episode5-2 王族級③ 竜&磁力&海賊
自然系統の環境魔法、法則系統の創世魔法、生命系統の縄張魔法、創造系統の無量魔法、総称して領域魔法と呼ばれるそれらは、例えば縄張魔法同士であればお互いに干渉しあって片方の効果がかき消されてしまうが、系統が異なる場合にはそれぞれが十全にその効果を発揮する。むしろ、相乗効果により通常よりも高い効果を得られることもある。
「海賊団!!」
「竜」
「磁力世界!」
詠唱が完了するのと同時に、甲板をぶち破られたまま放置されていた海賊船の中から筋肉質の屈強な男たちがぞろぞろと姿を現し、次々と船上から地面に降り立ち始めた。ステレオタイプなどこか小汚さとむさくるしさを感じさせるその男たちは、雄々しい雄叫びをあげながらそれぞれが手に持った刃物や銃器を用いて虫人型ディストの大群に襲い掛かった。
「うおおおおおぉぉぉーーー!!」
「俺たちが相手だぜぇぇぇ!!」
「かかってきやがれ化け物がぁぁぁ!!」
彼らはキャプテントレジャーの海賊団のクルーとして、魔法によって作り出された仮初の命であり、性質は人間よりも妖精に近しいが妖精を大きく上回る戦闘能力を持っている。
「うぎゃあああぁぁぁ!?」
「ぐあああぁぁぁ!!」
「死ぬううぅぅ!」
とはいえ、流石に王族級を相手にして勝利を収められるほどではない。威勢よく突っ込んで行ったは良いが悉くがあっさりと返り討ちにされてしまっている。
一人一人の強さは凡そ伯爵級ディスト程度と言ったところだろうか。並みのフェーズ2魔法少女に匹敵する強さであると言えば充分過ぎる性能のようにも考えられるが、この魔法の真価は別にある。それは、キャプテントレジャーの魔力が続く限り生成される団員が無限であるということ。
勇ましく飛び出した男たちは次々と倒されて消えていくが、それに負けぬ速さで海賊船から新しい団員が飛び出てくるため一進一退の攻防が繰り広げられていた。
「竜の舞!」
生命系統の縄張魔法は基本的にその効果範囲内での自身の戦闘力を大幅に引き上げるというものであり、ドラゴンコールもまた例外ではないが、加えて別の魔法を使用することによってその効果は大きな変化を見せる。
竜の舞は本来自身の付近に居る味方の身体能力を一定時間強化する魔法であり、あまり広範囲に渡って効果のあるものではなかった。しかし縄張魔法の発動中はその効果範囲が縄張全体に及び、さらに効果は一定時間ではなく縄張魔法が発動している限り永続となる。
「磁力君臨」
法則系統の創世魔法は、一定範囲内に新しいルールを設けた自分のための世界を創り出す。エクスマグナの場合、本来磁力の影響を受ける物質であるか否かを問わず範囲内の全てを強力な磁力の支配下におくというもので、以前にウィッチカップで使用していた磁力制御の強化版であると言える。そしてその効果の対象はディストもまた例外ではない。とくに昆虫のように薄く重なった羽はぴたりとくっついて羽ばたくことが出来なくなり、機動性を大きく損なうこととなった。
この磁力世界を展開している状態の場合、追加の魔法を使わずともある程度磁力を自在に操ることが出来るが、王族級ディストともなればそれだけでは行動を阻害することが出来ないようであったため、エクスマグナは磁力で対象を地にひれ伏させる魔法を追加で発動した。それでもなお、敵の動きは悪くなったが全く身動きが取れなくなったわけではないため、改めて目の前のディストが今までとは全く異なるタイプでありながら凄まじい強さを有していることをエクスマグナは痛感させられる。
「なんか今日は力が漲るぜ~!!」
「うおおおおお!! 俺は最強だあぁあぁああ!!」
「なんか敵の動きが鈍くなった気がするが気のせいかぁ!! 俺が覚醒したに違いねぇぇぇ!!」
「姉御ぉぉぉ!! 見ていて下さい!! 俺たちの雄姿をぉぉぉ!!」
無量魔法によって呼び出された男たちは基本的に馬鹿ばかりのため、自分たちはバフを受け、敵がデバフを受けたから格段に戦いやすくなったということにこれっぽちも気づかず、先ほどまで圧倒されていて相手を一方的に殴り倒せる快感に酔いしれながら鬱陶しい叫び声をあげていた。
「ギャハハハハハハッッ!! 良いじゃねぇかオイ!! 最高のパーティーだぜぇぇぇ!!」
馬鹿なのはキャプテントレジャーも同じだった。真面な魔法少女が見ればこの船長にしてこのクルーありだなという感想を抱きそうなほど、戦場に似つかわしくない笑い声をあげている。しかも高みの見物をして笑っているわけでもなく、混沌と化した戦場で虫人型ディストと殴り合いをしながら笑っているのだ。常人の感性では理解できない光景だった。
「あぁもう! 相変わらず無茶苦茶するなぁ!」
「分裂するほど少しずつ弱くなってるっぽいね。先輩は逆に強くなってるし」
磁力装甲を一撃で粉砕するほどのディスト相手に真面な殴り合いを出来ているのは、キャプテントレジャーの無量魔法が特殊な身体強化を内包した魔法だからだ。通常領域魔法は効果範囲を広げれば広げるほど威力が下がっていくものなのだが、キャプテントレジャーの場合はむしろその逆。クルーたちの強さは変動しないが、出てきているクルーの数が増えれば増えるほどキャプテントレジャーには強力な身体強化の魔法がかかる仕組みになっている。キャプテントレジャー曰く、率いる軍勢の規模が大きいほど率いてるトップが強いのは当たり前だということで、ドラゴンコールとエクスマグナは初めてそれを聞いた時にはどんな蛮族理論だと呆れたものだ。
これほど強力な魔法だが、その代償として実は一つ弱点があり、クルーたちが出てくる拠点である海賊船を媒介しなければ発動、維持が出来ない。つまり船を壊せばこの魔法は止まるのだが、キャプテントレジャーはこれまでの戦いで一度としてその弱点を晒したことがないため、ディストはその情報を学習出来ていなかった。だから馬鹿正直に無限に湧き出る雑兵と戦い続けているのだ。
殴り合いが成立している理由をさらに付け加えるならば、強化されたクルーに押されて次々と身体をバラされている虫人型ディストが凄まじい勢いで分裂を続けているというのもある。数こそクルーに負けず劣らずだが、ディストは分裂を繰り返す度に弱くなりつつあるのだ。
「んじゃあたしも失礼して、さっきはよくもやってくれたなこのキモ虫!!」
さきほどは一方的に殴り負けたエクスマグナだったが、頃合いを見計らったように再生中のディストへ近づき、先ほどの恨みを晴らす様に罵声を浴びせながら思いきり殴り飛ばした。磁力装甲の大きな拳で殴り飛ばされたディストは、その衝撃により全身をバラバラに散らされて吹っ飛んでいく。
分裂を繰り返すうちに強さだけではなく知能までも低下しているのか、いつしかコワイという悲鳴すらもあげなくなり始めていた。
「私はさっきも無傷だったから私の勝利!!」
「地味に負けず嫌いだなぁ、マグナちゃん」
近接戦が得意ではないドラゴンコールはこれ以上魔力の無駄遣いをする必要はないと縄張と鼓舞の魔法の維持に努め、なるべく男たちの陰に隠れるように動き回ってディストとの直接戦闘を避けている。
「姉御のお友達が俺を頼っているっ!? うおおおぉぉぉ、漢見せるぜぇぇぇ!!」
「俺を頼ってんだよ馬鹿が!! お嬢さん、あなたには指一本触らせやしま――ぎゃぁぁぁぁああ!!」
「余所見すんなアホども!! 姉御のお友達は俺が守る!!」
仮初の命とはわかっていながらも、こうもお姫様扱いされると照れてしまうのかドラゴンコールは無言で少し顔を赤くしていた。
「ハッハー!! 楽勝じゃねぇかよぉオイ!? 最新型がこんなもんかよォ?!」
「ガラ悪っ!? いやー、つーか私らのフィールドマジックって相性良すぎなんですよ」
「私と先輩は元々だけど、対多だとマグナちゃんのもかなり刺さるもんね」
範囲強化のドラゴンコールと戦闘集団を呼び出すキャプテントレジャーは元々領域魔法の相性が良く、普段のノルマでも組んで戦うことが多かったが、広範囲にデバフを与えるエクスマグナが加わると特に多数の敵を相手にする場合には一方的に有利を取ることが出来る。味方は全体強化され、敵は全体弱体化を受けるのだから、一つ一つのユニットの戦闘力に差が生まれ、それがそのまま全体の戦力差となるのだ。
「ダメ押しのギャンブルいくぜぇ!!」
「ちょ、それは」
「え? なに?」
「地獄の宝くじッ!!」
焦った様子のドラゴンコールの制止を無視し、何が起きるのかわかっていないエクスマグナに見てのお楽しみだと言いたげな意味深な笑みを向け、力強くキャプテントレジャーが魔法を発動すると空中に髑髏マークの刻まれた古めかしい木箱が出現した。いわゆる宝箱というやつで、どこかのRPGにでも出てきそうな平凡な見た目をしている。
「おらよ! くれてやるぜ!!」
落下する宝箱に対してキャプテントレジャーはサッカーボールのように蹴りをお見舞いし、ガチムチの男たちと戦っているディストの群れへと吹き飛ばした。それに気が付いたディストたちは大慌てでその宝箱から逃れようとする動きを見せた。この魔法はキャプテントレジャーが愛用しているためその性質まで充分に理解しているのだろう。
だが、世の中にはわかっていても避けられないものもある。
「撃てぇ!!」
誰一人として受け止めようとも叩き落そうともしなかったその宝箱に、海賊船から撃ちだされた砲弾が突きささった。次の瞬間、辺り一面に真っ白な光が満ち、一拍遅れて鼓膜が破れたのではないかと錯覚するほどの爆音が響き渡る。
「たーまやー、ってな。良い魔法だぜ」
砲弾の爆発を遥かに凌ぐ大爆発を見届け、キャプテントレジャーはしみじみとした様子で呟いた。
「あとは時間の問題でしたよね!? なんで毎度無駄なことするんですか!!」
「すまん、ついな」
「ドラゴンコールにマジ感謝。先輩はあとで殴ります」
エクスマグナを片手に抱え、キャプテントレジャーの首根っこを掴み大急ぎで空中に逃れていたドラゴンコールが泡を飛ばすほど勢いで怒鳴りつけるが、キャプテントレジャーは悪びれる様子もなく軽く答える。
エクスマグナはキャプテントレジャーがよくこの魔法を使うことは知っていたが、まさか味方があれほど近くに居る状態で何の断りもなく使うとは予想もしていなかったため、言葉の軽さとは裏腹に声音はガチのマジだった。
地獄の宝くじ、とはその名が示す通り運試しの魔法であり、宝箱を開いて当たりを引けば良いことが起き、ハズレを引いたらとんでもない威力の大爆発を引き起こす。それだけを聞けばハイリスクハイリターンのように聞こえるかもしれないが、この地獄の宝くじはハズレ率脅威の99.9999……%、限りなく当たる確率が0に近いハイリスクゼロリターンの最早ただの爆弾魔法だ。実際、キャプテントレジャーはこの魔法を使い始めてから過去一度として当たりが出ているのを見たことがなく、だから当たりを引いた場合良いことがあるなどというフワッとした説明になる。
しかしキャプテントレジャーは逆転の発想によりこのクソ魔法を攻撃に使えば良いじゃんと思いつき、敵に無理矢理送り付け、受け取られなければ砲撃により強制開封を行うというド畜生戦術を好んで使うようになった。理由は簡単、派手で楽しいから。
「浮かばれない……」
あれだけ慕っていた船長に爆殺されたクルーのことを思い、エクスマグナは思わず南無、と両手を合わせてしまうのだった。




