episode閑-6
美鈴と一緒に学校へ行った日から早1週間、美鈴が再び学校に行きたくないって言い出すこともなく、ディストが現れることもなく、穏やかな日々が続いてるラン。
前みたいに学校までついてきてほしそうな目で見てくることはなくなったし、毎日楽しそうにしてて順調ラン。一応こっそり学校に忍び込んで美鈴の様子を見てるけど、杏以外の子ともそれなりに話せるようになってきてて、最初のぼっちっぷりはどこへやらって感じラン。これならもう大丈夫そうラン。
次の魔法少女候補の絞り込みも終わって、あとは声をかけるだけってところまで来てるから今日あたり美鈴に引退を勧めるラン。
――ディスト発生を検知。瀬理町A地区。等級、騎士。
――繰り返す。ディスト発生を検知。瀬理町A地区。等級、騎士。
タイミングが悪い、と思ったけど逆に良いかもしれないラン。騎士級はある程度経験を積んだフェーズ1魔法少女なら1対1で問題なく倒せるレベル、つまりなりたての美鈴の場合だと結構危ない相手ってことになるラン。
魔法少女に通知されるディストのランクは適正ランク+-1の幅までラン。つまり無爵級が適正ランクの美鈴の場合、-1はランクが存在しないから無視するとして、+1の騎士級までは通知されることになるラン。実際、しっかりと学校にマギホンを持ち込んでる美鈴が急な大音量にびっくりして慌ててるラン。他の子には聞こえてないし、スマホに見えるマギホンを持ってても違和感を覚えないように認識阻害されるから慌てる必要はないんだけど、美鈴は小心者だから仕方ないラン。
「美鈴! 変身するラン!」
「ジャックくん!? 来てたの――って、それどころじゃないよね。でも、みんなに見られちゃうんじゃ」
「前にも教えたラン! 認識阻害があるから正体はバレないし、いきなりいなくなったことも相手が勝手に辻褄合わせするから気にされないラン! 今僕と話してることだって誰にもバレてないラン!」
「え? あ、ほんとだ……」
先ほどまで美鈴と楽しそうに歓談していた子供たちが、美鈴のことなんて見えていないかのようにいつの間にか美鈴抜きで話始めてるラン。今はまだ、美鈴がそこにいることはわかるけど意識できない状態ラン。変身したらいつの間にか居なくなってたって認識に変わるラン。
「急ぐラン! 敵は今までより強いラン! 何としても食い止めるラン! 美鈴にしか出来ないラン!」
「わかった……! 舞い踊れ!」
今までの二回とも、多少のダメージを負うことはあってもそれほど苦戦しないで勝ててるから、美鈴はまだ魔法少女の危険性を正確に理解してないと思うラン。怖いって思う気持ちがある分夢見がちな騙されやすい子よりはマシだと思うけど、それでもやっぱり明確な危機に直面しなきゃ本当の意味で魔法少女を続けることがどういうことなのかはわからないラン。
美鈴に引退を勧めるにあたって、このタイミングが逆に良いと思ったのは美鈴に敗北を教えるためラン。現実の魔法少女はフィクションのスーパーヒロインみたいに必ず勝てるとは限らないってことを知ってもらうラン。そうしたら、学校に友達が出来たのとも合わさって魔法少女を続けたいなんて気持ちはなくなるはずラン。
もちろん、敗北を教えるとは言ってもそのままお終いにはしないラン。魔法少女が敗北した時、何もしなければその先に待ってるのは死だけラン。担当してる魔法少女を死なせたら評価が下がるラン。だから今の段階で近くの町の魔法少女に救援を出しておくラン。騎士級の討伐の報酬は100ポイント、日本円に換金すれば1万円くらいになって小学生には大金ラン。魔法界で使えばもっとお得ラン。一人か二人くらいは来てくれるラン。騎士級程度のディストの攻撃なら妖精のバリアでもある程度いなすことは出来るし、美鈴がそこそこピンチになったら救援が来るまで僕が時間を稼げばいいラン。
「魔法少女フィッシャーブルー! 魚群召喚・戦鰯!」
フィッシャーブルーへの変身と同時に転移を終えると、民家の屋根に登って周囲を見渡しているディストの姿が確認できたラン。人型で大きさは3m程度、標準的な騎士級ディストラン。三回目の戦いともなればフィッシャーブルーも慣れて来たのか、まだ若干腰は引けてるけど逃げ出さずにしっかり魔法を使ったラン。
でも、今までならそれで終わりだったけど、騎士級ともなればそう甘くはないラン。
「え!? な、なんで!? たおせてないよ、ジャックくん!?」
「今までより強いって言ったラン! 気を付けるラン! 来るラン!!」
群がるバトルフィッシュの群れを大きな腕を無茶苦茶に振り回すことで薙ぎ払った人型ディストが、魔法生物の召喚者であるフィッシャーブルーを見つけて動き出したラン。動きが人間のそれとは違う、しなやかな加速と柔軟性のある動き
「複合型ディストラン!」
「おぇ――」
ちょっと前から頻発してるらしい新型ディストの一種ラン。複数の生物の要素を併せ持っていて、通常のディストより強いこともあれば弱いこともあるラン。よくわからないタイプだけど、どうやら今回はハズレ、強い方だったみたいラン。
上位のディストと比べれば大したことはないけれど、それでも無爵級としか戦ったことのないフィッシャーブルーの目には爆発的な速さに映ったはずラン。逃げる間もなく近づいて来たディストの一撃がフィッシャーブルーのお腹を強く打って吹き飛ばしたラン。
「フィッ――っ!?」
外壁を突き破って民家に突っ込んだフィッシャーブルーを追おうとした僕を、人型ディストが無造作に腕を薙いで振り払ったラン。咄嗟にバリアを展開してダメージは抑えられたけど、フィッシャーブルーと距離を離されたラン。妖精を警戒したラン!? こんなことまで学習してるラン!?
マズイラン! このままだとカバーが間に合わないラン!
「待っ」
僕の場所からでは見えないけど、ディストが崩れつつある民家の中に突っ込んで行ったラン。フィッシャーブルーが見つかったラン!! 他の町の魔法少女はまだ来ないラン!?
冷静に考えれば戦いは始まったばかりで、かなり早期の段階で救援を出したとはいえ長距離の転移には時間もかかるしまだ救援が来ないことは何もおかしくないラン。そんなことはわかってるラン。でも、早くしないと美鈴が死んじゃうラン!!
おかしいラン。僕は何をこんなに焦ってるラン? 魔法少女を死なせたら評価が下がるラン。でもそんなの、こんな滅多にディストがわかない、質も低い僻地に配属された時点で誤差みたいなものラン。気にするほどのことじゃないラン。じゃあ、美鈴が死んだら町が危ないからラン? 多少遅れても救援の魔法少女は来るラン。戦いが終わったらゆっくり次の魔法少女を探せばいいラン。
何も問題はないはずラン。そりゃあ評価的にも町を守るって観点からも死なせない方が良いけど、大した差はないラン。そのはずラン。
なのにどうして、僕はこんなに美鈴が死んだら駄目だって焦ってるんだラン!?
「あ……」
何かを殴りつけるような重たい音が聞こえてきて、誰の悲鳴も聞こえなくて、それってつまり、美鈴は
「盾海亀の行軍ァァァァーー!!」
「美鈴!?」
映像を逆再生でもするみたいに人型ディストが民家の中から吹っ飛んできて、さらにそのディストを追いかけるように凄い速さで飛び出した美鈴が、両腕に持った大きな亀の甲羅みたいなものでディストを殴りつけまくってるラン。
な、なにが起きてるラン!?
「私の友達にぃ、ひどいことするなぁぁぁーー!!」
よく見れば美鈴も無傷じゃないラン。最初に攻撃されたお腹の部分は衣装が完全に破れて赤く腫れあがってるし、民家に突っ込んだ時に切ったのか全身が擦り傷で一杯ラン。けれどそんなダメージをものともせずに美鈴の攻撃はディストを圧倒してるラン。一切攻撃する暇を与えずに次から次へと甲羅のような鈍器で殴りつけて、殴られた部分はへこんだり変な方向に曲がったり引きちぎれて消滅しつつあるラン。
新しい魔法であることはわかるラン。こんなに早く二つ目の魔法を覚えることは驚きだけど、ありえないわけではないラン。でも、あの攻撃的な魔法は何ラン? 開花する魔法はある程度使い手に影響を受けるラン。あの怖がりで内向的で優しい美鈴が、あんな攻撃的で、しかも自分から前に出て戦うような魔法を覚えるなんて、何があったラン?
「ああああああああぁぁぁぁーーーー!!」
「美鈴!! 落ち着くラン!! もう終わってるラン!!」
「ああ……あ、ジャックくん……。えへへ、げんきでよか……た……」
ほとんど消滅していたディストの残骸をそれでもなお攻撃し続ける美鈴に声をかけて何とか正気に戻させたラン。美鈴自身大きなダメージを負ってるのにあんな無茶な動きをして身体に負担がかかってないわけないラン。美鈴は張りつめた糸が切れたみたいに意識を失って膝を付いたラン。そのまま倒れそうになった美鈴を、慌てて念動力でゆっくり地面に横たえるラン。呼吸と脈はあるから眠ってるだけみたいラン。
「魔法少女レッドフード、瀬理町現着したよ。妖精くん、ディストは?」
「……いラン」
「え? なに? って、この子ボロボロじゃん!? もしかして適正外のディストとやりあったの? 無茶するなぁ」
「遅いラン!! この子を魔法界の病院に連れてくラン!! 手伝うラン!!」
「え、ええ? これでも急いで来たんだけど……。まあうん、たしかに遅かったみたいだ。了解したよ」
今日の僕は何だかおかしいラン。救援に駆け付けた魔法少女レッドフードは何も悪くないラン。そんなのわかりきってるのに、八つ当たりするみたいに声を荒げてしまったラン。それに、美鈴が無事で良かったって心底そう思ってるラン。
おかしいラン。美鈴を魔法少女から引退させようとしたのは、美鈴は正常な判断が出来ないからラン。穏便に辞めさせようとしたのは、禍根や火種を残さない為ラン。でもだったら、戦いの中で死んでしまっても良かったはずラン。むしろそれが一番後腐れがないラン。どうせ家族とか友達とか、美鈴と親しい人間はどうして美鈴が死んだのかなんてわからないラン。全部闇に葬り去ってしまうのが一番良かったはずラン。どうしてそんな簡単なことに、今の今まで気づかなかったラン? それとも、気づかないようにしてたラン?
合理的じゃないラン。世界を救うための正常な判断が出来てないラン。これじゃあまるで、僕が美鈴みたいラン。おかしいラン。
……もうこのことを考えるのはやめラン。きっとなにかの間違いラン。どうせこれで美鈴は魔法少女を辞めるんだし、こんな馬鹿な間違いはこれで最後ラン。
明日からは元通り、世界を救うことを一番に考えられる、僕は合理的で正しい妖精ラン。




