episode5-2 王族級② 竜&磁力&海賊
薄い羽根を広げた虫人型ディストが気色の悪い羽音を響かせながら低空飛行で素早く動き回り、トリッキーな軌道を描いてキャプテントレジャーたちに襲い掛かる。
「コワイィィィ!」
「絡めとる錨! そんなに怖いんなら家でママのおっぱいでもしゃぶってろ!! このムシ野郎がぁ!」
機敏に飛び回る虫人型ディストに向けてキャプテントレジャーはカトラスを投擲して牽制するのと同時に、フリーになった手をかざすと、その掌の先から鎖が出現しディストの一体に絡みついた。鎖の先端には鋭く尖りかえしの付いた小さな錨があり、深々とディストの身体に突き刺さって獲物を逃さないよう食いついている。
絡めとったディストを重し代わりに鎖鎌の要領で勢いよく振り回し、悪態をつきながら周囲を飛び回っているディストの一体に叩きつけた。
虫人型ディストは羽虫のようにちょろちょろと機敏に飛び回っており、並の魔法少女ならそもそも魔法を当てることすら出来ないほど厄介だが、これまで幾多のディストと白兵戦を繰り広げて来たキャプテントレジャーにとってはそう難しいことではなかった。
「狂える地の竜よ! 我が叫びに応えその猛威を示せ! 竜気解放! 樹竜転身! 囲え!」
「コワ、コ、ココ」
ドラゴンコールはウィッチカップでの敗北を糧に修行を重ね、かつては同時に一体までしか召喚することの出来なかった竜を二体同時に呼び出すことが可能となった。元々呼び出していた火竜に加えて地上戦の得意な地竜を呼び出し、それぞれ虫人型ディストたちを倒す様に指示し、自身にも身体強化の魔法を使用して襲い掛かるディストの攻撃を回避する。さらにすれ違い様に専用武器である刀を横凪に振るって胴体を真っ二つに叩き切り、再生するよりも早く樹で編まれた檻に閉じ込めた。
攻守速の総合力で見ればドラゴンコールはエクスマグナを上回っているが、単純な防御力だけで見ればアーマー状態のエクスマグナの方が上だ。そのエクスマグナの装甲が正面から破られた以上、直接的にぶつかり合うのが得策でないのはわかりきっている。幸いにも虫人型ディストはパワーやスピードこそ脅威的だが、白兵戦の技術はそれなりであり、さほど近接戦闘が得意ではないドラゴンコールでも強化状態で落ち着いて観察すれば攻撃を避けられないほどではなかった。
「磁力撃鉄!」
「コワイ!? コワイィィィ!?」
一部の虫人型ディストは低空飛行ではなく、制空権を確保するように空へと飛びあがろうとしたが、十分な高度に届くよりも先にエクスマグナが撃ちだした鉄屑の弾丸が命中し、その直後、同じくエクスマグナの攻撃に被弾したディストと身体が引き合い始め磁石のようにぴたりとくっついて離れなくなってしまった。そんな状態で空を飛べるはずもなく、もつれるように絡み合ったディストが次々と墜落していく。エクスマグナはそれらの地に落ちたディストに止めを刺すのは後回しにして他の虫人型ディストを同様に封じ込めていく。
「チッ、やっぱりパワーは公爵級並か? マグナ、こっちも頼む」
「こっちもお願い。普通の拘束じゃ全然駄目だよ」
「コワイ」
「コワイィィ」
「コワコワ」
「コワワワワ」
「怖いのはこっちだっての」
ダメージを与えることで分裂しその数を増やすのであれば、最小限のダメージで拘束してしまえば良い。その結論に至ったのはエクスマグナだけでなくキャプテントレジャーとドラゴンコールも同じだった。だからキャプテントレジャーは鎖の魔法を使ってディストをまとめて縛り上げ、ドラゴンコールは樹竜の魔法で樹の檻を作り出し、それぞれ動きを封じようとした。しかし虫人型ディストのパワーは凄まじく、キャプテントレジャーの鎖もドラゴンコールの樹の檻も力任せに破られかけていた。
エクスマグナの魔法はディストに撃ち込んだ鉄屑同士を磁力で引き合わせて行動を阻害しており、単純に縛り上げるような拘束とは性質が異なるため力任せに破ることは難しい。体内の鉄屑を排除すればその影響から抜け出すことは出来るが、そんなことをディストが知る由もない。ディストは一体で出現するのが基本であり、複数で出現することはそれほど多くない。今回のようにディスト同士を磁力で引き合わせるというような戦い方はエクスマグナも初めてだった。それはつまりディスト側に蓄積された学習成果の中に対処法が存在しないということでもある。
「コワイ、コワイ、コワイ、コワイ」
この虫人型ディストが今までのディストと同じであったなら、王族級ディストでなかったのなら、対処法を知らないという時点で終わっていただろう。
しかし王族級ディストに与えられた力は、公爵級に匹敵する身体能力、強力な異能、そして知能と感情。
恐ろしいという感情だけを与えられ誕生した虫人型ディストは、戦いの中でも常に恐怖を感じていた。痛みを与えられることが怖い、攻撃されることが怖い、敵がいることが怖い、そして死ぬことが怖い。
人が闇という恐怖を解き明かすために炎を用いたように、
人が飢えという恐怖をなくすために農耕を始めたように、
人が死という恐怖を遠ざけるために学び始めたように、
ならばディストもまた、恐怖から逃れるため、与えられた知能を、与えられた異能を、十全に発揮しないなどということがあり得るだろうか。
「コワイィィィィィ!」
いや、ない。
「っ先輩!」
「船を背に戦うぞ! 囲まれたら死ぬ!」
「飛びます! 風竜転身!」
磁力によって拘束されていた虫人型ディストたちが、トカゲの尻尾きりのように自身の手足を自切した。
未だ磁力の影響下にある胴体部分は身動きが取れない状況だが、まずその胴体から手足が再生し、再生した手足が更に自切される。少し遅れて、切り離された手足から全身が再生し始める。
最早最小限のダメージで拘束を行うことに何の意味もなくなった。
魔法少女の攻撃とは関係なく、ディストが自らの意思で分裂が出来るようになってしまったのだから。
これまでは魔女側が余裕を持って対応しているように見えたかもしれないが、実際はそうではない。なにせ虫人型ディストの攻撃は一発一発が致命傷となり得るほどに強力なのだ。経験の浅さと手札の乏しさから魔女の多彩な攻撃に翻弄されていたが、その残機の底が見えず、かつ数が増える、更に魔女の攻撃を学習するとなれば時間が経つほどディストが有利になっていく。それをわかっているからこそ、キャプテントレジャーは少しでも自分たちの優位を保てるフィールドを選択した。
「砲門一斉射! 撃てぇ!!」
「磁力鉄嵐!」
「風火竜の息吹!」
ドラゴンコールに抱えられて、キャプテントレジャーの呼び出した船のすぐ近くにまで移動した三人は遠距離攻撃を主体にして、迫りくる虫人型ディストの群れを迎撃しているが、そう長くはもちそうもない。少しずつ虫人型ディストの数が増えて圧力が増しているのもそうだが、そもそも三人は公爵級と一戦交えた後なのだ。ギリギリの戦いというわけではなかったが、それでも公爵級ほどタフな相手だと魔力も相応に消耗することになる。魔力切れを起こしてしまえば専用武器を用いた白兵戦が最後の手段となるが、物量で押しつぶされるのは目に見えている。
「ハァ!? んなもんがあるならさっさと寄越せやこのクソボケが!!」
じりじりと敗北の足音が近づいてくる中で、キャプテントレジャーが唐突に悪態をついた。
このまますりつぶされて負けるつもりなど毛頭なく、打開策を求めてマギホンによる魔法局との通信を行っていたのだが、臨時で指揮をとっていると言う妖精から支援物資を送るという連絡があったのだ。
『散々通信要請を出してただろうが! 無視してんじゃねぇ!』
「こっちはそれどころじゃねぇんだよボケが! 状況を見てから言いやがれ!!」
『良いからとっとと使え! 万全なら余裕だろうが!!』
「あったりめぇだ!」
これ以上無駄な話をしている時間はないという風に通信がぶつ切れに途切れるのと同時に、キャプテントレジャー、ドラゴンコール、エクスマグナの手元にそれぞれ転移光が輝き、透明感のある青色の液体が入った小瓶が現れた。
「即効性のポーションだ! わかってんなお前ら!!」
「滅多に景品に出て来ないやつじゃ~ん。もったいないけど、しゃーないか」
「はぁ、助かった……」
魔力回復薬、それは名前の通り魔法少女の魔力を回復してくれる魔法薬で、普段はポイントの交換対象になっていない貴重なものだ。即効性でかつ、大抵の魔法少女であれば魔力が満タンになるほどの回復効果を持つ非常に強力な代物であるため、魔法少女の間では幻の魔法薬として噂になっており、よっぽど魔法少女同士の交流がなかったり情報に疎い者でもなければ誰もが知っている。当然キャプテントレジャーたちも例外ではない。
ようやく面白くなってきたというように獰猛な笑みを浮かべる者、使わずにくすねられないかと残念そうにする者、心底ほっとした様子で安堵する者。三者三様それぞれの反応を見せながら一息に中身を飲み下し、詠う。
「無量魔法!!」
「縄張魔法」
「創世魔法~!」




