episode閑-8
美鈴のことは放っておいて新しい魔法少女を勧誘しようと思ったけど、結局未だに声をかけられてないラン。ナビゲート妖精はその地域で一番新人の魔法少女に付きっ切りになって魔法少女のイロハを教えてあげるのが仕事ラン。次の魔法少女が誕生したら、僕はその子にかかりっきりになるラン。だけどまだ、僕は美鈴に教えるべきことを全部教えられてないラン。中途半端な状態で仕事を投げ出すなんて僕のプライドに反するラン。だから話しかける機会を伺うために、瀬理町の欺瞞世界で特訓してる美鈴とレッドフードをこっそり監視してるラン。
特訓するなら魔法界でやれば良いのになんでわざわざ欺瞞世界でやるラン。あっちの方が仮想ディストとも戦えるし便利ラン。壊れた欺瞞世界を直すのだってエネルギーを使うんだからタダじゃないラン。っていうか美鈴は教わる立場なんだから普通美鈴の方から文目町に出向くのが筋ラン。……そういえばレッドフードは同じ町のサムライゴールドとあんまり仲が良くないんだった気がするラン。ちょっかいかけられないように配慮してるのかもしれないラン。
この前は余計なことを言い始めたから刺々しい態度を取っちゃったけど、レッドフードは悪い魔法少女じゃないラン。むしろ何の得もないのに無償で稽古つけてくれるなんて善人ラン。同じ町の先輩後輩ならともかく、隣町の新人の面倒を見てあげるなんて面倒見がいいにもほどがあるラン。ただその面倒見の良さは別の子に発揮してあげて欲しかったラン。レッドフードが余計なことを言いださなければもっと簡単に美鈴を辞めさせられたかもしれないラン。
「追跡者の猟銃!」
「魚群召喚・盾海亀!」
魔法の猟銃から放たれた弾丸が空中で軌道を変えて猟犬のように美鈴を追いかけるのに対して、美鈴は大きな甲羅を背にした海亀の群れを召喚して自分の周囲を遊泳させることで身を守ったラン。硬い甲羅に弾かれた弾丸は明後日の方向に飛んで行ったラン。
多分あの盾が、騎士級と戦った時に覚えた二つ目の魔法ラン。自律戦闘系の魔法生物を召喚するっていう基本的な部分は共通していて、それが防御系統に派生したんだラン。
「いいね、反応が良くなってるよ! 餓狼――は危ないか。狼藉者! ちょっとばかり乱暴に行くよ!!」
「はい! 盾海亀の行軍!!」
レッドフードの体格が一回りくらい大きくなって全身が灰色の体毛に包まれたラン。詠唱の通り、獣人化して単純に身体能力を強化するタイプの魔法ラン。生命系統の魔法少女に多いけど、創造系統でも特に童話属はこの手の魔法を持ってることがそれなりにあるラン。ただ、生命系統のものと違って物語の筋書きになぞらえたものが多いから、乱暴に行くって言葉の通り性格や戦い方にも影響するタイプの魔法なんだと思うラン。
そんなの訓練で使うなって思ったけど、美鈴はちゃんと付いて行けてるラン。召喚した海亀の甲羅の縁を掴んで、両手でそれぞれ鍋でも振り回すみたいにしてレッドフードの攻撃を撃退してるラン。騎士級と戦ってる時は急なことで気づかなかったけど、美鈴はあの時二つ目だけじゃなくて三つ目の魔法にまで目覚めて、しかも二つの魔法を同時に操れるようになってたんだラン。
一見すると召喚した海亀を掴んで振り回してるだけに見えるけど、そもそも美鈴の変身するフィッシャーブルーはパワーのあるタイプじゃないから素の能力じゃあんな動きは出来ないラン。だから身体強化が入ってるのは間違いないラン。加えて、あの空中で突然動きが変わる無茶苦茶な挙動は海亀が水を勢いよく吐き出すことで加速装置の役割をしてるんだラン。
単純に勢いを増すために使っても良いし、攻撃の軌道を急転換するのにも使える、応用の効く魔法ラン。実際今やってる訓練でも、レッドフードのフェイントに引っかかって大きく空振りするところだった甲羅が振り下ろされる最中に軌道を変えてレッドフードの拳とかち合ったラン。
ここ数日、美鈴とレッドフードの特訓の様子をずっと眺めてたけど、著しい成長を見せてるラン。確かにあの緊急時でもなるべく才能がある子を選んだつもりだったけど、まさかここまでとは思ってなかったラン。男爵級をソロで倒すのはまだ難しいかもしれないけど、騎士級に手傷を負うことはもうないと思うラン。
……でも、美鈴が魔法少女に向いてないのはそういう才能とか実力とかの問題じゃなくて、性格の問題ラン。多少強くなったからって、予想よりも素質があったからって、そんなの関係ないラン。
これだけ育てばレッドフードもそろそろ満足するだろうし、ちょっかいかけて来なくなったらもう一度美鈴を説得するラン。
――ディスト発生を検知。瀬理町B地区。等級、侯爵。
――繰り返す。ディスト発生を検知。瀬理町B地区。等級、侯爵。
――対象地域、討伐可能戦力の在留なし。魔女の出動要請を確認。
――瀬理町担当妖精へ通告。魔女到着まで現地戦力にて当該ディストの行動遅延に当たれ。
通信の内容は聞こえてたけど、それどころじゃないラン。
瀬理町B地区はまさに今、僕が居るこの場所のことラン。
通信が入るよりも早く、僕の目の前で空が歪んだラン。
魔女の出動を要するほど高位のディストは、そのあまりにも強大な力で世界を歪めながら出現するって、知識では知ってたけど実際に目にするのは初めてラン。
この前倒した3m程度のサイズの人型なんて比べ物にならないほど、何に例えれば良いのか咄嗟に分からないほど大きなそのディストは、竜の形をしてるラン。
「グオオオオオオォォォーーー!!」
その攻撃でもなんでもない、威嚇するかのような悍ましい咆哮で大気が震え、地が割れたラン。
いつかは僕も対峙することになるとは思ってたし、資料では何度も見たことがあるけど、やっぱり実際に見てみると違うものラン。少なくとも今この場にいる魔法少女じゃ何をどうしても太刀打ちできないし、周辺の魔法少女を集めて束になっても相手にならないってわかるラン。まるで災害ラン。確かにこれは、魔法界の最高戦力、魔女の到着を待つしかないラン。司令では時間稼ぎしろなんて言ってたけど、そんなの美鈴たちに出来るわけないラン。何の役にも立たないラン。あっという間に捻り潰されるだけラン。無駄死にするようなものラン。そんなの誰が考えたってわかるはずラン。
なのになんで、美鈴は逃げてないラン……?
「逃げるよブルーちゃん! こんなの私たちでどうにかなるレベルじゃない!!」
「でも、魔女さんが来るまで足止めしないと町が壊されちゃいます!」
「そりゃそうだけど、それで自分が死んだら元も子もないだろう!?」
「レッドフードさんは逃げて下さい。元々瀬理町を守る魔法少女は私なんです。だから私が足止めします」
「~~あーもう! 教え子にそんなこと言われて一人で逃げられるわけないじゃんか!! 死んだら恨むからねブルーちゃん!!」
「死にませんし、死なせません」
何を、言ってるラン?
おかしい、絶対おかしいラン。
勝ち目がないのなんて目に見えてるラン。
美鈴だってそれはわかってるラン。だってあんなに、足が震えてるラン。怖いに決まってるラン。なのにどうして逃げないラン? 僕のせいラン? 僕が町を守って欲しいって言ったからラン? 友達のお願いだから、自分の命までかけられるラン?
世界を守るために、最善の、合理的で、正しい選択を、……あれ?
世界を守るために、だったら、美鈴のやってることは正しい、ラン……?
世界に被害を出さないのが最優先で、時間を稼げれば魔女が来てディストは倒されて、減った魔法少女は補充すれば良いだけで、だったら美鈴たちは死んでも時間を稼ぐのが一番正しい、ラン。
フェーズ2にもなってない魔法少女なんて、代わりはいくらでもいるラン。別にこの町を守る魔法少女が、美鈴じゃなきゃいけない理由なんてないラン。
そうラン、よく考えたら何もおかしくないラン。そりゃあ悪戯に魔法少女を死なせるのは評価も下がるし一時的に戦力も落ちるし良くないけど、こういう状況はむしろ命の使いどころラン。
そっか、美鈴はちゃんと世界のための正しい判断が出来るようになったんだラン。それなら何の問題も――
「っないわけ、ないラン!!」
「え!? ジャックくん!?」
「やっぱり来てたのか、妖精くん」
何が正しいとか何が間違ってるとかそんなのもうどうだって良いラン!!
なんでかわかんないけど、ほんとうはこんなこと言うべきじゃないのかもしれないけど、僕は美鈴に、死んでほしくないラン!!
「逃げるラン、美鈴!」
「ダメだよ、私は」
「美鈴は弱虫で臆病で怖がりで、優しい普通の女の子ラン!! こんなことで死んでいいわけないラン!!」
竜型ディストはもう動き出してるラン。押し問答をして余裕はないラン! 妖精の権限で美鈴の感情抑制を切るラン!
こんな権限使う機会が来るなんて思わなかったラン。むしろ戦闘時だけじゃなくて日常生活でも恐怖や不安は感じさせないようにしちゃえば良いと思ってたのに、今はこの権限があることに感謝してるラン。
「わ、わた、わたしは……、私はぁ……」
「そんなにガチガチ歯がなるくらい震えてるのに、戦えるわけないラン。足手まといラン。レッドフード、この子を連れて逃げて欲しいラン」
「妖精くんからそんなこと言われるとは思わなかったな。悪いけど、お言葉に甘えさせてもらうよ」
レッドフードは軽く嫌みを言いながらもホッとしたような表情で美鈴の手を取ったラン。誰だって本当は死にたくないラン。レッドフードはちゃんと自分を守る意識があるラン。美鈴のことも気にかけてくれてるし、少し心配だけど任せられるラン。
時間稼ぎ役の魔法少女がいなくなる以上、誰かが代わりをやらなきゃいけないラン。妖精には攻撃能力がないから出来ることなんてたかが知れてるけど、それでも周囲を飛び回って気を引くくらいな出来るはずラン。
そう思って飛び出そうとした僕を、レッドフードの手を振り払った美鈴が制したラン。
「私は魔法少女だから! 最初はジャックくんに言われたからだったよ! 怖くてたまらなかったよ! でも今は! 私が! 私が自分で! この町を守りたいって思ってる!! 友達にお願いされたからだけじゃない! お父さん、お母さん、杏ちゃん、学校のお友達、それにジャックくん、あなたのことも!! 守りたいから戦うの!!」
美鈴は涙を流しながら、それでも一言ごとに恐怖を振り切るように力強く叫びをあげて飛び出したラン。一瞬何が起きたのか理解できなかったけど、僕もすぐに後を追って飛ぶラン。
「待つラン! 美鈴!!」
「何かしたな君! 冷静じゃないぞあの子!!」
感情の抑制を失えば恐怖に足が竦んで逃げ出してくれると思ってたラン。こんな、無謀な突貫をさせたかったわけじゃないラン!!
「魚群召喚・盾海亀! 盾海亀の行軍ァァァ!!」
「GYAOOOOOOoooーーー!!」
さっきの咆哮とは違う、ディストの口の中にエネルギーが収束してるラン!? ブレスラン!! 黒い靄みたいなものが圧縮されて、今にも解き放たれようとしてるラン!!
美鈴は空中でも推進力を得られる三つ目の魔法を使ってるのか、凄い速さでディストに突っ込んでくラン。このままじゃブレスと正面衝突ラン!!
最高速度で飛んで、ギリギリ追いつくことは出来そうだけど、それでどうやって美鈴を守るラン!? 突き飛ばすラン!? ブレスの範囲が広かったら無意味ラン!! それにあの速さの美鈴に追いつくほどのスピードでぶつかったら美鈴もタダじゃ済まないラン!! ブレスは回避出来てもすぐにやられちゃうラン!! バリアで守るラン!? 侯爵級の一撃を防げるほど硬くないラン!! どうするラン!? もう時間がないラン!!
「みすずーーー!!」
結局、考えても答えなんて出なくて、どうすれば美鈴を守ることが出来るのかなんてわからなくて、ただ咄嗟に、解き放たれたブレスと美鈴の間に割り込んでバリアを展開してたラン。
こんなの無意味だって、瀬理町から魔法少女も妖精もいなくなって、一時的に機能不全に陥る一番やっちゃ駄目な、間違った行動だって簡単にわかるのに、それでも僕は気づいたらそうしてたラン。
美鈴、ごめんラン。
僕のせいで、君の平穏を壊してしまったラン。
きっと本当なら、君は沢山の友人を作って、幸せな生活を送れたはずラン。
本当にごめんラン。せめて最後は、君を一人にしないラン。僕も一緒にいくラン。
……前任も、こんな気持ちだったのかもしれないラン。
ありがとうラン、美鈴。僕に友達の意味を教えてくれて。
楽しかったラン




