表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
最終章 立ち塞がるもの全て、蹴散らせ
166/216

episode5-2 王族級④ 重力

 徳島・眉山


 美しく豊かな緑溢れる広大な山の一角に、奇妙な格好をした少女が一人歩いていた。

 布の一枚も纏わずに惜しげもなく晒されたその肌は、病的の比喩ではなく言葉通りの意味で、とても人間のものとは思えないほど青白く不気味な色をしている。地に引きずるほど長く伸びた髪の色は日本人と同じように真っ黒だが、目を凝らしてよく見てみれば靄のようにどこかブレて見え、輪郭がハッキリとしていない。裸足で山の中を歩き回っているため、足裏には小石や木の枝が度々食い込んでいるが顔は無表情のまま微動だにせず、その動かない瞳は白一色、さらに左目の下瞼から頬にかけて真っ黒な罅が入っている。

 それらの情報だけでも充分人間離れしており物の怪の類であると断じられてもおかしくないが、何よりも奇妙なのは頭上に乗せた不気味な何か。見ているだけで強烈な不安と生理的嫌悪感を覚える歪みの塊。

 真っ黒なクラゲのような形をした大きな何かが、その少女の頭の上に帽子のように乗っかているのだ。少女の顔よりも大きな傘の部分が頭の上でブヨブヨと揺れ動き、成人男性の腕よりも太い触腕が髪の毛のように垂れ下がっている。全体のシルエットを見ればクラゲの擬人化のように見えないこともない。


「これが、美しいということなのでしょうか」


 眉山は標高290メートルと比較的小さな山ではあるが、山頂は見晴らしがよく美しい景色を一望できる観光スポットとして知られている。クラゲ少女はそのことを知ってか知らずか、感情の籠っていない平坦な声音で、どこか他人ごとのように呟いた。


「命の気配がない。この木々も全て作り物。あの町並みも、あの海も、本物じゃない」


 クラゲ少女が今立っているこの世界は、全ての物が魔力によって作り出された紛い物、すなわち欺瞞世界。小鳥の囀りや虫の鳴き声、獣の生きる音、山にあるはずのそれらが一切存在しない、戦いの為に用意された静かでつまらない世界。


「本物を見ればわかるのでしょうか。楽しいとはどんなことなのか、嬉しいとはどんな気持ちなのか、幸せとはなんなのか、私にも」


 悲し気な表情を浮かべるクラゲ少女の視線の先にある景色は、僅かに歪んでいた。それはまるで二つの世界を結ぶ綻びのように。


「……」


 衝動的に伸ばしかけた腕をゆっくりと降ろして、クラゲ少女は歪んだ景色から目を逸らし逃げるように反対へ歩き出した。行先は決まっているのかいないのか、自分でもそれがわかっていないかのようなふらついた足取りで。


「魔法少女レッドボールちゃんさんじょー! ってあれ? ディストは? ねぇねぇそこのクラゲちゃん、すーっごく大きなディスト見なかった?」


 その場を離れようとしていたクラゲ少女の目の前が突如として輝き出し、そこから真っ黒なローブに身を包んだ黒髪ツーサイドアップの少女が現れ、初対面のクラゲ少女に馴れ馴れしく話しかけ始めた。

 その少女は自由奔放にして快活、魔法少女になってから僅か一年でフェーズ3に至り、今や序列第三位にまで上り詰めた天才、重力の魔女レッドボールその人だ。


 クラゲ少女の異様な見た目は魔法少女に見えないこともないため、レッドボールは現地の魔法少女と勘違いしているらしかった。


「あなたが探しているのは恐らく私です」

「……? 王族級ロイヤルクラスディスト?」

「なるほど、そう名付けたのですね。我らが父に連なる者という意味ではあながち間違いでもない。ならば答えましょう。私こそが王族級ロイヤルクラス、『歪んだ命』のディストです」


 キョトンとした顔でクラゲ少女を指さしながら首をかしげるレッドボールに対し、クラゲ少女改めクラゲ人型ディストは相変わらずの無表情で断言した。ディストは魔法少女との戦いの中で知識を少しずつ蓄積し続けている。これまで自分たちが人間社会の爵位になぞらえて呼称されていたことは認識しており、公爵級よりも高位の存在として生み出された自身が王族級と呼ばれることに合点がいっている様子だった。


「なーんだ、公爵級より強いなんて言うからどんなに大きいか期待してたのに」

「確かに大きさは強さです。我らが父もそのように考えていた。けれどあなたたちはその常識に囚われない。桁外れの巨体を持つ公爵級でさえあなたたちに勝つことは出来なかった。だから違う強さを求めた結果私たちは作り出されました。大規模な破壊による人類社会の崩壊よりも、魔法少女の抹殺に主眼をおいて。奇しくもお手本に事欠くことはありませんでしたから」

「ねぇねぇ! なんで話せるの? 今までお話出来るディストなんていなかったよ?」

「……あなたは私を倒しに来たのではないのですか?」


 長々と講釈を垂れ始めたのはクラゲ人型ディストの方だが、そもそもレッドボールはディストを討伐するために王族級を探していたはずであり、本来なら問答無用で襲い掛かって来てもおかしくはないはずだ。だというのに、戦う素振りを見せないどころか興味津々と言った様子で会話を続けようとしているのだから、クラゲ人型ディストが解せないというように問いを返してしまうのも無理からぬ話だ。


「え~? だって倒しちゃったらもうお話できないじゃん。また話せるディストが出てくるの?」

「それは……、この戦いの結果次第です。でも、あなたがまた私のようなディストと話をする機会はまずないでしょう。言語を解することは、対話に応じることと同義ではありませんから」

「むずかしい言葉使わないでっ! 意味わかんないっ」

「ええ、私が出会った魔法少女があなたで良かったのだろうということです」


 多少知能のある個体こそあれど、これまで人語を解するディストが出現したことなどなかったのだから、魔法少女が疑問を覚えるのは当然とも言える。もっとも、普通の魔法少女なら警戒という意味合いの強い疑問となるはずであり、レッドボールのように好奇心丸出しの疑問ではなかっただろう。とても話をするなどという空気にはなるはずもない。


「大きさと再生力に代わり、私たちロイヤルクラスディストに与えられた力は三つ。一つは人型をベースにして、同時に他の生命の力を兼ね備えた強靭な肉体」


 それは魔法少女の形を模し、


「二つは人間の言語を解し、人間と遜色なく思考することの出来る知能とそれに付随する感情」


 それは魔法少女の中身を模し、


「三つはこの世の理を捻じ曲げる特別な異能」


 それは魔法少女の力を模した


「そう、つまり私たちは魔法少女型ディスト。公爵級の持つ巨体と再生力を代償に、魔法少女の存在に極限まで近づいた新たなディストなのです。ならば話が出来るなんて当然でしょう。悲しいことに失敗作もいますけれど」


 歪みの王によって作り出された7体の王族級ディストはそれぞれが人に近い姿形、高い知能、特異な能力を有しているが、そのパラメーターの割り振りや総合力は個体ごとに大きな違いがある。例えばキャプテントレジャーたちが相手をしている虫人型は、身体能力こそ優秀だが、知能、異能はそれほどでもなく、王族級の中では最低クラスの総合力となっている。


「へ~、じゃあ魔法少女みたいなものなんだ。だから暴れないの? あ、そうだ、なんでディストって人を襲うの?」

「生物が種を繋ごうとすることに理由がないのと同じように、ディストが人を襲うのは言わば本能です。なぜそんな本能があるのかはわかりませんけど、私なりに考えた答えは、羨ましいからだと思います」

「羨ましい? 人間がってこと?」

「ええ。私たちは世界間の歪みから生まれる意思を持った現象。その存在はひどく不安定で、いつ消えてしまってもおかしくありません。だからあなたたちのように、確かな存在としてこの世に君臨する生物を羨んで、けれど決して手は届かなくて、その事実が許せない」


 苛烈な言葉とは裏腹に、クラゲ人型ディストの声は落ち着いていて、今まで変わることのなかった表情は悲し気に、泣き出しそうに歪んでいた。


「……クラゲちゃんも、許せない?」

「言ったでしょう、ただの憶測だと。普通のディストに感情はありません。仮に憎悪が行動理由の根幹なのだとしても、肝心の憎しみを感じることなど出来ないのです。そしてそれは私も同じです。私に与えられた感情は悲しみ。それ以外の感情を私は知りません」


 虫人型ディストは恐怖、クラゲ人型ディストは悲しみというように、王族級ディストはそれぞれ違う単一の感情を分け与えられて作り出された。人間が持つ感情という複雑な機能をそのまま持たせることが出来なかったのか、あるいはそれも一種の実験なのか、それはクラゲ人型ディストにもわからなかったが、自身に与えられた感情が「悲しみ」であることが、ただただ悲しかった。


 王族級ディストは他のディストと違い、実際に世界へ顕現するよりもずっと前から世界間の歪みの中に作り出されていた。そうして決戦の時が訪れるまで、他のディストから送られてくる情報を、知識を蓄積し続けていた。

 クラゲ人型ディストはその学習の中で、人間が感じている楽しさ、嬉しいという気持ち、幸せの概念に強く興味を抱いていたが、与えられた感情は悲しみだった。

 初めて欺瞞世界に降り立った時、空気が肌を撫でる感触、むせかえる様な緑の匂い、地を踏みしめる足音、雄大な自然の景色、歪みの中でただ想像しているだけだったそれらを初めて直に体感出来たと言うのに、感動を抱くことなどなかった。心が弾むことなどなかった。幸福を感じることなど出来なかった。


「本能に身を任せて暴れ回り人を殺戮したとしても、その先に私を待っているのは悲しみだけなのです。仮初の、いつかは消えてなくなってしまう偽物の身体なのに、胸が張り裂けるような悲しみだけはわかるのです」


 だからせめて、悲しみを抱かないために、そして悲しみを与えないために逃げ出した。現実世界と繋がる場所を見つけても、その先に踏み込もうとは思わなかった。


「最後にあなたと話せて良かった。楽しいという気持ちはわかりませんでしたけど、あなたと話している間は悲しくありませんでした。人とお話をするということは、きっと楽しいことなのですね」

「最後にって――っ!? なにすんのさ!?」


 聞き捨てならない言葉に疑問を投げかけようとしたレッドボールに向けて、クラゲ人型ディストの触腕が勢いよく振るわれた。一本目は狙いが外れたのかあえて外したのか、レッドボールの足元を叩きつけ、二本目、三本目、四本目と立て続けに振るわれたそれらはレッドボールが咄嗟に後方へ飛びのいたことで空を切る。


「悲しいから人は襲わないんでしょ!? 戦わないんじゃないの!?」

「ディストは人とは違います。創造主に命じられればそれに抗い続けることは出来ません。私はもうこの身体を制御することができない。レッドボール、あなたなら私に勝てる。いいえ、勝ち続けることが出来る。私を、殺してください」

「そんなの……! もう! 跪けプレッシャー!」


 普段は自由気ままに振舞っていることの多いレッドボールだが、それは年齢に見合った精神性の子供であるというだけの話で、確かに少々変わった部分や生意気な部分もあるが道徳や倫理観は一般的なものから逸脱しない範囲だ。相手がディストとは言え、先ほどまで理性的に話をしていた相手を問答無用で殺せるほどの無法者ではない。

 殺傷能力を抑えほどほどに重力を増加させ相手を地面に押し付ける魔法でクラゲ人型ディストの拘束を試みるレッドボールだったが、しかしクラゲ人型ディストはその重力下でも何の支障もなく動き続け、触腕での連続攻撃を畳みかける。


こっち来ないでアンチグラビティフィルム!」

「迷わないで下さいレッドボール。私の触腕には即効性の極めて強い毒があります。一撃でもかすれば恐らく魔法少女でも無事では済まない」

「うぅぅ~~! もう知らない! クラゲちゃんが悪いんだからね!! シミになっちゃえレッドステイン!!」


 レッドボールは自身を中心に反重力のバリアを展開する魔法で叩きつけられる触腕を弾き返すが、クラゲ人型ディストは膂力も強いようで完全には弾き切れず、受け流すことで何とか接触を免れすれすれのところで回避する。しかし反撃しなければ攻め立てられる一方で、しかもその一撃一撃が即死級の攻撃とはあってはレッドボールも冷静ではいられず、追い詰められ無理矢理使わされる形で強力な魔法を発動した。

 手加減や迷いがなければレッドボールは最強格の魔法少女だ。如何に王族級と言えどもその一撃を耐えきることは出来ず、クラゲ人型ディストは地面に黒い染みをつけるように叩きつけられペシャンコにつぶれてしまった。


「……レッドボール、言ったでしょう。私は『歪んだ命』のディストだと」


 階級によって大きな違いがあるが、ディストには再生能力があるためレッドボールもこれでクラゲ人型ディストが消滅するとは思っていない。王族級ともなればなおさらだ。だからこそ、迷いながらではあってもレッドボールは致死の魔法を使えた。

 だが、クラゲ人型ディストが再生しながら発する言葉はそれとはどこか違う意味合いを含んでいた。まるで聞き分けの悪い子供にそれでは駄目だと言い聞かせるように。


「私に下賜された力は『不死』。再生限界は無限」


 クラゲ人型ディスト。決して低くはない身体能力に致死性の毒を持ち、知能は極めて高く、そして凶悪な異能を有する、王族級ディストの中でもトップクラスの総合力を誇る怪物。


 ディストは生物ではない。

 頭を潰されても、心臓を潰されても、ディストは死なない。

 ディストを殺すには、その再生力が限界を迎えるまで殺し続ける必要がある。


 では、再生力に限界がないディストは倒せるのか。


「あなただから話したのです。あなたの魔法なら――」

「クラゲちゃんはそれで良いの? 楽しいがわからなかったって言ってたじゃん。本当は知りたいんじゃないの? 私、たくさん楽しいこと知ってるよ! からかうとすっごく反応が面白い兎ちゃんがいてね、一緒にイタズラしに行こうよ! 駄菓子屋さんにおっきな音の鳴る玉が売っててね、先生の車の下に置いとくと大慌てで――」

「レッドボール」

「……ほんとに良いの?」

「お願いします。私自身が悲しみを生み出す前に」


 あったばかりの相手で、しかも相手はディストだ。別れを惜しんで涙を流すほどの仲でもなく、出来ないなどと甘えたことを言える状況でもない。それでもレッドボールは今一度、これが最後だと言うように神妙に問いかけ、クラゲ少女はそれに応じた。


創世魔法フィールドマジック重力世界ワールドオブグラビティ』」


 再生を終えたクラゲ少女の身体が自らの意に反してレッドボールに襲い掛かろうと動き出す。しかしその毒を帯びた触腕がレッドボールに届くよりも先に、世界のルールが変わった。


奈落レッドボール


 胸の前で両手を上下に開き、太極図を模したようなポーズを取ったレッドボールの腕の中に小さな不可視の穴が出現する。そしてレッドボールに飛び掛かったクラゲ少女はその穴の中に吸い込まれ、消えてしまった。


「あ~ぁ、やな感じだなぁ……」


 レッドボールの創世魔法フィールドマジックは他の魔法少女のものと性質が異なり、魔法の規模や威力を高めるのではなく、精度を高めるルールを課した世界を創り出す。

 その結果として実現するのが、指定した対象のみを引き寄せ、バラバラに引きちぎり閉じ込める極小のブラックホール。

 レッドボールは創世魔法を使わずともブラックホールに匹敵する超重力を生み出すことは可能だが、そんなことをすれば自分どころかこの星そのものが消滅する。レッドボールにとって創世魔法は自身の強すぎる力を制御するためのいわばリミッターなのだ。


 対象を指定するが故に光を呑み込むことはなく、その奈落は吸い込んだ物によって色を変える。


 ゆえに、奈落の心臓。


 クラゲ人型ディストを呑み込んだその奈落は、まるでブラックホールのように黒く染まっていた。


「動けなくなっちゃったし、つまんないの」


 例え不死であっても、殺され続けている間は人類を脅かすことはない。

 クラゲ少女はそのことをわかっていたから、レッドボールならば自分を止められると理解して最後の時を共に過ごすことを選んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] レッドボールに何かがあると悲しみちゃんが復活する?
[一言] レッドボールちゃん強すぎぃ こんなに苦しいのなら悲しいのなら……愛などいらぬ……
[良い点] 失敗作って虫のやつだったのか自分のことだったのか・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ