私は若返って、成長を止めて、ずっと備えて来た。歴代の魔女の魔法をこの氷に封じ込めて、歪みの王を討つために」
パーマフロストのスカートの前面には氷の結晶のような飾りがいくつも連なってレースのような前垂れとなっており、それが何層にも重なっている。実はこの前垂れは年々層が増しているというのは魔法少女マニアの間で良く知られた話なのだが、それが何を意味するのかまでは知られていなかった。
概念凍結魔法は、対象を問答無用で凍らせて倒すだけの魔法ではない。
その真価は、あらゆる物理、概念からの隔離、すなわち概念的凍結。
魔法さえも氷の中に閉じ込めて、術者であるパーマフロストが解放するその時まで本来の力を維持したまま保存される。
クロノキーパーと共に開発したこの力で、ほんの少しずつ、一つの凍結保存につき一度の使い切りではあるが、パーマフロストは歴代の魔女たちの魔法を操る。
魔女に対して事情の全てを話したわけではないが、引退の近づいた者には自身が歪みの王を討つために魔女の力を集めている旨を伝え、その力を氷に封じ込めることに協力して貰っているのだ。封じ込めると言っても魔法が使えなくなるわけではない。例えば極大掘削円錐氷を例に挙げるのであれば、魔法の使用権原や根源たる宝物庫を封じ込めているわけではなく、魔法が発動して出現した巨大なドリルを封じ込めているのだ。つまり魔法を込めた氷は単発式の使い切り。使い勝手が良いとは言えないが、それでも魔女の魔法を保管して好きなタイミングで使用出来るのは非常に強力だ。概念に干渉するほど強力な魔法を用いるパーマフロストだからこそ出来た神業と言える。
「ならばなぜ別人の振りをした!? 年端も行かぬ童女の振りをした!?」
「別人なんて失礼しちゃうなぁ。昔の自分を真似てるだけだよ」
なぜ昔の自分を真似ていたのかまではディストに教えてやるつもりなど毛頭ないが、問いかけられたことで、今なお胸に宿す覚悟を決めた日のことを思い出す。
唯一生き残った始まりの魔法少女、クロノキーパー。彼女はこの世界を守るため、いつか来る歪みの王との戦いで必ず姿を現すと、そう妖精に、アースに伝えられた。未来へ跳ぶことで全盛期の力を持ったまま戦いの場に必ず現れると。だからパーマフロストは待っているのだ。あの頃と変わらない姿で、あの頃と変わらない言動で、あの頃と変わらない後輩として。そうしなければ寂しいではないか。世界を救うために自らの人生を投げうってまで戦う魔法少女が、未来で一人ぼっちになってしまうではないか。長い年月を経て、クロノキーパーの知る家族も、友人も、町でさえ、何もかも変わってしまう。歪みの王を倒し、全てが終わった時、クロノキーパーを迎えてあげる人が必要ではないか。
そのためだけに戦い続けた。そのためだけに命をかけ続けた。身体の成長を止めても心の老いまでは止められない。かつてはレイジィレイジに次ぐ序列第二位の魔女として振るっていた強大な力が年々弱くなっていき、今では序列第六位にまで落ちている。当たり前のように開けていた最後の門が二度と開かなくなった。神格魔法が使えなくなった。世界魔法の起動資格を失った。代償を全てスペアに支払わせることになってしまった。このまま戦い続けてクロノキーパーを迎えて上げられるのか。それまで自分の力はもつのか。罪悪感や不安が少しずつ積み上がって心が軋みをあげて、それでも戦い続けた。そして今日、ようやく、待ちに待った運命の日に辿り着いた。
そう、だから、パーマフロストはこんなところで負けるわけにはいかない。
「本当は前座なんかに使いたくなかったけど、力を貸してスプライト」
「前……座……だと? この俺様が前座だとぉぉぉ!? ふざけるなぁぁーー!!」
「解凍・轟く雷鳴の乱槍」
目にも止まらぬ速さと公爵級ディストですら一撃で引き裂く人知を超えている威力。パーマフロストの長い魔法少女人生で出会った中で、間違いなく最強であると断言できる人物。始まりの魔法少女を慕ってやまないパーマフロストですら、別格であると認めざるを得ない規格外。彼女がこの歪みの王との戦いに居てくれればどれほど心強かったかと、引退を心底惜しんだ傑物。
雷の魔女、モナークスプライト
彼女が愛用していた魔法の一撃によって、一瞬の光と轟音の後、反動のように訪れた静寂の中にサイ人型ディストの姿は残っていなかった。




