episode閑-9
「削り散らす竜巻・六連」
竜型ディストの口から放たれた真っ黒なエネルギーブレスが僕のバリアに接触して、ガラスが割れるような甲高い音を立てながらバリアが破れるのと同時に、今にも僕を呑み込もうとしていたそのエネルギーが、横合いから食らいついて来た巨大な竜巻にかき消されて消滅したラン。
「僕……、生きてるラン……?」
「ちょ、ジャックくん、危ない!?」
何が起きたのかわからなくて呆然としていた僕の後ろから、飛び出してた美鈴が急には勢いを殺せずに突っ込んできて、衝突事故を起こしたみたいに二人して地面に落ちたラン。結構な高さだったけど、美鈴が落下する直前に魔法を使って勢いを殺しながら落ちたからお互いに大きな怪我はないラン。
「そっか、間に合ったんだラン」
「じゃあ、あれが魔女さん? すごい……」
縦横無尽に空を飛んでディストの攻撃を易々と掻い潜りながら、手に持った大きな杖の先端から六つ又に分かれた竜巻が荒れ狂うようにうねりをあげてディストの巨体に食らいついてるラン。侯爵級ディストともなれば破壊力だけじゃなくて身体の硬さも相応のはずだけど、彼女の操る竜巻は当たり前のようにディストの身体を食い破って内側から飛び出したりしてるラン。
美鈴よりも多少年上、とはいっても小柄な体躯。ツインテールに結ばれたエメラルドグリーンの長い髪の毛。白を基調とした神官風の法衣のようなコスチューム。そしてなにより、自由自在に操る暴力の塊のような風。
間違いないラン。魔女のお茶会、序列第十四位、風の魔女タイラントシルフ、ラン。
「ほんとうに、凄いラン」
現役の魔女の活躍は何度も映像で勉強したからわかってるつもりだったラン。だけど高位ディストがそうだったように、やっぱり実際にこの目で見るまではそれがどれほど遠い高みにあるのか、僕はわかってなかったラン。いつか世界を守れるほどの強力な魔法少女を誕生させるのが目標なんて思ってたけど、それがどれだけ分不相応で難しい目標だったのか、今ようやく理解したラン。
美鈴やレッドフード、他にもこの周辺の魔法少女なんかじゃ足元にも及ばないラン。彼女たちが束になっても敵わないあの竜型ディストが、まるで赤子扱いラン。こうやってあの戦いを見上げてる間にも、ディストの身体はどんどん削られていて、凄まじいスピードで消滅へと近づいてるラン。あまりにも、格が違い過ぎるラン。
だけど……、不思議と僕はそんなことどうでも良いって、今は思ってるラン。
たしかにあの魔女は凄く強い、世界を救えるのはあんな魔女なんだろうなって思うけど、今はそんなことよりもただ、美鈴が無事で良かったって、そう思うんだラン。
「こんなところで出くわすとは……」
瞬く間に竜型ディストを削り切ったタイラントシルフが、僕たちの目の前に降り立って小声で何か呟いたラン。ただ、彼女の背後でディストが断末魔の叫びをあげながら、空気に溶けるように消滅していってるせいで内容は聞き取れなかったラン。
「あ、あの、ありがとう、ございました……」
「いえ、仕事ですから」
ディストが倒されたことで恐慌状態が収まったのか、美鈴はいつものように人見知りを発揮しながらタイラントシルフにお礼を言ったラン。
タイラントシルフ、本局の資料に書いてあった通り、歳に見合わない落ち着きと無愛想さラン。
「それよりそこの妖精」
「……僕ラン?」
「あなた、どうしてそこの魔法少女を助けようとしたんですか? あんなの二人とも無駄に死ぬだけだって、あなたならわかってたはずです」
初対面なのに随分知ったようなこと言うラン。
まあでも確かに、そんなことわかってたラン。
だけど気が付いたら身体が勝手に動いてたんだラン。
世界を守るため、なんて言い訳はもう出来ないラン。あんなの全然合理的じゃないし、妖精として正しい判断じゃなかったラン。
だけど、僕はただの妖精としてじゃなくて、美鈴の友達であるジャックとして、正しいことをしたんだラン。
だったら、答えは一つしかないラン。
「友達だからラン」
「……そうですか。なら、良いです」
僕の答えを聞いたタイラントシルフが、ほんの一瞬だけ表情を歪め、すぐに無表情に戻って背を向けたラン。用事はそれだけだったみたいラン。
今の表情はなんだったんだラン? 寂しさ? 違うラン、そんな生易しいものじゃなかったように感じるラン。だったら怒り? 憎しみ? そうだったような、そうじゃなかったような、よくわからないラン。
だけど、何か変ラン。僕は魔女の知り合いなんて一人も居ないし、会ったことだって一度もない、ついこのあいだ造り出されたばかりで、話したことがあるのも魔法局の妖精とこの周辺の魔法少女くらいしかいないはずなのに、彼女を見てると無いはずの何かがうずく気がするラン。
僕は本当に、タイラントシルフのことを知らないラン?
「ちょっと待って欲しいラン!!」
僕たちに背を向けたままゆっくりと浮き上がってこの場を離れようとしていたタイラントシルフが、空中で制止したラン。こちらを振り返りはしないけど、僕の言葉を聞いてくれてるラン。
「僕は、僕は君と会ったことがないはずラン! 初対面のはずラン! だけど、だけど、僕もどうしてか、わからないけど」
初めて会った気がしないラン。
僕は彼女のことを知ってる気がするラン。
そしてなにより、
「僕は君に、謝らなきゃいけない気がするラン!!」
なんでラン? なんで彼女を見てるとこんなにも罪悪感がわいてくるラン? なんで謝らなきゃいけないって思うラン?
「本当に、ごめんなさい、ラン……」
「気のせいですよ。あなたと私は初対面ですから」
タイラントシルフは平坦な声音でそれだけ言って飛び去って行ったラン。
結局、全部僕の気のせいだったラン? 彼女自身が初対面だって言うんだから、そうなのかもしれないラン。
・
「なんか、ふしぎな人だったね……」
徐々に小さくなって行くタイラントシルフの後姿を眺めながら、美鈴がそんな呑気なことを言ってるラン。
気持ちを切り替えるラン。タイラントシルフのことも気になるけど、今は美鈴の方が優先ラン。
「美鈴!!」
「えっ? ど、どうしたのジャックくん……? なんか、怒ってる?」
「当たり前ラン!!」
美鈴が助かって良かったし凄く嬉しいけど、同時にすっごくムカムカもしてるラン!
「家族や友達、大切な人たちを守るために戦うのは立派なことラン。美鈴みたいな弱虫が逃げ出さないで戦えるのは偉いラン。だけど、勇気と無謀は違うラン!! 勝ち目のない相手にただ闇雲に突っ込んでくなんて、命を粗末にしてるだけラン!! 美鈴だけの問題じゃないラン!! 美鈴が死んだら悲しむ人がたくさんいるラン!! 時には逃げることも大事ラン!! あんな戦い方をするのは許さないラン!!」
「……でも、私がやらなかったらジャックくんがやるつもりだったんでしょ?」
気づかれてたラン?
だけど
「命の価値が君と僕じゃ違うラン。僕がいなくなったって悲しむ人なんて――」
「悲しいよ!! 私はジャックくんがいなくなったら悲しい! 死んでほしくない! ジャックくんは私の友達だもん!!」
「美鈴……」
「ジャックくんがそんな風に戦うつもりなんだったら、何度だって私が命をかけて助けるんだからね!! 止めたいんだったら、ジャックくんも自分を大切にしてよ!! 魔法少女をやめろなんて言わないでよ!! これから先も、ずっと私の友達でいてよ!!」
美鈴はポロポロと大粒の涙を流しながら、それでも真っ直ぐに僕を見つめて、慣れない大声で必死に訴えかけてくるラン。
友達だから、僕はこれ以上美鈴に危ないことをさせたくなかったラン。色々言い訳して、無理に理由をつけてたけど、きっと美鈴を魔法少女から引退させようとしてた本当の理由はずっとそうだったんだと思うラン。
だけど、そう思うのは美鈴も同じってことラン? 美鈴は僕のことを友達だと思ってくれてるから、だから魔法少女を続けるラン? 僕だけに危ないことをさせたくないって思ってるラン?
「僕の、友達のお願いでも、魔法少女をやめてくれないラン?」
「絶対やめない!」
む、むむむ、困ったラン。
美鈴をやめさせて次の魔法少女を勧誘するっていうのは、美鈴が自分の意思で引退することを前提にした計画ラン。20歳を迎えるとか、よっぽど問題を起こしたりしたら例外だけど、基本的に魔法少女の資格は本人の同意がなければなくならないラン。まさか美鈴がこんなに意固地に魔法少女を続けようとするなんて思ってなかったラン。
どうするラン? だとしたら美鈴が魔法少女をやめるっていう前提を変えて計画を練るラン? でもそもそも、美鈴に平穏な日々に戻ってもらうための計画だったんだから、前提が変わったら計画も何もない気がするラン。
「ど、どうすれば良いラン……?」
「今まで通り一緒に居てくれればいいの!」
結局、妙なところで頑固な美鈴の意見を変える妙案も浮かばないまま、この日は家に帰ることになったラン。
こんなはずじゃなかったラン。この僕の完璧でスマートな計画で次々と実績を積み上げてあっという間に高位妖精、果ては魔女の勧誘までするはずだったのに、今じゃ担当してるフェーズ1魔法少女に振り回されて右往左往する日々ラン。
だけど、こんな生活も悪くないって、今はそう思うラン。
閑章はこれにて終了です。
明日からは最終章となります。




