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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
最終章 立ち塞がるもの全て、蹴散らせ
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episode5-2 王族級⑦ 蛸

 長崎・中華街


 大通りの入り口に建てられた、「中華街」の文字を掲げる豪奢な装飾の牌楼、又の名を玄武門と呼ばれるその門の上に、黒いスーツ姿の華奢な女が立っていた。肌はよく日に焼けたような褐色、漆のように美しい黒髪はオールバックに固められ、黒い瞳には白目が存在せず女の不気味さを際立たせている。

 張り付けたような微笑みを浮かべているその女は、両手を背に回して重ね、胡散臭いビジネスマンのような風体で門前に立つ少女へ語り掛けた。


「必ず魔女が来ると思っていましたが、どうやら私は貧乏くじを引いてしまったようですね」

「……随分と人の物真似が上手なのね。縄張魔法フィールドマジックオクトパス』」


 相対するは蛸の魔女ドッペルゲンガー。魔法局の誘導に従って欺瞞世界の中華街に急行したドッペルゲンガーは、遠目にはただの人間に見える女の姿に一瞬動揺を見せたが、すぐにそれがディストなのだと理解して意識を切り替えた。

 アースはいつもふざけた態度で隠しごとをしている信用に値しない妖精であり、照れ隠しでもなんでもなくドッペルゲンガーは心からアースを嫌っているが、少なくともディスト討伐という仕事においては優秀だ。その一点だけは信頼できると言うことを、ドッペルゲンガーも長い付き合いで嫌というほど理解している。


「そう慌ててはいけません。魔女のお茶会ウィッチパーティー序列第四位、ドッペルゲンガー」

「今は七位よ、思ってたより耳は遅いのね。強きこと怪蛸の如くパワーオブクラーケ!」


 縄張魔法による強化と極めて強力な身体強化魔法の重ねがけによって大幅に身体能力を底上げされたドッペルゲンガーが地を蹴ると、その衝撃で道路に大きなひび割れが広がった。そしてそれとほぼ同時に、目にも止まらぬ速さで人型ディストの目の前に移動したドッペルゲンガーが、侯爵級マーキスクラスですら一方的に殴り殺せるほどの破壊力を有した拳を振るう。


「何という……!」


 後方に大きく跳躍することで一発目の拳をギリギリ回避した人型ディストは、直撃した玄武門が木っ端みじんに弾け飛び拳の風圧で周辺の建物までもが一部崩壊している様を目にして驚きの声をあげた。


「まずは一撃」

「ぐぅ゛っ゛!!」


 拳の風圧によって空中で態勢を立て直す暇もない人型ディストに対し、叩きつけた拳の衝撃でディストを追うように飛び出したドッペルゲンガーが冷たく告げながら、大きく振り上げた踵を勢いよく振り下ろした。


猛り狂う八つ足オクトパス


 ドッペルゲンガーは巨大な八本のタコ足をどこにでも発生させることの出来る魔法を使い、出現したタコ足で自分の身体を掴んでぶん投げることで急降下を行い、地面に叩きつけられてクレーターを作っている人型ディストに向けてキックの追撃を仕掛ける。


「話に聞いていた通りっ、なんて荒々しい!!」


 人型ディストは咄嗟にゴロゴロと転がってから素早く立ち上がり、ドッペルゲンガーの稲妻のように鋭く速いキックを回避した。代わりに蹴りつけられた道路の表面が板チョコのようにバキバキに割れて、強烈な衝撃に一瞬浮き上がる。他の魔女と比較しても頭一つ抜けているその尋常ならざる身体能力に、人型ディストは思わず舌を巻いた。


「ならばこちらも、真の力をお見せしましょう!」


 その言葉に呼応するように、人型ディストの華奢な肉体が急速に膨張し始め、トップクラスのボディビルダーすら凌駕するほどの筋肉ダルマに変貌していく。身に着けていたスーツはその膨れ上がる筋肉に耐えかねるように弾け飛び、その代わりとでもいうように豊かな黒い体毛が生えて全身を覆っていく。

 当初の人間に酷似していた面影がほとんど見えないほどに変わり果てたその姿は、まるで二足歩行の巨大な獣と人間を無理矢理混ぜ合わせたかのような、生理的嫌悪を感じさせる醜悪さだった。


 ディストの変身にかかった時間はドッペルゲンガーがキックをぶちかましてから次の行動に移るまでのほんの数秒。キックを避けたディストを追いかけてドッペルゲンガーが踏み出したのとほぼ同時に変身を終えたディストは、丸太ほどもある巨腕を振りかぶり迫りくるドッペルゲンガーを迎え撃つ体勢に入った。


「大猩々と羆の怪力!! 君とどちらが上か比べてみましょうか!!」

鉄体変性トランスメタル!」


 肉体を金属に変化させることで一撃の破壊力を増し、同時に防御力を向上させる攻防一体の変身魔法を用いたドッペルゲンガーの拳と、膨れ上がったディストの大きな拳が正面からぶつかり合う。お互いに莫大な力を内包した一撃のぶつかり合いによって大きな衝撃が発生し、それぞれの衣装と体毛が強い向かい風に吹かれたかのように激しくなびく。さらには強く踏み込まれた道路は陥没し、周辺の建物が強烈な衝撃波によって倒壊し始める。

 だが、その爆心地とも言える二人は互いに一歩も引くことなく、ぶつかりあった拳が完全に拮抗しほんの一瞬だけ時間が止まったかのような停滞が発生した。その僅かな一瞬でパワーは互角であることを理解した二人は、ほぼ同時に弾かれたように拳を引いてもう一方の拳を振りぬき、またそれを引いてもう一方の拳を叩きつけ、示し合わせたかのように激しい殴打のラッシュが始まった。


「君は本当に私を驚かせる! ここまで食らいつかれるとはね!!」

「おおおおおおおおおおおおおおお!!」


 互いの拳が何度も何度もぶつかりあって、その度に雷でも落ちたかのような重低音が響き渡る。そしてその音と同時に強烈な衝撃によって欺瞞世界の中華街はどんどん壊れていき、まるで大量に設置された爆弾が連鎖的に次々と爆発しているかのようだった。


 一見してパンチの応酬は互角。全ての拳が相手の拳とぶつかり合っているわけではなく、何度も相手の身体に叩き込まれているが互いの勢いは衰えず、むしろ燃え上がる炎のようにどんどんギアが上がり続けている。

 王族級ディストは非常に強い力を有しており、また長い潜伏期間によって多くの知識を蓄えているが、実際に戦うのは初めてでありその戦闘経験は0に等しい。だからこそ、魔女との戦いで急速に経験を吸収することで今なお凄まじい速さで成長を続けている。

 一方でドッペルゲンガーは大ベテランであり経験も充分、年齢的にも魔法少女のピークは過ぎておりこれ以上伸びることはないとドッペルゲンガー自身思っていたが、初めて互角に殴り合える相手と出会ったことで、相手の成長に引き上げられるように身体強化魔法の扱いがより洗練され始めていた。


 ドッペルゲンガーよりも強い魔女はこれまでにいくらでもおり、それは今もそうだが、こと身体強化魔法に限って言えばドッペルゲンガーは自分よりも優れた使い手に出会ったことがない。

 他の魔法少女への変身や、肉体の変性、蛸足の召喚など、近年ではテクニカルな魔法が目立つドッペルゲンガーだが、そもそもその魔法系統は生命。生命系統の魔法少女が最も得意とするのは身体強化魔法であり、それはドッペルゲンガーであっても例外ではない。事実、かつてはモナークスプライトに次ぐ序列第三位にまで上り詰めたのも卓越的な身体強化を評価されての結果だった。

 しかしその優れた才能が災いして、ドッペルゲンガーと肉弾戦で互角に戦える相手がこれまで居なかった。魔法少女は勿論のこと、ディストも同様だ。侯爵級では相手にならないが、かといって公爵級は肉弾戦というよりも要塞を削り倒すような戦いであり、純粋な身体強化以外の魔法で戦うことを強いられる。もちろんそうした戦いでも魔法少女としての経験は蓄積されてきたが、身体強化を用いての殴り合いの経験にはならない。


 これまで自己研鑽によって少しずつ、ゆっくりと研磨されていたダイヤの原石が、今この瞬間、自身と同等の相手に出会ったことで凄まじいスピードで完成へ至りつつあるのだ。


 もっとも、その事実に気づいたからと言って純粋に喜べるほどドッペルゲンガーは無邪気でも戦闘狂でもない。


「はぁ、嫌になるわね……、完全に無傷なんて」

「どうしたのです? まだまだやれるでしょう? 私と君なら!!」


 ラッシュを打ち切りバックステップで距離を取ったドッペルゲンガーが辟易した様子で溜息を吐いた。確かにドッペルゲンガーは自分でも予想外の成長をしているが、しかしそれ以上に人型ディストの成長が早い。今までの攻防でディストに目立った外傷はなく、有効なダメージを与えられたようにも見えない。空中での踵落としもそうだが、先ほどまでのラッシュにしても、一撃一撃が侯爵級程度なら殺せるほどの威力があり、公爵級であっても無傷とはいかないはずだが、それが完全に無傷。

 対してドッペルゲンガーはと言えば、表面上は無傷に見えるが実際にはかなりのダメージを負っている。金属化した身体には度々ヒビが入っていたし、金属化出来ない関節などの可動部やその周辺の肉は何度も叩き潰されていた。その度に変身魔法を用いて再度金属化を行い、ひしゃげた肉体は通常の形状に戻していたが、時間が経つにつれて受けるダメージは大きくなっている。頭部への攻撃だけは優先して捌いていたため意識を飛ばすことはなかったが、仮に一撃でも受けていればそこで終わっていた。幸いにもディストはその事実に気づいていないようだが、このまま殴り合いを続ければ先に限界を迎えるのはドッペルゲンガーの方だ。


 アースから公爵級を上回る強さのディストであることは聞いていたため、相手がかつてない硬さであることや凶悪な性能を有していることは想定してはいたが、自身がコンスタントに出せる最大火力で、しかも成長を含めても無傷となると、違う方向から攻めるか、少々強引な攻め方をする必要がある。


 ドッペルゲンガーは魔法の系統的に殴り合いが強いだけであり、殴り合いが好きなわけではない。だから初めて自分と互角に戦える相手が現れたからと言って、それが自分を更に成長させるのだとしても、舞い上がって固執するようなことはない。


完全擬態ドッペルゲンガー――乾坤根刮ぎ、焼き穿て」

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