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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
最終章 立ち塞がるもの全て、蹴散らせ
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episode5-2 王族級⑧ 蛸

 ドッペルゲンガーの冠名魔法は完全な擬態。それは動物や無機物のみならず、魔法少女への擬態も可能とし、更には姿形のみならず扱う魔法までも模倣するという一種のコピー能力とも呼べる代物だ。実際には単純に魔法をコピーしているわけではなく、宝物庫へのアクセス権をコピーしているため、変身元の魔法少女と同時に魔法を使うことが出来ないというデメリットが存在するが、すでに引退している魔法少女の魔法ならそれを気にする必要はない。


 眩い稲光が収まった時、そこに立っていたのは、煌めく雷光のように美しいブロンドのポニーテールに、アメジストのように輝く勝気な瞳、黒をベースに紫電の刺繍があしらわれた派手な改造修道服の魔法少女。それはかつて魔法少女たちの実質的な頂点に立っていた最強の魔女、雷鳴公主モナークスプライトの姿だった。


「それはもう知っていますよ。しかし君のその力は劣化コピー」

雷槍ライトニング


 戦闘スタイルを切り替えたドッペルゲンガーに対してガッカリしたような声音で告げるディストを無視して、ドッペルゲンガーは雷の槍を放つ。モナークスプライトが一番最初に覚えた最低級の魔法だが、雷の性質上発生から着弾までは一秒もかからず、その威力もとても最初の魔法とは思えないほどに高い。もちろん王族級を相手にこれで真っ当なダメージを通せるとはドッペルゲンガーも思っていないが、一つ確認しておきたいことがあった。


「本人が使うならばともかく、君がこのような低級魔法を使って何の意味があるのです?」

轟く雷鳴の乱槍ライトニング・ロア

「やる気がないならこちらから行かせて貰いますよ」


 放たれた雷を片手で受け止めたディストが心の底から疑問に思っているように尋ねるが、ドッペルゲンガーは再び無視して次の魔法を発動する。幾重にも枝分かれした雷の槍がディストの全身に突き刺さりその表面を焼き焦がすが、人型ディストは相変わらず何の痛痒も感じていない様子で重たい足音を立てながら動き出した。


 ディストの言う通り、他の魔法少女の魔法をコピーできるとは言っても本家のクオリティには到底及ばない。よく知ったモナークスプライトの魔法ですら、環境魔法などの上級に位置する魔法は使うことができず、何とか扱うことの出来る中級魔法ですら本来の半分にも満たない威力。

 ドッペルゲンガーも下手に他の魔法少女の魔法を使うよりも自前の魔法を使った方が強いことはわかっている。ただし、相手が普通の生き物であれば電流という刺激から逃れることは出来ず、だからこそウィッチカップにおいてドッペルゲンガーはモナークスプライトに擬態した。単純な威力だけではなく電撃の性質そのものが生物の弱点となるため、あえて変身する意味がある。確認しておきたかったことは正にそれで、限りなく人に近い姿を有していた目の前のディストが、生物としての弱点を備えているか否か。


「搦め手は通じないってわけね。完全擬態ドッペルゲンガー――君臨せよ」


 最初から予想はしていたのか、結局のところガワを似せただけの怪物であるということを理解したドッペルゲンガーはモナークスプライトへの擬態を解いて今度は別の魔法少女の姿へと変身する。

 美しい水のエフェクトに包まれ、飛沫をあげて弾け飛んだ後には黒を基調としてアクセントに白いラインとリボンが添えられたマリンドレスを着た、黒髪ロングの魔法少女の姿があった。外見年齢は10歳前後といったところだろうか。


「――!! ハハハ!! 驚いた!! まさか君がオルカの力を使うとは!!」

七つの海の覇者トップオブセブンシーズ


 高らかに笑い声をあげたディストが一息に距離を詰め、祈る様に握り合わせた両手をダブルスレッジハンマーの要領で勢いよく振り下ろす。先ほどまでのドッペルゲンガーならば良くても互角、ディストが更なる成長を遂げていれば一方的に押しつぶされかねない一撃だが、黒白の魔法少女に変身したドッペルゲンガーは左手だけで易々とその一撃を受け止めて見せた。


「っ!? どういうことです!? 本物のオルカですら第三段階までしか使えなかったはずでしょう!? なぜ劣化コピーの魔法が最上位にまで!? いや、そもそも――」

「その薄汚い口であの子の名前を出すんじゃ、ないわよ!!」


 なぜドッペルゲンガーの強化魔法でも互角だったというのに、劣化するはずのコピー魔法が自身の力を上回っているのか。ディストがその疑問を口に出すよりも早く、フリーになっていたドッペルゲンガーの右腕が目にも止まらぬスピードで振り抜かれ、がら空きになっていたディストの胴体に直撃し大きな風穴を開けるのと同時にその身体を吹き飛ばした。その力は明らかに擬態前を大きく上回っており、ディストが急速に成長していることなど歯牙にもかけないほどに圧倒的だった。


 戦いの余波で瓦礫の山となった元飲食店をいくつかぶち抜いて、ガタガタになった道路にすり下ろされながら停止した人型ディストが立ち上がるよりも早く、いつの間にか倒れ伏すディストに足を乗せていたドッペルゲンガーが強く踏み込んだ。


「ディストはディストらしく! 黙って消えてなさい! あんたたちさえいなければ!! あんたたちが!!」


 踏みしめられるたびに肥大したディストの上半身が破裂して、同時に大きなクレーターのように地面がへこむ。当然ディストは再生しようとするが、その再生が完了するよりも先に再びドッペルゲンガーが強く踏み込むため、最早人型ディストは成す術なく消滅を待つことしか出来ない状態になりつつあった。


 もしも相手がただパワーがあるだけのディストだったのなら、それで終わっていただろう。

 しかし相手は腐っても王族級ロイヤルクラス。尋常ではないパワーはあくまでもベースとなった動物の力であり、王族級ディストに下賜された歪みの力とは別物だ。


『もうやめて!!』


 怒りを露わにして人型ディストを踏み殺し続けていたドッペルゲンガーの目の前に、いつの間にか黒いマリンドレスを着た魔法少女が立っていた。その外見は現在のドッペルゲンガーと瓜二つ。唯一相違点をあげるとすれば、その少女は半透明で、ホログラムのような投影か、あるいは幽霊のように見えることのみ。


「オルカ……?」


 ドッペルゲンガーと人型ディストの間に割って入ったその少女が、ディストを庇うように両手を広げてドッペルゲンガーを睨みつけた。


 ドッペルゲンガーは何が起こっているのか理解が追いつかず、困惑のままにその少女の言う通りディストを踏み殺す足を止めて僅かに後ずさる。

 今自分が変身しているこの黒白の魔法少女は、オルカ。シャチの魔法を扱う魔法少女で、かつてドッペルゲンガーやモナークスプライトが魔女ではなかった頃、共に自分たちの住む町を守るため戦っていた仲間だった。そして十年前、ディストの攻撃から仲間を守り命を落とした故人でもある。

 しかし、だとしたら今目の前に現れたオルカは一体なんなのか。まるで幽霊ですとでも言わんばかりのその姿、まさか本当にオルカの霊だとでも言うのか。だとしたらなぜディストを庇うのか。


 あまりにもディストにとって都合が良すぎる状況。

 ドッペルゲンガーの攻撃を止めさせようとする上で最適の人選。

 追い詰められているからか、あまりにも不自然過ぎる。

 どう考えても罠だと、幻の類い、ディストが何かしているのだということを、ドッペルゲンガーも理性ではわかっている。


 だがそれでも、ずっと会いたかった。ずっと謝りたかった。ずっとお礼を言いたかった。ずっと、ずっと、伝えたいことがあった。もう一度だけで良いから話がしたかった。仲間と支え合って、オルカの死を乗り越えて、今までも戦い続けて来たが、あの日のことを忘れたことなど一度もなかった。


 偽物でも良い、幻でも良い、ただ、これだけは


「オルカ……、私……」

『来ないで!! あんたのせいで私は死んだんだ! どうして私が死ななきゃいけなかったの!? なんで私は死んだのにあんたちだけ楽しそうに生きてるの!? どうして一緒に死んでくれなかったの!? 死んで! 死んでよ!! 死んで私と一緒に居てよ!!』


 あまりにも雑で、解像度の低い偽物だ。

 ドッペルゲンガーの知るオルカは、決してそんなことを言わない。

 彼女が最期に残した言葉は、死の淵に瀕しても恨み言なんかじゃなかった。 


 忘れないで


「私、ちゃんと覚えてるから、流果」

『――ありがとう、八重』


 ずっと罪悪感に苛まれていた。

 罵倒してくれればどれだけ楽だったか、恨み言を残してくれれば贖罪と共に生きられた。

 だけど彼女は誰も憎まず、呪わず、ただ忘れないでいて欲しいと願った。


 偽物のオルカが口にした罵倒の言葉は、本物なら絶対に言わないけれど、ドッペルゲンガーが求めていた言葉でもあった。


「これが弱点を突かれるってことなのね」

「良いのかな!? 私は歪んだ魂のディスト!! 私が消えればオルカの魂も消えてなくなるぞ!?」


 微笑みと共に、空気へ溶けるように消えていったオルカの後ろから、再生を終えたディストが不意打ちで鋭い爪を腕と共に槍のように突き出すが、ドッペルゲンガーの身体が鋼鉄に変化して金属が打ち合うように激しい火花を散らしながら受け流す。表面にひっかき傷が出来た程度で、その傷も瞬く間に修復されていく。


「いいえ、違うわ。あなたが歪めていたのは私の心。あの子は今も安らかに眠ってる。……それとも、もう生まれ変わってるのかも」

「今のは変身魔法!?」

猛り狂う八つ足オクトパス


 完全擬態を行い他の魔法少女に変身した時、ドッペルゲンガーはその魔法少女の魔法をある程度扱えるようになる。それは魔法少女の界隈でも広く知られたことであり、ディスト側もその知識は学習済みだった。だが、完全擬態中にドッペルゲンガー本来の魔法が使えなくなるなどと、誰が言っただろうか。


 縄張魔法による強化、ドッペルゲンガー自身の身体強化、そして魔法少女オルカの身体強化。三つの魔法の重ね掛けによって極限まで強化された八本の蛸足がディストの身体を絡めとりギリギリと締め上げていく。


「そうか、そういうことだったのですか!! ハハハ!! 敵わないわけです!! しかしならばなぜ――」


 ディストの問いを最後まで待つことなく、ドッペルゲンガーは人型ディストを締め潰した。

 疑問の内容は容易に想像がついたが、それに答えてやる義理もない。ドッペルゲンガーにとって全てのディストはオルカの仇なのだから。

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