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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
最終章 立ち塞がるもの全て、蹴散らせ
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episode5-1 氾濫①

ここから最終章開始となります。

 謎の暴走の翌日、夜遅くに発生した事件ということもあり昼過ぎ頃に安眠から目覚めた俺は、マギホンにエクステンドさんから動画が送られてきていることに気が付いた。

 エクステンドさんたちは普段から妖精に依頼をして自分たちの戦闘を録画してもらっていて、見栄えの良い映像は魔法少女専用の動画サイトにアップロードしているらしい。だから昨日の件も本人たちにカメラを回している余裕なんてなかったが、こうして映像が残っている。流石に今回の映像は公開しないということだが、参考までに自身がどのように暴走していたのか見ておくと良いというメッセージが添えられていた。


 映像の中では、滑らかな黒髪のツインテールに黒を基調として黄金の刺繍が解かされた法衣のような衣装を身に纏った少女が、漆黒の暴風を操って複数の魔法少女たちと戦っている。カラーリングは全く異なるが、他ならぬ自分のことだからこそわかる。それが間違いなく俺が変身した魔法少女、タイラントシルフであると。


「……俺の中に、何がある?」


 喋ろうとした言葉と、実際に口から出てくる言葉が異なるというのは酷い違和感があり、この姿に変えられた最初の内こそ男言葉で話そうとしていたが、いつしか俺はその違和感を嫌って自発的に敬語で話すようにしていた。だから昨日もすぐに気が付かなかった。敬語の強制がなくなっている。


 事件のあと、ブレイドさんやプレスさんから説明を聞いた限りでは、精神干渉の魔法が複雑に絡み合った結果暴走を起こしたということだったが、それも妖精からの又聞きであるらしく詳しいことはわからない。


 精神干渉の魔法をかけられていたことや、それが暴走に繋がったのだということは何となくではあるが自分でも理解できる。当事者である魔法少女サキュバスが自白したこともそうだが、今あえてこぼした独り言のように敬語の強制がなくなっていること、不自然なまでに全ては男に戻ってからだと目的意識を強制されていたこと、そしてその事実を今認識出来ていること。

 これまで自分が妖精たちにとって都合のいいように操られ、そして昨日の事件を発端としてそれらの戒めが破壊された。それは間違いない。だが、果たして本当にそれだけだろうか? 髪色や衣装が黒く変色しているのは、暴走中の俺が使う魔法が黒い風になるのは、本当に精神干渉だけが原因なのか?


 そもそも、なぜ男に戻りたいと思わせるように目的意識を強制した?

 俺が魔法少女に選ばれたのは、自分で言うのも何だが凄い才能があって、歪みの王とやらとの戦いにおける戦力の一つとして求められたからのはずだ。だとすれば、魔法界側にとって俺が男に戻ろうとするのはむしろ嫌がるはずで、思考を誘導するのなら男に戻らない方向にするんじゃないのか?

 ……わからない。わからないが、まだ何かがある。妖精たちが俺に説明していない何かが、俺にはある。そしてその何かが、きっとこの暴走に関係している。


 暴走中のことは夢でも見ていたかのようなぼんやりとした感覚だがそれでも覚えている。暴走中の俺と戦った偽物のタイラントシルフは本来の俺に劣らない力を持っていた。にも拘わらず一方的な戦いになっていたのは、あの黒い状態の俺は普段よりも更に強いからに他ならない。


 ならば、関係ないわけがない。偶然なわけがない。奴らはあの黒い力のことを知っていて、それを引き出すために俺にちょっかいをかけていたとしか考えられない。俺が男に戻ろうとすることとあの黒い力の具体的な繋がりや関係はわからないが、それだけは間違いないはずだ。


 恐らくこのままでは終わらないだろう。同じ手段をとってくるか、あるいは別の切り口で攻めてくるか。魔法界や妖精連中は得体の知れない集団で、正直どれだけ多彩な手札を持っているかなんて予想も出来ない。きっと俺には思いもよらないような手管を用いることもあるだろう。


 だけど、怖くはない。妖精どもが何をしてこようとも、俺の思考に干渉してアイデンティティを脅かそうとも、俺は自分を見失ったりしない。自分が自分じゃなくなってしまうなんて、そんな恐怖に折れたりしない。


 誰かに愛されることなんてないと思ってた。誰かを愛することなんて出来ないと思ってた。

 自分が極端に後ろ向きで、幼稚で、面倒な性格の人間だなんてことは自分でもわかってた。

 けれど、ちさきさんはそれでも、本当の俺を知った上で、全部好きだと言ってくれたんだ。

 だからもう言い訳はしない。本当は大人の男だからとか、この気持ちは友情だなんて言って逃げない。


「俺は、ちさきさんが好きだ」


 妖精どもがどんなちょっかいをかけて来たって、それだけは間違いない。迷った時はこの気持ちを信じればいい。ちさきさんを愛するこの気持ちが、きっと俺の道しるべになってくれる。


 それに俺だって、このまま大人しくしているつもりはない。人の思考に干渉してくるようなグレーどころか真っ黒な連中のもとで今後も戦い続けるなんて、そんなのは真っ平ごめんだ。

 ……とはいえ、俺一人に出来ることなんてそう多くはない。俺を利用して何か企んでいる黒幕ヤツの支配から逃れるには、妖精の仲間が必要だ。魔法少女という立場や力が魔法局から与えられたものである以上、そうしなければ勝負の土俵に上がることも出来ない。

 今のところ信頼できる妖精に心当たりはないが、妖精だって一枚岩ではないだろうし、黒幕と派閥が違うような妖精がいれば助力を得られる可能性もある。まずはそれを探って運営側に味方を作るべきだろう。それまでは業腹だが今まで通り大人しく従っている振りをするしかないだろう。


 魔法少女から逃げ出すという選択肢はない。妖精たちが本気になれば逃げることなんて出来ないんだ。建前上はディストと戦うかは任意だし、魔法少女はいつでも引退することができるが、ジャックがやってみせたように、実質的に強制する方法何ていくらでもある。だったら逃げ出すんじゃなくて、今は雌伏して反撃の糸口を探した方が良い。


 ジャックの時のように魔法局の監査部門に告発することも考えたが、それはあまり良い手ではないと思う。今のところ一番怪しいのは以前に合った地球儀の妖精だ。目的意識の強制も奴に会ったのを境にしていたように感じる。あるいは面識のない黒幕がいるという可能性もあるが、もしもあの地球儀が黒幕だった場合、告発が握り潰される可能性が高い。なにせあいつは魔法局の最高責任者だ。告発するにしても慎重に行動する必要がある。ちさきさんも言っていたように、大きな行動を起こすなら一人で抱え込むのではなく相談してからにするべきだしな。


 差し当たり、今真っ先にやるべきことは双葉に真実を明かすことだろう。

 ウィッチカップの前日に考えていたように、元魔法少女である双葉なら事情を話せば俺が水上良一なんだって信じてくれるはず。あの時、何度そうしようと思っても、それでも男に戻ってからという結論にしかたどり着けなかったのは、妖精の仕業だったんだ。それがなくなった今なら言える。むしろ今しかないかもしれない。これから先、また同じように精神に干渉されないとは限らない。大人しく操られてやるつもりなんてさらさらないが、そう思っていてもやつらの使う力に対抗する手段を俺は持ってない。魔法少女としての力ですら借り物に過ぎない。だから、俺が奴らの支配下から抜け出したのだと知られる前に、俺がまた妖精の悪意に絡めとられる前に、双葉と仲直りがしたい。俺が悪かったって、謝りたい。


 逸る気持ちを抑えて、話す内容、順序を頭の中で簡単に組み立ててから電話をかける。連絡先は強引に伝えられていた。その時は本当に自分から連絡する時が来るなんて思ってなかったけど、双葉の行動力に今は感謝だ。


『ただいま電波の届かないところにいるか、電源が入っておりません――』


 何回かのコール音の後に、そんな機械的アナウンスが流れ始めたところで電話を切る。よく考えれば、俺は学校にも行かず仕事もしていないからディストさえ出なければ毎日暇をしているが、現役大学生の双葉はそうもいかないはずだ。土曜日だから講義はないと思うが、アルバイトや友人と遊びに行っているという線もある。

 出鼻を挫かれた感じはするが、ある意味良かったのかもしれない。俺と双葉はすれ違っていた時期が長くて、このエピソードを話せば絶対に本人だって信じて貰えるというような強力な話題はすぐに思いつかない。一旦落ち着いて、どういう風に説明するのかじっくり考えるのもありだ。それにしつこく電話するのも気が引けるし、ひとまず大切な話があるという旨だけでも伝えておこうと思い、メッセージアプリを開こうとしたところで、けたたましく不快な爆音が生じるのと共にマギホンが激しく震え始めた。


「わわっ、と、あぶないっ」


 驚いて思わずマギホンを落っことしそうになってしまったが、何とか空中でキャッチすることに成功する。

 何度聞いても聞きなれない、心臓に悪い通知だ。だからこそ無視することは難しく、赤ちゃんの泣き声と同じ理屈でディスト発生の通知としてはこれ以上ない程効果的なわけだが。


「って、な、なんだこれ?」


 普段なら発生した地域とそのディストの強さを示す赤と黒と黄色の警告色で構成された画面が表示されるはずだが、その画面の上に重ねてポップアップするように次の画面が開かれ、さらに次の、そのまた次のと言ったように、まるでウイルスに感染したパソコンのようにどんどん際限なくウインドウが重ねられて行っているのだ。


「……バグか?」


 それともまさか、本当にこの通知の数だけディストが発生している? いや、いくら咲良町が狩場と呼ばれるほどディストの発生頻度が高まっていると言っても、流石にこの数は異常だ。同時にディストが発生することは今までにもあったが、精々が2~3体、多くても4体が最大だった。だが今なお増え続けている通知が全て間違いでないとしたら、すでに二桁を越えており、このままのペースなら100を超えるのにも時間はかからない。


 とにかく現場を確認してみるしかない。万が一これが間違いでないとしたら、ブレイドさんやプレスさんたちが危ないかもしれない。

 そう考えて欺瞞世界へ転移しようとした直前、建物が勢いよく崩壊でもしているかのような轟音が鳴り響き、続けて多くの人の悲鳴が聞こえて来た。


「今度は何だ!?」


 尋常ならざるその声と音に、思わず着替えも忘れていつものラフな格好のまま家を飛び出ると、逃げ惑う人々と崩れ落ちた住居、そして黒い靄を固めて無理矢理に形作られたような異形の怪物、ディストの群れが視界の先に広がっていた。

 大半は無爵級コモンクラス騎士級ナイトクラス。俺にとっては相手にならない雑魚だが、襲われている一般人にとっては手も足も出ない化け物だ。


「――っ天地悉く、吹き散らせ!! 削り散らすセクストルネード


 咄嗟に使い慣れた魔法で迎撃しようとして、一瞬思い留まる。

 ここは欺瞞世界じゃない。建物は巻き込めない。だけど、他の魔法じゃ間に合わない。今にもディストに殺されそうな人がいる。


 だったら――


小竜巻・六蓮サテライト!」


 威力と引き換えに操作精度を向上させた極細の竜巻が大杖の先端から解き放たれ、建物や人をうねうねと避けて的確にディストをえぐり回る。ぶっつけ本番だがうまくいった。

 全身を食い破られたディストが消滅していくのと同時に、追加で数体のディストが空間を割って出現した。欺瞞世界を突破された場合どうなるのか、まさかこんな形で知ることになるとはな……!


風掴む翼腕フライウイング! まだ戦いは終わっていません! 早く避難してください!!」


 敵が消滅していく様を一部の人が足を止めて見ていたため、早く逃げるように声をかけながら新しく出て来たディストを倒していく。

 敬語はもう強制されていないが、今の見た目で男言葉を使っても良いことはない。男であるということは隠しているのだから、人前ではこれまで通りに話すのは最初から決めていた。


「もしかして魔法少女!?」

「す、すごい、本物は初めて見た……」

「あの変な服の子、空飛んでない!? 化け物も出てくるし何がどうなってるの!?」


 いや、待て。危ないから咄嗟に声をかけてしまったが、本来魔法少女の姿は一般人には認識できないはず。それなのに、今の人たちの反応は明らかに見えている。声も届いている。ディストの大量発生だけじゃない。なにかとんでもない異常事態が起きている。


「シルフさん! 交代よ! あなたは欺瞞世界を!!」

圧雷サドンボム! 派手にぶちかまして来ちゃってよ!」

「――! わかりました!!」


 次々と現れるディストを片っ端から殲滅しつつ考えを巡らせていると、ブレイドさんとプレスさんが転移光をともなって現れ、ブレイドさんは専用武器でディストを切り捨て、プレスさんは小さな圧力の爆弾で牽制しながら端的にそう告げた。

 状況はよくわからないが、二人が揃ってそう言うのならお言葉に甘えさせてもらおう。実際、俺の魔法は広範囲殲滅に向いているからこっちよりも欺瞞世界の方が全力を出せる。程度の差はあれどそれは二人も同じだと思うが、わざわざ交代しに来たのは何か考えあってのことだろう。ブレイドさんは俺たちのチームの司令塔で、よっぽど熱くなっていなければ考えなしに行動するような人じゃない。


「認識阻害が万全じゃないみたいです。普通の人にも魔法少女が見えてます。何が起きてるのかわかりませんけど、二人とも気を付けて下さい」

「りょーかい! 欺瞞世界はディストの群れが大量だからシルちゃんも気を付けて」

「一人で行かせることになってごめんなさい。だけど今は、そうするしかない」


 転移までの僅かな待ち時間の間に簡単な情報交換と挨拶を済ませ、俺は欺瞞世界へ移動した。眼下を見下ろせば、確かにプレスさんの言う通りいつもの様子からは考えられないほどの数のディストが蠢いている。この数をブレイドさんたちでやるのは難しいだろう。ブレイドさんは申し訳なさそうにしていたが、早い段階での適切な判断力は流石と言わざるを得ない。

 恐らくだがディストが現実に出てきたのは、人海戦術で欺瞞世界と現実世界を結ぶ綻びを見つけたのだろう。普段はそれを見つけられる前に、見つかったとしても現実へ侵攻される前に倒してきたが、数が多すぎて処理が間に合わなかったんだと思う。


環境魔法フィールドマジックテンペスト』」


 欺瞞世界が機能していないわけじゃないことはわかった。だったらこっちのディストを一掃してやればもう現実世界に現れるディストは増えないはずだ。パッと見た限りでは公爵級デューククラスは見当たらないため、範囲重視の環境魔法で欺瞞世界の町諸共、瞬く間に更地にしてやった。


 だがそれだけでは終わらない。ディストの発生はこの地区だけの話じゃない。別の地区でも現実への侵攻が始まっているのかはまだわからないが、とにかく片っ端から欺瞞世界のディストを狩っていかなければならない。


 俺は未だに鳴り続けるディスト発生の通知に従って、次の戦場へ転移した。

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