episode5-2 王族級⑥ 糸&兎
合作魔法、それはフェーズ2魔法少女の扱うものであっても完全開放の魔女に匹敵する力を持つジョーカー。その秘めたる力の大きさに比例するように扱いが難しく、確実に成功させられるという意味で合作魔法を習得している魔法少女は非常に少ない。ウィグスクローソの直弟子として合作魔法の修業を積んできたオペレイトとバリアの二人でさえ、最近になってようやく安定して発動出来るようになってきたものの、100%絶対に成功するとは言えないほどだ。
だがそれでも、この大一番で二人は見事に合作魔法の発動に成功した。
「なんだこの板は?」
悪魔型ディストをドーム状に取り囲む様に、銀色に輝くA4のコピー用紙サイズの板が空中にいくつも浮かび上がる。悪魔型ディストがそれに躊躇なく触れると、強くはたかれるような衝撃と共に手が弾かれた。
「反射か」
悪魔型ディストの言う通り、その銀の板は触れたものを反射する力を持っている。しかもただ反射するだけではなく、接触した物が持つエネルギーを増幅して反射する。探る様に触った悪魔型ディストの手が強く弾かれたのもそれが原因だった。
「こんなものがどうしたと――」
「カノンさん」
「わかってますって! 形態変形:機関砲! ラビットフットさんの仇だ!! 食らえー!!」
「勝手に殺すな!!」
カノンが魔法を発動すると、専用武器である機械仕掛けの大筒がガシャガシャと音を立てながら変形し、砲身から生えたアンカーが地面に突き刺さって大筒を固定化し、砲口が三つに分裂して砲弾を連射し始めた。単純に三倍になっているわけではなく、一発撃ってから次の発射までの時間が短縮されていて、弾幕の分厚さはさきほどまでとは比べ物にならないほど増している。
痛み止めが効いてきたのか、相変わらずラビットフットの右腕は見るに堪えないひどい状態だが、威勢よく噛みつく程度の気力は取り戻したらしい。
「ふん、それを反射するというわけか。もう忘れたのか?」
撃ちだされた魔力の砲弾は、銀色の板の隙間をぬってドーム状の包囲網に侵入し、板に触れるとその速度を増しながら軌道を変え、また別の板に触れることで更に速度を増して軌道を変え、それを繰り返すことで次第に魔法の使用者である本人たちでさえ目で追えないほどの速度に達っしていく。
赤い魔力砲弾の残像がいくつもの閃光のように網膜に焼き付き、疎らな銀のドームと相まってイルミネーションのようにすら感じられるが、見た目の美しさに反して内包する威力は危険極まりない。一発一発が侯爵級程度なら一撃で葬り去ることの出来る、王族級と言えど無視できない威力を持っている。
そう当たりさえすれば
「私にはそんなもの当たらな――」
単純にエネルギーを増幅する板を張るだけならば、バリアの魔法だけで事足りる。この増幅反射結界が演算の魔法少女との合作魔法である理由は、反射する板の角度に緻密な計算を必要とするからだ。オペレイトが持つ演算能力を高める魔法とかけあわせて初めて真価を発揮するのだ。
極限まで加速した砲弾はオペレイトでさえ目で追えていないが、そもそも目視する必要などないのだ。撃ちだされた砲弾がどの銀板にあたり、どのような軌道を描くか、全てはオペレイトの頭の中にある。
これからの魔法少女の可能性として、魔女でなくても公爵級を相手に戦えるのだという可能性を示すため、ウィグスクローソは二人に合作魔法の特訓をさせ、さらにその魔法を活かせるであろう砲撃の魔法少女を組ませた。そうして合作魔法は形になった。
そう、二人は別に隠れ潜むことなどしなくても、悪魔型ディストとの戦いにおいていつでも合作魔法を使うことが出来た。ならばなぜ隠れていたのか? ラビットフットを囮にしてまで何故時間を稼いでいたのか?
「なっ!? ――馬鹿な!? ――ぐあ゛! ――グゾッ゛! ――ふざげる゛な゛ぁ゛!!」
当たるはずのない攻撃。
捻じ曲げられるはずの攻撃。
空間ごと歪められるはずの攻撃。
しかしその前提を覆す様に、銀板の耐久限界まで反射を繰り返した砲弾が次々と悪魔型ディストに突き刺さり爆発する。流石に王族級だけあって一撃が致命傷とまではならないようだが、絶え間なく撃ちだされる砲弾はディストに休む暇を与えず、声帯が再生している時のみチラホラと悪態が聞こえてくるだけで全く反応出来ていない。
「演算は終わっている」
ディストの使う空間の歪みには僅かではあるが穴、歪められていない部分がある。それは、クローソが無量魔法による全方位攻撃をした際に一部の糸の軌道が曲げられなかったことから間違いない。だからオペレイトは、ラビットフットが囮となって時間を稼いでいる間にその穴を探していた。同じような攻防を繰り返していたのは単なる時間稼ぎだけではなく、無量魔法による攻撃を複数回仕掛けることで、空間の歪みに空く穴のパターンを解析することも目的に含まれていた。穴は常に同じ場所に空いているのではなく、空間の歪みと同様に流動している。唯一の弱点であることをディストも理解しているからこそ、常にその弱点を移動させ続けているのだ。
攻防において密度を切り替えると言うことは、空間を歪める異能は自動ではなく手動の可能性が高い。ならば必ず手癖、または合理に基づいた動きをしているはずであり、そのパターンを解き明かすことが出来さえすれば砲撃を穴に通すのは造作もない。そのための合作魔法なのだから。
演算は終わっている。
「この、この私がぁぁぁ!! こんな低能な虫けら共に! 負けるだとぉ!? ありえん! ありえるはずがないぃぃ!!」
悪魔型ディストは怒りの感情をもたず、屈辱の感情をもたない。しかしひたすらに楽しくないという感情が胸を満たし、冷静さを欠いた。手癖がブレ、パターンがズレることで空間の歪みに出来た穴の動きが変わる。砲弾が届かなくなり、途切れ途切れだった言葉が流暢に紡がれる。
だが悪魔型ディスト自身がその事実に気づくよりも早く
「想定内」
王族級ディストが一つの感情しか持たないなどということをオペレイトは知らない。だから先ほどまでうまく行っていた、勝てると思い込んでいる相手が負け始めた時、冷静さを欠いてパターンが乱れるであろうことは予測していた。
すぐさま銀板の角度を変えることで弾道修正された砲弾が、再び悪魔型ディストに着弾する。
演算は終わっている。
「ここからは運ゲー」
「はぁ? どういうことよ」
「貴様らぁ! 楽には殺さんぞ!!」
ぼそりと呟いたオペレイトの言葉にラビットフットが疑問を投げかけるが、それに答えるよりも早く悪魔型ディストの怒声が響き渡る。先ほどまでディストの肉体を着実に削っていた赤い魔力の砲弾が、明後日の方向に飛んで行っている。自由になった悪魔型ディストは空間を歪ませる力で真っ先に銀板を破壊し始めた。
「分析されてるのに気づいたらランダムに切り替える。想定内だけどパターンが組めない。でもその分さっきよりは粗い、はず」
「わ、わわ、反射結界が壊されちゃってるよ!? どうするの!?」
「カノンさんは牽制を続けてください。合作魔法も維持を。二つに気を取られている間は攻撃している余裕はなさそうです。この隙に私が――」
「縄張魔法『兎』」
クローソの言う通り、悪魔型ディストはカノンの放つ砲弾から身を守ることと、自分を取り囲む銀板を排除するのに空間を歪める力を使っており、魔法少女へ攻撃する余裕はない様子だった。最早銀板が脅威ではないことや、増幅反射されていない状態の砲撃がそれほど有効打ではないことに気が付けば、苛烈な攻撃を仕掛けてくることは間違いない。オペレイトの見立てでは今までよりは多少攻撃が通る可能性は高いため、クローソはディストが現状を正しく認識するよりも早く、積極的に自分から攻め立てることで決着をつけようと考えて指示を出した。
しかしここには一人、クローソの直弟子ではないため言うことを聞くつもりなど全くなく、そして負けず嫌いで反骨精神の塊のような魔法少女がいる。
「待ってくださいラビットフットさん!」
「青いのと黄色の、どんどんあの板増やしなさい。絶対途切れさせるんじゃないわよ。月を超えろと兎は跳ねる!」
身を案ずるようなクローソの制止の声も聞かず、ラビットフットは縄張魔法と自身が使える最上級の強化魔法を併用して駆け出した。そのスピードは限界まで増幅反射された魔力砲弾に勝るとも劣らず、あっという間に悪魔型ディストを取り囲む銀板の群れに飛び込み、そしてその一枚を蹴りつけた。
「月蹴――」
「また貴様か! 泣かされたいならお望み通りにしてやろう!」
魔力砲弾とは別の、魔法少女が接近してきたこと気が付いた悪魔型ディストがラビットフットめがけて空間を歪めるが、次の瞬間には別の場所に移動しており、またその場にある銀板を踏みつけて移動し、ラビットフットはまるで自分自身が砲弾になったかのように銀板の群れの中を跳び回る。奇しくもそれはラビットフットが得意とする戦法の一つ、高速立体軌道に酷似していた。
「演算の意味がない。無茶苦茶すぎる」
「え? オペレイトちゃんが誘導してるんじゃないの?」
「そのつもりだった。でもあの人、反射結界が本来反射する方向とは全然違うところに跳んでる」
「どういうこと?」
「……ラビットフットさんは月を蹴る魔法を使えます。それは水面や鏡に映った月でも蹴ることが出来るそうです」
銀板は触れたものを決まった方向に強化して反射するのみであり、空中に固定されているわけでもないため本来は足場として蹴りつけることなど出来ない。触れた瞬間に定められた方向へ飛ばされるだけだ。しかしラビットフットはウィッチカップでも一瞬使用していた月を蹴る魔法により、鏡のような銀板に映りこんだ月を蹴りつけることで自らが望む場所へ跳躍しているのだ。
「でもそれって、なにか意味あるんですか?」
何も無理をして蹴りつけなくても、触れるだけで反射によって跳ぶことは出来る。それにそもそも、空間を歪める相手にわざわざ肉弾戦を仕掛けに行くなど自ら危険に飛び込むようなもの。ラビットフットはそれで先ほど大きな傷を負ったというのに、なぜ自分が直接戦うことに拘るのか。
「負けず嫌いなのもそうでしょうけど、勝算があるのでしょう」
先ほどとは状況が違う。演技であったとしても、ディストが現実に侵攻しようとしているならば多少無理をしてでも止めようとするのは魔法少女として当たり前のことだ。だが、少なくとも今はクローソが相手をするのでも良かったはずだ。負傷しているラビットフットがわざわざ身体を張る理由などあるのか。あるとすればそれは勝算があるからではないのか。そしてそのラビットフットの勝算について、クローソは薄っすらとではあるがどういうものか察していた。クローソからすればとても勝算とは呼べない、賭けのようにしか感じられないが、すでに賽は振られてしまった。
「手繰り寄せる運命の糸」
冠名魔法と呼ばれるそれは、魔法少女によって強弱は全く異なり、切り札にしている者もいれば全く使わない者もいる。そもそも使えない者も多い。ただ一つ言えることがあるとすれば、それはその魔法少女を象徴するような効果があるということ。
クローソの冠名魔法の効果は、自らの望む運命の糸をほんの少し手繰り寄せること。そもそも実現する可能性が低い運命や複雑な運命の糸は手の届く範囲内にないため手繰ることは出来ず、手の届く位置に存在する糸も確実に掴めるわけではなく、少しだけその運命を辿る可能性が上がるという程度。いわば気休めのようなもの。それでもラビットフットがしようとしていることの役には立つだろうと考えてその魔法を使用した。
「無量魔法『繭』」
並行して大量の糸を呼び出して、万が一ラビットフットが失敗した場合に備えて増幅反射結界を覆うように配置する。先ほどのようにラビットフットに怪我を負わせるようなつもりは毛頭ない。
そんなクローソの心情を知ってか知らずか、ラビットフットはひたすら銀板を蹴りつけて高速立体軌道を続けている。すでに魔力砲弾を超えるほどのスピードで動いているラビットフットのエネルギーに耐え切れず、蹴りつけた銀板は壊れてしまっているが、銀板が途切れないように次々と出現しているため足場がなくなるということにはなりそうもなかった。
「ウロチョロと何のつもりだ! 鬱陶しい、落ちろ!!」
ディストの空間を歪める攻撃によってまとめて銀板がごっそりと減少するが、それすらも次の瞬間には補充されている。そしてラビットフットも、いつまでもこの膠着状態を続けるつもりはない。
「タイミングを待ってただけよ。幸運の白兎!」
ラビットフットの冠名魔法はその名の通り、幸運を呼び込む魔法だ。パッシブで常に幸運魔法はかかっているが、それを僅かにではあるが強化した魔法ということになる。
目に見えて何かが変わったというわけではないが、ラビットフットは機は熟したというように急激に方向転換して悪魔型ディストへ突っ込んだ。先ほどと同じように背後を取った状況、しかし今回は飛び込んだキックが空ぶることはなく、見事にディストの右腕に直撃し蓄積されたエネルギーによって右上半身を丸々消し飛ばした。さらに続けてピンボールを繰り返し、再び何かのタイミングを計る様に突っ込んでは、右足、胴体、腹、左腕と消し飛ばしていく。
もちろんディストは再生しているため全身が丸々なくなったということはないが、徐々に再生のスピードが落ち始めている。
「馬鹿な!? なぜだ、なぜ貴様は歪みを通り抜ける!? なぜ貴様の攻撃が私に当たる!? 何をしたぁ!!」
ディストの言葉には答えず、ラビットフットは動き方を変えて再びディストへ突っ込まずに銀板を何度も踏んで高速立体軌道に専念するようにディストの周囲を跳び回る。
「ぐっ!? なぜわかる!?」
ラビットフットが動き方を変えた直後、増幅反射結界をラビットフットと共に跳び回っていた魔力砲弾が悪魔型ディストに直撃し始めた。
オペレイトの見立て通り、悪魔型ディストは空間を歪める力をランダムに発動させることでオペレイトの演算から逃れていた。確かにランダムにすることで多少歪みが荒くなり弱点である穴は広がることになるが、どちらにせよ場所がわからなければ攻撃は通らないのだから問題ないと判断したのだ。しかしここに来て目の前の魔法少女はそのランダムな穴を正確に突いてきている。先ほどはそんなことが出来なかった以上、原因は穴が広がったことであるのは明白で、どうやったのかはわからないが目の前の魔法少女はランダムな穴の位置を察知する力があるらしい。ならばほんの少しの間マニュアル発動に切り替えて目の前の魔法少女を排除し、再びランダムに戻せば良い、悪魔型ディストはそう考えた。
だが、いざ切り替えて見れば途端に兎耳の魔法少女は攻撃をやめ、しかも魔力砲撃が再び自分を襲い始めた。すでに再生限界が近いことをディスト自身も理解しており、まだ消えたくない、もっと楽しみたいという雑念が判断を狂わせる。
このままマニュアル発動で一方的にハチの巣にされるよりも、ランダム発動で身を守りながら、狙って倒せないのなら一か八かでも無差別に力をばら撒いて目の前の魔法少女を倒すと決める。
「私はもっと楽しむのだ! 人間の悲鳴! 苦しみ! 死に様を! 邪魔をするなああぁぁ!」
「――跳刎」
ディストの力と白い閃光が交差し、決着は一瞬でついた。
何とか原型を留めていた悪魔型ディストの頭部が刎ね飛ばされて、残された胴体が音を立てて崩れ落ちた。
悪魔型ディストを打ち倒し着地したラビットフットが、乱れた髪を左手でかきあげる。
「運ゲーであたしに勝てるヤツなんていないのよ、雑魚が!」
全ては運任せだった。あるいは獣の勘と言うべきか。オペレイトのここからは運ゲーだという言葉を聞いた時点で、ラビットフットは勝利を確信していた。
ラビットフットはランダムに移動する歪みの穴を見極めていたのではなく、何となく今なら行けそうだと感じたタイミングで突っ込んでいたに過ぎない。悪魔型ディストがランダムからマニュアルに切り替えた時も、今は良くない気がするという直感に従ったまで。最初はその行けそうだという感覚も中々生じていないようだったが、ウィグスクローソと自身の冠名魔法の重ね掛けによって幸運の運命を引き寄せたのだった。




